第187話
もしも……もしも仮に、という話。
この世に幽霊なんてのが存在するとして。
それがよりにもよって、そういったものを苦手とする俺の元に現れた?
俺に一体何をさせたくて、橘さんは俺の元に現れた?
あいつは助けてくれと、そう言った。
しかしその顔は悲壮感なんか感じさせず、むしろ色々を許容した様な、そんな顔だった。
そして一夜明けた今日、橘さんは当然のごとく学校には現れなかった。
寂しくない、と言えば嘘になるだろう。
何処かスッキリしない様な、不完全燃焼感。
そしてそんな俺の心境を理解しているからなのか、睦月たちもあれから深くは突っ込んでは来なかった。
「…………」
「どうするの?これから」
「どうって……どうするんだろうな」
「何よそれ……」
昼休み、ぼんやりと橘さんのことを考える。
あれらが全て幻だった?
誰が信じるんだそんなの。
こうして突っ込んできた明日香だって、目の当たりにしてきたはずだ。
そして信じられていないからこそ、俺にこうして噛みついてきているんだと。
放っておくなら徹してほしかったけど……とは言っても放っておかれたらそれはそれで辛いという。
人間って面倒に出来てるよな。
「助けてね、って言ったんでしょ?だったら何とかしてあげないと」
「つったって、手掛かりゼロだぞ?あいつがいた痕跡って、この学校の十年前の在籍者名簿だけでそれ以上のものもない、家ももうなくなってる、どうすりゃいいんだよ。警察にでも忍び込むか?」
「未解決事件リストみたいなのがあれば、それを盗み見るくらいは私や大輝なら出来るかもしれないけど……とは言ってもそれが大きな情報になるかって言うとね。なら、まぁ……一つだけ心当たりがなくもないけど」
睦月がそう言った瞬間、明日香と桜子はその心当たりを察したのか青い顔をする。
こいつら何?いつからこんなツーカーな関係になったわけ?
「睦月……さすがにそれは私、抵抗あるわ。もしかしたら無理難題押し付けられるかもしれないし」
「おい待て、何だそれは。そんな物騒な相手なのか?」
「いや、普段は穏やかだし、いい人だと思うんだけどね……」
「はぁ?なら何でそんな顔してんだよ。全くもって意味がわからないぞ」
「……いいから。大輝くんは大人しく他の方向から手がかり探ってよ」
「え、何で?俺何もしてないのに怒られた?」
他の方向から、って言ってもなぁ……。
仮に橘さんが存命だったら俺たちの十個上ってことになるのか?
まるで大人と子どもな感じだし、仮に卒業生を当たってみるにしても、さすがに不審がられたりしないだろうか。
「心当たりの方は私たちで何とかしてみるから。大輝は卒業生を当たってみてよ。先生とかに聞けば教えてくれるかもしれないし」
「……この個人情報保護にうるさい世の中でか?まさか力使えって意味じゃ……」
「そのまさかよ、大輝くん。何の為にその力はあるの?使えるものはフルに使わないと。こっちは任されたから、そっちは任せたわね」
言いたいことだけ言って、睦月たちは先に教室へと戻って行ってしまった。
勝手なことを……。
とは言ってもその心当たりとやらに、俺を接触させたくない何かがあいつらにはあって、懸命に俺を守ろうとしている、そういうことなんだろう。
何となく納得いかない部分はあるにせよ、ひとまずこっちで出来ることが決まっていて固まっているのであれば、そうしない理由はないだろう。
とは言え……助けてって言っても十年も前に死んでしまった相手をどうしたら助けられるというのだろうか。
まさかタイムスリップしろとか言うんじゃないだろうな。
睦月とかならその辺何とか出来るかもしれないけど、絶対良しとしない方法な気がする。
となると、それ以外でやることになるわけだが……。
「うん、わからん」
一人呟いて、俺も教室へと戻ることにした。
「出来ればまだ独身の方がいいですね。ご結婚されてたりすると、面倒なことになる予感しかしないので」
「そこまではさすがにね……」
先日ラブレターが橘さんの字であることを教えてくれた女教師の森崎先生。
まぁこの人も独身なんだけど、そこには深く突っ込まない方が賢明だろう。
俺は放課後になってこの人を呼び出して、相談室で十年前の橘さんの同級生についての情報を得ようとしていた。
可能であれば力は使わずに行きたい。
しかし、なかなか難航しそうな雰囲気ではある。
目的をはっきり告げることも出来ない上、俺と橘さんの関係性を証明するものは何もないのだ。
「宇堂くん……何か面倒なことに巻き込まれてない?私は専門外だけど、相談に乗るくらいは出来るのよ?」
「いや、さすがに……というか、別に面倒ってほどでもないんです。ただ、あの時の真相を知りたいだけなので」
「私もその頃まだ学生だったし……けど、やっぱり知らない相手の情報をほいほい教えるってわけにはいかないわね」
「…………」
そう来るとは思っていた。
俺が仮にこの人だったら多分、同じことを言うと思うから。
だからと言ってここで引き下がってしまうわけにもいかないが、どうしたものか。
手籠めにして、虜にしてしまって……なんてよくありそうなエロアニメみたいな展開も悪くはないんだが。
さすがに後々がめんどくさそうなのと、あいつらにどんな目で見られるかわかったもんじゃない。
そう考えてその考えは即没にした。
「なら仕方ないですね。先生、俺の目をよく見てもらっていいですか?」
「目?そういえば宇堂くんって綺麗な目をしているわよね」
「あっははは、ありがとうございます。よーく見ていてくださいね」
こうなってしまったら仕方ない。
この人の信頼情報……所謂俺への好感度を、恋愛感情に至らない程度にギリギリまで上昇させる。
本来ならこんなチートを使いたくはなかったが、時間がどれだけ残されているのかわからない以上、こういう方法を使うしかないだろう。
「宇堂くんがそこまで言うなら……誰にも言っちゃダメよ?私も女だもの、君みたいな可愛い子からそこまで頼まれたらダメとは言えないわ」
「あ、そ、そうですか……」
あれ?加減間違えたかな。
何か顔赤くなってね?
「でも、タダってわけにはいかないわね。今度、個別指導に付き合ってもらうから」
「…………」
うん、間違えたらしい。
後で元に戻せばいっか、なんて楽天的なことを考えて、俺は漸く手がかりを得るに至った。
「……この辺か?にしても知らない人の家とか、抵抗あるよな」
森崎先生から教えてもらった手がかりを元に、俺は卒業生の一人である竹内日菜子さんという人の家に来ていた。
情報ではまだ独身で、親元に暮らしているという。
睦月たちは先に帰った様で、その手掛かりとやらを今頃当たっているんだろうか。
あんだけ嫌な顔するってことはきっと、ロキとかなのかもしれない。
ロキは何か俺のこと気に入ってるっぽいし。
男相手に嫉妬とか、俺にその気ないんだから必要ないと思うんだけどな。
「あの……うちに何か用事ですか?その制服、雲上高校のですよね?」
「あっ……え、ええと……」
いらんことをぼんやり考えていたら、おそらくはこの家の住人と思われる女性から声をかけられる。
茶色の髪を肩まで伸ばし、緑のワンピースに身を包んだ大人な感じの女性。
そして俺の制服を見て高校名を言い当てたということは……。
「すみません、怪しくないつもりだったんですけど……俺は宇堂大輝と言いまして、仰る通り雲上高校の一年生です。竹内日菜子さんに用事がありまして……」
自分で言っていて、怪しくない様に全然聞こえないな、なんて思ってしまう。
まさに不審者感満載だ。
「えっと、隠しても仕方ないと思うので言ってしまうと……十年前に亡くなった、橘葵さんのことで知っていることがあれば、お伺いしたかったんです」
俺がそう言うと、竹内さんははっとした様な顔になる。
昔交流があった、ということなんだろうか。
その気になれば記憶を覗くくらいのことは簡単なんだろうけど……どうも俺にはそういうやり方が向かない気がする。
さっきの森崎先生がいい例だ。
慣れないことはするもんじゃない、といういい見本だと思う。
「ちょっと理由は理解してもらえるかわからないですが……今橘さんに関連することに関わっていまして」
「…………」
あまりいい思い出がないのか、竹内さんはその顔を険しくさせ、俺を見返す。
当時のことはさすがによく知らないが、一家惨殺、ともなればマスコミだって相当数動いただろう。
もしかしたら学校にだってそう言った連中が押し掛けたかもしれない。
そしてそういう連中に囲まれたりして、嫌な思いをした生徒や教師がいても何の不思議もない。
そう考えると、俺は質問を間違えた気がしてならなかった。
「理由も話してもらえるんであれば、当時のこと……役に立つかわからないけど、お話しします。どうでしょうか」
先ほどまで浮かべていた表情とは対照的な答えが返ってきて、俺としては驚きを隠せない。
しかしどういう意図があるのかわからないが、ここは聞かない手はないだろう。
ひとまずここでは何だから、と俺は竹内家に通され、そこで話を聞くことになった。




