第184話
時間にするとそこまでではないのだが、割と俺の中では長く感じられた朋美の魔力の暴走との戦いは、母と言うジョーカーの出現によって終結した。
既に朋美の体内で魔力と神力が入れ替わったのか、気を失ってこそいるものの怪我などはなく、他に異常も見られない。
「えっと……ありがとう、母さん」
「こんなことなら、私もついてきていればよかったですね。しかし大した怪我などがなくて良かった」
一応貫かれた肩に関してはもう傷が塞がりかけているところではあるし、逆に朋美がこんな怪我をせずに済んだのは僥倖と言っていいだろう。
睦月やロキ、あいに関しては母の登場で一気に出番を失って茫然として見えたが、無事に済んだのだとわかると安堵の表情を浮かべた。
「……けど、大輝の体からまだ渦を感じるのは何で?」
「は?」
あいが俺を見て、ぼそりと呟く。
その言葉を受けてロキも睦月もハッとする。
母は何となく、今回の特性を掴んでいるのか驚いている様子はなかった。
「今回、あの少女が媒体となった試練に関しては……根本的な解決を見ていません。何故だかわかりますか?」
「……いや、情けないことに全然」
「あれだけ女を囲っていながら、その辺が理解できていないとは……我が息子ながら嘆かわしいことです。ならばこの母の元で女心を学んでみますか?」
「…………」
母に教わる、となると俺の色々が危うい予感しかしない。
もちろん睦月やあいに関してもそれは感じ取っている様で、先ほどよりも目つきが鋭くなった様に見える。
「も、もう少し考えてみるよ。何でも人に教わってたらほら、成長とかしないし」
「そうですか、では私はそろそろ眠いので……一つだけヒントを与えるとしたら、試練の特性と彼女の性質、と言ったところでしょうか。では」
相変わらず自由な人だ、と思うものの母の言葉は割とすんなりと俺の中に落ちて行くのを感じた。
試練の特性と朋美の性質。
……答えは一つしかないわけだが、これをどうしろというのか。
朋美にヤキモチ妬かすなってことか?
それは俺にはどうしようもない様な。
「宇堂大輝。君がどう考えているのかはわからないが、今の世の中は女性の主観で色々が動いていると考えた方がいい。男女平等、なんて名ばかりのものに目を奪われていては本質は見えないよ」
名ばかり……確かにそう感じたことがないとは言わない。
先日だって西乃森さんの時に思い知ったわけだし。
そう考えると橘さんって慎ましいよな、色々と。
……いや、そうでもねぇな。
結構図々しいわ、あいつ。
いやらしさがないし潔いから、見てて不快にはならないけど。
「ロキの言うことに賛同、って死ぬよりも業腹なことではあるけど、概ね言う通りかなとは思う。女の子は、いつだって自分を見てほしいって思ってるもんだよ。ほとんど答えだよね、これ」
「そうだね……私にも女心とかよくわからないけど、大輝はイメージにとらわれ過ぎてる節があるよね。朋美さんが女の子なんだってことを再認識する方が近道かも」
睦月もあいも好き勝手言ってくれているが、正直さっぱりわからない。
これが答えって、自己満足もいいとこだろ。
とは言っても俺が自分で答えを見つけなければ、また母が現れて、なんて面倒なことがありそうで困るんだけどな。
「朋美は朋美で、コンプレックスを持ってるんだよ、自分自身に」
朋美がコンプレックス……?
あのでかい胸が、とか?
いやそれはないか。
多分睦月が言ってるのは、性格とか内面の話なんだろう。
そしてコンプレックスを持つってことは、少なくとも周りからいじられたりする部分でもある、ということか。
となると嫉妬深いところ?
でもそれって独占欲とかとセットみたいなもんだし、別に普通じゃね?
って思うのは俺だけなんだろうか。
「んぅ……」
「お?目が覚めたか。気分はどうだ?まだ何か澱んでる感じとかするか?」
呻きながら目を覚ました朋美に声をかけると、朋美は自分の体を見回して特に異常がないことを確認する。
「私……何処も変じゃない?」
「変って何だよ?特に何も変わってないと思うぞ。別に日常生活を送る分には何も問題ないと思うし、心配はもうないだろ」
「そうだけど……でも大輝、まだ試練終わってないでしょ」
「…………」
これもあれか、体内の神力がもたらした察知能力みたいなものか?
今まで散々朋美って鋭いよな、なんて思ってたのに、神みたいな察知能力までついたら俺、逃げ場がないんだけど。
「黙っててもバレそうだから言っちゃうけど、確かにまだ終わってない。だから一つ聞きたい。お前、俺を見て妬ましいって思うか?それとも、俺が女の子と話してたりするのが妬ましかったりするのか?」
「…………」
わからなかったら本人に聞いてしまえ。
聞きにくいことだってあるんじゃないのかって?
そんなものは犬にでも食わせておけばいい。
「それが今回の試練の鍵とも言える部分なんだ。教えてくれないか?」
「……当たり前じゃん。妬ましいよ。みんなは大輝と一緒の学校行って、一緒にいる時間だって長くて……でも私はいちいち迎えに来てもらわないといけなかったり……私、睦月よりは短いかもしれないけど、これでも中学の頃からずっと大輝のことが好きだったんだから!!」
「…………」
改めて言われると、物凄く照れ臭い言葉だな。
付き合い自体はそこそこ長いはずなのに、どうしてこう……何となく熱くなるものを感じるのだろうか。
「大輝は私が誰か他の男子と仲良く話してても、何とも思わないの!?何も感じない!?」
ヒステリックに、今までにないほど感情的に、朋美は問いかけてくる。
俺に、俺の心に思いをぶつける様に。
「感じない……わけないだろ。そんなの、絶対許せないわ。いや、お前が浮気するなんて欠片も思ってない。だけど、よくわからないけどそれは絶対に嫌だ。お前だけじゃない。睦月もあいも桜子も明日香も、愛美さんも和歌さんも、そんな風に誰か他の男と仲良くしてるなんてところ見たら、多分俺は発狂すると思う。それくらい、俺だって嫉妬深い一面を持ってるんだよ。独占欲は多分、人一倍強いぞ、俺は」
「本当に……?」
「ああ、そりゃそうだろ。じゃなかったら今日まで付き合ってなんか来られなかっただろうし……もちろんみんながそんな俺でもいいって言ってくれてるから、成り立ってるんだとは思うけどな。そして朋美、お前だってそのままでいいんだよ。それがお前なんだから」
決してビビッて言ってる訳じゃない……と思う。
多分みんなの中で、嫉妬深いのが朋美の個性、みたいなイメージは根付いているしそれを今から変えようなんて、逆にみんながびっくりしてしまう。
それに俺だって、必要以上にみんなを他の男に見せたくないとかちょっと歪んだ感情は持っているんだから、人のこととやかく言える様な人間ではないんだから。
「大輝は、こんな私でいいの?」
「そんなお前でなかったら今まで続いてないんじゃないか?まぁ……殴るのは程々にしてもらいたいけど……」
「言い方はあれだけど、大輝の言う通りだよ、朋美。人それぞれ個性があるんだから。朋美がそれを気にして遠慮するなんて、らしくないじゃん」
「全然嫉妬しなくなったら、それこそ終わりだと思うよ、私も」
確かにそうなんだけど、あいが嫉妬してるのとか俺見たことないんだけどな。
こいつでもそんな感情持つことあるんだろうか。
睦月にしたって、そんな風に感じたことがないが……やっぱ年の功とかで隠すのが上手いだけだったり?
「……大輝、朋美は納得したみたいだよ」
「え?そうなの?あんなんで?」
「だって、渦の気配感じなくなったもん」
あんなので突破できたのか、と思って体を見回してみるが、よくわからない。
ロキを見ると軽く頷いて俺に笑いかけてきた。
「彼女たちの言う通りだよ、宇堂大輝。君は本質を理解して、桜井朋美の蟠りを解消してみせた。結果、試練は乗り越えられたんだ」
「…………」
そんな風に言われると非情にむず痒い。
何故なら俺は別に理解したわけじゃなくて、思ったことをそのまま言ったに過ぎない。
もちろん嘘ではないし、誤魔化す為とかでもないが……あれか、俺の本心がわからないから嫉妬する、みたいな。
そうなんだとしたらもしかして、あれが正解だったのかな、と思えてこないこともないかもしれない。
「ああ、もうこんな時間なんだ……玲央もう寝ちゃってるかな」
「十二時……そりゃ母さんも眠くなるわな」
玲央が寝てるんだったら明日香たちも寝ているかもしれない。
けどもし起きてたとしたら、試練に関しての報告と玲央の面倒見てもらった礼を言わないと。
ヘイムダルさんにも礼を言って、俺たちは人間界に戻る。
ロキは残って結果報告をオーディン様にすると言う。
これで残る試練はあと一つ。
 




