表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
182/212

第182話

「あー、桜井朋美。一個言い忘れていたんだけど」

「な、何よここまできて……」

「一気に飲み干さないと意味がない。途中で音を上げる様なことがあれば、血液を集め直すところからになるどころか、君の体にどんな異変起きるのか想像もつかない。それだけは覚えておいてくれ」

「……何でそんな大事なこと今言うのよ……」


今まさに飲もうか、と言うところまできて発したロキの言葉が朋美の手を止める。

恐らく今回のは単純に失念していただけ、ということも考えられるがタイミングとしては最悪だったと言っていい。

覚悟が半分へし折られた様な心境になっていてもおかしくはないだろうから。


「一気飲みって、この量を?結構きつそうだな。朋美、普段そんな暴飲暴食しないだろ?」

「和歌さんならいけるかもしれないけど……私そこまで豪快なこと……」


そう朋美が言った時に俺は夏休みのことを思い出した。

そういえば明日香と二人でコーラ一気飲みして山手線が、とかやってたな。


「……大輝、何笑ってんのよ。何がおかしいの?言って見なさい」

「……い、いえ」

「あー、あの時の……」

「お、おい睦月お前余計なことを言うなよ……」

「…………」


多分本人ですら忘れていた様な恥を思い出すことになって、朋美としては精神的に更に参ってきていることと思う。

とりあえず俺は思いつく限りの提案をしてみることにした。


「なぁロキ、これって神力で胃の中に直接送り込んだり、とかはダメなのか?」

「非常にいい提案だね。けどそれをやる場合には、また血液を集め直した挙句に桜井朋美は再び一気飲みを強いられる、ということになるんだけどね」

「え、マジかよ……」

「神の体内で作られた、言い方はよくないが体液なわけだが……それが神力に反応して消失してしまうんだよ。極端なことを言えば空気に触れるだけでも危うい。だから特別製の注射器に瓶を用意したわけさ。簡単に言えば揮発性も高いし、相当デリケートな代物だってことだね」


八方塞がりだな。

なるべく朋美の負担を軽くしてやりたい、と思っての提案だったが思いついたことのどれも通用しそうにはない。


「うう、すまん朋美……今回俺は役に立てそうにない」

「そうなると私にも出来ることはなさそうかも。もちろん今すぐ飲まないといけないってわけじゃないから、覚悟を決める時間だとか一気飲みに慣れる時間とか設けてもいいとは思うんだけどね」


そうは言うが、一気飲みに慣れてどうするんだって話ではある。

これから先の人生でそんなものが役に立つ瞬間がどれほどあるというのか。

いいところ大学の新歓会とかで一気飲みするときとか、そのくらいしか思いつかないんだが。


「……やるわよ。結構量あるけど……やるしかないんだし、先延ばしにしたら絶対嫌になる」

「まぁ、それが賢明だろうね。その瓶に入れてあるとは言っても、そこまでの日数保存できるわけではないから。それに神々の血を摂取できるなんて、本当なら非常に名誉なことなんだから」


そんな神の尺度で物を言われても、朋美本人がそう感じるかって言ったらまずありえないだろうなと思う。

人間だからとかそういうものではなくて、そもそも何で血なんだよ、って話になると思うから。

今回に関しては、もちろんその血でなければ効果がない、もしくは意味がないという事情があるから仕方ないとして、そんな事情でもなければたとえ名誉なことであろうとそんなもん飲みたくない、というのは別におかしいこととは思わないからな。


「う……」

「あれ、お前もう飲んだの?」

「…………」


色々考えている間に飲んだらしい朋美が、必死で吐き出さない様にと上を向いて口を押えて頷く。

空になったと思われる瓶を睦月が拾って、中に残っていないことを確かめる。

これはあれか、消化するまで待たないといけないとか、そういうのがあるんだろうか。


たとえ液状であっても、多少の時間が必要になると思うんだが。


「い、胃の中がムカムカする……」

「…………」

「何か体の奥から熱くなってくる様な感じがする……」


朋美が自らの体を抱く様にして、その場に蹲りだした。

軽く震えている様に見えるが、大丈夫なのか?

そして朋美の目は焦点が狂ってきている様だ。


アルコールでも入ってたんだとするとめんどくさそうだし、酔っぱらっただけってことならそれはそれで時間が解決してくれる。

だが……。


「う、ぐ……」

「お、おい朋美……?」


さすがに様子がおかしいと、心配になった俺は朋美の体を抱きしめた。

全身に伝わってくる震え、そしてこれは……魔力?


「大輝、ダメ!!今すぐ離れて!!」

「え?だ、だけど……」


睦月の言葉に俺が躊躇い、睦月もあいもロキも俺を朋美から引きはがすべく駆け寄る。

三人が俺の体に触れるか否かの瞬間、その衝撃は訪れた。


「あああああああああ!!」


朋美から発せられた絶叫と共に、俺は強大な魔力に吹き飛ばされ、三人が足を止めるのが見えた。

目測で十メートルほども吹き飛ばされた俺は、慌てて態勢を整える。


「大丈夫?大輝」

「あ、ああ何とか。一体何が……」

「多分今魔力と神力が朋美の体内でせめぎ合ってるんだと思う。今近づくのは危険かも」

「…………」


そんなこと言ってる間に、朋美の様子はどんどん禍々しく変わっていく。

目なんかもう黒目とか見えないし、普段のちょっと可愛らしい感じは何処へやら……まるで俺の中の朋美への恐怖が具現化したかの様な姿。

比喩で黒いオーラが、みたいなことは考えるがまさかリアルでそんなものにお目にかかるなんて、さすがにトンチが効きすぎてやしないか?


「どうするんだよ、あれ。ほっといたら何とかなるのか?」

「どうだろ……最悪制圧することになったり、なんてのは」

「却下。そんなことになるくらいなら、俺が犠牲になる方が百倍マシだよ」

「なら、神力で抑え込むしかないんじゃないかな。少々手荒な方法にはなるけど、このままの可能性を考えたらそれが現実的かもしれない」


やっぱそうなるのか……。

とは言っても俺、朋美に攻撃とか加えられる自信がないんだけど。

実力云々って言うよりは、朋美に暴力みたいな状況がちょっとな。


睦月もそれがわかって言ってるんだとは思うけど……。


「何やら禍々しいものを感じるな。まさかさっきの儀式が失敗したのか?」

「ヘイムダルか。ちょっと下がっててもらった方がいいかもしれないよ。さっきまでの朋美じゃないのは明白だから」

「お前の考えてることは何となくわかるが……身一つで突っ込むつもりか?」


そう言いながらヘイムダルさんは巨大な剣と盾を具現化して、身構える。

下がってろと言われても下がる気はない、と言うことの様だ。

確かにこのまま朋美が暴れ出す様なら、ヴァルハラだってどうなるかわからない。


「私が何とかして引き付けるから、お前たちはその間に彼女をどうにかしてくれるか。ヴァルハラが壊されたりするのは勘弁してもらいたいからな」

「……それが一番か。ロキ、あい。ちょっと下がって見てろ。手を出すなよ?」


俺たちの力で何とか出来る相手ではあるものの、ここにいるメンバー全員で立ち向かったらそれこそ朋美が危うい。

俺の見解ではそんな感じに見える。

もちろんさっきのが全開とは限らないが、それを差し引いても俺たち全員でかかったら瞬殺なんてことだってあり得るのだ。


出来れば朋美には怪我一つさせたくない、なんてのは甘いとわかっていても、出来ることなら無傷で済ませてやりたい。


「行くぞ!!」


そう思ったのも束の間、ヘイムダルさんが盾を構えたまま朋美に向って走り出す。

それを感じた朋美が両手に魔力を収束させて、一気に解き放つのが見えた。


「っぐ……!!」


盾で正面からそれを受け止め、しかしヘイムダルさんが徐々に後退していく。

それほどに大きな力が働いているのか、ヘイムダルさんは攻撃に転じることが出来ないでいる様だ。

神力で抑え込む、とは言うが……魔力が体内の何処にあるのかわからない以上、俺にどうにか出来る気がしなかった。


「ごめんね、朋美。少し痛いかもしれないけど我慢して。後で治してあげるから」


そう言った睦月がヘイムダルさんの背後から飛び出すと、朋美の左肩辺りに飛び蹴りを見舞う。

咄嗟のことに反応出来かねた朋美がモロにくらい、バランスを崩す。

ヘイムダルさんが受け止めていた魔力は、軌道を変えて虚空へと吸い込まれていった。


「大輝!!」

「え?お、おう!!」


こうなればもう仕方ない。

場所なんか関係あるか。

場所がわからないということであれば、全身を神力で包み込むしかない。


おそらく四肢に魔力が終結している、ということはないはずだ。

あり得るのは脳、心臓、そして丹田。


「……大輝、考えてることはわかるけど、どこ狙うにしてもしくじったら後々のことは予想も出来ないよ?大丈夫?」

「…………」


そんなことはわかってる。

だけど、このまま放っておくなんて選択はないだろう。

だったらやるしかない。


そして、どんなに信用できる相手だとしても、そいつに全てを押し付けてなんて、俺には出来ない。

朋美は俺に、助けを求めている。

だからあんな風に弱音を零したんだと思うから。


「俺がやるしかないんだよ。これは俺の試練もであるんだ。そしてあいつが求めてるのは、いつだって俺なんだ」

「……なら、私はサポートに徹するから。朋美を頼んだよ、大輝」


そう言って睦月は再び朋美に正面から向かっていった。

俺に出来ることを、出来る限りの力でやる。

たったそれだけの、簡単に思われて最高に難しいことを、やってのける為だけに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ