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第177話

朋美の父が登場して、場の空気が一瞬で変わる。

どうやら何か重要な秘密の様なものを知っているらしいロキと、それを話してほしくない朋美父。

二人の間に、剣呑な空気が満ちて行く様な気がした。


「久しぶりだね、もう何万年前になるのかな。あの時はロバートと名乗っていたみたいだけど」


ロバート?

ていうか何万年って何の話をしてるんだ?

何で朋美父は、ロキと知り合いなんだろうか。


「その名前で呼ぶんじゃねぇ。とっくに捨てた名だ」

「何で錬金術を使わなかったのかな?その力があれば、人間界での暮らしなんてそんなに苦になるものでもなかっただろうに。それに会社だって傾くことすらなかったんじゃないかな?」

「色々あんだよ。神の気配を感じていた時期でもあったからな。もっともそれが敵のものじゃないってのはすぐにわかったけどよ」


錬金術?

何だろう、当事者なのに完全に蚊帳の外だ。

二人が紡ぐワードが俺の頭の中で線を結んでいかない。


「まぁ、禁忌の錬成をしたわけだからね。たとえばバルドルみたいな神が追ってくるってことも十分あり得た、そういうことだよね。もっともバルドルもそこまで暇じゃなかったっぽいけど」

「そうらしいな。というか……今お前が握ってる話を朋美にするのはやめてもらえねぇか?俺たちはこう見えて、平穏に暮らしてんだよ。それを乱す様なことは……」

「薬もそろそろ在庫が切れそうで、どうやって調達しようか考えている段階にあるのにかい?」

「!?」

「彼女の体に異変が起きていることは、君も気づいているはずだろう?このまま放置したらどういうことになるか、わからない君でもないだろうに。医者の力でもどうにもならないよ、こればかりは。そして在庫切れを恐れて必要分よりも少なめに摂取させている弊害が、早くも生まれ始めている。そうだね?」


薬?

朋美の体の異変?

口を挟みたいが、何となく憚られる。


朋美は俺にくっついたままで、やはり俺と同じ様に訳がわからないと言った面もちだった。


「彼女の体をちゃんと治すことを考えるのであれば、幸いにもこの人間界には既に三人の神がいる。僕も含めたら四人。力にはなれると思うんだけどね。こんなところで娘を失うのは、君としても不本意なんじゃないのか?」

「…………」

「な、なぁ……何を言ってるんだよ。朋美を失うとか何とか……どういうことなんだ?全然話が呑み込めないんだけど」

「ああ、そうか君はまだ、桜井朋美の真実を知らないんだったね。ただ、これを話すにしても一応本人と保護者でもある彼の意志は確認しておかないと、後々に禍根を残すかもしれない。どうだろう、宇堂大輝にそれを話しても構わないかな?君が了承するのであれば、宇堂大輝も協力者になってくれるはずだけど」

「……お父さん、最近私が感じている違和感ってもしかして、その真実っていう話に関係があるの?」


今のロキたちの話を総合すると、確かに朋美の感じている違和感、そして俺の感じている違和感に結び付く部分がある。

何か重大な秘密がある様に思うが、ロキの話からは何万年というワードも出てきている。

あの話通りに推測するのであれば、朋美父はただの人間ではない、ということになるのだろうか。


俺と同じ様に、何万年の時を超えてこの現代に?

あり得ないと言いたいところだが、俺と言う実例がここにいるだけに否定しきれない。


「私って一体何なの?何者なの?人間じゃないの?」

「落ち着け、朋美。お前は人間だ。あと、治すってのは……」

「どうだろう、ここは真実を話した上で完全に桜井朋美を人間にしてあげる、というのは」

「そんな言い方するんじゃねぇ!!たとえてめぇでも許さねぇぞ、ロキ!!」


逆上して振るわれた朋美父の拳は、ロキに難なくかわされて空を切る。

しかしそれでも尚、朋美父はロキを仇か何かの様に睨みつけている。


「な、なぁ……俺も事情がよく掴めてないし、一旦落ち着いて話さないか?そうじゃないと朋美だって、今のままってわけにいかなくなるだろ?」

「宇堂大輝、君は懸命だね。けど君は桜井朋美の為にどこまで出来る?仮にその命を差し出せ、と言われても協力できるのかい?」


命……そこまでしないと解決できない問題なんだろうか。

俺は仮にその命を、と言われても多分迷うことなく差し出すだろう。

何故ならそうすることで朋美や他のメンバーが笑顔でいられる未来を掴みとれるのであれば、安いものだと思っているからだ。


もちろん、今は神の力で死なない体になった。

しかしそれがなかったとしても、俺はきっとその選択をしていたのではないかと思う。


「バカ……あんたが死んじゃったら私が生きてる意味なんてないじゃない」

「……まぁ、それはいいとして俺が命を差し出せばいいのか?それで済む話なのか?」

「大げさに言ったよ、すまないね。君とスルーズ、それからヘル……今はもうあいと名乗っているんだったか。そして僕の力を以てしても、実はまだ足りない。だから神界へと協力を要請しにいかないといけないんだよ。事情も向こうで話す方がいいかもしれないね。桜井朋美の不安定さを考えると」


そんなわけで俺と朋美、父、ロキにあいという異色のメンバーで俺たちは神界へとその場所を移す。

まだ迷っているのか、朋美父の顔色は良くないが半分は観念してしまっているのか、特に異を唱えることはなかった。



「さて、じゃあここでいいかな。君には懐かしい景色なんじゃないか?」

「…………」

「つれないなぁ。まぁひとまずお茶でももらってこようか」


俺たちが連れてこられたのはイズンさんの農園。

こんな時間でも訪ねて行くとお茶を出してくれる。

ただしロキ相手だとあんまりいい顔はしないみたいだが。


「えーとヘル……じゃなくてあいも玲央と遊んでていいよ。まだ出番はないから」

「そう?じゃあお言葉に甘えて」


玲央は最近ハイハイをする様になった。

成長早くね?って思わないこともないが、両親が俺とあいであることを考えると別におかしくはないかもしれない。

もっとも俺の赤ん坊の頃よりも優秀なんじゃないか、という疑惑はあるが。


そんなわけで玲央には広めの遊び場がたまにはほしい、なんてあいも言っていたのを思い出し、丁度いいかと思った。


「じゃあ……僕から話していいのかな?」

「……好きにしろ」


すっかりと諦めたというかふてくされたというか……何だか子どもみたいなおっさんだな、なんて思ってしまうが、それならとロキは語りだす。


「まず、桜井朋美。君には一つ言っておくことがある。何があっても、感情の高ぶりに身を任せてはいけない。いいかな?」

「…………」

「まぁ、何かあったら俺が何とかするよ。それなら朋美もそこまで不安じゃないだろ?」


話がきっと重いものである、ということはさすがに朋美も察してしまっている。

表情が固いのもそのせいだろうし、俺は朋美に何かあればすぐに動ける体制を取りつつ話を聞くことにした。


「では。桜井朋美、君の父親は元々この時代の人間じゃないし、日本人でもない。元々の国籍はヨーロッパの方だったよね、確か」

「…………」

「何で日本を、この時代を選んだのかは不明だけど、彼は元々一人だったんだ。そして彼はその時代で名を馳せるほどの凄腕の錬金術師でもあったんだよ」


ロキの話によれば、朋美父は研究の果てに最高の錬金術を編み出してしまった。

これまでのどんな研究よりも、有意義で幸せに生きていけるという確信を持てる成果を。

しかしそれと同時にそれ以外の研究への熱は全て失う結果になった。


編み出した錬金術というのは、長命のホムンクルスを錬成出来る技術。

そして最初に作られたのが朋美の母だという。


「この時彼が持っていた魔力は、約半分桜井朋美の母に引き渡された。それがその最高傑作を最高傑作にする方法だったから。そうだよね?」

「……まぁな。通常、ホムンクルスは短命で……生きられても数年と言われていた当時、魔力によって永らえる方法を思いついた時は震えたもんだ」

「…………」


しかしその幸せが長く続くことはなく、間もなく神界における大戦争、ラグナロクが起こることを朋美父は知る。

そして同時に、朋美母は二人の子どもがほしい、そう言ったのだそうだ。

こんな時に……という思いと子どもがほしいという思いがせめぎあい、朋美父の中で子どもがほしいという気持ちが結果としては勝ち、なら子どもを作ろうということになる。


しかし子どもが生まれたとして、ラグナロクで世界が崩壊してしまっては満足に育てられるかも怪しい。

更に言えば自分たちが生きられるかどうかも確信が持てなかった。


「だから彼は受精卵に、残る魔力を込めて自らの魂と朋美の母の体を封印した。戦争のない時代を見つけて目覚められる様、最低限の魔力を魂に残してね。おそらく体を変えたのは……」

「神からの追跡があってもぱっと見でわからない様にするためだ。魂が一致すればすぐにわかっちまうんだけどな」


だが彼は最低でも大きな戦争が終わり、ある程度の平和を手に入れた時代、そして国を発見することが出来た。

だから一人の男の体を拝借して自らの魂を宿し、朋美母の体の封印を解き、朋美を生むことにした。

それが、この時代ということになる。


「戸籍なんかはすぐに偽造できた。住む場所なんかも特に不自由はしなかったよ。ただ、一つ誤算があったんだ」

「誤算……?」


おとなしく聞いている朋美が、その顔を険しくして朋美父を睨む。

その視線を受けて、朋美父は一瞬躊躇いながらも、話を続けた。


「俺たちは、あの時代で生きていくべきだった。たとえラグナロクによって満足に生きることは叶わなくても」

「どういう意味よ、それ」

「……お前の体に受け渡す魔力が、足りなかったんだ」


なるほど。

封印やらに使っちゃった分が計算に入っていなかった。

足りないとどうなるのか、というのはこれから語られるのだろう。


「お前の母に比べて、お前は不安定になってしまったんだ。もちろんすぐに手は打った。不安定とは言っても現状精神的なものに留まってるが……ここから先、どうなるのかは俺にもわからなかった。だから、出来る限りの力を尽くして薬を作った。お前を安定させる薬を」

「だけどそんなもの……私、飲んだ覚えとかないよ?」

「そうだろうな。基本的には食事に混ぜたり寝ている間に飲ませたりしていたんだ」

「何よそれ……何でそんなこと……何で今まで言ってくれなかったの!?」


声を荒らげた朋美が立ち上がり、テーブルを叩く。

朋美父は気まずいのか朋美から視線を外していた。


「お前が不安定であることを知ってたからだ。そんな状態のお前に話すことで、どんな結果を引き起こすか……それに俺自身がお前をそんな風にしたということを認めたくなかったのかもしれない」

「勝手なことばっかり……勝手に作って失敗したから黙ってました、なんて……」

「朋美、落ち着け。ロキはさっき、それを治せると言ったんだよな?けど魔力を中和してしまう場合だと朋美は長く生きられなくならないか?他に方法があるのか?」


俺は興奮冷めやらぬ様子の朋美の肩を抱き、頭を撫でながらロキに尋ねる。

傍から見たら、大事な話をイチャつきながらしてんじゃねーよ、とか言われそうなシチュエーションではあるが、今はそんな場合じゃない。


「方法は大まかに二つ。一つは足りない魔力を増幅する方法。ただしこれは、体の拒絶反応がないとも言い切れないから僕は推奨しないよ。元々宿っている魔力と質が違うものが混ざれば、その魔力同士が反発して内部から爆発を起こす、なんてこともあり得る。もちろん何事もなく桜井朋美の延命に成功する、ということもあり得はするが」

「もう一つは?」

「今内部に宿っている魔力を丸ごと神力に置き換えてしまう方法。……あともう一つ、一応あるにはあるけど……聞きたいかい?」


あんまり気乗りしない、という様子のロキ。

そしてそれは朋美にとってもいい結果にならない方法なのだろう。


「聞かせて」

「そうか……なら一応、案の一つとして受け止めてほしい。死者の魂を加工して、桜井朋美の魔力と挿げ替える。それによって桜井朋美は体も精神も安定を取り戻して、今までの生活を送ることができる様になるだろう」


聞かなければ良かった。

俺も朋美も、そして朋美父も一様に顔を青くする。

ここまできたら朋美に決断をゆだねるしかないわけだが……。

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