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第168話

「じゃ、まず……私は西乃森さんの意識をちょっとだけいじったの」

「……ん?」

「西乃森さんが持っている親との思い出……あれをちょっとだけ強烈な感じに書き換えて。とは言っても瞬間的なものだし、それが目覚めた後も残ることはないから安心してね」

「…………」


俺たちが聞いたあの話を更に強烈にって、もう惨劇の予感しかしないんだが。

つまりはあの家庭環境がひどく不潔なもので、西乃森さんにとって嫌悪するべきものである、という認識に書き換えた、ということらしい。

そしてそんな不潔な行為を日常的に行う俺たちを、嫌悪する様にも意識を上書きする。


もちろん目覚めた段階である程度のサルベージがされる様にはしてある様だが……ふとした拍子にフラッシュバックしたりってことはないのだろうか。


「西乃森さんは、恋愛についての知識としては漫画とかでたまに見る程度のものしかなかった。それが幸いしたかもしれないね。大輝のことは諦めないと、って意識だけが残るはずだし」

「…………」


ここまでして諦めさせる必要あるのか?

甘いと言われるかもしれないが、少しだけ西乃森さんに同情する様な感情が生まれている気がした。


「どうしてここまでするのか、って思ってるんだよね?」

「……まぁな。だって、別に今更一人くらい増えたところで、って前に言ってたから」

「じゃあ簡単に説明しとこうか。まず、嫉妬の試練が始まっているって言ったらわかる?」

「……は?」

「媒介になってるのはみんなの予想通りで朋美なんだけど」

「……予想通りって、あの時の予想よね。認めるのは少し業腹だけど」


あの時ってどの時だよ……。

まぁぶっちゃけ朋美が嫉妬、ってのはしっくりきすぎて逆にそれ以外思いつかないんだけどさ。

一番合わないのは暴食か?


うさぎのエサみたいな量しか食わないからな、朋美。

そのくせこの胸……けしからん。


「何処見てんのよ、変態」

「変態で結構。何度も見てるもんだし、別に……うぼふ!!」

「場所考えろって言ってるんだけどね」


場所考えろって言うなら、その強烈な肘打ちもせめて帰ってからにしてもらえませんか……。


「西乃森さんを除外した理由の大半は朋美の試練だけど、もう一つあるんだ」

「もう一つ?」

「西乃森さんは、高確率で私たちの中に溶け込むことが出来ない。ノルンに頼んである程度の未来予測をしてもらったんだけど……溶け込めない孤独感から、そう遠くない将来に自殺する未来が八割」

「…………」


普通に友達付き合いとかありそうな、社交的な感じに見えるんだけどな。

そんな未来が待ってるなんて、予想も出来ない感じだし。


「原因としては、和歌さんとか愛美さんみたいな一見完璧美人がいたりして、自分がそこに並び立っていいのか、みたいなコンプレックス的な感じかな」


一見、ってところにややトゲを感じるが、言いたいことはわかる。

愛美さんは酒が絡めば残念美人と言ってもいいし、和歌さんは世間知らずで超がつく大食い。

トイレに二時間籠もってたことがあったっけ、そう言えば。


「西乃森さんは、まだ外観でしか物事を判断できないからそういう残念な要素に目がいかないんだよね。人間なんて長所だけで形成されるわけがないっていうのに」

「つまり、今回西乃森さんを除外したのは、結果として西乃森さんがそうならないで済む様になれば、ってことでいいのか?」

「ぶっちゃけ死んでも知ったことじゃない、って言うと大輝は怒るかもしれないけど。ただ、死なずに済んでかつ幸せな未来に導けるなら、大輝も納得できるんじゃない?」


誰に対しても平等に、なんて偽善を振りかざして生きてるわけじゃないから、睦月の言うことも理解は出来る。

しかしそれを面と向かって言われたら……確かに起こるかもしれない。

あと幸せに、っていうのはやっぱり矢口と付き合うことでそうなるのだろうか。


「西乃森さんと矢口くんは、これ以上ないくらい相性がいいってロヴンが言ってた。縁結びの神のお墨付きなら、そうしてあげた方が彼女の為でしょ」

「お前、ロヴンさんにまで会いに行ってたのかよ」

「たまには出番作ってあげないと可哀想かなって」


まぁあの人はそれが本職だけど……あの人のお墨付きって、相当じゃないか?

そう考えると西乃森さんの意識を矢口に向けるって言うのは有効な気がする。


「それにね……朋美が最近大人しかったのは、本人も言ってたかもしれないけど事情が事情だったから、っていうのもあって、無理やり押し殺してたから、だよね?」

「そ、そうだけど……だって、みっともないじゃない。これ以上女増やさないで!とか泣いて喚いてするのって」

「別にみっともないなんて思わないよ。多分みんなだって、心の何処かでは大輝と二人で生きていけたらな、とか思う気持ちは少しくらいあると思うし」


え、そうなの?

考えもしなかった。

みんな頭の中がお花畑でおめでたい思考してるから、今の現状に甘んじているんだとばかり。


「けど、みんなでいる方が楽しいからっていうのもあって、独占したりってのは自重してるんだよ。そうじゃなかったら愛美さん辺り、今頃婚姻届け偽造して提出しててもおかしくないんじゃないかな」

「…………」


え、あの人そこまで結婚にこだわってる人だったの?

女って何考えてるかわかんねぇし、マジで怖い。

大人だから、ってことで自分を律しているんだろうか。


偽造して、ってのはあれだよな。

俺の年齢のことだよな。

それとも睦月に土下座とかして戸籍から書き換えちゃうパターン?


いずれにしてもやっぱり女っておっかないよな。


「まぁそれはいいとして……まずは目の前の問題から片づけて行こうか」

「え?ああ……西乃森さんな。矢口帰っちゃったけど、大丈夫なのか?」


あんな風に強制退場っぽい感じにしちゃったけど……。


「目覚めたらきっと、西乃森さんは矢口くんのことが気になって仕方ないって感じになってると思う。さっきの幻影の中に、そういう催眠効果を紛れ込ませてあるから」

「…………」


用意周到ってレベルじゃないな、これ。

俺には思いつかないやり方だわ。


「あのまま大輝に任せてたら多分、大輝に西乃森さんと矢口くん、それから朋美までのヘイトが全部集中して大変なことになってただろうからね」

「…………」


睦月の言う通り、俺はあの時朋美にああ言われはしたが、憎まれるやり方を選ぼうとした。

どう考えてもそれが手っ取り早いし、後腐れないと考えたからだ。

しかし……朋美までもがそれによって俺にヘイトを向けてくるとなれば、話は別だ。


「じゃ、とりあえず西乃森さんには起きてもらって、と」


睦月が濡れタオルをどかすと、西乃森さんが軽く呻きながらその意識を覚醒させる。

何でこんなとこで寝てるんだろう、とか呟きながら俺たちを見て、ここにきた経緯は思い出した様だった。


「あ……」

「おはよう、よく寝てたな」

「え、私よだれとか垂らしてなかった?」

「ああ、垂らして……もがっ」

「垂らしてないから大丈夫。大輝は少しデリカシーってものを勉強しなさいよ」


西乃森さんに聞こえる様にそんなことを言えば、西乃森さんだって気づいちゃうだろ、なんて考えるが逆らうと後が怖そうだ。


「気分はどう?今日矢口くんとデートのはずじゃなかったっけ?」


睦月がそう言うと、はっとして顔を赤らめた西乃森さんが俺たちを見回す。


「あ、う、うん……矢口くんは?」

「そこにいるよ」

「え?」


これには俺も朋美も驚く。

何と矢口は公園の入り口でこちらを伺っていたからだ。

俺たちは何処からが幻影だったのか、全く理解できていないということになる。


「さ、早く行かないと。結構時間経っちゃってるしね。まぁ……二人ならこれから素敵な思い出を築いていけるんだろうから、時間なんて問題じゃないか」


睦月がそう言うと、西乃森さんは深く頷いて俺の方を見る。

まぁ、こういう結末もたまには悪くないよな。


「えっと……宇堂くん」

「え?ああ、どうした?」

「その……宇堂くんのこと好きって言ったばっかりなのに、ごめんなさい」

「……はい?」

「私、その……矢口くんがいないとダメみたい」

「…………」


え、何で俺が振られたみたいになってんの?

睦月と朋美はそんな呆気にとられた様子の俺を見て笑いをこらえている。

あれ、変だな……目から汗が……。


「宇堂くんのことは好きだけど、きっとライクなんだよね。ちゃんと私、本物のラブの方の好きを見つけられそうだから。だから、ありがとう。これからも友達でいてね!」

「ぐぬ……」


物凄くいい笑顔で、西乃森さんは矢口の元へと走っていく。

一度ならず二度も、俺が振られた様なセリフを残して。

そして滑稽な俺がそんなに面白いのか、睦月と朋美は二人が去った後盛大に吹き出して、涙ちょちょぎれるほど笑っていた。


笑いすぎて熱中症にでもかかればいいのに、こいつら。

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