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第166話

「君がもしも西乃森さんを幸せに出来るというのであれば、それが西乃森さんにとっても最良なんだと思うから、俺も潔く手を引こうと思う。だけど、そうじゃないんだったら俺は諦めるつもりはないよ」

「あのな、矢口俺は……」


そんなことよりも気にすることとか他にないのか?

実際普通に生きてたら信じられない様なことが目の前で起こったのに、こいつの頭は西乃森さんのことでいっぱいらしい。

幸せなことだな、と思うし、正直なことを言えばこいつと西乃森さんがくっつくのが手っ取り早いし、誰も不幸にならないんじゃないだろうか。


もちろん西乃森さんの気持ちが封殺されて、って事実は変わらないけど一般的な恋愛は素敵なことばっかりじゃないらしいし、寧ろ妥協がなければ成立しない、なんて話も愛美さんから聞いたことがある。

そう考えれば、矢口のいいところを西乃森さんに見せたりしたら少しくらい、心変わりしたりしないだろうか。


まぁ、心変わりする程度の気持ちなんだったら最初から打ち明けないでもらった方がこちらとしてはありがたかった、とか思わなくもないけど、この際そうなってもらう様動いた方が賢くないか?


「お前が西乃森さんを想っているっていうのは、確かに聞いてるよ。色々アプローチかけてるってのもな。だけど、それが押し付けになっちゃったら意味ないだろ?相手にも都合があって……それにお前のやり方だと相手の幸せよりも自分の幸せを優先している様に見えるぞ」

「どういうことだ?」

「お前は確かに西乃森さんが好きなんだろうし、その気持ちを伝えているに過ぎないかもしれない。だけど、本当に相手のことを考えるのであれば、相手の幸せありきで考えないといけないと思う。そういう部分がお前には欠けているんだよ」

「…………」


……あれ?

俺が言いたかったのってこんなことだっけ。

いや、ぶっちゃけ西乃森さんが矢口とくっつくなら何でも良かった気はするけど……。


「つまりそれは、宇堂くんと西乃森さんがくっつくことになって、西乃森さんが幸せを感じることを応援しろ、ってことか?」


ああ、ああ……そうなるよな。

俺は一体何を考えているんだ。

見ろよ、朋美も何だか顔がおっかないことになってきてるじゃないか。


これ全部、俺の発言のせいなんだぜ。


「か、仮にそうなったら、ってことさ。だって、そうだろ?選ぶのは西乃森さんで、お前でも俺でもないんだ」

「大輝……?」


やっべぇ、朋美がマジで俺を殺してもおかしくない勢いでキレそう。

でも、事実なんだから仕方ない。

選ぶのは西乃森さんであって、ここで重要になるのも西乃森さんの気持ちだ。


俺や矢口の気持ちが必要になるのは、その後の段階だろう。

つまり、俺が今しなければならないのはまず西乃森さんの答えを見届けることで、それまで俺たちにできることは何もないということになる。

さっきは睦月たちの演出という名の実質的な邪魔が入ったわけだが、ここからはひとまず静観するしかない。


「朋美、言いたいことはわかるけどここで俺たちが口を出すのは筋違いってやつだ。まずは二人がどうなるかを見届けないと」

「…………」


納得してない様子だが、反論してこないところを見るとおそらく見届けないと、って言うのには同意なんだろう。

まぁ朋美が矢口に危害を加える心配はないだろうし、大丈夫だ……と思いたい。


「じゃ、じゃあ……西乃森さんは、どうしたいんだ?」


矢口がおそるおそる口を開き、西乃森さんは俺と矢口を交互に見る。

一体どんな気持ちで俺たちを見ているのかはわからないが、これを見届けないと次の段階に進まないのだ。


「私は、前から言ってるけど好きな人がいるから、矢口くんの気持ちに応えることは出来ないよ。本当に申し訳ないけど、自分の気持ちに嘘はつけない」

「……なら、宇堂くんはどうするんだ?見る限りそこまで西乃森さんのことを好いている様子でもないみたいだけど」


まぁ、大体合ってると言うか、正直みんながここまで反対するというのは、何か理由があるんだろうと考えていて……そして俺自身も何となくこの子は危険だ、と思っている。

好かれて迷惑とか、そんなことを考えているわけではないが、このままじゃ俺にとっても西乃森さんにとってもいい結果にならない気がする。


「西乃森さん、一つ聞かせてもらいたいんだけど」

「何?」

「西乃森さんは俺のどこが良くて、そう思う様になったんだ?」

「……温かいところかな」

「ちょっと、それどういう意味よ!?」

「お、落ち着け朋美!俺にも記憶がないんだけど、どういうことなんだ?」


俺、この子に以前何かしたっけ?

全く記憶がない。


「入学してすぐの頃かな、私貧血で倒れそうになったんだけど、その時抱き留められて……」

「…………」

「へぇ、そんなことがねぇ」

「い、いや待て。マジでそれ覚えが……あっ?」


そう言えば……廊下ですれ違った女子が倒れそうになったのを見て、咄嗟に抱き留めた記憶がある様なない様な。

女性の先生が通りがかったから、その人に任せちゃったはずだったけど……。


「その時、宇堂くんって人が助けてくれたって言ってて感謝しなさいよ、ってその先生から聞いたんだ。同じクラスだと思わなかったけどね」

「…………」


その頃の俺と言えば、春海との高校生活に夢中で他の女子なんて目にも入らないくらい盲目だった。

言ってしまえば倒れそうになっていた案山子を助け起こした程度の認識でしかなかったわけだが、向こうはそんな風に考えていたのか。


「なるほどね、らしいと言えばらしいけど……どうせあれでしょ、その当時春海は生きてたし、春海との生活が楽しくて楽しくて、って感じで他の女子とか案山子くらいにしか思ってなかった、ってオチ」

「…………」


的確すぎて何も言えん。

とは言ってもそんな前のことに嫉妬とかされても、正直どうしようもないわけだが。


「多分そうだろうね。宇堂くん、その頃本当に楽しそうだったし。でも私からしたら割と大きなことだったんだよね。友達がいなかったとかじゃないけど、家族も昨日話した通り普通じゃないし、誰かに心配されたり助けてもらったりって言うの、なかったから」


そう言って笑う西乃森さんは、正直昨日の様な異常性が感じられない普通の女の子に見える。

別に俺を騙したり同情を引こうって考えているわけではないんだろうけど、あいつらが見たらこれも作戦だ、とか言い出しかねない。

確かに女の子は大なり小なり打算的なところはあるだろう。


相手が思い人となれば、それは顕著に表れる、という人間も多いと思う。

だけど何だろう、こう良心を的確に攻めてこられると俺としても断りづらい感じになってくる。


「宇堂くんからしたら、確かに案山子だったかもしれないね。でも、あの助け起こしてもらった時の温もりは今でも忘れてないよ」


いや忘れろよ。

こんな暑い日にそんなの思い出してたら熱中症になるぞ。

とか言おうものなら多分味方のはずの朋美の鉄拳制裁が始まるだろうな。


「そんなに思われているのに、宇堂くんは西乃森さんを見ようとしないのか?」

「…………」


見ようとしてない、というのではなく……何かが多分俺の中で合わないと感じるんだろうな。

悪い子ではないと思うし、好かれたことに関しては素直に嬉しいと思う。

顔が好みじゃないとか、体が、とかそういう下世話なことを気にしているわけでもない。


「大輝にとって、西乃森さんってもしかして……」

「ん?」

「……これは私から言うことじゃないな。大輝が自分で気づかないといけないことだから」

「…………」


朋美には多分、俺の感じているものの正体がわかってしまったのだろう。

だけど、朋美が言った通り、俺自身が気づかなければならないことではある。

だから口を噤んだ、というわけだ。


つっても俺にそれを求めるのは酷じゃないか?

鈍感朴念仁等々散々言われている通り、俺は朴念仁代表みたいな感じなのに。

そして朋美にわかっているということは、おそらく西乃森さんにもわかってしまっている。


にも拘わらず未だに俺だけわかっていないという状況はいささかまずいのではなかろうか。

ちゃんと答え出しなさいよ、という朋美の視線。

断るなら早くしろよ、と言いたげな矢口の視線。


西乃森さんは……何考えてるかわかんねぇ。

とにかくこの三人の視線を受けながら、俺は懸命に考える。

しかし、何となく俺の中で論点がずれてきている感じがするのは何でなんだろう。


断る、というのは既定路線のはずで、それを口にしたらそれで終わりのはずなのに。

もしかして俺は、ここへきて西乃森さんを傷つけないやり方を考えようとしてるんじゃないだろうか。


「傷つくとか、そういうのは気にしなくていいよ。もしかしたら私の気持ちだって、そこまで大きなものじゃないかもしれないんだし」

「…………」


そう言われると逆に傷つけるのは申し訳なくなる、というのは俺だけなのか?

しかし……どう言い繕っても断る、という行為はある意味拒否、拒絶に繋がるものではあるし、傷つけないで済ませることなんかできやしない。

根っからの善人でもない俺が、どうして相手を傷つけまいとするのか。


「大輝、一個言っておくけど」

「え?」

「傷つけるのと嫌われるのはイコールじゃないよ」

「…………」


こいつ、睦月みたいなことしやがる。

何でわかったんだろう。

ここで西乃森さんに思い切り嫌われて、おまけみたいな感じで矢口にも嫌われたら……つまり共通の敵を得たら二人はいい関係になれないだろうか、と考えていたのを、朋美に看破された上にバラされてしまった。


せっかくいい手段かと思ったのに。

だけど、きっと睦月のやつは、こう言うだろうな。


「大輝にそんなの、似合わないよ」

「……何でお前、いるんだよ」

「苦戦してそうだったからね、助太刀に参ったってわけ」


本当、こいつは何処にでも現れて……俺の心を見透かしてくれる。

しかし正直今一番会いたかった相手でもある睦月が来てくれたことで、俺の中で答えが徐々に固まりつつあるのを感じた。

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