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第163話

「で、今はお父さんどうしてるんだ?離婚したんだろ?」

「ん?してないよ?だってさっきも言ったじゃん。父と母がいて、って」

「……それって……」

「え、マジで……?」


殺人未遂で、しかも相手が身内。

そんなこともあって、かなりの重罪になるのではないかと予想していた俺は、その予想を見事に裏切られた。

精神耗弱という見方もでき、また起因するのが父親の浮気、ということもあって罪は大分軽減されたんだそうだ。


世の中何か間違ってやしないか……?

そして父親は一度、母親の服役中に面会に行ったことがあるそうだ。


『離婚……出来ると思ってるの?』


俯きながら話す母親。

この時西乃森さんも一緒に行ったそうだが、その時の母親の表情は何とも形容しがたいもので……簡単に言えば狂った人の顔ってこんななのかな、というのが西乃森さんの感想。

是非ともお目にかかりたくない相手だと思った。


父親はこの時強気なことに、紙切れ一枚で何とでもなる世の中だ、なんて言って乾いた笑いを浮かべていたそうだが、帰ってから冷や汗が止まらなくなり、それからリアルに五日ほど寝込んだ。

母親の呪いか?なんて思ったらしいが、父親も既にその時には腹を決めていた様で、離婚届を出すことはしなかったらしい。

母親がああなった原因は自分にもある、とその時漸く父親は悟ったとのことだった。


そんなことがあってから三年半。

母親は出所することが叶った。

父親と中学生になろうかという年齢になった西乃森さんが車で迎えに行き、母親は家に戻ってきたのだ。


それまでに西乃森さんへの周囲の風当たりが強くなったりと色々あった様だが、誰に何を言われても何処か他人事な感じがして、悲しいとか悔しいという気持ちにはならなかったとか。

それはそれでどうなのか、と思うが本人がそれでいいと言うのだから別に構わないのではないだろうか、とも思う。

これで家族三人揃って、平和に暮らしていけるのかな、なんて俺は楽観的に考えていたのだが……それが間違いであったことをすぐに思い知った。


「お母さんからするとね、お父さんが離婚の話を持ち出したって言う事実そのものが気に入らなかったみたいで」

「…………」

「…………」


まだ何かあるのか、という朋美の顔。

俺も徐々に、聞かなければ良かった、なんて思い始めている。


『離婚、ね。紙切れ一枚で何とでもなる世の中、か』


出所できたからなのか、満面の笑みを浮かべて呟く母親。

何か悪い病気にでもかかったんじゃないかってくらいに、真っ青になって目をひん剥いて母親を見つめる父親。

自身の失敗があったことを、この時初めて思い知った。


『罰が、必要よね』


そう言って、母親はにやりと笑い……そして父親は男性機能を丸ごと失う結果となった。

……うん、何て言うかこう……ヒュンとするよね。


「……丸ごと失った、って言うのは?」

「おい朋美、それ深堀りすんのかよ」

「だ、だって……」

「うん、お母さんがね、切り落としたの」

「…………」

「…………」


三年半前に父親を刺した包丁は、当然警察に押収されているので……自宅にあったものを使って、ということになるのだろうが母親は何て言うか……父親のアレを包丁で切り落とした。

しかしながら母親が罪に問われることはなかった。

それは一体何故なのか。


「お父さんがね、自分でやったって警察に言ったの。最近不能気味だったから、男性として死んだも同然なんだ、って。見ていてやりきれない気持ちになって、やってしまいました、って」

「…………」

「…………」


え、何?そんな理由で?

というかそれ、嘘だよね?

母親は真っ先に警察に疑われた様だが、その時には逮捕者は出なかったらしい。


やっぱり世の中色々間違っていると思う。

そしてそんな家庭で育ってきた西乃森さんは……やっぱり何処かネジの外れた感じになっちゃったってことなのだろうか。


「な、何となく……西乃森さんがそうなっちゃった理由は分かった気がする」

「おい朋美、さすがにその言い方はないだろ」

「他にいい言い方があるなら、どうぞ。申し訳ないとは思うけど、少なくとも私には他に思いつかなかった」

「…………」

「別にいいよ、事実だし。そして私が間違っているとは思ってないから」

「…………」

「…………」


なら仕方ないか、と素直に思うことも出来ないこの気持ちのやり場……。

まぁ父親が男性機能を文字通り失ったことによって、異常な家庭環境は徐々に一般的な感じになりつつある、とは言っていたが……犠牲と代償が大きすぎる気がする。


「それに今、お父さんもお母さんもラブラブだしね」

「そ、そうなんだ……」


父親は女装に目覚めたりとか、そんな結果になったりはしてないのだろうか。

いや、あまりに安直な考えであることは自覚しているつもりだが、やっぱりちょっと気になるだろ?


「断固拒否してるね、女装。変なところで男らしいんだよ、お父さん」

「…………」

「少なくとも美悠が高校出るまでは、って言ってた」

「それ、断固ってほど拒否ってねぇよ……」

「ご飯できたけど……もう食べる?」


話が漸く落ち着いたかも、というところであいが食事を運んでくる。

丁度腹も減ってきた気がするし、タイミングとしてはバッチリかもしれない。

が、しかし……その運ばれてきた数々の料理を見て、俺も朋美も言葉を失った。


「……おい、何でよりによって……」

「ウィンナーづくしって……」

「今日、ウィンナー安かったんだぁ。大輝、パリッとした食感が好き、って前に言ってたから」

「…………」

「美味しそうじゃん。すごいね、あいさん。料理上手なんだ?」

「色々勉強したからね」


俺と朋美が黙々と食事をとる中、西乃森さんとあいは料理談義で盛り上がっている。

いつからこいつらこんなに仲良くなったんだよ。

しかもさっきの話をした直後に出てきたウィンナーを、旨い旨い言いながらもりもり食べて……。


「それより、明日どうするのよ……」

「ああ、それな……何か話聞いてる内に正直さっきの用件くらいなら付き合ってもいいかも、って思えてきた」

「同情ならいらないよ?」

「んー……似てるとは思うけど、やや違う。実際にその矢口の反応を見て、西乃森さんはきちんと人間の気持ちを感じて学び取るべきだと思う」


何でそう思ったかって?

独占欲に任せて何でもしていいって理由にはならないし、仮に俺と西乃森さんが付き合う未来があったとして……あんな異常な事態になるのだけは絶対にごめんだからだ。

朋美の認識も少しだけ、変わってきている様に見えるしひとまずはその方向で行っていいんじゃないか、と俺は思っている。


「でも、私は反対」

「は?何でだよ」


そう思った矢先に朋美は異を唱える。

西乃森さんもこれには少し驚いている様だった。


「西乃森さんの問題はあくまで西乃森さんと矢口くんの問題でしょ。なら二人で……つまり当事者同士で解決するべきだわ。矢口くんからしたら、大輝は全くの他人で、面識だってないんだから。そんな男がいきなり現れたら、大輝ならどう思う?」

「うーん……」

「見守る程度ならいいかもしれないけど、大輝を連れて、って言うのはやっぱり違う。人間らしさを学ばせるって言うんだったら、そこは甘やかしちゃいけないところでしょ」


なるほど……朋美の言うことももっともかもしれない。

西乃森さんが抱える問題。

それは確かに西乃森さんが自分で解決する、それは当たり前のことだ。


断りにくい相手だから、って人を頼っていてはこの先成長も見込めない。


「逆にそれが出来ないんだったら、大輝のことはすっぱり諦めてほしい。大輝の為にもならない気がするから」

「俺の為って……」

「大輝を諦める覚悟があるなら、連れて行けばいいよ。そうじゃないなら、自分で何とかして」


結構言うこときついなぁ、と思う。

しかしながら、言うことは全くもって正論な気がするからそれは違う、とも思えないわけで。


「じゃあそうだな……相談には、乗るよ。もし西乃森さんがその矢口を、本気で断ろうと考えてるんだったら、出会い頭にごめんなさい、でもいいんだし。そこで俺を理由に使ってもらう分には構わないし、別に名前を出す必要もないとは思うけどな」

「そうね……どの道西乃森さんが自分で解決しないのは、矢口くんに対して失礼に当たるわ」

「そっか……じゃあ見守るだけお願い出来る?」


そんなわけで西乃森さんの騒動に関しては、一件落着……となればいいのだが。

どうも今回の話、単純に矢口と西乃森さんの恋愛絡みのもつれとかそんな単純な話ではない様な、穏やかでないものを感じる。

また朋美も俺と同様に不安を感じるのか、心配そうな表情で西乃森さんを見つめていた。

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