表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
162/212

第162話

西乃森さんの家庭は西乃森美悠という娘一人に両親という、別に珍しくも何ともない構成。

幼稚園とか小学校に入るくらいまでは、特に問題のある家庭とは感じなかったという。

ある時、友達の家に行く機会があってその時に違和感に気づいたのだとか。


『何で〇〇ちゃんのおうちだと、お母さんとお父さん、抱き合ったりしてないの?』


この一言に友達はもちろん、その友達の両親も凍り付いたそうだ。

では何故こんな一言が飛び出したのか。

それは西乃森さんが小学校二年生くらいの頃にさかのぼる。


発端は父親の会社での浮気。

見事にというか、無様にというか……浮気そのものはすぐに発覚して、浮気相手ともすぐに別れさせられたのだそうだ。

しかし、その浮気騒動はそれだけに留まるわけはなく、母親はその頃を境におかしくなったのかもしれない、と西乃森さんは語った。


愛情を確かめ、縛り付ける為に母親が取った措置。

それは、一般家庭ではおおよそあり得ないものだったと言えるだろう。

前述の通りの西乃森さんの発言は、ハグという意味での抱き合う、ではない。


生殖行為、つまり男女の営み。

下世話な言い方をすれば、何でセックスしてないの?ということだった。

そう、西乃森さんの両親は西乃森さんが見ている前でも構わず生殖行為に明け暮れていた。


西乃森さんからしたら親がそうするのは当たり前の光景で、両親の仲良しもしくは仲直りの証とも言えるものという認識だった。

だから生殖行為をしていない友達の両親は喧嘩でもしてるんだろう、といった、言わば異常な思考になったのだとか。

もちろんそれが正しいことではなく、世間的には異常であるということはすぐにわかり、西乃森さんは一時的に保護施設へと預けられた。


そして、一か月ほどを西乃森さんはその施設で過ごすわけだが、その一か月の間に事件は起こった。

おそらくいつもの通り生殖行為に明け暮れていたと思われる両親だったが、ふとしたことでその関係に亀裂が入る。

父親が仕事をしなければ生活などもちろんできないし、サラリーマンでもある父親は土日祝日以外は仕事に出かける。


その父親への歪んだ愛情故に、母が取っていた行動は……向かいのビルから父親を監視することだった。

常軌を逸した愛情、と言えば聞こえはいいかもしれないが、俺が受けた印象としてはもうそれ異常者の類だろ、というもの。

もちろん前科をつけてしまった父親が悪いことは間違いない。


浮気をしなければ……していたとしても、それがバレたりしなければそんな行動に至る理由はなかったのだから。

西乃森さんの母親の気持ちを丸ごと理解してやることはできないが、その行動に至った原理くらいは理解できるかもしれない。

そしてその監視のさ中、母親は見た。


父親が同僚の女性社員に優しく接するところを。

それだけなのかって?

うん、まぁ当時の母親の心境からしたら、大ごとだったんだと思う。


また色目使ってるんだ、となってもおかしくは……いや、おかしいのかな。

何か俺もよくわからなくなってきた。

ともあれそれを見た母親は、帰り道で新しい包丁を一本購入した。


何に使うのかって?

俺はまぁ……最近料理の時に切れ味悪くなってきたから、とかそんな理由じゃないかと思ったり……するわけねーだろ。

どう考えてもドキハラ展開ですよねこれ。


そう、そして夜。

父親はいつも通り帰宅する。

明かりの灯っていない我が家を見て、訝しげな表情を浮かべながら。


何処か出かけるとか言ってたっけ、なんて呑気なことを考えながら靴を脱ぎ、家に上がり……そしてすぐに父親はその呑気な思考を後悔することになった。


『おかえりなさい』


突如響いた母親の声は、今までに聞いたこともないほどに冷たいものだった。

そしてまだ明かりもつけていない部屋でいきなり聞こえた声に父親は驚愕し、飛び上がる。

電気くらいつけたらいいのに、というありふれた言葉を吐きながらも母親の手元に目が行く。


そして瞬時に殺される、と恐怖したそうだ。

そりゃそうだ。

仮にこの家に帰ってきて朋美辺りが同じことしたら、まず人生の終わりを予感する。


『あなた、今日会社の女の子に色目使っていたわよね』


暗闇に光る母親の目と包丁の刃。

逃げなければ、そう考えても父親の体は恐怖に凍り付き、身動きが取れない。


『選ばせてあげる。ここ、切り取るか死ぬか。他の女にとられるくらいなら、ね』


ここ、とはどの部位なのか。

よくリア充が怨嗟の声を受ける際に、もげろ、とか爆発しろ、なんて言われると思う。

その、もげろ、を指す部分。


つまりは男性器。

その言葉を聞いた瞬間に、俺はうっかりと朋美を見てしまう。

そして、目が合った。


「何よ。切り落としてほしいの?」

「か、勘弁してください」

「続けるよ?」

「あ、はい」


父親は、誓って浮気などしていないから、と必死で命乞いをしたそうだ。

床に頭をこすりつけて、涙も鼻水もだらだら流しながら。

まぁ、この父親の心境は痛いほどにわかると言っていい。


だって俺もその状況ならそうするもん。

相手を鎮圧すればいい?

……俺みたいな甘ちゃんは、そんなことを考えても詰めが甘くて結局返り討ちにあって、生き地獄コースだよ。


話を戻すと、父親は男性器も命も捨てたくないと懇願した。

そりゃ当たり前の反応と言えるだろう。

男として死ぬか、人間として死ぬかを選べなんて、究極すぎる二択で潔くじゃあこっち、なんて言える豪傑がいたら、是非お目にかかりたい。


その母親は脅しではなく実際にそれをするであろうことが間違いない事実としてあるからだ。


『そう……どっちも選びたくないのね』


父親の必死の……いやもう決死と言ってもいいレベルの懇願に、母親は包丁を下ろす。

願いが通じたのか、と父親は恐る恐る顔を上げた。


『そう、そうよね。わかるわ』


そう言って母親は微笑む。

その笑顔に、何処か出会った頃を思い出したのか父親は安堵した。


『でもね、世の中ってそんなに甘くないの』


微笑み顔のまま、母親が包丁を振り上げて、そして……。


『死ね』


その瞬間の母親の顔は至って無表情。

何も感じることなく、一切の躊躇もせず母親は父親の脇腹を刺した。

確実に死に至る様、抉りこみながら。



「私が施設から戻ることが決まった、その翌日くらいの話だったかな」

「…………」

「…………」

「お母さんは当然逮捕されて……お父さんは一命をとりとめて、でも一時昏睡状態になったみたい。けど一か月くらいで退院してきたっけ」


どうでもいいけど、何でそんな話を半笑いで出来るの?

あ、そうか嘘というか……作り話なんだ。

そうだ、そうに違いない。


というかそうあってほしい。

……しかしそんな俺の儚い願いは、天には届きませんでしたとさ。


「私はお父さんが退院するまでの間、おばあちゃんの家に預けられてね。もちろん父方の。母方は、今でも生きているみたいだけど私、一度も会ったことないんだ」

「…………」

「…………」

「人間って面白いね。精神を病むとそこまでするんだ?」

「おも、面白い?何言ってんのお前」

「あいちゃん……さすがに笑い話じゃないんだよこれ……」


そう言った朋美もさすがに顔が青い。

この朋美ですら恐怖する様な話を、あいは面白いと言い西乃森さんは笑いながら語る。

うん、こいつらどうかしてるとしか思えない。


「まぁ、そんなことがあって……私は一か月おばあちゃんの家で過ごして、その時もおばあちゃんに聞いたっけ」

「……まさか」

「うん、何で抱き合ったりしないの?って」

「…………」

「…………」

「凄い顔されたの覚えてる。お前は理解したくせに、そんなことを聞くのか、なんて言われて散々殴られたっけ」


ある種の癖にでもなってたのかな。

それに更年期を迎えて久しい老夫婦にそんなことを尋ねたら……笑われるか怒られるかの二択な気がする。

ある意味で真っ当な反応と言えるのではないだろうか。


「私、晩御飯作るね。お話続けて?」


そう言ってあいが立ち上がり、玲央をよろしく~、なんて言いながら俺に押し付けてくる。

仕方ないので、このリアル怪談を玲央を抱っこしながら聞くことにした。


「夕飯、西乃森さんも食べて行くでしょ?せっかくだからゆっくりしていってよ」


こんな感じで夕飯にもお呼ばれした西乃森さんは、いいのかな、とか言いながら頷く。


「えっと……今の話を聞いた直後に何だけど、親御さんへの連絡は?しなくて大丈夫なの?」

「うん、二人とも私の将来とかあんまり興味ないみたいだし」

「…………」

「…………」


夕飯までこの話題を引きずらない様に、とっとと終わらせる方向で行けないだろうか。

そんなことを考えながら、俺は引き続き西乃森さんが口を開くのを待った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ