第161話
「何よそれ……大輝を利用しようとした様にしか見えないんだけど」
朋美がこう言うのもまぁ、無理はないかもしれない。
何故なら西乃森さんが話した内容というのが、何とも……言い方は悪いがクズだな、と言いたくなる様なことだったからだ。
さっき俺も西乃森さんにクズ呼ばわりされはしたが、俺といい勝負なんじゃないか、という内容。
もちろん何人もの男を股にかけて、とかそういう意味ではないが、人道的な問題の話だ。
要点をまとめると、矢口を西乃森さんが好きだったわけではなく、矢口が西乃森さんを好きだった、ということ。
そして最初はやんわり断っていたが矢口も拒絶まではされないからか、アプローチが積極的になっていった、とのことだった。
高校入学時に同じ中学の人間がいると言うことに気づいて思わず声をかけてしまった西乃森さんにも非がある様に思えるが、気持ちとしては理解できないこともないかもしれない。
とは言え友情を壊したくないから、という理由でのらりくらりとかわし続け、そういう態度が矢口の心を西乃森さんから離さなかったのは確かだ。
そして本命がいるのであれば、それはそれとしてきちんと伝えるべきだったところを、西乃森さんは怠った。
矢口に非があるか、と言われると正直どの程度激しいモーションをかけていたのかがわからないから何とも言えない。
こういう場合、大抵は男側が悪くなりそうな世の中なのにちっともそういう感じがしないのは、やはり西乃森さんの態度に問題があったから、と言えるのではないだろうか。
そしてその話を聞いて、冒頭の通り朋美は憤っているというわけだ。
「だけど、宇堂くんに関しては本気なんだよ?」
「それを全面的に信用するってのは、ちょっと危険な気がする。本人を目の前にして申し訳ないんだけど」
「何で!?私はただ同じ中学の友達を失いたくなかったってだけで……」
「…………」
こういうの、何て言うんだっけ。
盗人猛々しい?
いや、実際西乃森さんが盗んだものなんて、いいところ矢口の心くらいなもんなんだろうと思うけど……。
なんてどっかの警部みたいなうまい事言ってても仕方ない。
「でも、俺は思うんだけど……何かを手に入れるには何かを失う覚悟が必要じゃないか?何のリスクもなしに何かを手に入れられるんだったら、この世で苦労してる人なんか一人もいない計算になるだろ」
「それって、矢口くんをきっぱり振ってこいってこと?」
「それは別に今からやっても仕方ないことだと思うんだけど?だって、順番が逆じゃない。本来であれば……大輝に対して本気だって言うのであれば、それは態度で示すべきだった。つまり、先にその矢口くん?のことを片付けてからにするべきだった。そうでしょ?」
全く以て正論だと思う。
正直女の子のどの辺が嘘でどの辺が本音かなんてわからないが、仮に西乃森さんの言うことを全部信用するとした場合、そうしてもらうのは言われるまでもない、言わば当たり前のことだと俺も思うからだ。
誠意をもって、とかよく言うし、それをカッコ悪いみたいに思う風潮があるけど、それは違う。
誠意の示し方がわからない人間が無様に足掻いて答えを出せなかったから、出来ている人間をダサい、みたいに嫉妬しているに過ぎない。
相手に対して真剣であることを伝えることも、誠意を伝えることも、どんな時代だろうとそれは必要不可欠なはずだ。
「そんなことを人から教わらないとわからないって時点で、不合格でしょ」
「…………」
「まぁそこまで言う必要はないかもしれないけど……でも俺も似た様な意見ではある。どっちかがどっちかに尽くして当たり前、みたいな感じもどうかとは思うけど、俺には矢口ってやつを保険にしている様に見えるんだよ」
保険……他に言い方なかったの?って自分でも思うが正直他にいい表現が見つからなかった。
この表現が正しいなんて思わないけど、多分朋美も似た様な感想を持っているからここまで噛みつくのではないか、と思う。
「だったら私、矢口くん切るよ」
「だから、今からそんなことしても意味ないでしょ。大輝がああ言ったからこうする、とかじゃなくて自分の意志でそうしなかったことが問題なんだから」
「あのな……そんなことないって思うかもしれないんだけど、今からそれをするのは更に逆効果だと思うぞ。少し考えたら何でかってのはわかりそうだけど……敢えて言わせてもらえば、俺たちに負い目を感じさせるのが目的なんじゃないかって、そう思われるのがオチだ。朋美の言う通り、順序が逆だったんだよ。つまり、残酷な言い方にはなるけど……西乃森さんが今から色々やっても手遅れだと思う」
「…………」
こういう時、バッサリと切ってやるのが優しさだ、とか言うけど……俺は甘いのかもしれない。
手を差し伸べてしまいたくなるからだ。
誰に非があるかとかは置いといて、目の前で傷ついて打ちひしがれている女の子を見ると、どうしても居た堪れなくなるし……何より朋美と違って俺は同じ学校の同じクラスで最低でも一年の間は一緒に過ごさなければならないのだ。
それを考えると、どうしてもここで何とか丸く収めておきたい、というのは人情ではなかろうか。
「……一応聞かせてほしいことが一つあるんだけど」
「…………」
「今からそれを聞いてどうなるんだ、って話ではあるから、答える義務はないんだけどさ」
「大輝、もういいじゃない。本人の心はもう折れたんじゃない?」
「いや……明日のデート、どうするつもりなんだ?というかそもそも矢口とのデートは本当に予定としてあったのか?」
「あるよ。今日、上手く行ってれば明日宇堂くんに付き合ってもらって、事実を突きつけるつもりだったから」
これには俺も朋美も面食らう。
まさかの人頼みだったとは。
もちろん手段として有効であることは間違いないだろう。
俺には矢口との面識がないし、別に後腐れなく終わることができるんじゃないか、とも思う。
だけど人としてどうなのか、というやり方ではある。
少なくとも矢口は正面切って西乃森さんに気持ちを伝えていたんだろうし、その行動には西乃森さんからしたらありがたくないのかもしれないが、誠意があったんじゃないだろうか。
それを無碍にする様な、そんなやり方という印象を受けるのは俺が甘いからなのか?
こういうのが最近じゃ当たり前なのか?
色々わからないことが多すぎる。
そんなことを考えた時、バチィン!という鋭い音が聞こえて、西乃森さんが頬を押さえて蹲っていた。
「お、おい……」
「ふざけんじゃないわよ!!あんた大輝を何だと思ってんの!?あんたから見れば確かに女にだらしないクズ野郎に見えるかもしれないけどね、大輝はそれでも全員を大事にしてくれてるの!!不器用なりに、頭が悪いなりに頑張ってくれてるの!!それを便利に使おうみたいな……そんなの私は絶対に許さないから!!」
「…………」
「どうしたの?」
あいが何事かと玲央を抱いたままで部屋にやってくる。
まぁ、今の騒ぎで何も思わないやつの方がどうかしているとは思うが。
「いや……朋美、少し落ち着け。気持ちはわかるし、ありがたい。だけどこれ以上はダメだ」
「朋美さん、殴ったんだ?」
「あい、少し黙ろうぜ」
「んー……だって、その子多分自分で悪いことした、って考えてないよ?」
「…………」
人の機微に敏感な、人と違う立場で物事を見るあいならではの見方。
視覚的なものではなく、心の目みたいなもので見ているんだろうか。
しかし、西乃森さんがここまできて悪いことをした自覚がないってことだと……人間として足りないものがあったりするのかもしれない。
「俺のことは本気、そう言ったけどそれに間違いはないのか?疑うって言うよりも、話を聞いたりしているうちに何となく信じられなくなったっていうか」
「……それは本気だよ。姫沢さんが亡くなった時、消え入りそうに見えたこともあって、私じゃ力になれないことはわかってたけど……それにすぐ元の調子に戻ってて、薄情なのかなとか思ったこともあったけど」
「…………」
それについては何とも言えないな。
死んだ人間の魂が別の人間に移って、しかもその本人はこないだ転校してきた双子の姉妹だって言うんだから。
属性てんこ盛りすぎて正直俺としても、当たり前だと思わなかったら混乱しすぎて日常生活に支障をきたすレベルだったと思う。
だから薄情と思われることも仕方ないかなとも思うわけで。
周りから見たら間違いなくそう見えるだろうし、俺が周りの立場で俺を見ることがあったら、間違いなくそう思っていただろう。
「事情はさっき聞いたからある程度納得できた部分もあったけど、それと同時に女を食いものにしてる感じなんだったら、私も食われる代わりに今回のことを解決できる手段として使わせてもらうのくらいは、って思った」
「あんた……!」
「まぁまぁまぁ、とりあえず座れって朋美。俺が怒るならともかく、お前が怒ったらシャレにならん」
「あんたがそんなだから、私が怒るんでしょうが!!」
俺に怒りの矛先が向いて、ひとまず西乃森さんの危機は回避できたと考えていいだろう。
そういえば気にしたことがなかったが、西乃森さんは普通の家庭で育っているんだろうか。
たとえば異常……いや正常とは言い難い環境で育っていたりする場合に関しては、人とずれた考えを持ったりっていうこともよくある、みたいなことは聞いたことがあるが。
何を呑気な、とかまた朋美に怒られそうな気がしなくもないが、とりあえず俺は西乃森さんに色々聞いてみることにした。
それからどうするかを判断するんだっていいわけだし。
「別に、普通だよ。多分……両親がいて、母が専業主婦で父が会社員で。一つ普通と違うかも、って言う部分があるとしたら、友達を一度も家に連れていけなかったことくらいかな」
「それは、何でかって聞いて大丈夫な話なのか?」
早速普通じゃなさそうな部分、出てきた。
連れていけなかった、ってことは親が関係してるんだと思うが……母親が専業主婦で家にいたってことなら母親が原因なのかもしれない。
「まぁ……既に解決してる話ではあるから。気分悪くなるかもしれないよ?事実私の家庭環境について話した相手の大半は気分悪くなってたみたいだし」
「…………」
何だよそれ、もう既に異常ですよって言ってる様なもんじゃないか。
自分で切り出しておいて何だが、正直聞くのが怖くなってきた。
ヤンデレとか割と好きなくせに、ホラー展開みたいなのは俺の望むところではないっていう、偏った好みをしている俺からするとこの西乃森さんから聞かされる話はおそらくホラー要素の方が多かったりするのではないだろうか。
そう考えると正直怖くて仕方ない。
展開が読めないから、とかそういうのも起因しているとは思うがこれは間違いなく恐怖だ。
しかし……聞かなければ何も前に進まない。
そう考えて俺は覚悟を決めて、西乃森さんの話を聞かせてもらうことにした。




