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第150話

朝、目が覚めると隣には、全裸で寝息を立てるイヴがいた。

そして俺も全裸。

何が何だかわからないこの状況。


もしかして、事後?

寝室から見えるリビングの食事は一切手をつけた形跡がなく、俺も昨日は何も食べないままだったらしく今になって腹が鳴ってくるのを感じる。

ていうか何で俺まで全裸なの?


イヴの背中洗って……何か他愛もない話をして、ってとこまでは覚えてるんだが。

一体何があったんだろう。


「おはよう、お兄ちゃん」

「お、おう。おはよう……なぁ」

「ご馳走様でした」

「…………」


この一言で俺は全てを察した。

何かを自発的にした記憶は一切ない。

これは間違いない。


しかし、経験でわかる。

俺の意志とか関係なく、俺はこいつと関係を持ったのだ、と。


「もしかして……昨日の眠気は」

「うん、ごめんね。我慢できなくて」

「おいおいおい……マジかよ。お前、後悔しないの?むつ……スルーズとかみたいに毎日こっちにいられるわけじゃないんだぞ?」

「別に、会いたくなったらこっちに来ればいいだけだもん。お父さんもお兄ちゃんとなら、って言ってくれてたし」

「…………」


何なんだこの親子は。

ていうか何?仕組まれてたの?

もう何が何だかわからない。


「別に責任とか取ってほしいとは言わないから、安心してもらっていいんだよ?」

「いやいや……さすがにそれはあり得んだろ。記憶にないとは言っても、多分やることはやったんだから」

「律儀だね、お兄ちゃん。疲れない?」

「まぁ……疲れないと言ったら嘘だけどな。でも俺が無責任なことして相手に心労を負わせること考えたら、些細なことだろ」


へぇ、とか言いながらイヴはそのままがしっと俺にしがみついてくる。

そんな恰好でしがみつかれたら、またしても俺は反応を示してしまいそうだが……。


「お兄ちゃん、やる気だね」

「いや、これは所謂生理現象だから。男に生まれたら仕方ないことなんだ」


もちろんそんな言い訳が通用する様な相手ではなかった。



「……お前、騙してやがったのか」

「えへへ、ごめんね。お姉ちゃんがこうしたら絶対いけるって言ってたから」


悪気が全然ないところが、尚更ムカついてくる。

まんまと騙された俺自身にも当然腹が立ってくるわけだが。

昨日からさっきまでのは、実はただの見せかけだった、ということだ。


「実際途中までは何とか頑張ろう、って思ってたんだけど……やっぱり初めてだしちゃんと意識がある時の方がいいなって」

「本当、やられたわ……やったはずなのに。あの野郎、あとで説教だな」

「お姉ちゃんは……まぁ、悪くないってことはないか。それよりお腹空いたし、シャワーしてあいの作ったご飯食べよう?」


それより、って随分あっさりしてんな。

こいつの性格からして、一回や二回で終わるとも思えなかったのに。

それとも栄養補給してから、って意味じゃなかろうな。


どっちにしても俺は昨日風呂にも入りそびれていることだし、とそのまま風呂場へ向かう。

しかしああもあっさり意識を持っていかれるとか……あいつ案外やり手かもしれない。

純粋な力勝負とかはどうかわからないけど、頭の回転は良さそうだ。


それに睦月に教えられたことを一回で実践して上手く行っちゃうとか、頭で理解してても実際に出来るかって言ったら本人の技量とか大きくかかわってくるし、侮れないやつだと思う。


「お背中流しますよ、お兄ちゃん」

「おま!何で入ってくるんだよ!つか先食ってていいっての!」

「まーまーまー。一緒に入っちゃえば時間短縮になるから」


いらんことばっか覚えやがって、こいつ……。

とは言ってもさっきすっかりと堪能してしまった手前、無碍にも出来ない。


「ねぇ、今日は何処行くの?」

「んー……そうだな、水族館とかは?」

「水族館?」

「知らんか。魚とか、海で暮らす生き物が展示されてるとこなんだけど」


ある程度の常識は刷り込んである、って聞いてるのに割と基本なところは抜けてるのか。

それとも俺が水族館をチョイスするって言うのが想定外だったのか。


「魚、だっけ。面白いの?」

「んー……お前落ち着きないからな。ああいうのは心静かに眺めて楽しむものだからな」

「む、失礼だね。私だって少しくらい静かにしてられるよ」

「いや、お前目立つから。何もしてなくても人目を惹くからな」


素直に認めてしまうのは何となく腹立たしい感じがするが、こいつの見た目は抜群だと思う。

男なら魅了されない者はほとんどいないんじゃないか、ってくらいに女としてのスペックが高い。

寧ろ連れて歩いたら、俺が浮いちゃうんじゃないか、って思う。


「それならどうするの?違うとこ行くの?」

「んー……迷うな。何かしてみたいこととかないのか?」

「さっきの続きとか」

「却下。そんな退廃的な生活覚えさせたら、俺がルシファーさんとか睦月に殺される。そういうのは……まぁ、また後でってことで」


そこまで言うなら仕方ない。

うん、仕方ないよな。

そう心の中で言い訳をして、俺は今日の行動を模索する。


「お兄ちゃん、背中ごしごししてあげるね」

「ん、ああ……サンキュって……お前!前はいいから!!自分でやるから!!」

「まぁまぁ遠慮なさらずに。私も洗ってもらうから」

「お前躊躇いとか恥じらいとか、そういう概念ないの?」

「そんなものは今朝トイレに流してきた」


この発言どっかで……前に睦月が、いや春海だった時だっけ。

何か結構前に聞いた覚えがある。

やっぱ姉妹だわ、こいつら……。



「へぇ……ここってゲーセンって言うの?」

「正確にはゲームセンター、だけどな。色んなゲームがあるだろ」


何処に連れて行くか迷った挙句、面倒になった俺は近所のゲーセンにイヴを連れてきた。

そんなんでいいのか、という意見は多くありそうな気がするが、俺のテリトリーはそこまで広くない上に、金だってそこまであるわけじゃない。

大体世間を見て来いって言われてるってことは、イコール思い出を作ってこい、ということなんだと勝手に脳内変換した俺は、適当にプリクラでも撮ったらよくね?なんて思ったりしたわけだ。


こいつの精神年齢は幼稚園児並みだし、どうせこの程度の誤魔化しでも十分通用するに決まってる。


「ゲーム……お姉ちゃんの知識だと、お兄ちゃんがよくやってるのとはちょっと違うみたいだけど」

「あいつの知識はやや偏ってるからな。俺が普段やってるのは携帯のゲームだから」

「携帯?」

「ああ。離れた相手と連絡が取れるって言うもんなんだけど……ほしいとか言うなよ?人間界と魔界とじゃ離れすぎて通信とか出来ないから」

「そうなんだ、残念」


そんな心底残念そうな顔しなくてもいいだろ……。

どうせ遊びにきてるだけなんだし、二度と会えないってこともないんだろうし。

……なんてことを考えるから、みんなから女心がわかってない、とか言われるんだろうな。


「魔界にはあるのかわからんけど、こっちだと俺たちの姿をそのまま紙に写せる仕組みもあるんだ。嫌じゃなければ撮るけどどうだ?」

「そんなのあるんだ?向こうじゃ肖像画くらいしかないから、疲れるんだよね」


肖像画とか……こっちじゃ逆に希少価値だわ。

すぐに写せて、ものの数分で写真が出来上がるってことを教えると、ぜひ撮ってみたいとのことだったのでお金を入れてイヴとマシンの前に立つ。

数百円で思い出が作れるって素敵。


「ねぇお兄ちゃん、私お金なら持ってるよ?」

「……お前、札束そのまま持ってきたのかよ。今日そんなに使う予定ないから、それ外に出さない様にな」

「お姉ちゃんとおんなじこと言ってる……。私こっちにきてからまだお金使ってないんだけど」

「なら取っとけばいいだろ。あって困るもんじゃないよ」


そういうものかな、とか言いながらイヴは肩掛けカバンに札束をしまう。

誰かに見られた形跡はないし、とりあえず心配は無用かな。


「どんなのが好きだ?可愛いのとかがいいのか、やっぱ」

「可愛いの?どういうの?」

「ほら、こういうの」


フレーム選びから早速躓いているが、何しろイヴの好みとかわからない俺としては、睦月の好みに合わせちゃうのが早いかと思ったりもしたが、さすがにそれでは手抜きが過ぎると一応本人の意向も聞いてみることにした。

着ているものはフリフリした感じのものだけど、これが本当にイヴの好みなのかは俺には判別がつかないからな。


「んー……これが人間の感性だと可愛いの?」

「……多分?俺もよくわからんけど」


睦月が好みそうなものを選んだつもりだったが、どうやらイヴには不評だった様だ。

ならどういうのがいいのか、という話になるので、一覧から選んでもらうことにした。


「これかな」

「……これ?」


こんなフレームあんのかよ、と思う様な、おどろおどろしい感じの、見方を変えると遺影とかに使われてもおかしくないんじゃね?って言いたくなるフレーム。

黒を基調としたシックなデザインは、とてもじゃないが人間の女子が好む様には思えなかった。

だが本人に選ばせた以上、反対するのも何だか申し訳ない。


「じゃ、撮るからな」

「うん、どうすればいいの?」

「機械からこういうポーズとってね、みたいなの言われるから、その通りにすればいいと思う」

「よくわかんないけど、わかった」


そういや和歌さんと知り合ったばっかの頃に二人で撮ったっけ。

あの時の和歌さんとこいつとだと、何だか反応が違いすぎるというか……多分どういうものかわかってないからなんだろうけど。

もう少しで撮影開始、という段階になった時、俺のズボンのポケットが振動して危うくびくっと反応してしまうところだった。


「着信か……」


画面には椎名睦月の四文字が、その奇妙な存在感をたっぷりと醸し出していた。

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