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第15話

あれ……部屋が明るい……?

春海がベッドでまだ寝ているのが見える。

ああ、そうだ……春海が完全に寝たことを確認してから、俺も寝ることにしたんだった。


同じベッドで寝る、というのは非常に魅力的な提案だったことに違いないんだが、寝ている間に大切なものを失っている、というのはさすがに俺も望むところではない。

けど机で寝た割にそこそこちゃんと寝入ったんだな、俺……思ったより体も疲れてないみたいだ。


春海はまだ白目を半分覗かせながらまだ眠っていたので、起こさない様に細心の注意を払って部屋を出る。

トイレに行ったあと顔を洗ってリビングに行くと、秀美さんが朝食を用意している様だった。

時刻はまだ朝の八時過ぎ。


「おはよう大輝くん。少しは落ち着いた?」

「おはようございます……昨夜はみっともなく取り乱してすみませんでした」


深々と頭を下げ、昨日の態度を詫びる。

完全に我を忘れていたとは言え、ちょっと失礼だったという思いが大きい。

事情が事情だっただけに、恥ずかしいというのも当然あるわけで、ここで手打ちにしてください、という意味も込めて。


「若い内は色々あるものよね」


ふふ、と笑って秀美さんが朝食を取りそろえる。

秀美さんだってまだまだ若いと思うし、正直な話春海よりも前に知り合っていたら俺は、もしかしたらこの人に恋をしていたかもしれない。

今は春海と付き合っていて、知り合ったのも春海が先だしそんなことはあり得ない話なのだが、大人の落ち着いた女性に俺はどうも弱い。


「春海はまだ寝てるのよね?」

「ええ、寝てましたね。起こすのも悪いかなって思ってそのまま出てきましたが」

「そう、ならまだ起きてこないはずね。八時じゃさすがにあの子には早いもの」


普段そんなに遅くまで寝てるのか、あいつ……。

そりゃ育つわけだわ。

まぁ、何処がとは言わないけどな。


朝食の準備の手を止めて、秀美さんが俺の隣に座ると、ニコリと微笑む。


「じゃあ、おばさんとイイコトしようか」


封じ込めていたはずのときめきが今蘇って、心の中でキラキラと輝きだす。

……なんてことはなかったが、こういう顔、親子だなぁと思う。

俺は秀美さんの言うイイコトを堪能させてもらうことにした。



「おはよう……」


秀美さんとのイイコトを済ませて時刻が十時半に差し掛かった頃、春海は眠そうに目を擦りながら起きてきた。


「おう、おはよう」

「おはよう春海、朝はパンでいい?」

「うん、ジャムあったらお願い」

「じゃあ、顔洗ってらっしゃい」


秀美さんが再び台所に消えて、春海の分の朝食を整える。

そしてやることがない俺は、一旦春海の部屋に戻って教材を持ってきた。


「二人とも、もうご飯食べたの?」

「まぁな、八時に起きてたから」

「早いなぁ……ちゃんと寝た?」


早いとは言うが、俺はいつも大体こんなもんだ。


「ああ、机でだけど」

「あれ、もしかしてベッド占領してた?」

「いや、そうじゃない……でも、学校の机よりずっと寝心地良かったよ」


実に寝心地の良い机だった。


「それより、春海……」

「何そのゲスい顔。ちょっと怖いよ」


こ、このやろう……。


「お、俺、秀美さんとイイコトしちゃった」


春海の悪態に負けずに俺は秀美さんを見て、秀美さんもニコニコしながらこっちを見ていた。


「ああ……朝ごはん一緒に食べたの?」

「はぁ!?何でわかんだよ、お前の家の常識絶対変だわ!」


そう言ったところで秀美さんが春海の朝食を持って現れる。


「大輝くん見てたら何となく思い出してね、使ってみることにしたの」


春海が小さい頃、幼稚園とか小学校に行きたくないと駄々をこねた話なんかを聞いたわけだが、正直今の春海からは信じられない様なことだった。

寝起きが悪く、毎朝駄々をこねる春海を宥める為に使ったのが、一緒に朝食をしよう、という意味でのイイコトしようというものだったのだが、まさかこんなエピソードがあったなんて、考えもしなかった。

イイコトと言われて良からぬことを考えてしまうのは仕方ないよな。


「大輝くんと出会ってからは、そういうのなくなって……だから大輝くんは春海の寝起きの救世主ってわけね」


本人の知らないところでそんな活躍をしていたなんて。

そして春海がその話をしているとき、恥ずかしがっているのが意外だった。

こいつにも恥ずかしいなんて概念があったとは。


「でも、すっかりと仲直りしてるみたいで安心したわ」


昨夜の俺の様子を間近で見ていたからか、秀美さんが心底安心したといった様子で微笑む。

俺の怒りって長続きしないんだよなぁ……俺自身のことだからだろうか。



そんなやりとりがあった翌日。

学校について教室を見回すと、奴らは既に教室にいる様だった。

三人とも、俺が入るなり三者三様の視線を送ってくる。


桜井は何となく、憐れんだ様な視線を。

やめろ、俺をそんな目で見るな……!


井原は口だけ動かして、ヘタレ、と。


野口はただ俺を見ているだけに見える。

こいつはイマイチ何考えてるかわからない部分多いしな。


教室で開口一番暴発云々言われなかっただけマシというものではあるが、あの視線はやや痛い。

俺、ああいう蔑んだ様な視線とか慣れてないし、正直新しい扉とか開く予定ないからやめてもらいたい。


そんなことを考えながら授業を何とかやり過ごして、昼休みになるとすぐ春海からメールがきた。


『桜井さんたち、何か言ってた?』


言ってたよ、目でだけど。

具体的には何もまだ言われてないけどな。


『いや、何も。憐みの視線向けられただけで済んでる。というか、教室で暴発云々言われたら俺、登校拒否しちゃうかもしんない』


そう送り返して、トイレでも、と思ったその時。


「ご愁傷様」


ふと耳元に感じる暖かい息遣いと囁き。

全身に鳥肌が立って、俺は飛び上がらんばかりに驚いた。


「うっわぁぁぁ!!何だよ、桜井か!!何しやがんだいきなり!!」

「予想以上のいい反応あざっす」

「一体何のつもりだ……バカにしたいなら放課後聞いてやるから、もう少し待てよ……」


こんな昼休みで人が多いところなのに、いきなり公開処刑の準備とかやめてもらってもいいですか。


「そんなんじゃないって。それより、初体験どうだったの?」

「は?何言ってんだお前」

「あれ?本番中の事故じゃなかったの?」


年頃の女の子がパブリックな場所で本番、とか言うのやめませんか……。


「いや、ちげーから……てかあいつ、どんな説明したわけ?」

「宇堂の上に乗って色々してたら、暴発しちゃった、って」


あんにゃろ……きっちり報告するくせこいて雑な説明を……!

大事なとこ省いてんじゃねーぞ……。


「ご期待に沿えなくて大変申し訳ないけど、お前が思う様な、初体験には至ってないから」

「……え?そうなの?」

「いや、だって顛末聞いたんだろ?」

「んとね、泣きながらパンツ洗ってるって言ってたけど……その後慰められながら、とかそういう流れで至ったりしてないの?」

「してねぇよ……前半は合ってるけどな。後半はお前の妄想か?想像力豊かで羨ましい限りだわ」

「つまんないやつ。そこまでされたら逆上して襲うくらいの根性見せればいいのに、ヘタレ」

「何だとぉ!?」

「あのねぇ、女の子からそういうの誘うって、相当覚悟がいることだと思うよ?」

「ぐっ……ここぞとばかりに正論を……」


そんなこと言われたって、俺としては昨日そうなる予定で行ったわけじゃないし……。

何より未経験の童貞くん相手なんだからもう少し手加減してくれてもいいと思うんだけど……。

しかし、桜井はそんな俺の心境を知ってか知らずか、とんでもないことを言い出した。


「ならさ、宇堂。私と練習でも、しておく?」


軽く頬を染める桜井。

何これ、こいつちょっと可愛いんだけど。

練習って、何の?まさか本番とか言い出すんじゃ……。


いや待て……これは罠だ。

俺はこんな展開を何処かで目にしている。

そう、あれは確か……。


「だ、ダメに決まってんだろそんなの!!俺、知ってるんだからな!!お前と練習して、それが練習じゃなくなるくらい夢中になって、最終的にお前にひどいよ!とか言いながら包丁で滅多刺しにされて俺は殺されるんだから!」

「は?」

「んで、春海が俺の死体からのこぎりで首だけ切り落して持ち歩いて……最後、お前ものこぎりで首切られて死ぬんだ……」

「えっと……何?何の話なのそれ」


あれ、こいつあんな伝説的ヤンデレアニメ見てないのかよ。

まぁエロゲもあったと思うけど、うちにパソコンないからやったことはないんだが。


「もっと度胸つけなさいって意味よ。練習くらいなら、私……付き合ってもいいって、思ってるよ……?」


並みの男なら即落ちてるであろう、魅力的なセリフにシチュエーション。

だが俺はあの春海に鍛えられて、この類の話は基本罠だと思ってかかることにしている。

……いや、ぐっとこないこともないですね……ぐっときました……。


『何?浮気?』


良からぬ妄想に支配されかけたその時、携帯が振動して、まさかと思いながら携帯を見て俺は戦慄した。

あれ、かなりの距離あるはずなんだけど、何でわかった?

最新の携帯ってこんな便利機能ついてんの?


『はっ、何言ってんだ。俺にそんな甲斐性ある様に見えるのか?もちろん、バレない自信だって欠片もない』


何の自慢にもならない自慢を送り返して、とりあえず動揺だけは伝わらない様にする。

絶対バレてるし無駄な努力に違いないんだけどな。

そんなメールを送り返して、桜井のことを思い出して顔を見ると、また春海ちゃんか、という顔。


「えっと……とにかくだな、そんな練習は必要ないから。あいつもほら、最近ちょっとがっつき過ぎな気がするし。ここらで少し落ち着いてもらった方だいいだろ」

「ふぅん……私じゃやっぱ、ダメか……」


え、何で?

何でそこで俯いて肩震わせるの?

俺が悪いみたいじゃん、泣かせたみたいでさ!!


案の定、俺たちの異変に気付いた生徒たちがざわつき始める。

何とかして、この場を切り抜けなければ……俺は彼女持ちのくせして他の女まで泣かせた、なんていう汚名を着せられてしまう!!


「よ、よくわからんけど落ち着けよ、桜井……何が言いたいのかわからんし……」


周りの痛い視線が突き刺さる中、俺は何とか桜井を宥めて席に着かせる。

放課後残って言うこと聞いてくれたら許す、と言われたので仕方ない、と聞き入れたのだが……。

これってひょっとしない?


どう考えても……いや、絶対そうだとは言い切れないけど……逃げちゃダメかなぁ……。

春海にメールを、と思ったら授業開始のチャイムが鳴ってしまって、それどころじゃなくなってしまう。

完全に詰みな状況とも言えるんだが……お腹痛くなったりしないだろうか。



そんなことを考えていても、無情にも放課後はやってきてしまい、俺は仕方なく桜井を連れて玄関までやってきた。

教室にはまだ人がいたし、とりあえず少しでも人目を避けておく必要があると考えたからだ。


「宇堂。私ね、さっき言ったこと……本気だよ?だって、私……」


玄関を出て校門にさしかかったところで、桜井がいきなり切り出す。

こっちはまだ心の準備もできてないっていうのに、こやつ……。


「お、おい桜井?」

「私っ……」


桜井の言いたいことが何となくわかる気がして、俺は後ずさってしまう。

もちろんそのまま逃げることなんか許してくれる様な相手ではないのだろう。

俺は徐々に追い詰められて、気づけば既に壁が背に迫っていた。


これ以上の接近はちょっとやばい気が……。

そう思った時だった。

目の前に現れた人物を見て、俺も桜井も、驚きの色を隠すことができなかった。

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