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第148話

「いらっしゃいま……せ……」


いつもの様にコンビニのバイトに精を出し、接客の基本である出迎えの挨拶。

それをこんなにも詰まらせたのは久しぶりだった。

何故なら、時間的にまずここにいるはずのない面々が、ニヤニヤと俺を見ながらぞろぞろと入ってくるのが見えたからだ。


「わぁ、大輝だ!店員さんなんだ!」

「…………」

「あれ、大輝……ちゃんと笑顔で接客しなきゃ。私たちこれから買い物するし、ちゃんとお客様するつもりなんだけど?」

「そ、そうですか……」


タチの悪い客の見本みたいなことしやがって……。

桜子も明日香もいるのに、睦月やイヴ……って何でイヴ連れてきてんだよ。

二人は止めるどころか、店内でお菓子など物色している。


あいは玲央を抱っこして、どれなら食べられるかな、なんて呟いていて睦月とイヴの動向には無頓着な様だ。

頼りにならない連中め……。

そしてこいつら全員、今は暇な時間とは言ってもやたら目立つ。


イヴなんかは特に目を引くんだろう。

すっげ美女……とか声が聞こえたりする。

ってことはあれか……人間界来るとは言ってたけど、イヴ辺りが俺の仕事見たい、とか言ったんだろう。


もしくは睦月辺りの悪知恵で、大輝の仕事見に行こうか、とか。

どっちも普通に高確率であり得るというか、おそらくは正解なんだろう。

桜子も明日香もあいも、面白そうだから、という理由で止めなかったに違いない。


くそ、忌々しい……そんなことを考えながらも他の客がレジに並べば対応はしなければならず、俺の他にいる店員はオーナーとパートの女性一人だ。

オーナーは今トイレに入っているはずで、パートの吉田さんはさっき到着した弁当の品出しをしている。


そして吉田さんが、俺の様子に気づいたのかこっちを見た。

眼鏡をかけた知的な雰囲気漂う、三十代の人妻。

これだけで何か一本くらいセクシーな感じの動画が出来ちゃいそうだが、この人も割と俺を可愛がってくれる。


だからか俺も特に抵抗なく会話をしたりしていたのだが……こいつらがいるとなると話は大分変わってくるだろう。


「お、お客様?立ち読みはご勘弁を……ってお前、何つー本見てんだよ!!」

「え?ダメなの?」


真っ先に目についたイヴを注意しに行こうとしたら、イヴが見ていたのはお約束、人間界のエロ本でした。

そしてそのエロ本をふんふん言いながら眺めていたイヴを見る男性客の目が、非常にいやらしく見えた……のは気のせいだよな、きっと。


「どうしたの、宇堂くん……お友達?」

「あ、ええっと……」

「初めまして、うちの彼氏がお世話になってます」

「おま……」


何でこんなタイミングでこっちくんの、睦月お前……。

明らかに狙ってやがっただろ。

それを聞いた吉田さんは、あらまぁ、とか言いながら俺の肩をバンバン叩いてくる。


「そちらの子たちは?」

「この子たちも全員、大輝の彼女です」

「あ、おいお前!!」

「え……?」


目を真ん丸にした吉田さんが、引いた様な反応を見せるが、これはもはや当然の反応と言えよう。

世間的にはただの男子高校生で通っているはずの俺が、まさかこんなに女を侍らせている、なんて誰が想像するだろうか。

当然話題にも出したことはなかったし、彼女はいます、くらいのことは言ったかもしれないが。


「あ、ひ、一つ訂正させてください!こ、この子は違います!この子は!!」


そう、イヴは俺の彼女ではない。

睦月の……スルーズの妹ではあるし、何か面倒見てくれとか頼まれはしたけど、ただそれだけのはずだ。

現時点で何か疚しい関係とか、そういうことは一切ない。


「はぁ……何言ってるの、大輝……」

「……え?」

「大輝に全部任せるって言った以上、イヴだってもう、手遅れだよ」

「はい……?」


一体何を言っているんだこいつは……。

しかもこうして話している間にも客は来るしで、吉田さんがレジ応対に回ってしまっている。

このままじゃ俺はサボり野郎のレッテルを張られてしまうじゃないか……。


「そ、それに関してはとりあえずいいから、お前ら買うもん買ったらとっとと帰ってくれ。まだ仕事中なんだから」

「あ、冷たーい。そんなことでいいと思ってるの?ねぇ、オーナーさん」

「そうだぞ、たいちゃん」

「……トイレ、終わったんですね」


いつの間にか四面楚歌というこの状況。

一体何でこんなことになったのか。

というか、俺何かしたっけか?


「賑やかだとは思ってたけど、もしかしてこの子たち全員たいちゃんの彼女?」

「全員彼女です。大輝がお世話になってます」

「…………」


自分で話振っておいて、まさかって顔するのやめません?

自分で言ったことの責任くらいとれる大人になってください。


「あれ、確か柏木さんとも……」

「愛美さん以外でここにいないメンバーがあと二人いますけど、全員大輝の……」

「お前らマジでもういいから帰ってくれない?」


これ以上こいつらに喋らせると、俺の立場がどんどんと悪くなってしまいそうだ。

そんな事態だけはどうしても避けておきたい。

何しろ俺は明日以降も、まだまだこのコンビニの仕事が入っているんだから。


「ねぇ大輝、玲央に食べさせられそうなもの教えて」

「…………」

「ん?どうしたの?玲央、パパ今お仕事中で忙しいみたい。どうする?」

「……たいちゃん、子どもいたの?」

「えっと……これにはその、深い事情がありまして」


すっかりと失念していたが、あいも玲央も来ていたのだった。

今までひた隠しにしてきた、俺の実態がこんなところで職場バレすることになるなんて、夢にも思わなかった。

恨むぞ、睦月この野郎。



結局何だかんだあの後二十分くらいあいつらは店にいて、楠さんと話し込んでいた。

途中から事務所おいでよ、なんて言ってお茶ご馳走になったりしてて……俺のことは洗いざらいお話あそばれた様だ。

あいつら、俺に何か恨みでもあんのか……。


結果楠さんにはやたら励まされ、吉田さんは何だかゲス男を見る様な目で俺を見る様になった気がする。


「ねぇ大輝、そういえばね」

「……あ?」

「顔怖いよ、大輝」


何故か俺とイヴだけが残され、あいつらは先に帰っちゃったという薄情なことになっていた。

仕方ないので俺はイヴを連れて家に戻るわけだが、そんなにおっかない顔してたか?


「お姉ちゃんが、将来イヴのお兄ちゃんになるんだから、大輝のことお兄ちゃんって呼べって」

「……は?」


え、何それどういうこと?

ていうか実年齢で言ったら絶対こいつの方が年上なはずなんだけど。

見た目で言ったら……どうだろう、俺もイヴもそんな変わらない気がするんだけどな。


「お兄ちゃん……いい、いい響きだね。いいでしょ?お兄ちゃんって呼んでも」

「……いや、えっとダメとかそう言う以前に、何でそんな話になったんだ?」

「何でだっけ。まぁ、理由なんかいいじゃん。ていうかお兄ちゃん、お腹空いたんだけど」

「……順応早いなおい。家帰るまで我慢できないか?」

「んー……我慢ってあんまりしたことないから」


あんまりって多分ほとんどないんだろうけど……それはそれで問題だな。

どんだけ甘やかされて育ってきたんだ、こいつ。

王様になるんだったら、正直耐えるところは耐えないといけないんじゃないかと思うんだが。


まさかその辺はルシファーさんとかクレアさんが矢面に立って、なんて考えてるんじゃ……。

それはイヴの為にならない気がするから、一応こっちである程度教えておく必要あるかもしれない。


「ねね、お兄ちゃん。あの二人って何してるの?」


イヴが指さした先にいたカップル。

何と公衆の面前でチッスをしていらっしゃる。

アツいねぇ……。


「あれは……恋人同士ですることだな。外国だと家族とか仲いい人との挨拶でもするみたいだけど」


何とか直接的な表現は避けて、無難な説明をしてみる。

適当に誤魔化しておけば、万が一にもイヴが私もしたい、とかほざくのを避けることは出来ると考えたからだ。


「へぇ……さっき見てた本でもあんなことしてるの見たんだけど、何か意味あるの?」

「え?」


何でこのタイミングでこの質問きた?

というかキスくらいルシファーさんたちが教えておいてくれよ。

何で俺、まだ高校生なのに超絶年上に性教育とかしなきゃならないの?


「えっと……お前あれか?男と女の体のメカニズムの違いとか、知らないの?」

「違いって?生殖器の形が、とかそういう?」

「メカニズム、って言ったよね、俺……。形が違うのなんか当たり前だろ、用途が違うんだから。そうじゃなくて……」


そこまで言った時、周りがざわっとするのを感じる。

気づいたら既に駅前まで来ていて、人が結構多くいた。

そんな中で男女の生殖器が、とかそんな話してたのか、俺は……。


「……電車で帰るつもりだったけど、予定変えるぞ」

「え?何で?」


きょとんとしているイヴを抱えて駅ビルに入り、直後に家までワープ。

これでひとまず羞恥プレイみたいな環境からは逃れられた。

それにしてもあんな人通り多いところであんな会話とか……やることに悪気の有無の違いがあるだけで、やってることは本当に姉妹だなこいつら。


三日もこんなのに付き合わされるのか……。

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