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第147話

「あ、お姉ちゃんこっちこっち」

「…………」


翌日、もうあと一週間もない夏休みの内の三日ほどを、この愚昧の世話で費やす羽目になった私は、イヴを迎えに魔界へと足を運んだ。

呑気にもお泊りだ、とかはしゃいでいる愚昧はとても楽しそうで、昨日あれだけ争っていた相手とは思えないほどの純粋さを見せていた。


「どうやって行くの?私も一人で行ける様になる?」

「……あー、なるんじゃないか?つってもこっちで王様とかになったら、正直そんな頻繁に人間界とか行ってる余裕ないんじゃないの?」

「そんなの、お父さんとお母さんに何とかしてもらうもん」


随分と我儘に育てられたんだなと思う。

恐らく蝶よ花よと言った勢いで甘やかされて、今まで苦労らしい苦労なんかしたことなかったんだろう。

その顔からはおよそ暗さだとか、誰もが持っていても不思議のない闇を感じることは出来ない。


もっとも魔力に関しては昨日のは一端であると聞いているし、末恐ろしいやつだ、と言う印象は変わっていないんだが。

ちなみに魔界の統治は母と父、そしてイヴの三人で交代制にするんだとか。

最初からそうすりゃ、あんなめんどくさいことにならなくて済んだはずなのに、と思う。


大輝まで巻き込んで、本当何を考えているんだか。

しかし朋美だけは、魔界を見て割といいところね、なんて思っていた様でまた来たいとか言っていた。

元々少し変わり者だとは思っていたが、まさかこれほどとは。


写メも何枚か撮っていたらしく、魔界の風景を見た仲間たちは今度私も連れて行って、なんて口々に言っていて私は辟易させられたのを思い出す。


「ねぇ、今日大輝は?」

「……あ?何でここで大輝が出てくるの。あの子は仕事。夕方にならないと帰ってこないよ」

「仕事?お金稼いでるの?」

「まぁね。ってかお金なんてよく知ってたね。親父の入れ知恵?」

「うん、お父さんがこれ持っていきなさいって」


そう言ってイヴが肩掛けカバンから取り出したのは、百万円の束。

あのクソ親父、なんつーもん持たせてんだ……ていうかどっから手に入れてきた、こんなもん……。


「そう……それなくさない様にね。それないと人間界で生きてくの大変だから」

「何で?私も物質化とかちゃんとできるよ?」

「やっちゃダメ。人間界では身を守るとき以外力使わないで。約束できないなら、即魔界に送り返すから」

「……わかったよ。お父さんたちならそんなこと言わないのにな」


そんなにお父さんお母さんが好きなら魔界に引きこもっててくれていいんだぞ、そう思うがさすがにこんなのが今のまま魔界の王様とかになったら魔界は滅びるんじゃないか、という懸念がある。

ぶっちゃけ滅んだところで私の知ったことではないが、そうなったら今度はあの夫婦も人間界に落ち延びてくるとか、そんなめんどくさいことになりそうな予感しかしないので、やっぱり何とかしてもらわないと困る。


なので個人的にはあんまり気が進まない、という気持ちを必死で押し殺してこの愚昧の面倒を見ることにした。

どうせあと三日程度の辛抱だ。

大半大輝に押し付けちゃえば……言い方悪いな。


とは言っても大輝は断ったりしないだろうし、あとでちゃんとお礼したらいいかなって。

それにこいつは多分桜子辺りとは仲良くなれそうな気がするし、私個人の負担としてはそこまでのものにはならないだろう。


「じゃ、行くからね。掴まってて」


そう言って私は人間界にワープした。



「……ふおおおぉ……すっごい、人がいっぱいいる!」

「…………」


ソールにしてもロヴンにしても、やはり世間知らずなやつは反応も大体共通してるんだな。

そういえば魔界の食事って確か……その辺の動物型の魔物を捕えて、とか割と野性味溢れるものだった記憶がある。

果物とかもあったと思うけど、酸っぱいかやたら甘いかの二択とかで、人間界の食べ物の様に豊かななんちゃらが……みたいなのはなかったかもしれない。


「ねぇ、ねぇ!何か甘い匂いする!……ってお姉ちゃん、さっきと姿違わない?」

「気づくの遅いな。人間界にいる間は、私は向こうの姿でいられないんだよ。人間の体借りてないとこっちにいられないの。それより、甘い匂いが何だって?」


お前の母ちゃんも何万年か前は人間界にいたんだぞ、なんて考えてみるものの、母が暮らしていた頃なんか文明もクソもない様な時代だったはずだし、あの母がこっちにきたらやっぱりイヴと似た様な反応を見せるんだろうか。

まぁ何でもいいけど、とっとと大輝にこいつを押し付けて私は自由を手にしたい。

とは言ってもまだ時間としては午前十時過ぎだし、大輝のバイトはまだまだ終わらない。


耐えろ……面倒だけど耐えた先に極楽はあるんだ。


「で、どうする……ってあれ?イヴのやつ何処行った……」

「お姉ちゃーん!!」

「…………」


早速クレープ屋の店先に張り付きやがった。

甘いものの誘惑には勝てなかったってことか。


「あら、可愛らしいお嬢さんね。どれにする?」

「えっとね……」

「おいこらイヴ……すみません、いきなり……。お前、そんな風に勝手に動いちゃダメだって言っただろ」

「あらあら……妹さんなの?とても可愛らしいですね」


クレープ屋のお姉さんはにこやかに対応してくれているが、このままだとイヴがとんでもないことをやらかしそうなので、私が何とかして仕切ってしまおうと考えた。


「ええ、まぁ……で、どれにすんの?甘いのって言っても沢山あるんだけど」

「えっと……これってどんな味するの?」

「ん?チョコレートか。美味しそうに見えるの?」


我が妹ながら贅沢にも、チョコのアイスが乗っかった、バナナやら色々入っているものを指さす。

そのお値段、千二百円也。

大輝辺りなら多分、こっちのが旨いぞ、とか言いながら安いのに誘導するんだろうけど……まぁいい、ファーストインプレッションは大事よね。


「じゃあこれと……ツナとウィンナーのを」

「ツナ?ウィンナー?」

「黙って待ってな。いくらですか?」

「両方で千八百円です。はい、丁度頂きますね。少々お待ちください」


店員さんは可愛いものに目がないのだろうか。

何だったらこいつ、ここに置いて行ってもいいんだけど。

そしたら店員さんはニッコニコ、イヴも甘いもの沢山食べられてウィンウィンじゃない?


「ねぇお姉ちゃん。私、お金出さなくてもいいの?」

「そんな物騒なもん、こんなとこで出そうとしないで。人間界ってのは思ったより怖いところなんだから」

「へぇ……」

「大輝の家に行ったらとりあえず荷物置いて、お金も必要な分だけ渡すから。それまでそれ出しちゃダメだからね」

「はーい」


返事だけはいいな、こいつ。

ちゃんと三日の間大人しくしててくれればいいんだけど。



「ここが大輝の家?」

「うん、まぁ……私の第二の家でもあるけど」

「第一は?」

「……また今度ね」

「行ってみたいなぁ」


めんどくさいガキだな、本当……人間で言うと三歳とか四歳とかそのくらいの知識しかないから仕方ないのかもしれないけど、本当に面倒だ。

一応クレープ食べながら人間界の常識については頭に流し込んでやったから、ある程度の対応は出来ると思うけど……問題はこいつの順応性にある。

未知数な部分が多く、正直何が起こるかわからない。


「あれ?もしかしてその子がイヴちゃん?」

「あ、桜子」


この後どうしようか、と考えていたところで、桜子が現れてイヴを見てため息をもらす。

お人形さんみたい!とかはしゃぐかと思ったが、おそらく桜子が見ているのは、別の部分だ。


「……そんなに綺麗なのに胸もそんなにおっきいなんて、ずるい」

「…………」

「胸?あ、私イヴリースです。お姉ちゃんの妹で……」


桜子の憂いをサクッと流してイヴは自己紹介をする。

朋美も今日はバイトだと言っていたから、こっちには夜来ると言っていた。

あとで迎えに行かなければ。


桜子の言った通り、イヴは胸がでかい。

母もそこそこいいスタイルしていたと思うし、良くも悪くも色々受け継いだ部分はあるんだと感じた。

身長は大輝と同じくらいか。


みんながでかい、というのもあるが、大輝が小さい、というのも否定できない事実な上、おそらく大輝はあれ以上大きくならないんだろうな。

そう考えると可哀想ではあるがソールの血筋なんだから仕方ないのかもしれない。

それに元々古代人ってそんなに身長大きい人いなかったって聞いてるし、これも運命なんだと思って諦めてもらおう。


「明日香は一緒じゃないの?」

「あ、あー……明日香ちゃんは後で、もう少ししたら来るって言ってた。あいちゃんと玲央くんは?」

「んや、私たちが来た時にはもういなかったんだよね。買い物にでも行ってるのかな」


なんて会話をしていたら、玄関のドアが開いてふー、暑い暑い、とか声が聞こえた。

噂をすれば、というやつであいと玲央が帰宅した様だ。


「あ、スルーズ。桜子さんもいらっしゃい。そちらが?」

「ああ、愚昧のイヴ。申し訳ないんだけど、ここで三日間泊めてやってもらえるかな」

「愚昧って、ひどいよお姉ちゃん」

「うるさいな、お前は愚昧でももったいないくらいに、愚にもつかないアホなんだよ。だから人間界を見て来いって話になってんの。いいからちゃんと挨拶しろ、アホンダラ」

「むぅ……」


むくれながらも桜子に挨拶をして、桜子もそれに応える形で挨拶を交わす。

まだ明日香は到着しないが、直に来ることだろうし、あとは大輝が戻ってくれば私は学校の準備とかに時間を使えるんだけど……。

何しろまだ大輝も桜子も明日香も、私が転校することを知らない。


というか誰にも知らせていないし、それこそ学校の関係者くらいしか知らないはずだ。

出来ることはとっとと済ませて、夏休みの残りを満喫したい。

本当ならこんなことで時間を割かれるなんて予定にもなかったのに、あのクソ親父め……。


「ねぇお姉ちゃん、大輝のお仕事、見てみたい」

「は?」

「大輝くんの?ここからだとちょっとだけ距離あるけど」

「大輝、自分でお金稼いでるんでしょ?だったら私もそれ見てお勉強したい」

「…………」


なかなかいい時間潰しじゃないか。

純粋に見てみたい、ということだったんだろうと思うが、ナイスな提案だ。

明日香が来たらみんなで一緒に行こうか、ということになり、私は一人ほくそ笑む。


そういえば春海の頃に一回見に行っただけだったし、どれだけ成長したか見てやろう。

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