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第145話

「さて……どちらから消し炭になりたいですか?」

「…………」

「…………」


母が現れたことで、状況は一転したと言っていいだろう。

何故なら過去に母と何かあったらしいルシファーさん、そしてその奥さんは完全に委縮してしまい、戦いどころではなくなりそうに見えるからだ。

そして俺は昔館長から言われたことをふと思い出す。


『大輝、戦いって言うのは気圧された瞬間に決着していると言っていい。つまり、圧倒された時点でそいつの負けはほぼ確定してるんだ。勝負の半分はハッタリと気合いと言ってもいい』


小学生にこんなことを教える大人もどうかと思うが、その言葉が今まさに現実になろうとしている。

実際下手に動けば恐らく母はマジでルシファーさんを消し炭にしてもおかしくない。


「……あら、大輝。その傷はどうしたのですか?」

「え?」


母は俺を見て、少し怪我をしていることに気付いた様だ。

多分朋美でも気づいていなかった程度のごくごく小さい傷。

それに母は、一目見て気づいた。


「それにその頬は……」

「あ、ああ!こ、これはあれだ!気合い入れようとしてパンパンって!!ちょっと加減間違えちまったんだよ!!何やってんだろうな俺!!あはははは!!」

「た、大輝……?」


やった張本人の朋美ですら引く様な、わかりやすすぎる嘘だというのは重々承知しているが、ここで朋美にやられました、なんてことになったら朋美までもが標的になりかねない。

今の母は、正直いつもみたいに甘えられる雰囲気を微塵も感じさせない、触れただけで切れそうな鋭さを持っている。


「お、俺は特に何ともないから!」

「そうですか……ではそういうことにしておきましょうか。良かったですね、ルシファー。それに、奥さんも。息子は寛大なので、不問にしてくれるそうですよ」

「…………」

「ですが……スルーズは将来私の娘になるかもしれないのです。そのスルーズに、何かあったらどう責任を取るつもりなのでしょうか」


意外な発言がきた、と思った。

正直睦月のこととかハーレムの面々に関しては、母の眼中にないものなのだと思っていた。

だからさっきみたいな暴挙に出たのだろう、少なくとも俺はそう思っていた。


……いや、もしかしたらこれからルシファーさんたちをとっちめる為の大義名分みたいな感じ、つまりはこじつけの可能性は十分あるが、それでも引き合いに出すというのは普段の母からは考えられないことかもしれない。

実際睦月も朋美もぽかんとして母を見ているし、母の発言がとてつもなく意外というのは同じみたいだ。


「す、スルーズは私たちの娘だ……別に……」

「お黙りなさい」

「……はい」


顔はニコニコといつも通りなのに、何でこんなにも迫力が漂っているのだろうか。

こういう言い方はあんまり好きじゃないんだが、俺と全くと言っていいくらいに同じ顔なのに俺とは質が違いすぎる。

生きてきた年数の違いとかもあるんだろうけど、俺は何年経ってもこの母に勝てる気がしなかった。


「話は大体聞いていますよ。それを踏まえてまず一つ言っておきます。子どもは親の操り人形ではありません。思い通りにならないからと言って、こんな風に痛めつけていいとお考えなのですか?」

「…………」

「それから、親なのに何故子どもの行く末を応援してやれないのです?そんなにも自分が可愛いというのは何故なのでしょう?あなた方が愛し合い、望んで生まれたのがスルーズなのではないのですか?」


母の言葉にルシファーさんたちは顔を逸らす。

否定をしているわけではもちろんない様だが、何かを隠している顔。

勘の悪い俺でもさすがにわかってしまうほどに露骨なものだった。


「ルシファー、あなたが引退したい理由はわかりません。しかし、だからと言って娘に全てを押し付けるというのはいかがなものでしょうか?それから奥さん……呼びにくいですね。お名前は?」

「……クレアです」

「そうですか、いい名ですね。ではクレアさん、あなたが継ぎたくない理由は何でしょうか?不老不死の体を得て、魔術を学び、他に何かしたいことでも?」

「それは……」


睦月のお母さんクレアって言うのか。

まぁ綺麗な人だし、名前と顔が合ってない、とかそういうことはない。


「何か隠していることがありそうですね。別に全てを語れとは言いませんが、理由くらいは語っておくべきでは?」

「…………」

「…………」


ルシファーさんもクレアさんも、揃ってバツの悪そうな顔をしている。

その様子を見て睦月も何だか怪訝そうな顔をする。


「……別に理由なんか何でもいいよ。だけど、あんたらが勝手にやってきたことに私を巻き込まないでほしい。私は縁を切るつもりでここを出たし、神になったのだって決別の証だったと思ってる。あんたらがこれからも魔界に居続けるって言うなら、それはあんたらの責任においてやってもらうべきであって、私がどうこうしてやる理由は一つもない。そうだろ」


縁を切る云々についてはどうかと思うが、大半睦月の言う通りだとは思う。

クレアさんが冗談で言った、と言っていたことだって、受ける側からしたら正直重たい一言だったに違いないし、仮に俺が母からそんな風に言われたら、と考えるとやはり悲しい。

引退して夫婦で水入らずの時間を、と考えるのは別に間違いではないと思う。


もちろんそれが理由だなんて一言も言ってないが、俺の貧相な発想だとそのくらいしか思いつかない。


「ソール、あなたにはわからないかもしれないな。野望を持たない神である、あなたには」

「野望、ですか。別に持っていないということもありませんが、それを全面に主張する様なことはありませんよ。それをしたからと言って、息子が幸せになるわけではありませんから。私は今まで思うがままに生きてきましたから。これより先に望むのは、息子とその周りの幸せくらいなものです。それを見て私も幸せな気持ちになれるのですよ?私が何かするまでもなく、というのであればこれ以上に楽なことがあるでしょうか」


それについては少しだけわかる部分がある。

人を喜ばせたい、というのはそれを見た自分が嬉しくなるから、というものだろう。

自分が少し手を貸すだけで喜ぶ人間がいるのであれば、その後に得られる自分の幸福感の為、その程度の助力は惜しまない。


みんなが喜ぶ未来の為に、と思って動いているのは俺も睦月も同じだし、他のみんなだってきっとそうだと思う。

それを根幹から揺るがそうとしている今回の事件は、俺たちにとって排除するに足るものだと判断できる。

母もそう考えたから今回自ら乗り出してきたのだろう。


もっとも母に関して言えば、単に俺が可愛いから、ということでもありそうな気はするが。


「スルーズの意向とあなた方の意向がかみ合わないことはもう判明しています。なのであれば、もはやお互いもしくはどちらかの譲歩以外に解決の道はないのでは?ここで戦闘をしていても何も解決はしませんよね。ただの憂さ晴らしがしたいのであれば、それはまたの機会にされてはいかがですか」

「まぁ、母さんの言う通りだよな。大体戦闘をしないといけない理由がないじゃないか。家族それぞれの形が、って睦月は言ったけど、そんなのは日常生活における部分で十分だろ。格闘漫画じゃあるまいし、殴り合って全てわかりあえて解決する、なんてこともないんだからさ」

「私はさっき、もう希望を伝えてある。それに対してあんたらがどうするのか、ってことだけだろ」

「私が聞いた限りでは……正直ルシファーとクレアさんが交代で魔界を納めるとか、そういうことではダメなのか、という感じなのですが。神界の長であるオーディン様だって、毎日必ず仕事をしているわけではありませんし」


交代で休むにしても、いっぺんに休むにしても、別にそこまで支障はないだろう、と言うことか。

確かに人間社会とは、神界も魔界も仕組みやら常識やらが違いすぎる。

きっちりとした政策を、みたいなのは人間界特有と言えるだろう。

そこまでの秩序を魔界が果たして必要とするのか、というのがそもそもの疑問でもある。


睦月から聞いた話では、魔界のヒエラルキーは大体力で決まっているとも言うし、魔界においての絶対的な力を示せるこの二人なら、仮に何日か留守にする程度、何でもなさそうではあるが。

それは俺が元々人間として育ったが故の日和った見方なのだろうか。


「俺は、力を示すことに疲れ始めているんだ。だからと言って、俺以上の力を持つ者はこの魔界にはおそらくいない。クレアに代わりを務めさせるわけにいかない、というのは力を継続して維持できるわけではないからだ。いざという時に使えなくなる様なことがあれば、そこに付け込まれる原因が出来てしまう」

「……なるほどね。無尽蔵に使える力じゃないってことか。元が人間なんだから仕方ないとは思うけど。大輝みたいに神の遺伝子を持ってたって言うのとは決定的に違うわけね」

「魔導書の力で得た魔力ならば、確かに供給が途絶えればそれまでですからね。ならばやはり、二人で納めて行くのが現実的なのでは?」


何だかんだルシファーさんはクレアさんを大事に思っている、というのは何となくわかった。

まぁ、そうじゃなかったら別れを恐れて不老不死になんかしないだろう。

ずっと手元に、なんて言う一見狂った様に見える思想もそのせい……まぁ限度はあると思うけどな。


「失礼します、ルシファー様。イヴ様が……」

「っ!?……こうなったら仕方ない、通せ」

「イヴ?誰だそれは」


母も睦月も、イヴと言う名に心当たりはない様だ。

当然俺もないし、朋美だって知らないらしい。

しかしルシファーさんとクレアさんだけはベリアルさんに連れてこられた金髪の少女を見て、来てしまったのか、という顔をしている。


一体誰だというのだろうか。


「……その子は一体誰なんだ?」

「この子はお前の、妹に当たる。イヴリースという」

「妹だと……?」


睦月の顔が衝撃に歪み、今の言葉を信じられないと言った様子でイヴと呼ばれた少女を見る。

一方イヴは俺と母と睦月、朋美を見て、不思議そうな顔をしていた。


「……ご挨拶なさい、イヴ」


クレアさんが促すと、きょろきょろと俺たちを眺めていたイヴは頭を下げ、ニコリと微笑んだ。

見た目だけなら俺たちと同年代くらいに見えるが、おそらく大分年上なんだろうな、と推測される。

フランス人形の様な、綺麗で儚げな印象はおそらくクレアさんから受け継いだものだろう。


となるとスルーズとして生まれた睦月は、父であるルシファーさんの影響が色濃いということになるのか。


「初めまして……お姉ちゃん?でいいのかな」

「…………」


お姉ちゃん、そう呼ばれた睦月は物凄く複雑そうな顔だ。

睦月本人から妹がいる、という話を聞いたことはなかったし、睦月が出て行ってから出来た子ども、ということになるんだろうか。

睦月本人もイヴの存在は想定外ということなのか、やや戸惑いを隠せないでいる様だ。


「……どういうことだ、これは」

「どうもこうも……この子が私にとっての引退の理由だ」

「じゃあ何か?私に魔界を押し付けて、あんたは私の妹に当たるやつとよろしくやりたかった、って。そういうことなのか?」

「……言い方は悪いが、そういうことになるのか」


ルシファーさんが肯定の意志を見せた瞬間、睦月の顔つきが変わり、俺や母が止める間もなくルシファーさん目掛けて飛び出していった。

ルシファーさん本人は抵抗の意志を見せなかったし、きっと受けるつもりでいたんだろうと思うが、睦月の攻撃が命中するか否か、という瞬間に信じられない光景が広がる。


「っ……てて……」

「お姉ちゃん……お父さんたちにひどいことしないで!」


イヴの両手から展開されたと思われる障壁が睦月を吹き飛ばし、睦月は壁まで飛ばされていた。

想定もしていなかった人物の登場。

これによって更に展開がわからなくなってきた……一体どうなってしまうんだ?

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