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第143話

「今いるのは母だけってことよね。父は何処行くとか言ってた?」

「あの通りのお方ですので。私などには何も話してはくださいませんよ。こちらです」


このバカ主人、と思う気持ちはおそらくベリアルにもあるのだろう。

だが一切顔に出さない辺り食えない野郎だと思う。


「あの……ベリアルさんはここで働いて長いんですか?」

「そうですね、スルーズ様が生まれる五千年ほど前から務めさせていただいております」

「ご……!?」


神界の神もそうだが、正直これだけ長く生きていると本当の年齢なんか数えている方が珍しい。

何故なら数えていてもどうせ途中で間違えたり忘れたりと、正確な計上なんかできないという方が普通だから。

あの母だって、おそらく本当の年齢なんかもう忘れている。


悠久の時を生きてきた、というそれだけのことしかもう覚えてはいないかもしれない。

もちろん何万年も会っていないし、その間でどの様に変化したのかはわからないが、私の知る通りの人物ならあまり心の強い方ではなかったと思うし、精神崩壊くらいはしててもおかしくない。

ただ老いることも朽ちることもないから、見た目にはそんなに変わってないのかな、という程度の微かなイメージしかなかった。


「つきました。後ほどお茶をお持ちしましょう」

「あ、どうもお構いなく」

「…………」


母がいるという部屋の前。

何となく不穏な空気を感じる。

大輝も気づいているのか、軽く身構えているのが見えた。


「私の後ろにいて。私の予感が正しければ、多分母は魔力を身に着けている」

「え、マジで?」


そう、中から感じるのは間違いなく魔力。

おそらく死なない体になったことで退屈になったとか、色々理由はあると思うけど母は魔力を身に着けることを選んだ。

根拠としては、父がいないと言っている現状で他に魔力を操る様なやつが母の部屋にいるとは考えにくいということ。


配下の魔物とかだったらここまでの尖らせたものではなく、もっと荒々しいのではないかという予想からのものだが、大輝に何かあっては困る。

だから私は大輝を下がらせた。


「久しぶりね、スルーズ。何年ぶりかしら」

「さぁね。もう覚えてないよ」


部屋のドアをノックすると、中で尖っていた魔力は微妙に収縮して、その後で声が響いた。

かなり遠い記憶だが、母の声は相変わらずと言える。


「そちらが、ルシファーさんの言っていた?」

「ああ、私の彼氏。宇堂大輝だよ」

「どうも、よろしくお願いします」

「女の子の様だけど……スルーズはそういう趣味に目覚めたの?」

「それはそれで面白いけどね。この子は人間と神のハイブリッドなの。神でいる間は女神なんだけど、人間の時は男って言うちょっと変わった体質でね」


私との会話を、母は楽しんでいる様に見える。

時折楽し気に笑い、まるで会話そのものが久しぶりであるかの様だった。

長くウェーブのかかった髪をかきあげる度、大輝はその姿に見とれていた。


正直子どもの頃にも感じたことだが、母は人形の様に綺麗で可愛らしい風貌をした人間だ。

父は別に見た目に惹かれたわけではないと昔聞いたことがあったが、この見た目ならば大体どんな男でも引っかかることだろうと思った。

それほどに目を引き、魅力的で妖艶な……まぁ妖艶な感じは私が出て行ってから身に着いたものなのだろう。


少なくとも私がここにいた頃には感じたことのないものだ。

何があった、とかそういうのを聞く気には到底なれなかった。


「久しぶりなのに早速で悪いんだけどさ、話があるんだ。というか話がなかったら来なかった」

「睦月、お前……」

「ルシファーさんに関することかしら?スルーズに継がせたくてわざわざ人間界に行ってきたとか言っていたけど」

「そうだね、その通り。だけど私には見ての通り恋人がいる。将来的にも一緒にいるつもりだよ。だから正直、勝手にそんなの決められても困るし、第一私はそういう器じゃない」


母は何となく、私の言わんとしていることがわかっている様に見える。

しかし私に自ら言わせようとしているのだ。

これが親子の対話であることを、噛みしめる為に。


「えっと、実は……」

「大輝くん、ごめんなさいね。今はスルーズと話しているの」


代わりに口を開いた大輝に、母が手をかざして力を込める。

そして放たれた魔力によって、大輝は壁まで吹き飛ばされて床に崩れ落ちた。


「ちょ……大輝!!」

「スルーズ、言いたいことはきちんと自分の口で言わなきゃ。たとえ親子でも、省いていいこととそうじゃないことがあるでしょ?」

「…………」


大輝は気を失ったのか、ピクリとも動かない。

身内である母に、人間である母に、ここまでの怒りを感じたことはなかった。

大輝に手を出すなんて。


「言いたいこと、か。あったよ、うん。だけどね……その前にやらないといけないことが出来ちゃったみたい」

「へぇ?それはどんな?」

「あんたを、ぶっ飛ばすことだよ!!」


そう言って私は力を開放して、母に殴りかかる。

母も無駄にこの何万年を生きてきたわけではない様で、驚くべきことに私の動きに対応してくる。

部屋のものがいくつか壊れたり吹き飛んだりしているが、そんなこともう構うものか。


大輝を傷つけた報いは受けてもらう。

たとえ本当の母親であったとしても。


「どうしたの?ただの人間相手に神がその程度しか立ち回れないの?」

「ただの、じゃないだろ。魔力なんぞに手を出したくせにほざくな!!」


部屋ごと吹き飛ばすつもりで撃った、神力の放出。

それが母の目の前に展開された魔法陣に吸収される様に掻き消えた。

なるほど、ここまでの力を身に着けていたなんてさすがに想定外だった。


「どうしたの?もう終わり?大事な人を傷つけられても尚スルーズは、親に逆らえないいい子ちゃんだったの?」

「どこまでも腐ったことしてるみたいで何よりだね。一体何冊の魔導書を取り込んだわけ?」

「まだ十二冊程度よ」

「…………」


となると……ルシファーから何らかの手ほどきを受けたか、もしくは才能があったか。

努力するだけの時間はたっぷりあったはずだ。

なら、才能があればそれを生かすだけの時間も十分だった、ということになる。


にしても……不死身の肉体を得ているとは言っても魔導書をそれだけの数取り込んで、よく正気を保っているもんだ。

それとも今の現状で既に意識は乗っ取られているのか?

いや、後者はおそらくないだろう。


あれだけ平然としていられてるというのは、さすがに後者の場合説明がつかない。

魔導書の中身の人格に乗っ取られているのだとしたら、少なからず会った瞬間に違和感を覚えているだろうから。

それに、あの目はやはり自我を保ったままで私を挑発して見極めようとしている目だ。


何かしらの思惑があるにせよ、大輝を傷つけたことを許すつもりはないけど。


「ほら、どうしたの?もう少し大輝くんを傷つけないと本気になれない?」

「それ以上手を出すな、死にぞこないのクソババァが。あんたが恨んでるのは私だろう?だったら私と正面切って勝負してみろ」

「……今、何て言ったの?もう一度言ってみてもらえるかしら」

「はっ、歳取ると耳も遠くなるのか、本当嫌になるね。人間の脆弱な体で何万年も生きてると劣化するって本当なんだな。見た目だけ取り繕っても、ポンコツなのは変わらな……い!?」


言い終わる前に顔面に衝撃を受けて、今度は私が壁まで吹き飛ばされた。

さすがに地雷を踏んだのか、先ほどまでよりも更にどろどろとした魔力が母の華奢な体からあふれ出ている様だ。


「ってぇ……本当のこと言われてキレるとか、根は人間のままってことだな。けど事実なんだからいちいちそんなことでキレてないでいい加減事実を受け止めたら?」

「……本当に口の悪い子に育ったわね。ルシファーさんの言う通りだわ」

「あのバカ親父にそんな体にされて、まだあのバカ信じてんの?挙句子どもに自分のこと殺せとか、さすがに同情の余地ないんだけど」

「あんな冗談を真に受けて魔界を出たくせに、言うわね」

「あんな冗談って、あれが冗談に聞こえてたなら私だって今でもここにいたかもね。少なくとも子どもに向けて言う言葉じゃないでしょ。立派な育児放棄だよ?」


まぁ、こんなのは人間界の常識であって、魔界で通用するかって言ったらさすがに微妙ではある。

母が暮らしていた頃の人間界なんて古代だし、今みたいな常識が通じるかと言えばまず通じなかっただろう。

それでもある程度の知識は仕入れているはずだし、私の様子なんかもあの親父から聞いていたのだろうから、知らないで済まされる話ではないんだけど。


「結局あんたは、自分が可愛いのさ。もちろん人間だからね、それは本質的なものだし否定する気はない。だけど、子どもに自分を殺してくれ、なんて残される側のことも考えない発言した段階であんたは三流だったんだよ」

「…………」

「死なない体になったから私の力じゃ殺せないだろうけど、そんなのは詭弁だ。そんなことを親が仮に冗談であっても願っていた、なんてことがわかった娘の気持ちがあんたにわかるのか」


正直冗談だなんて、後付けのものでしかないと私は思っている。

図星突かれてキレる辺り、まだ生への渇望は残っている。

希望を全て失ったということなら、怒るなんてこともしないだろうから。


「……用件を言いなさい」

「あんたが魔界を統治しろ。ルシファーがやりたがらないなら、それが一番だ。さっきの魔力を見ただけでも、あんたには十分それが務まるはずだってことはわかった」


私の言葉に母はふっと笑う。

バカなことを、と思っているのだろうか。

さっきの魔力が全力でなかったのであれば、更に母の適性は高いのではないかと思うが。


魔界という世界では、器よりも力が物を言う。

つまり現状ルシファーはこの魔界において最強であると言える。

しかし、ルシファーが唯一牙を剥くことが出来ない存在、それが母だ。


そして母はこの何万年の間に比類なき力を身に着けている。

なのであれば、これ以上の適性者はいないと思う。


「そうはさせないし、させるわけにはいかないな」

「……やっとお出ましかよ」


母に直接頼んだからって、母がそのまま受けてくれるとは思っていなかった。

結局はこの男が首を縦に振らなければ、事は前に進んでいかないのだ。


「……てめぇ……何勝手に連れてきてんだよ」

「何、本人が見たがっていたものでね、魔界を。朋美さん、ゆっくりしていってくれ」


何とルシファーは勝手に人間界から朋美を連れてきてしまった。

まさかこんなことになるなんて私も大輝も想像していなかっただけに、さすがに動揺は大きい。

一体この話し合いは、どうなってしまうのだろうか。

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