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第138話

「…………」


大輝と玲央、そしてあいが待つ家に戻って絶句。

私は思わず揃えてきた荷物を取り落とすところだった。

そこにはあり得ない光景が広がっている。


「そうか、スルーズが……」

「ええ、まぁ……」

「……おい、てめぇここで何してやがる」


もうおわかりだろう。

不肖の父ルシファーが、上がり込んでくつろいでいるというこのカオスな光景。

しかも何だ、大輝とルシファーは意気投合して物凄く仲良さげだ。


「何だ……お前は大輝くんの前でもそんな口の利き方をしてるのか」

「黙れ。というか聞かれたことにだけバカみたいに答えてろ。何で、ここにいんだって聞いてんの」


茶まで飲んですっかり客人気分かこの野郎。


「まぁまぁ落ち着けよ、睦月。いい人じゃん、お前のお父さん」

「お義父(とう)さんとか……気が早くないか、大輝くん」

「おいこら、馴れ馴れしく呼ぶな。魔界はどうした。てか引きこもってろ。そして私の前に姿を現すな」

「あー……ごめんね、スルーズ。私が入れてあげたの」

「…………」


すっかりしおらしくなりやがって、暗黒の神が……。

魔力と暗黒の神力ぶつけ合ってろよ、お前ら……。


「……三度目だ、何でここにいる?」

「忙しないやつだな。娘の住環境が気になった。これじゃ不足か?」

「不足だ。というか理由にならない。縁切った親子なのに気にする理由がない。以上、それ飲んでとっとと消えてなくなれ」

「おい、睦月……せっかくきてもらったんだからそんな言い方……」


くそ、前もって説明しとくべきだった。

そしてこのバカ父は話が通じないと来てる。


「はぁ……」

「なぁ、お前お父さんと何か因縁でもあるのか?気にはなってたけど、聞いちゃいけない気がして今まで来ちゃってたんだが」

「因縁ね……」


ある。

あるんだけど、こいつの前で声を発するのも嫌だ。

こいつが少しでも喜びそうなことはミリ単位ですらやりたくない。


「ああ、大輝くん……きっとスルーズは、母親のことで……」

「勝手に答えてんじゃねぇぞ!!マジで殺されたいらしいな!!」


私が怒鳴ると大輝はびくっとして、玲央も一瞬きょとんとして私を見た。

でも泣かない辺り強い子だなぁと思う。

あいは実は、少しだけ私の事情を知っている。


昔……本当に昔、さわりだけ話したことがあるからだ。

しかし今私が、勝手に話すなと怒鳴ったことから話そうとしていたのをやめた様だ。

とは言え、実を言うと母親に関すること、で合っている。


だから尚更ムカつくというのはあるのだが、こいつの口から語られたら更に殺気立ってしまいそうだ。

もしかしたら大輝は、私が大輝の様に親がわからないとかそういう事情を抱えてここまで来ていたところに、父親と感動の再会、みたいなのを想像していたのかもしれないが、とんでもない。

私はその昔、このバカ父に絶縁を宣言して魔界を飛び出した。


理由は様々だが、母親のこともかなり大きい。

そして彷徨ってたどり着いた先が神界だった、というだけのものだ。

神の素質がある、とか言われたけど、厳密には私は天使の部類だ。


似て非なる者でありながら、神力はすぐに使える様になったし、持ち前の怪力も大いに役に立ったことから戦女神としての責務や力の女神の称号を与えられた。

この辺のことは誰にも語っていないし、あいにも言っていなかったはずだ。

オーディンですらも知らない話だから、大輝が知らないのは当然だった。


「まぁ、これ以上空気が悪くなっても申し訳ないからな。今日はこれで失礼するよ。大輝くん、スルーズを頼む」


私を見かねたのか、そう言って手元のお茶を一気飲みして、ルシファーはさっと姿を消した。

気配は感じないから、ちゃんと魔界に帰ったんだろう。

っていうか、今日はってまた来るつもりなのかよあの野郎……。


「……えっと、聞いていいのかわからないんだけど」

「わかってるよ。私としては縁切ったつもりでいたから、話す必要もないと思ってたけど……ソールのこととか色々聞いてるんだし、私だけ話さないのはフェアじゃないよね」


出来れば話したくなかったし、関わらせたくなかった。

あんなやつに関わって、いい結果になるとは思えない。

しかし、理由も話さずに私一人憤っていては大輝との間に溝を生みかねないのも事実。


ならば自分から全てを明かしてしまって、判断は大輝に委ねてしまった方がいいだろう。


「いや……話したくないことを無理に、とは思わないけど」

「大輝はそれでいいの?気にならないなら聞かないでしょ?それに、またあいつ来るかもしれないから……話しておくよ」


あいにもさわりだけは話してあるんだし、全部聞かせたところで変わらないだろう。

そもそもあいは私が何者だろうと特にこだわりとかなさそうだし。


「まず、あいつの名前はルシファー。多分自分で名乗ってたと思うんだけどね」

「ああ、名乗ってた。魔界の王とか何とか言ってたけど、本当なのか?」

「うん。堕天使ルシファーって言った方がわかりやすいかな。知名度もそれなりにあるでしょ」

「……マジかよ」


出た、大輝の弱点肩書。

魔界の王だし、堕天使ルシファーって言ったらそりゃ有名かもしれないけど、恐縮してもらう理由は特にないんだけどね。


「え、じゃあ睦月は……スルーズは、そのルシファーの娘ってことになるのか?」

「そうだね。ルシファーと、一人の人間の間に生まれたのが私」

「……え?」

「母親は人間なんだよ」


私が最後に見た母の姿は、綺麗で可憐な花の様な人だった。

心優しく、容易く摘み取ってしまえそうな、そんな儚さを持っていた。


「あのルシファーが今まで生きてきてただ一人愛したのが、私の母親」

「…………」

「まぁ、大輝が何考えてるかわかるよ。だけど、母は生きてる」

「はぁ!?ど、どうやって?不老不死の秘法とかあるのか?」


思ったよりもリアクションが大きい。

まぁ、普通に考えたら人間がそんな何万年も生きていられるわけないし、当然のリアクションではある。


「人を愛することを覚えたルシファーは、その愛の深さ故に失うことを恐れた。人間はいつか必ず死ぬからね。その悲しみを背負う覚悟を、ルシファーは持っていなかったの」

「…………」

「死が二人を分かつまで、とか何とか大層な約束をしていたみたいだけど、その死をルシファーは母から奪った」

「う、奪った……?何だそりゃ……一体どういう……」


まぁ、わからなくて当然だ。

人間の概念ではまずありえない話だし、仮に人間にそれがバンバン適用できるとなったら世界は大混乱するだろう。

そして人間は努力をしなくなってしまうことが目に見えている。


命には限界があるから、人は努力をするし、一生懸命生きる。

必死になるのもそのためだろうと言われている。

その死を奪われる、つまり死なない体になったとして。


死ぬ心配がないのだからと人間はまず努力なんて面倒なことをしなくなるだろう。


「禁呪を用いて、母の体の時間を完全に凍結させたの。とは言ってもちゃんと動けるし、眠りもするし食事だって代謝だって全部普通にある。ただ、死なないし衰えもしない。傷もつかない。物理的に殺すこともできない。そんなの、私は生きてるなんて思わないけどね」

「…………」

「けど、体の時間を凍結させたからって心まで凍結させることはできない。だから悩みもするし、精神にはダメージだってあるんだよ」

「何だか、現実とは思えない話だな」


それを言ったら私たちだって人知を超越した力を持ってるんだから、人のこと言えたもんでもないんだけどね。

けど、人間として育ってきた大輝には途方もない話だろうと思う。


「母はね、死を望んでたんだ。私が魔界を出る数週間前くらいだったっけ……私に、お母さんを殺して、って言ってきたの」

「……っ!?」


これにはあいも少し驚いたらしく、私の方を向き直った。

娘に自分の殺害を願う母など……まぁ、末期のガンとかで延命されてる状態とかなら負担になりたくないから、とかそういう理由で殺してくれ、くらいのことは言っても不思議はないだろう。

しかし、死なないとわかってしまったから……だから娘の力で滅してくれと、母は私に言った。


「その時初めて、ルシファーを憎んだ。呑気なことに、それまでは母は死なないからずっと一緒にいられるんだ、なんて思ってたのにね」

「……子どもの時のことなんだろ?仕方ないんじゃないか?」

「まぁ、あの頃の私は純粋だったからね。世間知らずだったし、目の前にあることが全てだと思ってた」


そう、あの頃の私はまだ純粋で、何も知らない子どもでいられた。

だから最初は、母の言うことも理解できなかった。

けど、その表情から何となく事情を、言いたいことを理解してしまった私は父の元へと走った。


母を見ていられなくて、目を背けた。

そして父に何で母を死なない体にしたのか、と尋ねた。

おそらく初めて父に牙を向けた瞬間だったはずだ。


父はのらりくらりと私の問いをかわし、しかし誤魔化すことはしない。

そんな父の態度に更に腹が立った。

娘に自分を殺してくれ、なんて頼む母の気持ちを考えたことがあるのか、と。


「なるほど……何だか複雑そうな話だ」

「まぁね。重い話でもあるから、そうそう言い出せる話でもなかったんだよ。楽しく食事してる時なんかにあんな話されたらみんな食欲なくなっちゃうでしょ」


自分で言っていて嫌になる。

正直大輝もあいも他のみんなも、あいつに関わらせたくなかった。

私があいつの身内だなんてことを、知られたくなかったという方が正しいかもしれない。


私からしたら、あいつは身内の恥以外の何物でもない。

そんなあいつが大輝たちに関わることだけは、何としても避けたかった。


「なぁ……春喜さんとかに接するみたいにはいかないのか?」

「……無理だね。姫沢家の二人とあいつとじゃ、正直違いすぎて比べるのも申し訳ないくらいだよ」

「……そこまで?」


大輝は少し悲しそうだ。

おそらく自分には母がいるとわかって、今は円満だから私にもそうなってほしいと思っているんだろう。

大輝なりの優しさであることは理解しているつもりだが、はいそうですか、と言えるほど根の浅い問題ではないことだけは理解してほしかった。


「でも、また来るっぽいじゃん。今日は、って言ってたんだったらさ」

「まぁね。もうあれかな、ブービートラップ仕掛けまくって……」

「なぁ睦月……どんな事情があっても、一応父親は父親なんだろ?だったらもう少し……」

「……ごめん、ちょっと頭冷やしてくる」


少しムキになりすぎたか、と反省しないでもないし、何よりこれ以上あいつのことを話して大輝ともめるというのは私の望むところではない。

苛立ってこのまま八つ当たりみたいなことをしても仕方ないし、私は外に出ることにした。

大輝が一瞬止めようとしたのを、あいが止める。


私はこの問題をどう片づけたいのか。

正直何万年も経って尚、この問いには答えが出なかった。

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