第137話
夏休み終盤。
色々とあった夏休みで、正直こんなにもてんこ盛りに色々とあるなんてことは、私の中では想定外にも程がある。
そもそもロキがあんなもんつけなければこんなことにはなってないんだけど、大輝が力を得たことも、今を生んでいると言っていいのかもしれない。
そう考えると一概にロキが悪い、という頭が少しずつ解消されていく様な、そんな気がする。
この日、私は珍しく一人で出かけていて、とは言っても人間界の中でのことだから別に何かあればすぐに帰ることだってできる。
神界での用事は最近特になくて、向こうは至って平和なものだと聞いている。
「鞄はもうあるから……あと制服か。一応どんなもんか、もう一回見ておこうかな」
誰に話しかけるわけでもなく……簡単に言えば独り言。
この夏休みが終われば私の状況は一変する。
その為の準備をちょいちょいやっておこう、そう考えて今日は一人で外に出たのだ。
滅茶苦茶にきつい日差しも、別に神力の膜で凌げているし今日は人間のメンバーを気遣う必要はない。
本当なら玲央とか可愛いから連れてきたかったんだけど、あいが一向に離す気配を見せなかったので、仕方なく私は単独で外に出ることを余儀なくされた。
きっと今頃大輝とあいはイチャコライチャコラ……少しだけムカっ腹が立ってきた。
まぁ、私も帰ってから可愛がってもらえばそれでいいんだけど。
なのでそんな恨み言を考えているよりも、まずはやることをやってしまわねば。
夏休み明けから通うことになる、言わば古巣とも言える大輝や明日香、桜子の通う学校。
あの制服結構可愛いんだよね。
何処に行けば見られるかな、と考えて私は辺りを見回す。
そしてその見回した先で、見覚えのある人影を発見してしまい、私は思わず呻いた。
「げ……」
「いたな、スルーズ。探したぞ」
何でこいつがここに……?
二度と見ることはないと思っていた相手。
私がおそらく全世界、神界や魔界を含めて全ての世界で一番憎んでいるであろう相手。
言っておくがロキではない。
あんなのは憎むまでもなく、足蹴にして踏みつけてこき使ってやればいいだけだ。
「何でてめぇがここにいる」
思わず、自分の口の悪さにびっくりする。
こんなの、とても大輝には見せられない。
聞かせられない。
だけど、溢れる憎悪の感情が、私の中の制御を振り切ってしまう。
「娘の様子を見に来て、何か不都合でもあるのか?」
そう、憎むべき父。
姫沢家の両親ではない、本当の産みの親である父親。
私ことスルーズを作った張本人。
堕天使の王でもある、ルシファー。
「都合も不都合もない。あんたとは縁を切ったはずだ」
「あんな一方的な物言いで成立するとでも、思っていたのか?」
雑踏の中で睨み合う親子。
周りが何事かと足を止めるのも構わず、私は目の前の敵を睨み据えた。
「邪魔だな……消してしまうか」
「おいやめろ。ぶっ殺すぞ」
「ふむ……ならば場所を変えるとするか」
そう言ってルシファーが指を鳴らし、私の目の前の景色が都会の喧騒から一転、違う意味で見慣れた景色へと姿を変えた。
「てめぇ、何勝手に魔界に転送してんだよ」
「相変わらず口が悪いな、スルーズ。顔は母親に似たというのに、嘆かわしいことだ」
「てめぇが母さんを、語るな……!」
何だか話しているとムカッ腹が立ってきて、どんどん歯止めが利かなくなってきてしまう。
こいつと一緒にいることは、私にとってマイナスにしかならない。
しかもこいつ、魂を切り離すことなく椎名睦月の体のまま私をここに転送させやがった。
「この程度もできないくせに、お前は戦女神を名乗れているのか。神界というのは随分と緩いんだな」
「大きなお世話だっつの。用事があんならとっとと話せ。こっちはあんたと違って忙しいんだよ」
「忙しい?人間界の暮らしがか?お前が?怪力ゴリラとつまはじきにされてきた、お前がか?」
落ち着け、こいつのいつものやり口だ。
こうして私を怒らせて、って言うのが以前から変わらないやり方だったはずだ。
そう思ったのに、気づけば私はルシファーめがけて殴りかかっていた。
「この程度の軽口で頭に血を上らせているから、お前は半人前なのだ」
「うるっせ!!」
一撃たりとも当たらない攻撃、ほとんどその場から動かずに私の攻撃を回避し続けるルシファー。
不毛な攻防はおよそ十分に渡って繰り返された。
「どうした、もうおしまいか。だらしないことだな」
「……この野郎……!」
人間の体で本気を出すことは出来ない。
おそらく睦月の体が私の力に耐えることができないから。
その時点で相当なハンデを背負っていると言っていいこの状況。
これもこいつの狙いだったのかもしれない。
あまりにも平和な日々を過ごしすぎて、私も少し日和っていたのかもしれないな。
「何故、あの会社を崩壊させたときに中の人間を全員生かした?」
「あ?あの会社って……てめぇ、見てやがったのかよ」
先日の和歌さんの父親の件の後始末をしに行った時のことだ。
表向きには医療関係の製造会社になっていた場所、そこが和歌さんの父親へと裏稼業を斡旋していた。
私は社内にいた全員をハワイに飛ばして、そのまま会社を木っ端微塵にしてやった。
翌日のニュースで突然の消失!とかやってるのを見た時は笑いが零れそうになったものだった。
誰一人殺さなかったのは、神界の掟もあるが何より和歌さんの父親がそれを望むかわからなかったから、というのもある。
「元々堕天使の血を引くお前が、神の真似事をしているだけでも片腹痛いというのに、神の掟に従って、お涙頂戴の甘っちょろいヒューマニズムにほだされたというのは、更に笑えてくるものがあるな」
「んだと……?」
安い挑発だ。
それは頭では理解している。
しかし、私の仲間までもバカにされた様な気がして、更に頭に血が上るのがわかる気がした。
「てめぇにゃ一生理解できねぇよ。魔界に引きこもってシコシコと訳わかんねぇことばっかしてんだからな。人間の多いとこはさぞかし居心地悪かっただろうよ」
「…………」
ありゃ、怒っちゃったかな?
しかし相手が父親だろうと、堕天使の長であろうと、売られた喧嘩だ。
「お前は弱くなったな。守るものが出来て、元々大して強くもなかったものが更に弱くなるとは」
こいつはいちいち人の逆鱗に触れるのが上手い。
その才能だけは魔界でも随一だと思う。
ロキなんか比べものにならないくらい、頭にくるクソ野郎だ。
「守るものがないてめぇにゃわかんねぇかもしれねぇけどな、案外悪くないもんだぜ。味方にソールの息子もいるんだから」
俺、ソールさん知ってんだからな!ソールさんの息子が彼氏なんだからな!みたいな虎の威を借る狐な感じで、非情にカッコ悪い物言いであることは何となく理解していたが、私が得たものをバカにされることだけは我慢がならなかった。
だからついつい口走ってしまった、というのが大きいかもしれない。
「ソールだと……?」
「てめぇが唯一脅威に感じてるのがソールだったよなぁ、確か。私に何かあれば、てめぇは焼き尽くされるだけだと思うぞ」
とは言っても大分前の話ではあるし、その何万年もの間でただただこの男が引きこもってただけ、というのは考えにくい。
正直苦手対策くらいはしててもおかしくないだろう。
というかしてなかったらただのバカだ。
「そ、そうか、ソールな、うん……」
何こいつ、めっちゃ目泳いでんだけど。
てか何?
この数万年間で何も対策してこなかったってこと?
こんなバカが父親とか、私は認めたくないな……。
「アホらし……帰る。さっきも言ったけど忙しいから。人間界に帰してくれる?」
「…………」
「ソール呼んでもいいんだけど?」
「……スルーズ。いい男でも見つかったのか?」
「…………」
あー、めんどくさい。
結局用件ってそれかよ。
大体男がいようがいまいが関係ないだろうに。
「いたら何?」
「会わせ……」
「だが断る!!」
食い気味に言って、そのまま顔面にパンチを見舞う。
もちろんちっとも効いてる様子はない。
ああ、人間の体のままだと本当に色々やりにくい。
「まぁいい。今日は帰してやる。だが覚えておけ、お前の故郷はこの魔界であることをな。命あることをせいぜい喜んでいるがいい」
精一杯の強がりですか。
もう何でもいいから早く帰してくれ。
そんなことを考えた時、目の前の景色がまた雑踏に戻る。
「……厄介なことになったな……」
一人呟いて、さっさと用事を済ませる。
一刻も早く帰って、大輝と玲央と戯れたかった。
嫌なことは癒しで忘れよう。
こんな考え方が呑気であることを、私はすぐに思い知るのだった。
 




