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第136話

通夜、そして告別式までが終わったのは私と大輝の結婚式と、父が旅立ってから二日後のことだった。

一連の葬儀に関してはおやっさんが手配してくれて、火葬場で焼けて骨になった父を見た時、骨もほとんど焼け残らなかったことに私は少なからず衝撃を受けた。

病状が末期で亡くなった場合に稀にあると聞いたことはあったが、まさか自分の身内でそんなことが起こるなんてことは考えたことがなかった。


「みんな……すまない。騒がせてしまった」

「和歌さん……」


私は火葬までが終わってみんなに頭を下げた。

気にするなとか、そういう意見は出なかったがこれはきっと、みんなが気を回してくれたのだろうと思う。

そして翌日、私は大輝を伴って父の部屋に来ていた。


父の遺品を整理することと、部屋をどうするかを考える為に。

一度みんなにも声はかけたが、これについては私と大輝とで片づけるべきだ、という話になった。

大輝も私も特に反対意見は出さず、そのまま二人でこの部屋を訪れた。


「そういえば……」

「ん?」

「和義さんが言っていた、大事なデータって何だと思います?」

「…………」


父が最後まで持っていた携帯電話。

これは火葬で一緒にお棺に入れようかと思ったが、睦月に止められた。

恐らく何かを知っていて、私に関連する何かがあるのだと思い、私は携帯電話を引き取った。


「あまりいいこととは思えないが……見せてもらうか」


そう言って私は父の携帯の電源を入れる。

Simカードが入っていません、という様な文言と一緒に携帯が立ち上がり、私は操作を始める。

データと言うからには、写真や音声である可能性が高いと考えて私はフォルダを片っ端から漁り、恐らくこれではないか、というものを見つけた。


「これって……」

「多分私だろうな。あと母だ。そこに飾ってあるものと同じだな」


部屋に飾ってあった写真立て。

そこに映る三人の親子。

私は父に抱かれ、若き日の母も父も幸せそうに笑っている。


「確かにこのデータは、もう手に入れ様がないですね。どうしますか?」

「そうだな……父に関するもののすべては私と大輝とで相続してほしい、って言うのが父の遺志だったからな」


父が亡くなってすぐに、入院していた病室の小物入れから一通の手紙が見つかった。

それは父が震える手で書いたと思われるもので、遺言状とあり、大まかな内容としては先ほど言った様に私と大輝に私物、資産の全てを相続してもらいたい、ということ。

そして整理も任せる、という内容と共に私たちみんなへの感謝の言葉が綴られていた。


「なぁ大輝……父と会ったこと、後悔してないか?」

「……最初は確かにちょっとびっくりっていうか……不審者かと思ったくらいでしたから。だけど、後悔はしてませんよ」

「そうか……私はな、この部屋を受け継いでここから仕事に通おうかと考えてる」


おやっさんや姐さんが特に反対しない様であれば、私はこの部屋を受け継ごうと考えた。

父の大事にしてきた母の遺影やらも、この部屋にある。

決して広いとは言い難い部屋だが、私が引き継いで使うことを父は喜んでくれるのではないかと思う。


「和義さんも、多分喜んでくれるんじゃないですかね」

「そうだといいな」


口座関連、相続関連の手続きも滞りなく済ませ、全てが終わったのは夕方になった頃だった。

たった数日のことなのに、何年もかかったかの様な、そんな疲労感と安堵感が綯い交ぜになった感覚に襲われる。


「こんな時に何だが……少し横になってもいいか?」

「お疲れの様ですからね。無理しないでください。俺がある程度やっときますから」


そう言って大輝は私が横になるのを見届けて、父の遺品を整理する作業に戻っていった。

眠ってしまうつもりまではなかったのだが、ある程度私の中で落ち着いてきたからなのか、次第に微睡んできてしまい、眠気に抗うことが出来ない。


「う……」


そして私は、眠りへ落ちて行った。



「すまないな、世話をかけてしまって」

「……え?父さん……?」


部屋の中で父が、私に微笑んでいる。

微笑みながらも申し訳なさそうに、父は私を見ていた。

そうか、きっと夢なんだ。


だから父が、目の前にいるんだ。


「そうだな、君の夢だよ、和歌。だけど夢だから私の様な死者であっても、君の前にいられる。だけど、そう頻繁に現れるということは出来ない」

「そうか……」


もう一目会えたら……葬儀のさ中、私は何度もそう考えたはずなのに何も言葉が出てこない。

夢だから仕方ないのかもしれない。


「今頃は多分、君の仲間の一人が私の仕事先を潰しに行っているところだろうね」

「……は?」

「彼女は、人間じゃないんだろう?私のことも、何をしてきたかも、既に知っている様だった」

「…………」


そんなことをしそうな仲間……睦月かあい、大穴で大輝。

大輝は今父の遺品整理に一緒にきてもらっているし、まずないと思うから消去法で睦月かあいになるはずだ。

まぁ、九割睦月なんだろうと思う。


まさか玲央を背負って子連れ狼の様なことを……というのも考えられないことはないが、あいにはまだこの人間界における善悪の判断が曖昧な部分もあるだろう。

そうなるとやはり出張っているのは睦月なんだと考えられる。

また私は、知らないところで仲間に迷惑をかけてしまっている。


「和歌のせいじゃない。私がそうしたかったから……語弊はあるが、そうして残してやりたかったからそうしてきたんだ」

「父さん、何を言って……」

「私はね、君を捨ててしまったことの贖罪に、死ぬときくらいは何か残してやりたいと思っていたんだ。それを叶える為にはただのサラリーマンでやっていたんじゃ追い付かない。だから、独自に色々と調べまわってあの仕事を見つけたんだ」

「…………」

「非合法的であることは承知していたし、だけどそのせいもあって割は良かった。そして出来ることなら、私自身の手で決着をつけてしまいたいと思ってもいた。もちろん叶わないままで、体が先にドロップアウトしてしまったけどね」


父の手で全てを?

そんなことが可能なほど矮小な組織が、父を満足させられるほどの金を与えられるのだろうか。

既に睦月が出張っているのであれば、いずれにしても無用な心配には違いないが。


「和歌、君はこれからいくらでも幸せを掴むことができる。そして出来ることなら、ヤクザの世界からも足を洗って……」

「それは出来ない。何故ならあそこは私の生きてきた世界で、私を形成した大半でもあるからだ。それに私の様な学歴もなく常識も欠落している人間が、表の仕事でやっていけるなんて思ってはいない。たとえ大輝と子を為したとしても、死ぬまで私はヤクザだよ」


そう言った私の顔を見て、父は驚いた様な表情を浮かべ、しかしすぐに笑顔に戻った。


「そうか……和歌が後悔していないのであれば、無粋な心配だったな。雷蔵にも奥さんにもよくしてもらっている様だし、私が口を出す筋合いではない様だ。……全ての後始末を君たちに全部させてしまうことになって、本当にすまない。お友達……椎名さんと言ったかな。彼女にもよろしく伝えてくれ」

「……もう、行くのか?」

「ああ、長居はできないからね。それに、大輝くんの作業もそろそろ終わることだろう。二人で、終わらせてくれるとありがたい」


父はそう言うと、一瞬表情を曇らせてすぐにまた笑顔に戻る。

これは父の癖なのだろうか。

人に悲しそうな顔を見せまいとする姿勢は……私もきっと受け継いできている。


これからもそれは変わらないのだろうし、それでもみんなにそれは通用しない。

それは今までの経験で証明されている。


「私は、ここに住もうと考えている。一応、父さんは家主だからな。相続手続きはしたけど、許可だけほしい」

「そうか……わかった、ありがとう。和歌、幸せにな」

「私こそ、ありがとう。これからはのんびり、過ごしてくれ」


最期に固い握手を交わし、私は夢から目覚めた。

果たして夢だったのか、最期に父が気を利かせてくれたのか……それは誰にもわからない。


「あ、起きました?」

「……ああ。すまない、寝てしまうつもりまではなかったんだが」

「気にしないでくださいよ。疲れてるんでしょうから」


笑いながら言う大輝を見て、先ほどの夢に思いをはせる。

普段なら夢なんて大半覚えていないのに、はっきりと覚えている。


「なぁ大輝、父の携帯なんだが……データをパソコンなんかに保存できたりするのか?」

「できますよ。あの写真は紛失したら二度と手に入らないものですし、バックアップは取っておきますか」

「悪いな、私が機械音痴なばかりに……」

「適材適所って言うでしょ?それに、和歌さんもそのうち出来る様になりますよ。踏み出す勇気があれば」


そう言って私から父の携帯を受け取り、大輝は片づけに戻る。

私も体を一通り伸ばし、片づけに加わった。

おやっさんからは忌引扱いで休みを一週間ほどくれると言われているが、私の様な所謂役職持ちがそんなにも休んでしまっては、組の運営に支障をきたすだろう。


仮におやっさんや他の人間が力を尽くしてくれても、負担やしわ寄せは免れない。

だから私もいち早く復帰して組の為に力になりたい。

父をこうして丁重に弔ってくれた恩義に報いるために。


「俺は、休んだらいいと思いますけどね」

「ぼけっとしてると、色々と思い出してしまいそうなんだ。それに、おそらく睦月が今父の後始末をつけてくれているはずだからな」

「え、何でそれを……?」


やっぱりか。

大輝はあらかじめ知らされているだろうと考えていたが、間違いなかった。

ということは父はやはり最後に私に会いに来てくれたのだろう。


「夢の中でな、父から聞いた」

「…………」


信じられないものでも見るかの様な顔で、大輝は私を見た。

きっと私のことを思ってしてくれていることなんだろうと思うから、私も特に言うことはない。


「ありがとうな、大輝。それに後で父からの伝言を睦月にも伝えなければ。安心してくれ。既に動いてくれているということなら、私が追って何かをしようとは考えていないから」

「……そうですか、なら良かった。今日は、和歌さんどうしますか?ここに泊まるんですか?」

「そうだな……そうしようかな。大輝は帰ってしまうのか?」

「え?いや、えっと……」


意地の悪い聞き方をしたと、自分でも思う。

あれだけ幸せな瞬間を得て、大輝を独り占めしていた私が、これ以上の幸せを求めようなどと考えてしまうことはもはや罪な気がする。

それでも今夜だけは、大輝に一緒にいてほしい。


そう考えて私は、大輝から逃げ道を奪う。

困った様な顔をしながらも、大輝は睦月に連絡を入れ、私と一緒にいてくれることを承諾してくれた。

今日だけ……気が向いたらまたこっちにも来てくれれば。


それだけで私は十分だ。

困らせてしまった大事な人の為に、今日は父に私が幸せであることを、この部屋で存分に見てもらおう。

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