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第134話

まさかこの歳で子持ちになって、しかもその母親じゃない女と結婚式まで挙げることになるなんて……誰が俺の人生、こんな風になることを想像できた?

和義さんに会ったことだって、ぶっちゃけ偶然だと思うけど、もしかしたら死期を悟った和義さんが俺を待ち構えていた、ということも十分考えられる。

仮に他のメンバーに、となった場合相手が全部女であることから、声をかけることも憚られるだろう。


というか俺なら多分声なんかかけない。

困ってたりするならともかく、そうでもないのに女に声なんかかけたらそれこそ変な目で見られるわけだからな。


「宇堂さん、もうすぐ奥様がいらっしゃいますよ」

「法律的には違うんですけどね……そもそも俺まだ十八にもなってませんし」


もちろんそんなことは分かった上で青池先生は、俺の緊張をほぐそうとしてくれたのだろう。

そして俺の返しを受けて先生も俺なら大丈夫そうだ、と判断したのか笑って食堂に歩いて行った。


「気分はどうかしら、大輝くん」

「明日香か。どうって言われてもな……こういうのって、お前らの中で和歌さんの見方が変わっちゃったりしないのか?」

「しないわね。少なくとも私は望月が幸せになってくれるんだったら、その過程がどうあろうと構わないと考えているから。朋美辺りにしてあげた方がいい質問かもしれないわよ?」


うん、まぁそうだろうと俺も思う。

だけどそんなおっかないことが俺に出来るわけがないし、明日香も俺のヘタレっぷりは目の当たりにして十分すぎるほどに理解していそうなものだが。


「何よ大輝、私に聞きたいことがあるの?」

「いっ!?」


突如横からかかった声に、飛び上がらんばかりに驚いて俺は朋美からにらまれた。

そう、それだよ。

そう言うのが怖いんだよ。


そもそもこいつは以前俺を全力でぶん殴ったこともあって、それが恐怖の根源になっていることは理解しているのだろう。

だからなのか最近は暴力的ではなくなったにしろ、ヤキモチの大きさは多分メンバー随一と言えるのではないだろうか。


「い、いや……何か悪いな。こんなことになっちまって」

「何言ってんのよ、こんなことって和歌さんのことなんだし……それに事情が事情でしょ?私は和歌さんのドレス姿楽しみなんだ。それにいつか私にも着せてくれるんでしょ?」


そう言った朋美の顔は、いつもの様なヤキモチを孕んだ表情ではなく心底その時が楽しみだ、というものに見えた。

人間変われば変わるものなんだな。


「当たり前だ。全員着せてやるさ」

「バカね、カッコつけてんじゃないわよ」


軽く笑って、俺の額をつついて朋美も控室と言う名の調理室から出て行った。

今は睦月と愛美さんが、和歌さんの着付けに行ってるんだったか。

そろそろ戻ってくるかな。


「お待たせ、大輝」

「これが和歌の完全体だぜ」

「完全体って……人造人間じゃないんだから」


あの惑星の王子でも勝てなかった完全体が、俺の目の前に……!

なんてふざけたことを考えていると、目の前の和歌さんからふわっといい香りがする。


「おお……うおおお!!」

「な、何だ大輝……恥ずかしいからあんまりじろじろと見ないでくれ……」

「すっげ!!和歌さんすっげ!!超綺麗じゃないっすか!!」

「おー、いい反応」

「予想以上の反応だな」


初めてのデートの時も思ったが、この人やはり素材が良いだけあって、ちゃんとした格好をしていればめちゃくちゃな破壊力を誇る。

俺のハートは一撃でKOされてしまったと言っていいだろう。


「やめろ……普段こんな格好しないし、化粧だって……」

「いや、実際死ぬかと思うくらい似合ってますから。愛美さんに手ほどき受けたらいいですよ、化粧は。いや、マジで和歌さんの可能性無限大」

「へぇ、じゃあ私たちの可能性は頭打ちだ、と?」


興奮気味の俺の頭を、睦月の一言が冷静にさせてくれる。

そんなこと一言も言ってないだろうに。


「ば、バカ言うなよ。大体お前ら学生組は化粧なんかまだまだ必要ないだろうが」

「そんなこと言ってられるのも今のうちだけどな、お前ら。二十歳過ぎたら油断なんか欠片も出来なくなってくるから」


うん、体験談なんだろうな。

凄くリアリティを感じる気がする。


「それよりあいと玲央は?他の人に迷惑かけたりしてないよな?」

「うん、今もう席についてお茶飲んでた。玲央は周りの人が可愛がってくれてるみたい」


そうかそうか。

まぁ俺の子だし、可愛くないわけがないんだけどな。


「大輝も何となくわかってたけど、子煩悩だよね。いや、もう親バカレベル?」

「あんな可愛い我が子が可愛くないなんて、眼科行けよってレベルだろ。お前らだってめちゃくちゃ可愛がってるんだしな。……ありがとうございます」

「それより大輝、和歌さんのお父さんだけど……いややっぱり何でもない」

「ん?言いかけてやめるとか気持ち悪いことするなよ」


そうは言ったが、睦月はただ俺に笑いかけて、愛美さんを伴って控室から出て行き、和歌さんと二人きりになってしまった。

和歌さんは先ほどから恥ずかしそうにしていて落ち着かない様だ。


「へ、変じゃないか?大輝……」

「何処も変じゃないですよ。あれ、こんな女神神界にいたっけ?なんて思っちゃいました」

「か、からかうな……!」


そう言って和歌さんは赤くなってそっぽを向いた。

いや実際綺麗すぎて、俺の方こそ直視してたら目がやられちゃうんじゃないかって思うくらいだ。

そしてこんな綺麗な人と今から結婚式挙げるのか、俺……。


そう考えると胃がキリキリしてくる気がする。


『では、これより急遽ではありますが、宇堂大輝さんと望月和歌さんの結婚式を執り行いたいと思います』


青池先生のアナウンスが聞こえ、俺たちの出番がやってきた。

不安そうな顔をしている和歌さんが、何となく初々しくて抱きしめたくなってくる。


「和歌さん、行きましょう」

「あ、ああ」


躊躇いがちに伸ばす手を、俺はがしっと掴む。

少し驚いた様な顔をして、和歌さんは笑った。


「時々お前は、私でも驚く様なことを平然とやってくれるな」

「そうでしょう?今回は急だからこんな場所になっちゃいましたけど……次はちゃんとした場所で挙げましょう」


俺の言葉にぽかんとして、和歌さんは更に強く手を握ってくる。

今回の主役でもある和歌さんは、本当に輝いて見えた。



『ええっと、二人の馴れ初めは……』


青池先生がどんどん進行を務めてくれるが、俺たち馴れ初めなんか話したか?

まぁ、犯人はきっと睦月なんだろうと思うが。

ちゃんと再会できたのかな、睦月と先生は。


「お前……こんな時に他の女のことを考えているだろ」

「ほえ?な、何故わかったんです?」

「お前は自分で気づいていないかもしれないが、私以外に意識が向いている時は独特の顔をしているんだ。他のメンバーもきっと気づいてるぞ」

「…………」


マジか……。

しかしアレだな……馴れ初めとかやっぱり恥ずかしいな。

一般の患者さんたちも面白そうだ、とか言って集まってきてるし。


「ほら、あいと玲央が手を振っているぞ。返してやったらどうだ?」

「……あいつめ、恥ずかしいことを……」

「私もいずれ、ああして子を産むことになるんだろうか」

「……なるんじゃないですかね?そして和歌さんの子だったら絶対可愛いですよ」


バカ!とまたも赤くなって和歌さんは目の前の料理に手を付ける。

ブレないな、本当……。

だけどこの人食べてる時すごい幸せそうなんだよな。


「まぁ、今この瞬間においては和歌さんが俺にとってのナンバーワンですから。和歌さんだけを見ている、と言っておきましょうか」

「ほ、ほうか……」

「…………」


もう少し慎ましく食べませんか、と言ってやりたいところだが和歌さんはこれでいい。

普段の凛とした姿と口いっぱいに詰め込んだ食べ物の対比が、和歌さんを引き立てているのだ。


『それでは、新婦の御父上に当たります望月和義さんから、一言お願いいたします』


青池先生がそう言って、マイクを持って和義さんの元へ行く。

和義さん、車椅子に乗ってるな……歩くのも厳しくなったのか。


『和歌……それに大輝くん。本当にありがとう。君たちが主役であるはずのこの式において、私などがこんなことを言うのは本当にどうかと思うが……私は二人を見ることができて、本当に幸せだと思う』


もう既に感極まっているのか、和義さんが涙声で口上を述べる。

悲願とも言える和歌さんの晴れ姿を見られたことで、和義さんは概ね満足しているのだろう。

また雷蔵さんや智香さんも和歌さんの晴れ姿に、嬉しそうに目を細めている。


既にはしゃいで智香さんに頭でもはたかれたのか、珍しく雷蔵さんがおとなしい気がするが……気のせいだろうか。


『私の不甲斐なさのせいで、和歌だけでなく雷蔵、そして奥さんの智香さんにも今まで苦労をかけてしまったかもしれない。だけど……これからも和歌はみんなに想われ、大事にされていくのだろう。よろしく頼みたい』


自分はもう生きてはいけないから、という意志が見え隠れする言葉だ。

もちろん一般患者の人たちは、和義さんと和歌さんの間にあったことを知らないはずだ。

にも拘わらず涙を流している人が既にいる。


そして和歌さんも食べる手を止めて和義さんの言葉に耳を傾けていた。


『私の命はもう、そこまで永らえることはないだろう。だけど大輝くんやその他の皆さんがいてくれるのであれば、安心して逝くことができる。皆さん、どうか和歌を……娘をっ……!?』


そこまで言ったところで、和義さんの音声が途切れる。

何事かと食堂内が騒然として、そこにいた医師たちが駆け寄る。


「望月さん!望月さん!?担架を持ってきてください!!」


和義さんが苦しそうに呻きながら気を失うのが、俺たちの席からも見えた。


「和歌さん、行きましょう!」

「……ああ」


頷いた和歌さんの顔には、ある種の覚悟の様なものが浮かび、そして和歌さんは立ち上がる。

今日まで頑張ってきた和義さんの、最後を見守る時がきたのかもしれない。

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