第132話
やや強引である部分は否めないが、大輝は私との結婚を……とは言っても形だけのものになるが、了承してくれた。
それにしても大輝はまだ十六にもなっていないというのに、色々と経験しすぎている気がしなくもない。
後々無駄になるものではないと言っても、こんなにも短期間の間にこれだけのことがあると、反動でグレたりしないかが心配だ。
もっとも私や愛美さんがそういうのは多分許さないし、大輝自身もそこまで弱いやつじゃないってわかっているから、そこまでの心配はしていないが。
私の頼みを了承した後、大輝はお嬢に尻を蹴られて早く睦月たちに連絡を入れる様に言われ、慌てて席を外した。
多分これから先もこんな調子なんだろうな、と思う一方で、みんなを出し抜く様な真似をせざるを得なくなってしまった私自身に多少の憤りを感じる。
これは私の本意でも不本意でもない。
もちろんそうしたくないのか、と問われればそうしたいという気持ちはある。
だが、大輝に私の花嫁姿を見せることが、将来的に大輝の視野を狭める結果にならないか、という心配は多少ある。
ならやらなければいいのに、と思う自分と、二度とこんなチャンスは訪れない、と囁く二人の私。
だがどちらにも属さない私自身は、父の為であると割り切ることでその二人の私を無視することにした。
そうでもなければ父が報われないし、今まで父がおやっさんに感じていたであろう負い目を払拭してやれる結果になるのであれば、その責任は私が取るべきだろう。
一緒に暮らしていなかったとは言っても、血縁上の親子なんだから。
「いいのよ、望月。今日くらい素直になりなさい。私たちだって、いずれは同じ様に式だけは挙げてもらうんだから」
「お嬢……」
その案は非常に素敵ですが……お嬢のレベルに合わせて全員分式を挙げるとなると、大輝のやつ破産するんじゃないでしょうか……。
まぁ、一回で全員分挙げちゃうというのもありでしょうけど……そうなると私だけが二回も同じ相手と式を挙げるなんていうずるい結果が待っているわけですが。
「それをずるいなんて感じる様なメンバーは、一人もいないわよ。大輝くんだって、わかってるから今電話しに行ってるの」
お嬢の言葉が今は心強い。
父には病室で待機してもらっているが、うちの組の人間は大勢で押しかけると迷惑になるから、と最低限おやっさんと姐さん、それから幹部が何人か来ているだけだ。
「すみません、三十分もあればみんな来られるそうです」
汗をかきながら戻ってきた大輝が、私たちに報告を入れる。
先ほどまで大輝とお嬢とで話をしていた青池先生が病院に掛け合ってくれて、急遽食堂を使わせてもらえることになったらしい。
これで形だけとは言え、式も父に見せてやれるということになる。
あとは指輪か……必要か?
「結婚式と言ったら指輪の交換だと思うけど……大輝くんはどうするつもりなのかしら」
やっぱりそこは気になる。
もしあれなら私が買ってくる、というのも……いやそんな夕飯の食材買いに行くみたいに気軽にってわけにもいかないよな……。
「それなんだけど……俺の手作りって言うか、こんなんで良かったら」
そう言って取り出したのは、一つの箱に入った二つの指輪。
私と大してサイズが変わらないのが笑えてくる。
「大輝くん、指細いわよね……望月と変わらないっていうのも面白いわよ」
「これでも気にしてるんだから、ほっといてくれ……」
そう言って大輝は照れ臭そうにそっぽを向く。
シンプルなデザインのその指輪は神力を用いて作られた様で、市販されているものと比べると何となく神々しく見える……のは私だけだろうか。
「それ、フリーサイズなんですよ」
「は?」
お嬢が何言ってるの?という顔で大輝を見て、大輝は悲しそうな顔をする。
神力で作られてるんだとしたら、何となく言いたいことはわかる気がした。
「つける人によってと言うか……もし仮に和歌さんが将来的に太っちゃっても、サイズ直しとか必要なごぶっ!!」
割と言い切ってしまってる段階ではあったが、お嬢が失礼ね、とか言いながら大輝の腹に肘を入れた。
まとにも食らった大輝は堪らず苦しそうに咳き込んでいる。
指の太さがどうあれ、つけることができる、つまり自動的に指のサイズに合わせて大きさが変わってくれるとか、そういうことを言いたかったんだろう。
「まぁそれは本番でつけることにしましょうか。神父さんとかどうするの?」
「……雷蔵さんに頼むか?」
「父だって席で見たいんじゃないかしら」
「それなら、私で良ければ。急患など入らなければ、お昼休みの時間でできますから」
そう言ってくれたのは青池先生だ。
大輝もお嬢も少し驚いた顔をしているが、私としてはやってもらえるというのであれば、今から神父役を探したりという手間が省けていい気がする。
「いいんですか?」
「私は元々親族ではありませんし、招待客側に入るのも変でしょう?」
なるほど、と大輝も納得して神父役は青池先生にお願いすることにした。
それにしてもあの誓いのなんちゃら、とかそういうの大丈夫なんだろうか。
というか……私は、もしかして今からとんでもないことをしようとしていないか?
おやっさんや姐さん、組の幹部が何人か、そして父が見てる前で……大輝と、誓いの口づけを……って……。
「何赤くなってるのよ、望月。そんなの何回もやってきてるでしょ?ここで新婚初夜まで実践しろって話じゃないんだから」
「ちょ、お嬢!?」
「お前な……まぁ新郎新婦は恥ずかしくてもそこ省かないでしょうし、我慢してください」
時々お嬢は想像もつかないことをさらっと言ったりするから、心臓に悪い。
「お嬢、抜け駆けするみたいですみません。今度この埋め合わせは必ず……」
「そんなのいいって言ったでしょ?事情が事情なんだし、あなたのお父さんの願いでもあるんだから、考えうる限りこれが最善よ」
拗ねた様子もなく、寧ろ小さい子に言い聞かせる様な笑顔でお嬢は言う。
昔からお嬢の方が何かと常識的で、私は世話係の癖にお嬢から教わることがたくさんあった。
これからもその関係が変わるとは思えないが、結婚式に関してだけは私が先輩になれるのかと思うと何だか感慨深いものを感じる。
「じゃあ和歌さん。ドレスも作っちゃいますか」
「それはさすがに私がやるよ、大輝」
ギクっ、と擬音が入りそうな挙動で大輝が振り返った先にいたのは、睦月を始めとする面々だった。
後でネチネチ言われたり、大輝に見えない様にいじめられたりとか、そういうのを少し覚悟していた私だったが、ハーレムメンバーの誰もダークなオーラを出してはいない。
あの朋美ですら、生で花嫁見てみたかったのよね、なんて言って楽しみにしている様だ。
「きたのか、お前ら。すまないな、急に」
「まぁ、私は何となくわかってたからね。ここまでのことになるのは想像してなかったけど……でも他ならぬ和歌さんのことなんだし、協力しないわけないでしょ?」
やはり睦月と大輝は付き合いの長さもあって呼吸が合っている様だ。
私たちではどうしても追い付かないその時間だけは、時々羨ましく思える。
「はぁ?こういうデザインの方が似合うだろ!」
「何言ってるの?本当センスないなぁ、大輝は……和歌さんはこういう方が似合うに決まってるって!!」
……と思ったのに何でいきなり言い争いしてるんだ?
しかもドレスのデザインでもめてるって……。
「ねね、和歌さんのお父さん、どんな人?」
桜子がひょこっと現れて、私に尋ねてくる。
どんな……何て説明したらいいんだ?
「素敵な人よ。誰よりも……もしかしたら大輝くんよりも私よりも、望月を大事に思っていた人かもしれないわね」
「ああ、明日香ちゃんも会ったんだっけ?いいなぁ、ロマンスグレーって感じの人想像しちゃう」
ロマンスグレー……見た目だけならもしかしたら、そんな感じに見えないこともないか?
見慣れた顔ではないし、正直まだ父であるという実感は薄いが、これで一応父のことをみんなに紹介は出来るというわけか。
「さ、和歌さん。どっちがいいか決めて」
「へ?」
「着るの和歌さんなんだから。私のと大輝のと、どっち?」
睦月が紙に書かれたドレスのデザインを持って、私に詰め寄ってくる。
私だって女らしいカッコなんてそんなにしないし、正直聞かれても困るが……。
「あ、えっと……二人の間を取る、って言うんじゃダメなのか?それぞれにそれぞれの良さがある様に私には見えるんだが……」
なんて言ったはいいが、正直どっちがいいなんて私にはわからない。
しかしお嬢も自分で決めなさい、と顔で言っていることもあって、私は自分で決めるしかなくなってしまった。
「まぁ、和歌さんがそう言うんであれば……ね、大輝」
「そうだな、それがいい。じゃあ生成は任せるから」
そう言って大輝は自分のスーツを一瞬で作り出した。
結婚式と聞いてすぐに思いついていたのかもしれない。
「じゃ、和歌さんはこっち」
睦月に手を引かれて私は職員の女子更衣室に連れていかれた。
食堂からはやや距離があるから、戻るまでに一般患者の目に触れたりするんじゃ、なんて考えると顔から火が出そうな思いだ。
「……うん、やっぱり和歌さん綺麗だね。私が男だったら迷わず口説いてるレベル」
「からかうな……それにしても凄いな、何だか……」
「そう?私と大輝の合作……言わば愛の結晶みたいなもんだから。それにこれ、時間経っても消えたり劣化したりしないから、また気が向いたら着てもいいんじゃない?」
気が向いたらって……どんな風に気が向いたらプライベートでウェディングドレスなんて……。
いや、外に着ていくとかでなければ別にいいのかもしれないが、こんな上等なものをまさか部屋着とか寝間着とかに使うわけにもいかないし……何より落ち着かない。
やっぱり今日限りでいいかもしれない。
「写メ撮っていいよね?てかダメって言われても撮るんだけど」
「ちょ、やめ、やめろ!」
「おお、盛り上がってんな。着付けが済んだらメイクもやっとくか。和歌は元が滅茶苦茶いいのに、普段化粧とかしねぇし。今日はばっちり決めて、大輝に惚れ直させようぜ」
愛美さんがニヤニヤしながらメイク道具を片手に私に迫ってくる。
逃げようにもドレスが大きく重く、動きにくい。
普段化粧をしないのは、自分に自信があるからとかでは決してない。
大輝があまり派手な化粧を好まないというのもあるし、何より浮かれてると組の人間に思われるのが嫌だった。
男が出来て変わった、というのはよく言われるが、主に良い評判ばかりの今を、私は崩したくない。
大輝と付き合い始めて浮かれて、それでミスが増えたとか……そんなのはごめんだ。
だから私は化粧とか目立つ様な変化を見せない様にしてきた。
だけど……興味がないというわけでもない。
しかしやり方がわからないし、そんなものをネットだの雑誌だので調べていたら、私の様ながさつな女が、と笑われるんじゃないかって少しだけ不安になったというのもある。
みんながそんな酷い人間だなんて思えないけど、たとえ冗談でもそんな風に言われたら私はきっと、立ち直れないだろうと。
大輝がどう言ってくれても、きっと私は化粧なんか見るのも嫌になってしまう。
だから怖くて触れることができなかった。
「やっぱ映えるな、和歌。化粧してなくても美人でしたらもっと美人で……なんて、羨ましいぞこの!」
そう言っている愛美さんだって、すっぴんでも普通に綺麗だし化粧も上手い。
うちのメンバーはスタイルの違いこそあれど、みんな綺麗だし可愛らしい。
なのに私だけが何だかがさつで男勝りで、正直場違いなんじゃないかって思ったこともあった。
「ほら、鏡。見てみろよ」
「…………」
鏡に映った女性を見て、思わず顔が赤くなるのがわかった。
というか赤くなっているのも鏡に映っているのも、私なんだが。
私の顔は、こんなだったか?
「自分の顔見て赤くなってんのかよ。まぁでも、本当に綺麗だからな、わからなくはないか」
「そうだね、本当に綺麗。愛美さんも写メ撮っちゃいなよ」
「お、名案!いい記念になるな」
そう言って愛美さんと睦月は私に次々スマホを向けてくる。
悪いことをして、記者会見でもしている政治家とかの気分になるのは何でなのか。
私の中の罪悪感がそう思わせるのだろうか。
みんなは悪くなんかない、って言ってくれているが……ここまで大がかりなことになってしまっているのであれば、やはり後でそれ相応の礼はするべきだろう。
「さ、行こう和歌さん。大輝絶対惚れ直すよ」
「親父さんに、その綺麗な姿見せてやろうぜ」
冥途の土産に、なんて縁起でもないことを考えていたけどその時は近い。
みんなに協力してもらってここまでしてもらったのだから……私は私に出来ることをやり遂げるだけだ。
そう心に決めて、私は恥ずかしさを押して食堂までの道を愛美さんと睦月に手を引かれて歩いた。




