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第131話

病室を出た俺たちは、立ち聞きも良くないだろうということで一階の待合室まで移動した。

この病院には嫌な思い出しかない。

何故ならこの病院は、春海が息を引き取った病院なのだから。


「……思い出すわね」

「……ああ」


明日香にとっても同様なのだろう。

睦月がいるから、今でこそ俺たちはいつも笑っていられているが、もしもあのまま春海が死んだままだったら……そんな意味のないことを考えて笑みがこぼれた。


「睦月がいなかったら、なんて考えていたのね?」

「ああ。だけどあいつのあの執念深さから考えて、途中で諦めるなんて選択肢はなかっただろうからな」

「そうね。あ……そういえば睦月なんだけど……」


明日香がそこまで言ったところで、俺たちの前を横切り、そして足を止めた人物がいた。


「あ……あなたたちは確か」

「あっ……」


白衣を纏った女性。

何となく謎めいた雰囲気を持っていて、だけど親身になって春海を見てくれていた。

そしてそれは春海の今わの際まで続いていたのを覚えている。


青池あおいけ先生……」

「大輝くん、あなた……女の人の名前はすぐに出てくるのね。会ったことある女の人なら全員の名前を憶えていそうね」


明日香の言葉に待合室で聞こえていたであろう人の視線がこちらに向くのを感じる。

青池先生も、ややびっくりした顔で俺を見ていた。


「ば……お前、ふざけんなよ!?こんなとこで……言いがかりもいいところだ!いや、違いますからね!?」

「あら、案外的を射ていそうだけれど?私はすぐに名前なんて出てこなかったもの」

「まぁまぁ……それにしてもお久しぶりですね。お元気そうで、何よりですよ」


俺たちがもめそうになったのを見て、青池先生は苦笑いで俺たちを見る。

それにしても、この先生もまだこの病院にいたんだな、と思うと懐かしくなってくる。

もっともまだあれから半年も経っていないし、それにしてはその数か月の間で色々ありすぎたとは思うんだけど。


「お二人は、あれから交際を?」

「え?あ、ああまぁ……そうなりますかね」

「そうです。もっとも、彼の恋人は私だけではないんですけどね」

「お、おい!」


またも俺に向けた視線が多数感じられる。

一体何の恨みがあるんだ、こいつは……!


「あら、事実じゃない。別にそのことを咎めてなんかいないわよ?」

「だ、だからってお前……場所を考えてくれよもう!」

「あっははは!楽しそうで何よりです。今日は、どういったご用件で?」


青池先生に言われて、俺たちは別件で来ていたのだということを思い出す。


「ええ、実は……少し場所変えて話しましょうか」


またもおかしなことを言われてはたまらないし、何より和義さんのことは元々俺たちに直接関連のある話ではない。

なので俺たちは病院にある食堂に移動して今までの経緯なんかも話すことにした。

あれだけ春海に対して親身になってくれていた先生なんだし、信じられるかは別にして聞かせてやるのもいいだろう。



「……なるほど。では、彼女の魂?は今も違う体で生きていると?」

「まぁ、そうなりますね。すぐに信じろと言われて信じられる様な話ではないでしょうけど」


医学は科学だし、魔法だの超常現象とはまた反対の性質を持っていると言える。

そんな医学を仕事としている人間相手に話してもそうそう信じられる様な話ではないだろうが、少しでも春海のことに関しては罪の意識を軽くしてあげたかった。

だってあいつ、ピンピンしてるし今頃玲央とあいと三人で、何か旨いもんでも食ってんだろうから。


「いや……そうであったなら、私としても何となく救われた様な気分になります。いくつもの救われなかった患者を診てきた私としては、無限とも言える死者の中に、そう言ったロマンがあってもいいと思うのですよ」

「まぁ、今度連れてきますよ。違う人物とは言っても、元々生き別れた……ってのも変だけど、双子の姉妹だったみたいなんで」

「そうね、見た目は全くと言っていいくらい同じです」

「何だか凄い話ですね、それはそれで……春海さんが亡くなってからわかったことなんですか?」

「ええ、というか……今の体である睦月に成り代わってから少し調べてわかったことですけど」


あの頃は朋美が死ぬほど怖かったっけな……。

和歌さんとはまだ会ってなかったんだっけ?


「そうでしたか……そういえば、今日ご一緒だというのは……」

「ええ、大輝くんの彼女とその父親です」

「…………」

「ええと……まぁ詳しいことはいずれまた機会があればお聞きしましょう。その方はもしかして、望月さんですか?」

「え、知ってるんですか?」


思わず驚いて聞き返してしまったが、最近まで入院していたということなら面識があってもおかしくはないかもしれない。

もちろん深い仲かどうかまではその人次第になるんだと思うが。


「以前、担当医師の休みの日に代理で診たことがありまして。不思議な方ですよね」

「なるほど、そういう……」

「娘さんがいらっしゃると聞いてます。退院したら会いに行くんだ、と」

「なるほどね」


会いに行く……?

いや、だって黙っててくれって言ってたんだけどな、あの人。

自分で父です、って名乗りたかったってことなんだろうか。


「事情があって離れていた、と仰ってましたね、そういえば。今はその娘さんと和解された、ってことなんでしょうか」

「うーん……和解っていうのとはまた少し違う様な。とは言っても険悪でもないんですけど……和歌さん……ああ、娘さんですけど、その人がまだ感情が追い付いてないというのか、素直になりきれてないって言うか」

「まぁ、そんな調子だったんで、私たちは席を外して二人きりにしてやれば、少しは話も出来るかなと。今どうなってるかわかりませんけど」

「ふむ……確か娘さんは私と同じくらいの年齢だと聞いていますから、そうなると確かにいきなり父親とか言われても、っていうのはあるかもしれませんね」


まぁ、調べたりして存在自体は知っていたみたいだけどな。

それにしては和義さんの方が和歌さんについて割と詳しく知っていた感じがするし、妙なことは多い気がするけど。

それに……何であんな危険な仕事に身を置いていたのかも気になる。


金が必要だった、ということになるんだろうけど……。

手術代とかだったら、さすがにガン保険が出たからとか言って、嬉々として俺にお茶とかご馳走するのも何か違う気がするんだよな。

だとすると、他の何かしらの要因があると考えた方が自然か。


「死ぬのはもう仕方ないから、せめて死ぬ前に娘のウェディングドレス姿は見たかった、とか」

「え?」

「ヴァージンロードを一緒に、なんて図々しいことは言わないから、せめてそれを着ている姿だけでも見たい、って何回も言っていましたよ、望月さんは」

「…………」


もしかして、娘の結婚費用に充てたかった?

そう考えると辻褄の合う部分は出てくる。

だとしたら……気持ちとしてはわからなくないけど、だけど裏稼業で手に入れた金で、って和歌さんは喜ぶんだろうか。


それに俺だって、まだ結婚とかできる歳じゃないし……。


「大輝くん、結婚しなくても別にウェディングドレスは着れるじゃない」

「ん?」

「結婚式は別に、籍を入れなければやっちゃいけないなんて法律はないわ」

「あっ……」

「確かにそうですね。あれはあくまで形式上のものであって、法律上の制約はなかったと思います」


だが……和義さんの金を使わせるのは何となく気が引ける。

何かいい手はないものか……。


「あなた、神になっても本当にポンコツなのね。あなたの力は万能の力でしょ。何でこんな時にまで人間らしさを発揮しているわけ?」

「……そうか、そうだな!って、お前辛辣すぎるぞ……」

「言われなければ気づかないんだもの、仕方ないと思わない?」

「ふふ……本当、楽しそうです。何処か場所の当てはあるんですか?」


青池先生までもが一緒になって笑ってるし……。

とは言え、せっかくもらったヒントだし……どうにかして生かせないものか。

幻だけ見せて、みたいに睦月がやった様な感じにするんじゃ味気ない。


だけど、時間はもうそんなにあるとも思えないし……。


「私、父に電話してくるわ。望月だって父に参加してもらいたいでしょうし」

「ああ、それもそうか。じゃあ俺は睦月に……」


と、そこまで考えた時、俺の中で何か大事なことを忘れてるんじゃないか、という自問自答が生まれる。

……そうだ、他のメンバーだよ。

何て説明するんだ?


和歌さんの親父さんが危ないから、結婚式だけやります?

あいつら、納得するか?

和歌さんのことだし目の前で大体の一部始終見てたから明日香は何も言わんけど、さっきからの辛辣な物言いはヤキモチからきてるとも考えられる。


そう考えると、他のやつらはどうなんだろうか。

正直考えるだけでおっかない。


「はぁ!?何で黙ってたのよバカ親父!!死ね!!」


そんなことを考えていると、離れたところから明日香の叫び声が聞こえてきて、俺も先生も面食らう。

一体どうしたと言うのだろうか。


「ちょっと、聞いてくれる?」

「あ、ああ」


ふーふー言いながら乱暴に電話を切った明日香が、俺に詰め寄ってくる。

俺まだ何もしてないはずなんだけど……。


「あのバカ親父、何もかも知ってたのよ」

「ん?何もかもって?」

「だから……望月と望月のお父さんのことよ!しかも父と望月のお父さん、遠縁の親戚だったって」

「……は?」


一体何を言っているんだ、こいつ。

雷蔵さんと和義さんが、親戚?

どういうことだ?


「だから……あのお父さんが望月を施設に預ける時に、望月が施設を出る段階になったらその後を頼むって言われていたらしいの。つまり、父が望月を拾ったのは偶然じゃなくて……」

「しかもあれか、遠縁とは言え親戚ってことは、明日香とも従妹とかそういう関係になるのか?」

「多分……私も驚きすぎて、頭が回っていないけど……」


いや、俺だって頭回ってないっつの……病気になることまでは予見してなかっただろうけど、和歌さんが施設を出た後のことまできちんと予防線張ってたとか……。

しかも随分と巧妙に隠してたみたいだし、一体何が何だか……。


「大輝、ここにいたか!」

「え?」


俺と明日香が仲良く混乱していると、和歌さんが食堂に飛び込んできて、息を切らしながら俺の肩を掴む。

今度は一体何なんだ……まさか和義さんの容体が悪くなった、とか……。


「大輝、頼みがある!」

「は、はい!」


物凄い剣幕で迫ってくる和歌さん。

その鬼気迫る雰囲気に、逆らえる気はしなかった。


「私と結婚してくれ!!」

「……はい?」


シーンと静まり返る食堂。

そして、一瞬の間の後、食堂にいた人間から拍手が上がり、青池先生も一緒になって拍手を送っていた。

……とりあえずわかったのは、もうこうなったらみんなに連絡入れるしかないじゃない、ということだけだった。

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