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第130話

「とりあえずこの辺までくれば大丈夫なんじゃないかしら」


お嬢が先に足を止め、父も足を止める。

元々誰かが追ってきていたとか、そんなことはなかったが用心に越したことはないし、何より大輝の意志だ。

人通りが比較的多いこの場所であれば、相手も手が出せないんじゃないか、というのは私の案だった。


「確かに駅前であれば、交番もあるし連中もそうそう手を出してくることはないだろう。けど、お嬢さんは先に逃がした方がいい」

「見縊らないでもらえるかしら。こう見えても私、あの組の跡取りなんだから」

「お嬢の言う通りだ。それに大輝の意志でもある。出来るだけ私たちから離れないでもらおう」

「和歌、連中を甘く見てはダメだ。君はやつらが何者なのか、知らないだろう?」


先ほどまでののんびりした顔から一転、父の顔が険しいものに変化する。

連中というのがどんなやつらを指しているのかはわからないが、ここでお嬢だけを逃がすという方法こそが悪手だろう。


「その連中っていうのは、どんなやつなんだ?あんたは一体、何をしていてそんなのと知り合った?」

「昔、少し危ない橋を渡ったことがあってね」


駅前にあるベンチに腰掛け、父はため息をついた。

隣に一人男性が座っているが、イヤホンで音楽を聴いているのかこちらには注意を向けていない様だ。

それにしてもこの暑いのに、薄手っぽいがジャケットまで着てて苦しくないんだろうか。


それはそうと危ない橋というと、咄嗟に思いつくのはヤクの売買とか運び屋、あとは銃の密売とか……?

今の警察の目を盗んでそれらを潜り抜けてきたんだとしたら、父は相当なやり手ということになるが。


「大体察していると思う。やつらは神出鬼没だ。こうして話している間に迫っているかもしれないし、もしかしたら大輝くんが言ったSimカード以外にも追跡の手段を持っているかもしれない」

「ご名答。さすがに付き合いが長いだけあるみたいだな」

「っ!?」


父の隣に座っていた男が、新聞で手元を隠しながら何かを父に突き付けていた。

おかしいと思った瞬間に離れておくべきだった、と私は後悔した。

父の言う通り、Simカードだけでなく何か他にも手段を整えていた、ということか。


咄嗟にお嬢を後ろ手に庇ってはいるが、こいつ一人とは限らない。

騒ぎになればもしかしたら、こいつは父を躊躇いなく撃ったり刺したりということもありえる。

浅はかだった。


「神出鬼没、ね。それってこういうのを言いません?」

「大輝くん!?」


父の脇から声が聞こえて、その男の姿が消える。

そして案の定、その男の姿が消えた瞬間、動いた人影があった。


「和歌さん、二人を」


そう言って大輝の姿がまたも消えて、男を一人捕まえたと思ったら私の視界もいきなり違う場所に切り替わった。

ここは……父のマンションか?


「さて……あんたらが何者でもいいや。今見た通り、俺はこんな具合に普通じゃない。抵抗が無駄だってことくらいはわかってもらえるよな?」


大輝がその男を取り押さえたままで冷たく言い放つ。

身動きの取れない男は、そのまま大輝の手を離れたがそれでも動きが取れないでいるみたいだ。

神力を使っているんだろうか。


「……どうやらこいつら、銃の密売組織みたいですね」

「な……何でそれを……」


大輝の言葉に男が驚愕の表情を見せる。

どうやら記憶を探った様だ。

それにしてもやはり、そう言った関連の仕事に手を出していたのか。


「和歌、大輝くんは一体……」

「それは追々説明するが……って、何だその怪我!」


父の腕から、流血があるのが見えた。

先ほどの男に刺されでもいたのか、浅くはない傷の様だ。

私の言葉を受けてお嬢が部屋からタオルを持ってくる。


そして私はそのタオルで傷口を縛った。


「何で黙っていたんだ……」

「いや、傷自体はそこまで深いものではないから……それにどっちにしてもそこまで長くは生きられないからね」


悪びれもせずに言う父を見て、何だか無性に腹が立つが今はそんな場合ではない様だ。


「大輝、どうするんだ?」

「こいつらの記憶を消した上で、どっか遠い地に飛んでもらいましょう。一応最低限の手続き記憶が残っていれば、生きていくくらいは出来るでしょうし」


割と残酷なことを、さらっと言う大輝に私もお嬢も顔を青くする。

近しい人間に危機が及ぶと、大輝はここまでの冷酷さを発揮するのか……。


「病院は……ダメだな。とりあえず俺の力じゃ血を止める程度しかできませんが」


男を何処かへ飛ばしたらしい大輝が父の元へ駆け寄って、力を込める。

傷がふさがったのか、腕に傷は見えなくなった。


「増血までは出来ないので、怪我のことは伏せて別件で病院に行くとか……」

「そうか、元々病人であれば……」


大輝が頷くが、父は首を横に振る。

まさかとは思うが、もう既に生きることを諦めているとか、そんなことは……。


「そんなことに時間も金もかけてはいられないだろ。それより、追手は何とかなったみたいだが……」

「ええ、北極に飛んでもらってます。この時期にあれだけ温かそうな格好してましたから。もっとも向こうじゃ寒いかもしれませんけど」

「あいつらは下っ端だから、元を何とかしないと……」


父は自分のことよりも、私たちに危害が及ぶことを気にしている様に見える。

死期が近いからと言って、そこまで自分を蔑ろに出来るものなのだろうか、と私は不思議に思った。


「それについては、俺が後で何とかしますよ。一応の本拠地は掴んでます」

「そうか……」


そう言って安堵した表情を見せた後、父はそのまま気を失った。



「ん……」

「目が覚めましたか」


一番心配をしていた大輝が、父の顔を覗き込む。

あの後私たちは、気絶した父を病院へ搬送した。

救急車を使わず連れてこられた急患に、一時病院内が騒然としたがすぐに取り合ってくれた受付の人には、感謝しなければならないだろう。


父は即入院という運びになったが、正直医者の顔を見る限りでは父の状態が良くないということはすぐにわかった。

そしてお嬢も大輝も、それは理解していた様で医者に文句を言ったりという態度は見せなかった。


「ここは、病院か……すまない、世話をかけてしまった」

「そんなのは別にいい。だけど……」

「大体わかっているよ。さっきの出血が堪えている。そうだな?」

「…………」


医者もそう言っていた。

輸血をすることはもちろんできるが、父の体は既に末期のガンのせいもあって、先ほどまで動き回っていたこと自体が不思議なほどに衰弱していたのだ。

輸血をしたところでどれだけ永らえるかわからないとのことだった。


「それもあるし……何で末期って」

「死ぬのがわかっていながら病院で過ごすということが、私には生きているとは思えなかったから」

「…………」

「だったら最後になってもいいから、和歌……君の顔を見ておきたかったんだ」

「……バカじゃないのか」

「ちょっと、望月……」

「やめろ、明日香。俺たちは出てよう」


そう言ってお嬢と大輝は私と父を残して病室を出て行った。

二人きりにされたからと言って、今更何を話せば良いのかわからない。


「和歌……君は日々楽しいか?」

「……まぁ、それなりに」

「そうか……あいつの組に引き取ってもらったって聞いた時は安心したものだよ」

「……は?安心?ヤクザの家だぞ?」

「……あのお嬢さんの父親はな、私の親戚なんだ」

「な!?」


思わず大きな声が出てしまうが、これは予想していなかった。

おやっさんと、父が親戚……?

ということはおやっさんは私にとって……。


「雷蔵は、君にとっての遠縁の叔父に当たる。以前からちょくちょく親交はあったんだ」

「…………」

「だから、君を施設に預けた後……君が施設を出た後のことを、雷蔵に頼んでおいたんだ」

「…………」

「まぁ、殴られたよ。当然のことだと思う。だけど、私の話を聞いた後で彼は絶対に幸せだと思える人生を送らせてやる、って言ってくれてね」


つまり何だ?

お嬢は一体……従妹になるのか?

一体何がどうなって……頭が回らない。


熱が出そうだ。


「混乱するのも無理はないよ。雷蔵は一切そういうことを口にしなかったはずだから。逆境は打ち勝ってこそ糧になる、みたいなことを彼は言っていたし。定期的に……とは言っても年に一度程度だが、君の様子も報告してくれていたよ」

「ま、待ってくれ……理解が追い付かない。一体……本当に、何を言っているんだ?じゃあ何か?私がずっと、他人だと思っていた人間は遠い血縁の人間だったってことなのか?」

「そうなる。雷蔵は、家族の様に君を大事に育ててくれていなかったか?」


そう言われて、おやっさんに自宅まで連れていかれた日のことを思い出す。

怖くて、だけどもしかしたらこの人たちが助けてくれるんじゃないか、っていう僅かな希望を秘めながらあの人を見た時のことを。


『怖がるのは無理もねぇやな。だけどまぁ、怖いのは見た目だけだからよ。今日からここはお前の家だ。俺たちのことも家族みたいに思ってくれていいからな』


あのはにかんだ時の、少年の様な顔は今でも忘れない。

時には厳しく、だけど娘とほとんど同格に扱ってくれたおやっさん。

娘には厳しくも私には何処か違う厳しさを与え、それでも娘を見守り続け、目が届かない時は私に娘を頼んできた姐さん。


変な遊び教えんじゃねぇぞ、と言われていたのに私に花札だの麻雀だのちんちろりんを教えてくれた組の連中。

それはおそらく……私でなかったとしてもああいう風に接してくれていたのかもしれないが、私に人間の温かさを教えてくれていたと思う。


「君にとっては、辛い人生だったんじゃないかって思って、ずっと後悔していた。だけど、君はちゃんと自分の居場所を見つけてくれていたんだな」

「あの人たちは、私に遠慮なんかしなかったからな。一生かけて恩返ししていきたいと思っている」

「そうか……なら、良かったよ。少しはいいことをした、と思える」

「ほざけ。あなたがしたことは、本来許されることじゃない。結果としてこうだったから、なんていうのは逃げ口上だろ」


もし捨てられることなく、あのまま母が狂うこともなかったら……私はもう少し女らしく生きていたのだろうか。

当たり前に学校に通い、当たり前に恋をして……。

そんなあり得もしない、意味のないことを考えて私は頭を振る。


「逃げ口上だけど……あなたがああしてくれていなかったら、私は生きてすらいなかっただろう。そして、大輝に出会うこともなかったはずだ。その辺だけは……感謝してやらないこともない」

「和歌……」

「私は私の人生を後悔することなく、今まで胸を張って生きてきた。親はなくとも子は育つ、と言うがその通りだ。親なんて別に代わりでも良かった。だけど……本当の父親が現れたんだったら、私だって娘らしいことの一つくらいはしてやりたい。そう考えるのはおかしいことか?」


私の言葉に父ははっとして、驚いた様に私を見る。

その顔はいたずらっ子が悪事をバラされた時の様な……そんな申し訳なさを秘めていた。


「選ぶといい。死ぬ前に私の花嫁姿を見るか、死んでから私の結婚したという事実だけを見守るか。もっとも後者は事実すらあるかわからないし、死んだ後でも見られるのか、なんて保障は何処にもないがな」


今更何処か旅行に、なんて思っても父のこの体では遠くに行くことはもうできない。

先ほどの件で、死期は更に早まったと見ていいだろう。

選ぶもクソもない二択だが、父の返事は決まっている。


父の返事をしかと聞き届け、私は大輝を呼びに行く為に病室を出た。

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