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第129話

「狭いし、あまり綺麗ではないけど、どうぞ」


そう言って通されたのは、気持ち広めのマンションの一室だった。

一人で暮らしているのだろうということがよくわかる部屋で、そこに女の匂いは全くしなかった。

喫茶店で遭遇してからというもの、和歌さんは何となく顔色が優れない様だ。


人は一気に情報が脳に入ると混乱したりするが、和歌さんもおそらくは今その状態なんだろう。

明日香はと言うとふむ、とか言いながら和義さんの部屋を見まわしていた。

確かにお世辞にも綺麗な部屋とは言えないかもしれない。


狭いとは言ったけど俺の育った施設の部屋よりは広くてちゃんと家具やらも充実しているし、ここに一人暮らしってなかなか贅沢だな、なんて貧乏性の俺は考えてしまったりする。

まぁ、施設の他に帰る場所が二か所もある俺が言えた話ではない気がするんだけどな。


「何だかんだ言いながらも、ちゃんとついてきてくれるんだな」

「……大輝が来たいと言ったから来たにすぎない。私一人だったらお断りだ」

「望月、そんな言い方しなくても……」


明日香が嗜めるも、和歌さんにしては珍しく素直になれない様子だ。

無理もない反応だろう。

今までに会ったこともなかったのにいきなり父親と遭遇して、その上もうすぐ死ぬなんて話を聞かされて……他にも何かまだ隠していることがあるみたいだし。


和歌さんじゃなくても正直混乱していておかしいことはないだろうと思う。


「私が聞きたいのは、あなたが隠しているもう一つのことだ。何を隠している?盗聴などされてはいまいな?」

「どうだろうな。まぁ、やろうと思えばそういうことをする連中ではあるかもしれないが」

「連中?」


どういうことだろう。

連中ってことは、複数人の人間が、少なくとも和義さんの何かに関わっているということになる。

そして巻き込む、というあの言葉。


「大輝くん、調べられそう?」

「どうだろう……やってみるけど」

「何かするつもりなのかい?調べるっていうのは一体……」


盗聴までしなければならない、ということは何か秘密を隠さなければならず、それを口外しようと言う意志を見せるのであれば最悪抹殺、なんてこともあるのだろうか。

そういう危険な連中と、付き合いがある?

そう考えると色々と辻褄が合う部分は出てくる。


いくら何でも考えすぎだろう、なんて思わないこともないのだが、どうにも和義さんの言葉からは安心できる要素がない気がしていた。


「睦月とか呼んだ方がいいかしら」

「やめろ、無闇に人を増やすべきじゃない。とりあえず俺だけでやってみるから」


あいつは俺から言わせれば切り札みたいなものだ。

こんなことで手を煩わせるのは望むところではないし、今日はあいと二人で玲央の世話をしてくれているはずだ。

睦月としても玲央は可愛いらしく、食べちゃいたいとか物騒なことを言っていたくらいだから、たまにはゆっくりと遊ばせてやりたかった。


「盗聴器って確か、異常な電波出してたりするんだったな」

「そうだな、うちの事務所にも一回仕掛けられたことがあった」

「ていうか……そんなもの仕掛けられる様なことをしていたってこと?大丈夫なの?」


部屋の中の電気系統を神力を使って隈なくサーチしていくと、一か所だけおかしな電波を出している箇所を発見した。

どの家電からも感じなかったノイズの様なものが聞こえてくる。


「……一旦、外出ましょうか」


俺はみんなに口を開かない様に言って、全員で外に出た。

外に出て、小声で一つ発見したということを伝える。

和歌さんと明日香は緊張した表情で俺を見て、和義さんは特に表情を変えなかった。


「三人は、一旦何処かに退避していてもらえますか。壊すと相手にバレると思うんで、仕掛けた本人がどの程度の時間で動くかもわからない状況じゃ、こっちも手が出せない」

「ということは、見つけたのか。凄いな、どうやったんだ?」

「今はそのことはいいだろ。問題は、相手の規模だ。場合によっては戦闘になる、ということを大輝は言いたいんだろ?」

「その通りです。秘密を守るため、守らせるためにあんなものを仕掛けたってことは明らかに違法性のあることをしていた、ということになるんでしょうけど……それについては解決してからでいいでしょう。まずは和義さんの身の安全を確保しないといけない」


しかし、どうやって?

俺一人じゃあれを壊して、犯人を迎え撃つまでは出来てもこの三人を守るところまで手が回るかどうかも怪しい。

やはり睦月の手を借りなければならないんだろうか。


睦月なら、もっと上手くやれていたのだろうか。


「大輝、私が囮になろう」

「は!?」

「ちょっと、望月!?」

「…………」

「それしか、手はないだろう。もちろん逆でも構わない。どっちにしても、あれを壊してここに残る人間は必要なんじゃないのか?」


考えない様にしていたが、和歌さんの言う通りではある。

確かに和歌さんは戦闘に関しては専門みたいな部分もあるだろうし、技術で言ったらもしかして、俺よりも上かもしれない。

今でこそ俺は絶対的な力を手にしているが、その前だったらきっと、和歌さんとまともに戦ったら無事で済まなかっただろうと言える程度に、和歌さんは強いはずだ。


しかし、和歌さんはいくら強くても女性だ。

しかも父親が目の前にいて、そんな危険なことをさせるというのは……。


「迷っている時間はないぞ。どうするんだ?」

「……なら、俺が残ります。和歌さんは、明日香と和義さんを連れて逃げてください」

「承知した。……携帯は、持っているのか?」

「ああ、持っているよ。番号を教えておくかい?」

「違う、そういうことじゃない。電波を傍受されているかもしれないから、置いていけと言っている」


なるほど、思いつかなかった。

さすが和歌さんは俺とは修羅場の数が違う。


「それは出来ない。なぜなら私にとって命とも言えるデータが入っているんだ」


ここへきて和義さんは信じられない様なことを言い出す。

連絡手段ならいくらでもあるし、正直一瞬で目の前に現れることもできるから、携帯なんか持っていて位置を知られる様なことだけは避けてほしい。

データか……何かこの件を解決する手掛かりになる様なものだろうか。


そしてこの局面にきてそれを主張してくるということは、よほど大事なものなんだろうと推測される。


「なら……本体だけ持って、Simカードは抜いて行ってください。データは持っていけるはずですから」


そう、この作戦なら通信を傍受される心配はなく、またデータだけを持っていくということが可能になる。

それがただのエロ画像とかだったら……まぁ和義さんも男だし、そういう事情はよくわかるけど、命を賭けるほどのものじゃないだろうし……。

そんなことを考えている間に、和義さんは中のSimカードを抜いて、俺に渡してきた。


「君が持っていてくれ」

「わかりました。和歌さん、一キロ以上離れたら俺に連絡してください。その連絡を受けて取り掛かりますから」

「わかった。行くぞ……お嬢も、さぁ」

「……全く、無茶しないでよ?」


首肯のみで明日香の言葉に応えて、俺は再び和義さんの部屋に入る。

鍵をかけてリビングで和歌さんからの連絡を待った。


「…………」


さて、どうなるやら……というかこんなものつけてまで口封じをしようとする仕事なんて、裏稼業しか思い当たらない。

それも、和歌さんとかみたいな健全なヤクザの扱う案件とも違うだろう。

そう考えると、明日香も先に帰しておくべきだったかもしれない。


五分ほど待って、まだ連絡がこないので悪いと思いながらも部屋の中を見渡す。

古いオーディオ機器の上に、写真立てに飾られた一枚の写真を見つけた。


「これは……」


若い夫婦が、一人の赤子を抱いて微笑む家族写真。

和歌さんと、和義さん……そして。


「なるほど」


これが、和歌さんのお母さん。

和歌さんを捨てた罪の意識に耐えられずに、自ら命を絶ったという……。

綺麗な人だったんだな、と思う。


どんな気持ちで、死を迎えたのだろう。

そう考えた時、和歌さんから連絡が入った。

メールで今だ、とだけ書いてある。


「ほんじゃ……」


俺は先ほど探った位置まで移動して、その機器を取り外す。

他の家電がコンセントで繋がれている、マルチタップ型のものだった。


「これで……」


その機器を握りつぶして、俺は襲撃者に備える。

動きは割とすぐにあって、玄関のドアがノックされる音がした。

緊張に心臓が跳ねるが、大丈夫なはずだ。


人間相手に敗北はあり得ない。

俺は神力で膜を生成して、玄関まで歩く。

ドアをノックする音が、頻度が大きくなる。


やはり尋常ではない様だ。

ドアは後で直せばいいか、そう思って俺は玄関から思い切りドアに蹴りを入れ、ドアの前にいた人物ごとドアを吹っ飛ばした。

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