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第126話

「大輝くん、何か様子が変じゃない?」

「……そうか?」


桜子の言う様に、大輝の様子がおかしい。

買い物からは一度こっちに戻っていた様だったが、すぐに姿はなかったので荷物を見つけたお嬢が冷蔵庫に入れているのは私も見た。

しかしそこに大輝の姿はなく、再び大輝が戻ってきたのは夕飯が出来るか否かくらいの時間で、その顔は暗かった。


理由を聞いても何でもないの一点張りだし、しかし大輝がそんな顔をするというのが異常であるということは全員がわかっていたし、それでも追及しないでくれという意志が見え隠れするから私は追及することをやめた。

しかしながら大輝が心配であるということそのものは変わりなく、桜子に関しては今まで以上に遠慮がなくなっているということもあって、ズケズケと聞いているという。


「まぁ……何かあったのは明白だけどほら、大輝にだって言いたいことと言いたくないこととあるんだと思うし……」


朋美がすかさずフォローを入れているのを見ても、特に朋美が何か知っているという風にも見えない。

しかし何となく睦月だけは察しているのか、何も反応を示さない。

良く言えば大輝の自覚に任せている。


しかし悪く言うのであれば、放置だ。


「和歌さんは、気にならない?」

「うーん……気にはなるけど、朋美の言う通りなんだとは思うからな。桜子も気になるのはわかるが、あんまり無理強いする様なのはやめてやれよ?」


こうでも言わないと、桜子は風呂だの最悪トイレまででもついて行って聞き出そうとするんじゃないかって心配になる。

さすがに本人が話す意志を見せないのであれば、無理やり聞き出すのは良くない。

気分が乗らないということでもあるのだろうし、話したくなれば本人の口が勝手に動くはずだ。


だから私は大輝が話したくなるまで忘れようと思った。


そして翌日。

私は仕事があるので事務所まで車を出そうと外に出た。

そこで、視線を感じた。


殺気だとか怒気だとか、そういうものではないが……何とも執拗な視線。

しかし、その視線の主までは特定できなかった。

通勤や通学の人が溢れる時間でもあることから、私の感じた視線はその中に紛れてしまっていつの間にかその視線の主も消えていた様だった。


腑に落ちないことばかりではあるが、遅刻をしてしまうわけにもいかない。

そんなわけで私はその時のことをすっかりと忘れて車を走らせたのだった。


そして夕方。

仕事を終えた私がたまにはケーキでも、と思ってケーキ屋に寄って色とりどりのケーキを買って、あいの家に戻ってきた時……今朝の謎が一気に解けた。


「大輝、その方は?」

「……和歌さん!?」

「…………」


大輝が珍しく男性と話しているところを発見した。

今朝の視線の主はこの男だ。

直感したが、私はこの男を何処かで見たことがある。


いつだったか……何処で見かけた?

大輝は明らかに動揺していて、そして狼狽している。

まるでここでの私との遭遇が、あってはならなかったかの様に、大輝はうろたえていた。


「私は、これで失礼するよ。大輝くん、また会おう」


その男は私を一瞥して、去っていった。

私はまだその男に挨拶もしていないというのに。


「大輝……今のは誰なんだ?」

「…………」

「知り合い、なんだよな?」

「……ええ」


何とも要領を得ない。

一体どうしたと言うのか。

かなり顔色が悪い様に見える。


というか……昨日と同じかそれ以上に。


「なぁ……私には話せない様なことか?」

「……話せないことです」


その言葉に私は衝撃を受ける。

もちろん悪意があってのものではないことは痛いほどにわかる。

話せるのであれば話してしまいたい、そう言った意志が大輝からは感じられる。


だから私も、釈然としない思いはあるものの追及することをやめて、大輝を伴って部屋に入って行った。


「あ、おかえり。一緒だったんだ?」


あいが夕飯を作りながら出迎えてくれる。

桜子も手伝いをしているらしく、一生懸命包丁を振るっている様だ。


「ああ、そこで会ってな。水を一杯もらえるか?」

「どうしたの?大輝くん、昨日から調子悪そうだね」

「…………」


話せばボロを出してしまいそうだ、そんな思いが大輝の表情から伺える。

受け取った水を大輝に渡して、私は荷物を置いて着替えを済ませる。

私には話せないことなのか、それとも私たちには話せないことなのか。


あの男は一体何者なのか。

害意は特に感じなかったし、大輝に何かした、という感じでもなかった。

そして私はあの男に見覚えがある。


そこまで昔に見た相手ではないはずなのだが、どうしても思い出せなかった。


「和歌さん、何か考え事?」

「ん?ああ」


睦月が着替え終わった私に声をかけてきて、思考を一時中断する。

睦月は睦月で、何かを知っている風ではある。

ただ、大輝が何かを話したという様子でもない。


おそらく睦月は必要があれば心を覗くくらいのことはするんだろう。

今回もそうしたのかは不明だが、大輝に関して心配になる様なことがあれば、相手に気づかれることなくそうするくらいはわけもないはずだ。


「大輝のこと、だよね?」

「まぁな……誰だって心配になるだろ、あれは」

「そうだね。だけど大輝は話したいけど話せない。察してほしい、という感じでもあるし、気づかれたらそれはそれで仕方ない、って感じだね」


さすがに、よく見ている。

大輝自身は、本当は気づいてほしいんだろう。

自分が嘘をついたり隠し事をすることが苦手であることを自覚しながらも尚、自発的に話すことはしない。


なのであればよほどのことなのだろうと私は判断したし、おそらく桜子と睦月以外もそう思ったのではないかと思われる。

しかし睦月の言うことも気になる。

つまり、大輝は気づいてほしい?


言うことは出来ないが、私たちが何らかの方法を用いて暴いてしまった、ということなら仕方ない。

そういうことなのだろうか。


「多分ね、明日辺りまた大輝は動くんじゃないかな。あれで大輝もかなり必死なんだと思うから」


こう言ってくると言うことは、私に大輝を尾行しろ、ということなのだろうか。

それに……おそらく睦月は大輝の様子を見ていたということにもなる。

もしかしたら、大輝自身の成長の為にということで見守っているのかもしれない。


そして更に翌日。

私は仕事に行くふりをして、外に出た。

おやっさんに直接連絡をして、今日だけ休ませてほしいという話をすると、大輝のことか、と聞かれた。


一瞬は躊躇ったがここで嘘をつくのが正しいと思えなかった私は、正直に話してしまうことにした。

大輝のことなら仕方ない、と言ってくれたおやっさんは、しっかりやれよと励ましてさえくれた。


「で、どうするのよ?」

「そうですね……」


私が休んでいるということは当然お嬢にも伝わっていて、大輝のことで動こうとしているということはバレている。

もちろん睦月とお嬢以外の他のみんなには仕事に行くと言ってあるし、騙しおおせているとは思わないが、誰も追及はしてこなかった。

そして私とお嬢は、今少し離れた場所にある喫茶店に来ている。


「とりあえず何か頼みましょう。さっき朝食は済ませましたが……」

「何か食べたいのなら、食べたらいいと思うわ。私は紅茶だけでいいから」


神力もなく、大輝にGPSをつけたりしているわけでもない私たちでは大輝の動向を知る術はない。

だから睦月には、大輝に動きがある様だったら教えてほしいと言ってある。


「ご注文を伺いますが」

「あ、えっと……」


結局私はメニューにあったカルボナーラが美味しそうで、その誘惑に勝てなくてコーヒーの他にカルボナーラとサンドイッチ、デザートにケーキを注文してしまった。

お嬢は前言通り紅茶だけを頼んでいる。


「さっきあれだけ食べていたのに、よくそんなに食べられるわね……」

「いやぁ、何だか暑いですし……やっぱり食べないともたないなと」

「普通の人は食欲減退するって言うんだけどね。そういう意味ではあなたは果てしなく健康なのね」


呆れた様子のお嬢だったが、バカにしているという様子ではなかった。

今のところ睦月からの連絡はない。


「望月、今回の大輝くんのことについて、どう見てる?」

「どう、というのは?」

「普段からちょっと変わった人だけど、今回はどうにも深刻な感じが強い気がしない?」


確かにそう言われれば、そんな気はしてくる。

あの男に見覚えがあるのだが、そうなると私に関連したことなのだろうか。


「実はですね……」


ひとまずお嬢には、私が昨日見た男のことを話してみることにした。

何かわかれば、という程度のやや楽観した気持ちでの打ち明け話だったのだが、お嬢は思いもよらない反応を見せた。


「……ねぇ望月」

「何でしょう?」

「それがあなたの本当の父親かもしれない、とは思わなかったの?」

「へ?」


私が思わず間の抜けた返事をしてしまったところで、私たちの注文した料理の数々が運ばれてくる。

お嬢は砂糖もミルクも入れずに紅茶を飲み、ため息をついた。


「見覚えがあって、歳の頃が五十前後。他にあなたの知り合いでそんな人、いるの?」

「…………」


いたかな……何処かの組の幹部がそんなだった様な……いや全然風貌が違う。

その人はもう少し肉付きが良かったはずだ。

いや、肉付きがいいというかあれはまさに中年太りで、何だか豚みたいな体系だった。


「というか大輝くんがたとえば他の組の人間と接触したくらいで、あんな顔すると思うの?」

「……確かに」


私は何とバカだったのだろう。

消去法で考えていけばすぐに思い当たった……とはちょっと思えないが、お嬢は話を聞いただけで思い当たってしまった。

そして見覚えがあったのは、昔若いのに調査をさせた時に持ってきた写真を見たからだ。


ということは、大輝は私の父親と接触して、だけどそれを口止めされている?


「事情まではわからないけど、多分大輝くんは望月の父親に会って、でも望月にはそれを言わない様に言われている。それは間違いないと思うわ。だけど、大輝くんとしては望月に話したい。まぁ、あの通りの人だからわからないでもないわね」

「ふむ……けど何で大輝と接触できたんでしょうか」

「こら、ちゃんと口の中のものがなくなってから喋りなさい。……それは一昨日の買い物の時と考えるのが自然でしょうね。もっとも他のメンバーがじゃんけんに負けていたらと考えると、話は大分変わってきそうだけど」


情事の後でまともに動けないでいた私は当然行けなかったが、他のメンバーはやはり女というだけあって隠し事が上手い。

仮にお嬢が行っていた場合ならすぐに私に話がきただろう。

それ以外だったら……睦月やあいの場合その場で撃退してしまっていた懸念がある。


愛美さんや桜子、朋美の場合、そのまま隠し通してしまっていて今の様にすぐ動ける様な態勢を取れなかったかもしれない。

一体何が目的で、大輝に近づいたというのだろうか、父は。

そもそも私はあの父と話したこともないし、だけど向こうは私の与り知らないところで私を見ていた、ということになるのか?


そんなことを考えながら残り一切れになったサンドイッチを口に運ぼうとした時、携帯が振動した。

お嬢の携帯もほぼ同じタイミングで着信を知らせ、私たちは目を見合わせる。


『大輝が目標と接触。駅に向かって歩いている』


何とも芝居がかった感じの文面だ。

おそらくお嬢の元にも同じものが届いたのだろう。

お嬢が財布を取り出して会計をしようとするので、私が伝票を持って立ち上がる。


「行きましょう。ここは私が払いますよ、もちろん」

「そう、ご馳走様。……口にマヨネーズついてるわよ」


そう言いながらお嬢は私の口をポケットティッシュを取り出して拭ってくれた。

睦月が全面的に協力してくれているのであれば、私たちもそれを無駄には出来ない。

再度私たちは顔を見合わせ、駅に向かって歩き出した。


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