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第124話

「大体みんなの親に大輝くんはもう会ったんだっけ」

「ああ、そうだな」


夏休みが半分ほど終わり、暦の上ではもう残暑とか言われるのにまだまだ暑くてやってられない、という気候が続いたこの日、珍しく全員が揃ってあいの家にいる。

昨日あいは冥界に行って仕事をしてきたばかりだと言う話を聞いて、今日からはまた一週間ほどこちらにいられるらしい。

今日は日曜ということもあって、みんながダラダラとした時間を過ごしていた。


「あいちゃんは確か、親とかいないんだったよね」

「うん、私は親のいる神じゃないよ。前にも話したんだっけ」


いつの間にそんなこと話したんだろうって思うが、桜子はあいの生い立ちを多少なりとも知っている様だ。

睦月が一瞬顔を強張らせた気がするが、再度見た時には元の表情に戻っていたので気のせいかと気にしていなかった。

オーラにも動きがあった様には思えない。


「これ、切り込んでいい話なのか迷うところなんだけど……和歌さんも大輝くんと同じ様に施設で育ったって言ってたっけ?」

「ああ、そうだ。私は大輝ほど長くはいなかったがな」


和歌さんの声に愛美さんや朋美と言った面々も、興味があるのか顔を向ける。

明日香だけは何となく浮かない顔をしている様に見えた。

何か知っている様な、だけど口を挟むことが憚られると言ったその表情。


俺も前に気になったことではあるが、本人から話したくなったら言ってくるだろうと楽観して放置していた問題ではある。

実に二十五年の間……いや、実際もう少し短いのかもしれないが、和歌さんは親の顔を見てないし、明日香の父である雷蔵さんを親の様に思って生きてきているとも言っていたから、和歌さん本人としては本当の親についてどう思っているのか、というのは気にならなくもない。

だからと言って気軽に聞いていい話とも思えないし、俺と同じと和歌さんは言ったが俺は実際に本当の親を発見した。


疑い様もないほどに瓜二つの親を。

異常なほどの愛情を向けてくれる母のことは俺も好きだし、慕ってもいる。

だけどその一方で、俺だけが和歌さんと違って本当の親とよろしくやっているという現状は、何となく申し訳ない様な気がしていた。


「本当の親に会ってみたいとか、会って文句言いたいとか、そういうのはないの?」

「…………」


桜子は割とズバズバと、歯に衣着せぬ物言いで切り込んでいく。

迷ってたんじゃないのかよ、と思わずツッコミたくなるが、和歌さんも特に不快感を覚えている様子ではない。

明日香だけが何やら心配そうな顔で和歌さんを見ているという、そのことの方が寧ろ俺には気にかかった。


「そうだなぁ……昔、私が今の組にお世話になって少しした頃かな。私が今の立場になるためにあらゆる訓練やらを受けていた時のことなんだが」


懐かしむ様に、和歌さんは天井を見つめる。

初めて会った時からは想像も出来ない様なその柔らかな表情は、いつ見ても綺麗だと思う。


「実は本当の親に会いたいと思ったことがある。お嬢もそれは知っているというか……小さかったし、覚えていらっしゃればということにはなるんだが」


話を振られた明日香がびくっとなって、和歌さんを見た。

そして観念した様に、恐る恐るその口を開いた。


「私は……覚えているわ。あの頃の望月は今よりも大分拗らせていたから。影で泣いていたのも、実は知っているの。だけど、そのあとは泣く前よりも歯を食いしばって訓練に耐えてきたのも見ているわ」

「そうでしたか。あの頃の私は、まだ世の中が見えていませんでした。何より、父母が私をあの施設に預けた理由もよくわかっていなかった」


俺もまだ三歳とか四歳の頃の話だからな、ちょっと想像できない部分は多々ある。

ただ、今和歌さんが口にした、彼女の本当の両親の話というのは少し気になった。


「もちろん、私が成人してから知ったことでもあるから割と最近のことなんだがな。父は、母に暴力を振るわれていたらしい」

「え?」


睦月と明日香以外、全員が驚愕に表情を歪める。

逆じゃなくて?

DVとかって言うのは、たまに聞く話ではあるし、一般的には父親が母親になんてのが世間的にも普通の認識なんだと俺は思っていた。


そしてその認識はおそらく、他のメンバーにしても同様だったのだろう。


「父は私が小さい頃、私を溺愛してくれていたそうだ。一方母は私を憎んでいた、と聞いている」


小さい頃って、何歳くらいのことなんだろうか。

しかも、本来であれば一番愛情を注いでくれてもおかしくない母親が、憎んでいた?

一体何でだろう。


というか俺の親がおかしいだけかもしれないが、母は俺とベッドを共にしたい、とかぬかすほどに俺を溺愛……というかもう親子の一線超えた考えだとも思うが、そこまでいかなくてもやはり娘でも息子でも可愛がるのが普通だと思っていたし、俺の知る限り他のメンバーの親はそうだったって記憶しかない。

まぁ、力を注がれた時のことは事後報告した時にバレて、酷い目に遭ったんだけどな。


「母が父に暴力を振るった理由は私だった。私を溺愛するあまり、母を見なくなった、ということだったと聞いているが、何処まで本当なのかはわからない。もちろん全部が本当という可能性もあるのだろう」

「…………」


思っていたよりも重たい内容に、みんなが息をのむ。

桜子め、また余計なことを……と思うがこいつはこいつで家族関係拗らせてたし、つい最近それが解決したばかりということもあって、あまり強く言うのも可哀想な気がした。

何よりあのお礼を言ってきた時の顔が忘れられないくらい、魅力的だったから、俺としても命を賭けた甲斐があったなって今でも思っているし。


「幸い、当時まだ私に被害が及ぶことはなかったらしいんだが……それも時間の問題だろうと父は考えた。そして恐れていたことは、数日のうちに起こった様だ」

「恐れていたことって……」


桜子が恐る恐る口を開く。

和歌さんは顔を一瞬伏せるが、その表情を窺い知ることは出来ない。


「私と向き合わないのであれば、この子を殺す。そう言って母は私の胸元に包丁を突き付けたそうだ」

「な……」

「狂ってんな……」


そう言った愛美さんのお母さんだって、何だかんだ喧嘩をしながらでも娘のことを第一に考えていた母親だ。

というか親が子を殺すって……最近少し世の中狂いすぎじゃないのか?

いや、和歌さんの話だからもう二十年以上前の話にはなるんだろうが、そんな話が珍しくもなくなる世の中って一体何なんだ。


「その時の母の目はもう、愛美さんの言った通り狂った人間のそれだった。下手に逆らえば本当にやりかねない。しかし向き合えと言われても、父は当時母への愛情も変わらず接していたつもりだったから、どうすれば良いのかわからなかった」


和歌さんは表情を変えることなく淡々と話していく。

よくこんな話を、と思うが和歌さんの中では何かしらの折り合いがついている話なのかもしれない。


「そんな時、母が出した条件というのが……私を捨てろということだった」


自分たちで望んで出来た子どもを、そんな風に扱う……何だか俺には信じられない話だった。

いや、俺の母がとった行動そのものだって、世間から見たらどうにかならなかったのか?とか賛否両論な感じにはなりそうではあるけど。

だけど少なくとも俺は、母が間違っていたとは思っていない。


身を切られる様な思いで俺をその誰かに預けたんだろうと思うし、それは今の母を見ていれば痛いほどにわかるからだ。

けど、和歌さんの母親はそれとは違う。

聞いている限りの話だし、実際見たわけではないが父親から愛されたい、見られたいと言う、当たり前の様ないわば身勝手な思いからその様な言動、行動に出たのであろうことは明らかだったから。


「まぁ、今にして思えば私を捨てることで私は助かった。そうしていなければ、ちょっと世間でもニュースになる様な殺人事件に発展していたかもしれないんだからな」


何だか頭がくらくらしてきそうだ。和歌さんの過去がここまで壮絶だったなんて。

いや……もちろん記憶にある話ではないんだろうから、逆に言えばそれは救いでもあるのかもしれないが。


「明日香は……知ってたのか?」

「……ええ。私が小学生の頃に、望月が組の者を使ってなにやら調べさせていたのを知って、つい好奇心から望月にその内容を聞かせてほしいと、せがんでしまったの」

「お嬢、気に病む必要はありませんよ。あんな風に表立って調べていれば、気にするなという方が無理です。それに、黙っていてもいずれは知れることだったと思いますから」


きっと明日香の性格上、好奇心で聞いてしまったということが問題だと思っているんだろう。

確かに興味本位で聞いていい話ではなかったとは思うし、実際桜子も悪いことを聞いてしまった、という顔で和歌さんを見ている。

休みの日の昼間に重たい話になってしまったが、気になっていたことが一つ明らかになった、というのは間違いない。


「あー……正直あたしは、聞かなきゃよかったと思ってる」

「愛美さん……?」

「だってさ、そんなの聞いちまったら……意地でも会わせてやりたいって思わねぇ?」


会わせてやりたい、か。

どうなんだろうか。

たとえばの話、その父親が今もその母親と一緒に暮らしているとして……幸せなんだろうか。


そして和歌さんを今も思っているのか、と言うのも俺からしたら疑問ではある。


「ここまで聞いちまったらもう、全部聞きたいとこなんだけどさ。母親ってどうしてるんだ?」

「実はそれも以前調べた時にわかったんですが……母は私を施設に預けて一年ほどして、自殺したそうです」

「…………」


とんでもないことを聞いてしまった気がする。

俺たちが首突っ込んでいい話なのか?


「母は、私を預けることで情緒不安定だった状態から、症状の改善を見たんだそうです。ただ……目が覚めたともいえるその状態で、父の表情に絶えず見える翳りの様なものに気づいたんだとか。その時、初めて自分がしてしまったことを悔いたんだ、って話でした」


そこで気づいてしまった自身の罪と、慚愧の念。

それに母親は耐えられなかった。

ある日父親が仕事から帰ると、母親は自宅の天井からぶら下がっていたそうだ。


「あの、和歌さん……その話って、誰から聞いたんですか?もしかして……」

「ああ、父なんだが……私が直接聞いたわけじゃないんだけどな。若いのを使って調べさせていたら、偶然鉢合わせしたんだと言っていた」

「ということは、会ってないんですか?」

「ああ、何となく勇気が出なくてな。だからその時は結果だけ聞いて、終わらせたつもりでいたんだ。今思えばあいつらにもつまらない仕事をさせてしまった」

「そんなことないわよ。あの二人は今でも望月の役に立てたって誇りに思ってるみたいだから」


そんなことがあったのか……何も知らなかったとは言っても、何というか本当に申し訳ない様な気持ちになってくる。


「大輝、それに桜子。何でそんな顔してるんだ?私は特にそのことを恨んでいるわけでもないし、寧ろ過去があって今があるんだ。そうじゃなかったらお前たちにも会うことはなかったかもしれない。そういう意味では私は私の人生を後悔していないし、お嬢とだって今まで以上に親密になれたんだからな」

「私、知らなかったから……ごめんなさい」

「だから謝る様なことでもないんだがな。今、私は不幸そうに見えるか?そうなんだとしたら、それは大輝、お前のせいだ」

「え、俺?」


和歌さんがにやりと笑って、俺を見る。

その顔が何となく妖艶な感じに見えて、思わず唾を飲み込んでしまう。

思えばこの人……俺たちと関わる様になってからやたら色っぽくなったって言うか……正直なこと言っちゃうと、愛美さんよりもこの人の方が最近は断然エロい。


「最近満足にお前から相手をしてもらっていないからな。私だって欲求不満になることくらい、あるんだぞ?」

「…………」



色々あって、その色々は省かせてもらうんだが俺は夕方、じゃん負けして買い物に出ていた。

暑いし外に出たくない、と言うメンバーのだらけた意見を尊重して、俺がじゃんけんをしようと言ったところ、言い出しっぺの法則とやらは律義に発動したというわけだ。

今夜も桜子が作るんだ、と張り切っていたが、みんなの希望を聞く限りではそこまで凝ったものではなくさっぱりしたものが良い、ということで刺身と天ぷら、あとは蕎麦とかそうめんがいいということで意見はまとまった。


「……?」


しかし買い物の途中から、俺は背後からの視線を感じた。

メンバーの誰かでも睦月でもない、誰か。

というか男だな、この感じ。


とりあえず露骨に反応すると注目を集めそうでもあるので、ひとまず気づかないふりをしてやり過ごすことに決めた。


「刺身はっと……お、安い。これがいっか」


パックで特盛になっているマグロが安く売っていたので、ひとまずこれを三パックほど籠に入れる。

これだけマグロがあると……とろろとか食べたくなるな。

ということで山芋でも、と野菜コーナーへ探しに向かおうとしたところで、俺はその視線の主と目が合った。


何処かで見た様な、でも初対面のその人物は、不健康そうな……というか何だろう、今にも消え入りそうな雰囲気を持ち合わせている。

だが、まだここで声をかけるのは早い。

山芋を手にして、二つほどのパックを籠に入れたところで、その男は俺の前に立ちはだかったのだった。

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