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第122話

「んじゃまず……オムライスは、卵が命と言える。あと、やっぱり出来立てが一番旨いということもあるから……」


夕方になって、大輝くんが私に料理の仕方を教えてくれている。

本当に律儀な人だと思う。

さっきあんな目に遭ったのに、もう大輝くんの目は前を向いている。


あんなことがあった事実そのものを忘れてしまっているかの様に、彼は私に料理の手本を見せてくれた。


「ここまではいいか?」

「うん、大丈夫」


先におかずを作っておいて、最後にメインを作る。

人によって違うかもしれないが、卵は余熱で固まることもあるからと大輝くんは最後に作る様言ってくれた。


「というわけで、じゃあ生姜焼きな。まずタレの前に下味を作るんだけど……基本的には醤油と酒とショウガだけでいい」

「そうなんだ……でも、当たり前のって面白くなくない?」


私がそう言った瞬間、大輝くんの顔が鬼みたいになったのがわかる。

また私は間違えてしまったのだろうか。


「……当たり前のが出来ないやつが、どうやってアレンジすんだよ。基本を押さえてないのに応用だけ覚えても、何にもならないだろ」


怒鳴りつけられるのを覚悟したが、大輝くんは言う前に深呼吸をして私の頭を撫でた。

前から思っていたが、大輝くんは私に甘い気がするのは気のせいだろうか。


「いいか、分量もこの際だから見て覚えろ。ただ、どの材料も偏って入れすぎたりすると途端に不味くなるからな」


そう言って大輝くんは醤油と料理酒、チューブのショウガをボウルに入れていく。

前にも何度か大輝くんがご飯を作るのは見たことがあるけど、何気に手際がいい。


「で、軽く混ぜたらこれに豚肉を漬けておくんだ」


漬けすぎるとしょっぱくなるから時間に気をつけろ、とか言いながら大輝くんは次の準備に取り掛かる。

なるほど、漬けている間で他のものを作るのか。

効率的なのは大事だよね。


「で、まぁ十分も漬けとけばいいと思うがその間に魚のソテーだっけ?作るぞ」

「はい師匠!」

「返事だけはいいな、お前」


苦笑いして大輝くんは魚をパックから取り出した。

切り身になっている白身の魚に、大輝くんは塩コショウをしていく。


「これも、かけすぎたら毒にしかならないからな。あと少し古かったりする様なら、臭い消しにハーブとか使うこともあるけど、幸い新鮮っぽいから下味だけつけて焼くぞ」

「叩いたりしないの?」

「お前にはこれが豚肉とか牛肉に見えるのか?トンカツとかステーキ作るんだったら、柔らかくするために有効だったりするけど、これは魚の切り身だからな。叩いてもいいけど、ほぐし身になっちゃうぞ」

「ふむふむ」


鮭フレークみたいになっちゃう、ってことか。

白身のは見たことない上に、今回作ろうとしてるものとはかけ離れてしまうから、叩くのはなしで行こう。


「で、だな……さっき桜子はバターソテーって言ってマヨネーズを使ってたんだけど」

「あ、うん。マヨネーズも乳製品だし似た味になるかなって」

「……マヨネーズは乳製品じゃないぞ」

「えっ?」


これは恥ずかしい。

マヨネーズって何で出来てるんだっけ。

確か卵と……。


「うん、何となく言いたいことはわかるよ。じゃあマヨネーズの原料が何なのか言ってみ」

「えっと、卵」

「うん、それから?」

「と……卵」

「…………」


リビングに沈黙が流れる。

先ほどまで沈黙を保っていた女子メンバー全員が、私に侮蔑の視線を向けてきた。

今からググったりとかは……ダメだよね。


「いいか、まぁ別に覚えなくていいけど……これから社会に出て同じことを会社とかで言ったら確実に恥かくから言っとくが……マヨネーズは卵とお酢と油で出来てる」

「…………」


そうだったのか……だから火にかけたら油の代わりになったって言う……。


「実際、あれを使って炒め物をしてるCMとかあったしな。使い方の一つとして浸透してる部分はある」

「なるほど……」


知らなかったとは言え、間違いではなかった、と。

いや厳密には間違いだったんだけど……私の才能が恐ろしい。


「まぁ、そんなわけで今バターないし、マーガリンもないみたいだからマヨネーズでやろう。だから下味も薄めにしたんだけどな」


大輝くんは普段と違ってかなり堂々としている様に見える。

手際よくパッパと準備を終わらせてフライパンを火にかけて、マヨネーズをフライパンに垂らしていく。


「焦げやすいからな、熱しすぎに注意だ」


じゅううう……という音とともにマヨネーズが溶けて油になる。

そして少しジュクジュクしたところで魚をフライパンに並べると、水分が油に触れて油が跳ねた。


「こういうの怖かったら、トングとか使ってもいいと思うぞ。まぁ俺はめんどいし素手でやっちゃうんだけどな」


そう言って火を少し弱めて、今度は卵を取り出す。

ボウルを洗ってその中に割り入れて、かき混ぜている様だ。


「多分形作るのはお前の方が上手い。俺、あのやり方一応知ってるけど上手く出来たことないんだわ」


それは暗に私にオムレツを作らせようってことなんだろうか。

あんな見様見真似のものを、認めてくれている?


「俺がやりたいのは、お前のやり方の否定じゃなくてお前に正しいやり方を教えるってことだからな。合ってるものはちゃんと認めるさ」


何この人、超かっこいい。

思わずときめいてしまった。

そのあと、漬け込んだ肉を焼いて別でタレを作り、絡ませてオムライスを作った。


「これで後一人分だけ、桜子が復習で作ってくれればいい」


盛り付け終わった大輝くんが、皿の数を数える。

確かに一人分だけ足りない。


「お前の作ったの、俺が食べるからな」


私の心は、ノックアウト寸前だった。



「やっぱり、見込んだ通りだな」


全員で食べ終わって、大輝くんが満足そうに漏らす。

美味しかった、ということだろうか。

だとしたら……何だろうこの気持ち。


物凄く嬉しい。

心がふわふわする。

胸がかーっと熱くなる。


「桜子はやっぱり、自分でやる気にならないとダメなんだね。実際やる気になって、ちゃんと覚えたのは美味しかったから」


睦月ちゃんもそういえば大輝くんからちょいちょい味見、とか言って奪ってたっけ。


「そうだな、昼間の悪夢が嘘みたいだった。すげぇ旨かったよ」


そう言われた瞬間、私の中で何かが解けて消えていく様な、そんな感覚を覚えた。

人に喜んでもらえるって、こんなに嬉しいことなんだって。

そして喜んでもらえることで、私自身もこんなに喜べるんだってことがよくわかった。


だけど悪夢って……。

まぁ私食べてないけど、あれだけ汗かいて食べてたから悪夢って言われるのも仕方ない気がする。


「これで桜子も、女子力ないとか言えなくなっちゃうなぁ」


朋美は何でそんなに残念なんだろう。

私に胸がないから男の子役でもやってもらいたかったんだろうか。


「でも、全員が出来る様になっていれば日替わりで食事係みたいなことも出来るんじゃないかしら」


なるほど、日替わり……。

でも私、ここから上手くなったり出来るんだろうか。

ちゃんと安定したものを、作れる様になるかな。


「お前なら大丈夫だよ。心配なら他のメンバーが作るの見てればいいんだし」

「そうそう。見て覚えるの、得意だってわかったんだから」


大輝くんはともかく、朋美は見てても覚えられなかったとか前に言ってた気がするんだけどね。

とは言っても心配しててくれたんだろうから、私としては特に悪い気はしないけど。


「これなら、親父さんにも食べさせてやれるんじゃないか?もちろん家族全員に振舞いたいってことなら、単純に分量増やせばいいだけだから」


確かにレシピは覚えた。

だけど料理だけで私と父の確執は完全に解消できるんだろうか。

少し不安ではあるけど、みんなの笑顔を見ていると何だか根拠のない自信が湧いてくる気がする。


「……うん、私やってみる。朗報を待っているといいよ!」

「その一言で一気に不安になるのは何でかしらね」

「まぁそう言ってやるなよ明日香。桜子なら大丈夫だって。いくら何でも家族全員食中毒なんて恐ろしい結末にもならんだろ」

「大輝くん、ひどいよ!!」


こんな風に騒がしくも頼もしい、そんな仲間が私にはついていてくれる。

だから私は、歩き出せる。

家族との確執もきっと、解消できる。

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