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第120話

思わず神界を襲撃した魔獣を焼き尽くした時のことを連想してしまう様な、激しい炎。

もちろん出火元は桜子操るフライパンだった。


「ちょ……おいおい」

「うっわ!」


びっくりした桜子が、手に持ったウォッカの瓶の蓋を閉める前に、軽くのけぞる。

当然蓋が閉まっていないウォッカの瓶からは、その中身が揺れて飛んだりするわけで……。


「危ない!!」


全てがスローモーションに見えた。

桜子が天井に燃え移った炎を避けようと、しゃがみ込むのも。

睦月が何やら力を込めようとするのも。


朋美が桜子を助けようと手を伸ばすのも。

そして俺は、気づけば桜子を抱きかかえて床に転がっていた。

辺りが酒臭い。


「わぷっ!?」


天井に燃え移った炎に反応したスプリンクラーから、大量の水が降り注ぐ。

もちろん油を含んだ炎が水で消えることはなかったが、睦月がその炎を消し去って見せる。

結果、一瞬にして睦月の家のキッチンとリビングは水浸しになった。



「……ごめんなさい」

「大丈夫だよ、桜子。怪我とかしてない?痛いところとかは?」


泣き出しそうな顔で、桜子が睦月に謝罪をしている。

睦月は濡れた頭を拭いてやりながら、それを聞いていた。

あのオムライスとかも、やはり水に濡れたんだろうか。


いや、食わなくて済んだのだからそれはそれで命拾いした、という気持ちがないわけではないのだが、その一方であれだけ上機嫌で頑張っていた桜子を見ていたのもあって、何となく複雑な気持ちだった。


「私は、大丈夫……だけど……」

「気にしないんだよ、桜子。失敗は成功の母って言うんだし。このくらいの水だったらほら」


そう言いながら睦月が指をパチンと鳴らすと、部屋を濡らしていた水は綺麗さっぱり消えてなくなった。

うーん、便利だ……神力。

こういう使い方なら別に普段使いしても良さそうな気がしてくる。


「煤けた壁とかもすぐ直せるし、今度から気を付ければ、ね?今回ので桜子はちゃんと学んだでしょ?」

「…………」


俯いたまま、桜子は答えない。

泣きそうなのを必死で我慢している様に見えるが、どうなんだろうか。


「ちょっと大輝、何とかしなさいよ」

「え、俺?」


朋美が近寄ってきて、ぼそっと耳打ちしてくる。

何でこういうときに限って俺に全部押し付けようとするんだ?

女ってちょっとずるいと思うんだ。


「そうよ!他に誰がどうにか出来るの!?」

「えぇ……」


言ってしまえばあれは桜子の壮大な自爆だと俺は思うわけだが、どうも朋美はそうは思っていないらしい。

というかまぁ、言いたいことはわからないでもない。

俺たちの為にって頑張っていたのだから、その結果こうなったのであれば、俺にも慰める義務があるんじゃないか、ということを言いたいのだろう。


だけど……こんな時どんなことを言えばいいのか、俺にはわからない。


「桜子、大丈夫。桜子が作ったオムライス、水一滴もかかってないから」

「え?」

「え?」


ここへきて睦月が信じられないことを言い出し、俺も桜子も同時に驚きの声をあげてしまう。

もしかして水を避ける為に、神力使う準備してたのか、あの時。

……お前はそんなに俺を殺したいのか、睦月。


「大輝に、食べてもらおう?」


これ以上ないくらいのいい笑顔で、諭す様に俺を殺そう、と言い放つ睦月。

何これ、俺何か恨み買う様なことしたっけ?

お前実は神じゃなくて悪魔だろ、と言いたくなるのを必死で堪えた。


「あ、え、えっと……そう、だな、桜子が一生懸命、作ったんだもんな」

「でも……」


実際美味しそうには見えない、というのは桜子にとっても共通認識なんだろう。

正直これが美味しかったら、世の中の美味しいものなんか食べた日には、美味しすぎて昔の料理漫画とかみたいに、うまいぞおおおぉぉぉ!!とか叫びながら昇天しちゃったりするのかもしれない。

そして目の前のオムライスは、俺の急所直撃でストレートに殺しにくるのだろう。


桜子の心を犠牲に命を拾うか。

俺の命を犠牲に、桜子を救うか。

睦月も朋美も、俺をじっと見つめている。


そして桜子も心配そうな顔で俺を見ていた。

ていうか……食った瞬間、マジで食いやがったぜ!そんなもん豚でも食わねぇよあっはははー!とか指さして笑われたりしないだろうな。

覚悟を決めて俺はキッチンからスプーンを持ってきて、テーブルにつく。


南無三!!と心の中で叫んでスプーンをオムライスに突っ込もうとしたところで、玄関のドアが開いた音が聞こえた。


「うわ、何か焦げ臭い……何があったの?」


救いの神なのかそれとも俺の覚悟をへし折りに来た邪魔者になるのか……もちろんそれは明日香だった。


「えっと……それはオムライス?」

「あ、ああ」

「…………」


明日香の反応を見て、桜子は更に自分の飯マズ力を自覚してしまったのだろう。

一瞬俺の目の前の巨大なオムライスに視線を移して、すぐに俯いた。

何て言うか色々とタイミング悪いな。


「え、えっと一応ね、お弁当買ってきたんだけど……食べるわよね?」

「……大輝くん、そんなの食べるのはやめといた方がいいよ。お腹壊すかもしれないから。お弁当、食べなよ」


桜子が今までにないほど暗い声を出して、呟いた。

腹壊すくらいで済んだら御の字だと、個人的には思ってるけどな。

もちろん今の落ち込んだ桜子にそんな、傷口にワサビ塗り込む様な真似……つまり腹壊すだけで済むか?とか聞いたりなんて俺には出来ないけど。


「お、俺は……食べ物を無駄にするなんて、絶対に許さない」

「……大輝くん?」

「…………」

「…………」

「だって、そうだろ?食べたくても食べられない人が、この世の中には沢山いるんだ。俺たちは、食べられるだけでも本来ありがたいって、思わないといけないと思うんだ」

「…………」


何でこんなこと言ったんだろう。

正直勝手に口が動いた、としか思えない。

俺には自殺願望とかないけど、何でか勝手に口が動いちゃったとしか言い様がないんだけどな。


「だから俺は……食べる、お前の作ったオムライスを」

「大輝……骨は拾ってあげるから」

「睦月……それはさすがに縁起でもないっていうか……」


てか元々俺たち、つまり俺と睦月へのお礼、ってことで作ってたはずなのに何で、俺だけが食う流れになってるの?

私は関係ない、みたいな顔してるのが何となく納得いかないんだけど。


「なぁ睦月、そういえば……」

「何?大輝。桜子の気持ち、わからない?」


ぐっと目に力が入った様な、普段見せないぎょろっとした目。

そこまで圧力かけなくてもいいじゃないですか……。


「え、じゃあ私が食べてみるわよ」

「バカ、よせ!!」


明日香が俺からスプーンを取ろうとしたので、必死で抵抗した。

こんなところで明日香を死なせるわけにはいかない。


「だったら私が……」


朋美も俺からスプーンを奪いにかかる。

二人の手を避けながら、何でこいつらいきなりこんなもん食う気になってんだよ、と心の中で毒づく。


「じゃあ、私が食べるかな。大輝はチキンだから食べられないみたいだし」

「お、お前な……」


睦月が俺からひょいっとスプーンを奪い取り、オムライスにスプーンを突き刺す。


「わーかったよ、俺が食う!俺が食うから!!」

「どうぞどうぞ」

「…………」


何この茶番。

これがやりたかったの?

そしてもう、引っ込みつかないって言うね。


「大輝くん、本当に無理しないで……」

「いいや、食うね!!」

「!?」


睦月が昨日言った、第一段階という言葉。

あれは俺の試練の第一段階が終了した、もしくは解決した、という意味なのだろう。

なのであれば、まだ第二か第三まであると考えるのが自然だ。


つまり今回に関しては、ただ一つの問題を解決すればいいというものではない、ということだ。

今までの試練と比べると、大変というよりちょっと面倒だな、というのが正直なところではある。

しかし、これらを解決に導きたいということなのであれば俺は、それに応えなければならない。


そうすることで桜子から湧き出た試練を乗り越えることになるのだろうし、逆にそれが出来なければ試練が失敗ということもありえる。

俺が死ななくなったとは言っても、失敗することで何が起こるのかわからない以上、失敗という結末だけは避けたい。

被害が俺だけにとどまるのであればともかく、そうとは決まっていないどころか誰も答えを持ち合わせていない。


ならば懸念される事項は徹底的に排除するべきだろう。

そしてこれが第二であるならば、ここで食べないという選択肢はない。

何故ならここで食べない、或いは捨てる、と言った選択肢を取る場合に桜子が救われる結果が見えないからだ。


もしかしたらそれをバネにして、なんてこともあり得るかもしれないが、そんな不確定要素に賭けている余裕はない。

ならば、俺が取れる手段は必然的に一つだけ、ということになる。


「桜子……前にも言ったが俺はお前のことだって、大事に思ってるんだ」

「え……」

「だから俺は、お前の思いをここで踏みにじったりなんか、絶対にしない」

「大輝……」


カッコつけて言ったつもりはないが、どうにも覚悟を決めるとそういう風に聞こえるんだろうな。

言ってる俺自身にすら、そう聞こえたくらいなんだから。


「俺の生き様、見てろ!!」


気合いとともに叫ぶや、俺はスプーンを握り直してオムライスと向き合う。

そして、スプーンの先端が触れ、とうとうその時は訪れた。

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