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第116話

「さ、遠慮しないで食べてくれ。せっかくだから母さんの手料理を、と思ったんだが……まぁ今回はこういうのも良いだろう?」


あの急激増毛から数時間。

やっぱり髪の毛はなくていい、ということでスキンヘッドに戻してもらって超絶犯罪者面に戻った父、母、私に大輝くんに睦月ちゃんは焼き肉屋に来ていた。

うっかり間違えて眉毛までなくしてくれてたらもう、ヤクザかグレイかってくらいに笑えていた自信がある。


随分と気前のいいことだ。

正直外食なんて私は久しぶりだし、まぁこの夏休みになってからは特に家に居ついていなかったからというのもあるのかもしれないが、父とこうして食卓を囲むのは更に久しぶりに感じる。


「それにしても椎名さんは随分といい食べっぷりだね」

「本当、さっきからすみません……ちゃんと自分で払わせますので」

「いやいや、気にしないで食べてくれよ。見てて気持ちがいいしね。大輝くんも、遠慮なんかしないでくれよ?」

「あ、ええ、頂いてます」


金銭的な部分は気にしないでも問題ないんだろうと思うが、大輝くんはそういうの割と気にするからなぁ。

それにしても睦月ちゃんの順応性の高さは凄いなと思う。

誰が相手、とか関係なく話せる人だし、大輝くんも何だかんだで父に気に入られているし。


今回単独で大輝くんが来てたらどうだったんだろう、とか無意味なことを考えてみるけど、それでも大輝くんはきっと気に入られていたかな、と私は思っている。

何だかんだ彼には人の心を捉える何かがある気がする。


「桜子、ちゃんと食べてるか?大きくなれないぞ?」

「何それ嫌味?もう多分私の身体的な成長はストップしてるよ。胸も身長もね。お母さんに似たからね、仕方ないよね」

「まぁほら……小さい方が俺としては桜子らしくていいと思うぞ」

「桜子も悲観してる様子ではないからね。それに私も今の方が桜子は可愛いんじゃないかって思うし」


そう言われて一瞬、私が急激に成長した姿を思い浮かべてみる。

……うん、ないな。

急に胸とか大きくなっても肩凝りそうだし、身長だって今の目線で慣れてる私からしたら違和感しかない。

何より大輝くんそんなに身長高くないから、ちょっと可哀想になっちゃう。


「そんなにもうちの子を可愛がってくれるなんてなぁ……口の悪い娘だと思うんだけど」

「いや、俺たちといるときはそうでもないですよ……なぁ?」

「そうだね、まぁ使い分けてたりするのかもだけど……あれはあれで私は可愛いと思うからオッケー」


ふふ、と笑って睦月ちゃんはまた肉をモリモリと食べて行く。

しかし確かに、父の言う通り私は口が悪い。

というか実は中学で朋美たちと仲良くなるちょっと前まで、この口の悪さが原因でハブられたりなんてザラだった。


朋美とか圭織とは何となく長い付き合いになる気がしたし、それ以前の薄っぺらい友達との関係には飽き飽きしていた感じもあったから、私としてはこれから気を付けて行けばいいかな、なんて思ってた。

だから口の悪いのが極力バレない様に静かにしていたし、それに見た目がちんちくりんだから甘えキャラで通すのも悪くない、みたいな悪女臭いことを考えたりもした。

だけどいざそうしてみると、案外ハマったというか……しっくりきたというか。


実はこれが私の本性?なんて思ってしまうくらいに違和感がなかった。

とは言っても家でそれをやろうなんてことは微塵も考えなかったし、やったら父も弟妹もドン引きしていただろうから。


「まぁ俺たちに見せたくなかったんだろうけど……それは俺たちを大事に思ってくれていたからだと思ってますから。それに、実際俺や睦月だけじゃなくて他にも桜子を可愛がってくれるメンバーはいますからね」

「そうだね、愛美さんとか本当、姉妹みたいに仲いいもんね」

「何て言うか……お前はいい仲間に巡り合ってるんだな」

「まぁね。反抗期じゃなかったらもしかしたらこうなってなかったかもしれないし、その点だけはお父さんに感謝するよ」


ひねくれた言い方にはなってしまったが、父という反発材料があったからこうなっているというのは確かだろう。

父からしたらたまったもんじゃないかもしれないが、私からしたら感謝するに値する。

後々何らかの形で返してあげるのもいいかもしれない。



「さて……じゃあどうしようか、先に桜子と椎名さんはお風呂でも?」

「覗かないでよ、凶悪犯面」

「こら、桜子……もう」

「母さんもいるのに、何でそんなことしなきゃならんのだ……」

「お母さんいなかったら覗くつもりなの!?この凶悪犯、マジで性犯罪者に……」

「おいおい桜子、もうその辺で……」


私たちが帰宅して、時刻は夜の八時半前くらいになっていた。

時間的に入浴はいいんだが、何しろ女の子の友達を連れてきた経験がなかったので父が何かしでかしやしないかと、それだけが心配だった。

もちろん大輝くんだっているんだし、そんなことをするとは思わなかったけど、何となく口から出てしまった。


何でなんだろう。

とにかく睦月ちゃんはお風呂に入る気満々の様だから、私も続いて入ることにした。


「桜子、お父さんのこと言うほど嫌いじゃないでしょ」

「…………」


私が体を洗っていると、湯船にいる睦月ちゃんから声がかかる。

確かに昔は私もその辺の女の子の小さい頃みたいに、パパと結婚する、とか言ってた様な記憶がある。

十年以上も前のことだし、今みたいにハゲてなかったし、もうちょっとだけ優しかったからだと思うんだけど。


「何でなんだろうね?やっぱり桜子みたいな優しい子がそういう風に考えちゃうって、何か原因があると思うんだよ」

「……そうだね」


そうは言ったが、自分でも大体のことはわかってる……優しいかは置いといて。

そして多分だけど睦月ちゃんも薄々勘づいているんだろう。

原因はきっと、弟が生まれた時に始まっている。


妹が生まれた時から、その兆候はあったと言ってもいい。

やはり私よりも小さなその弟妹が生まれれば、それだけ親だってそっちに気を回さなければならなくなって、今までは私だけに注げばよかった愛情の比率を考えなければならなくなる。

それが普通の親だし、私もその辺のことは朧気ながら理解していた。


だから私は、いい子でいるという選択をした。

いいお姉ちゃんになって、親の負担を減らせる様にってまだ幼かった私は決意して生きてきた。

物分かりのいい姉を演じることで、私もまた愛情を注いでもらえるはずだって、誰に確認したわけでもないけどそう信じていたんだと思う。


しかし、現実はそう甘いものではなかったし、私が出来る姉を演じることで父はまだまだ出来るはずだ、と更に高みを求めてくる。

最初は期待されているのだ、なんて楽天的に考えられていたのだが弟妹がそこまでの要求をされていないのを見て、少しずつ私の在り方に疑問を持つ様になった。

手本として厳しくされているのであれば、何で弟妹には甘いのか。


甘くするんであれば、私に厳しくした意味って何なのかと。

喜ばせたいがために頑張ってきた私の頑張りは、一体何だったのかと。

しかし私はそれらを口に出すことはなかった。


それらを口に出すことなく、不満もなるべく顔に出さずに成績トップだけは維持してきた。

それで文句は言わせない、と思っていたから。

しかし以前の様な、父親への尊敬であるとか、そういうものは半減したのだろう。


期待という言葉も私にはないものだと思ってきていた。

小遣いはもらえるし、家もある。

何もないよりはマシだって思っていたから。


だけど……弟妹のせいだ、とは思いたくなかった。

そう思ってしまえばきっと、私の態度にも顔にも出て、兄弟の関係はぎくしゃくしてしまう。


「兄弟だから、っていう感覚は私にはわからないけど……それって兄弟に言うんじゃなくて親に言うことかな、って私は思うかなぁ」

「え……」


あれ、私いつの間にか口に出してたのかな。

それともわかりやすいくらい顔に出しちゃってた?


「今日はいないみたいだし、言っちゃっていいんじゃない?帰ってくるの明日なんでしょ?だったらチャンスじゃん。今日言いたいこと言っちゃってさ、明日からスッキリしたら?その方が兄弟も喜ぶかもしれないよ?」

「…………」


私たち兄弟の何がわかるのか、なんてことは思わなかった。

それどころか、この状況がチャンスだなんて考えたこともなかった私としては、やっぱり睦月ちゃんすごい、という思いが強かった。



「お風呂、ありがとうございました」

「おお、上がったか。母さんはどうする?先に入るか?」

「私はどっちでもいいけど。大輝くんは?」


私と睦月ちゃんがお風呂を上がると、大輝くんたちは何やら三人で歓談をしていた様だ。

大輝くんは後でも大丈夫だ、とらしい遠慮をしていて、ならば後で俺と入ろう、なんて父が言っている。


「お父さん……まさか大輝くんが可愛いからって……」

「えっ……」


そう言った大輝くんの顔が一瞬青くなったのを、私は見逃さなかった。

まぁ、この見た目でそんな風に思われたら連想してもおかしくないよね。


「お前がどんな誤解をしているかはわからんが、大輝くんを可愛いと思う気持ちはもちろんあるぞ。もちろん未来の息子って意味でな。この際だから一応言っておくが、俺はノーマルだ。更に言うなら、俺は母さん一筋だからな。昨日お前は俺を両刀なんて言っていたが、部下でも大輝くんでも、可愛いと思うのは確かだ。しかしそれは別に疚しい気持ちではない、ということだけは……」

「わーかったわかった。んな極悪人面して必死にならないでくれる?トラウマにでもなったらどーすんの」


ああ、またやってしまった。

いや、怖いと感じたのは確かなんだけど、それを差し引いてもちょっと言い過ぎかなとは思う。


「桜子、さっきお前らが風呂入ってる間に色々話してたけど……お父さん楽しい人じゃないか。娘思いだし」

「…………」

「大輝、その話は……」


今はタイミングじゃない、と睦月ちゃんは思っているんだろう。

別に私としてはどっちでもいいんだけど。

父への不満を言うのにタイミングなんか別に何でもいいし、正直母が揃ってないとってこともないとは思う。


でも、大輝くんには父親がいない。

母親はこないだとんでもない人……いや神が母親であることがわかったけど、男親と接する機会って今までそこまで多くはなかったんだろうから、大輝くんが父と話して楽しかった、って感じてくれるんだったらそれはそれでいい。

私自身がまだ蟠りを解消できていないから、こればっかりは確かに私自身で何とかするべきなんだと思うし……とは言っても大輝くんをがっかりさせたくはない、という思いも生まれ始めている。


「睦月ちゃん、いいよ。ごめんね大輝くん。お父さん、気に入ったんだ?」

「俺はいい人だと思うけどな。ダメだったか?」

「そんなわけないじゃない。家族が気に入ってくれたんだったら、それはもちろん嬉しいから」

「桜子、お前……」


私の言葉に父は少し驚いている様だったが、私がこんな簡単に引き下がると思ったら大間違いだ。


「まぁ、言いたいことはあとで、お風呂あがってみんな揃ったらちゃんと言うから」


そう言ってみせると、父も大輝くんも何となく青くなっている様に見えた。

睦月ちゃんは満足そうな顔だ。


「さぁ、私もお風呂あがったからお父さんたちもどうぞ」


母が風呂から出てきて、父と大輝くんはやっぱり一緒にお風呂に入る様だ。

変なことにならないといいけど。

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