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第11話

春海と一緒に勉強を頑張るという話になってから、早くも一年が経過していた。

この一年であったことと言えばクラス替えと春海や俺の誕生日だが、クラス替えに関しては正直そこまで変化らしい変化を感じていない。

春海の誕生日には、プレゼントを……と考えて色々模索はしたものの、経済的な問題から大したものをあげることができないのだ。


「私は、大輝の気持ちが嬉しいから……それに、誕生日って誰かの生まれた日を祝う日であって、誰かに物をあげる日じゃないでしょ?」


こんな一言が春海の口から出てきたことにも驚いたが、そんな風に考えたこともなかった俺としては物でなくてもいいのか、なんてまるで目が覚めたかの様な思いになった。

ならば、と俺は手紙を書くことにした。

内容は恥ずかしいから伏せるが、これまでの感謝や春海に対する思いなんかを書き綴った、至ってシンプルなものだ。


さすがにルーズリーフに書くっていうのは味気なさすぎるので、生まれて初めて文通セットなんかも買って、手紙らしい手紙を渡すことができたと思う。

手紙を渡した時の春海は、泣いたりこそしなかったものの目じりに少し光るものが見えるくらいには喜んでくれた様で、俺の前でその手紙を音読するという暴挙に出たわけだが……まぁ誕生日だったしその日は怒らないでおいた。

後日軽くネチっと言ってやったりはしたが、それでも春海は嬉しいのか今ではあの手紙は額縁に入れてあるんだとか。


ってことは春喜さんや秀美さんも見たんだろうなぁ……。


ちなみに俺の誕生日は、やたら盛大に祝われて俺としては分不相応なんじゃないかなんて思ったりした。

だって、誕生日なんて今までいいとこ施設の夕飯がハンバーグになって、市販のカットケーキがデザートに出てくる程度のものだったから。

それに、姫沢家の息子でもない、ただの娘の彼氏の俺の誕生日をそこまで盛大に祝わんでも、なんて考えたりした。


「大輝くんが春海の彼氏でいてくれることが、俺たちとしても嬉しいから。嫌でなければ、祝わせてくれよ」


こんな風に言われたら断れないじゃないか。

見たこともない料理に舌鼓を打って、飲んだこともないものを飲んで……しかも三人からそれぞれプレゼントを渡されて、俺は今まで生きてきて初めて、誕生日っていいものなんだな、なんて思った。

だけど、ここまでしてもらったらお返しをしなければ、なんてことを考えてしまうのが俺という人間。


「うち、見ての通りお金もちだから。あんまり気にしなくていいと思うよ」


そんな俺の心境を察して、嫌味のかけらも感じさせずにそう言った春海はすごいなと今でも思う。

春喜さんからは腕時計を……割と高そうに見えるのは俺の目や発想が貧困だからか?

秀美さんからは、これから使うだろうから、と何と手編みのマフラーを。


そして春海は、少し大きめサイズのセーターを編んでくれていた。

いつの間に作ってたんだろう。

春喜さんも秀美さんも息子がほしい様だと春海から聞かされて、俺みたいな出来の悪い息子じゃ姫沢家の面汚しになっちゃう、なんて考えたりもしたわけだが。


一応クリスマスや正月もあったにはあったのだが、これに関しては二人の誕生日と代わり映えしないので詳細は割愛。

ちなみに正月は、生まれて初めてお年玉をもらって恐縮したが、もったいなくて未だに使うことができずにいる。

俺は本当に姫沢家から愛されているのだな、と感じることができる一年だった。


そして迎えた週末。

今日も春海と会う約束があるので、いつもの様に支度をしていると同室の良平から声がかかった。


「今日も今日とておデートですか。よく続いてるよな」

「ん?まぁ、楽しいからなぁ……」


良平はきっと、俺みたいなのはすぐに愛想を尽かされるだろう、くらいに思ってたのかもしれない。

俺だって正直、いつそんな風になってもおかしくないんじゃないか、と考えないわけではない。

だが春海からはそんな意志は微塵も感じられないどころか、死んでも離すもんかみたいな執念めいたものを感じる。


「付き合って一年ちょっと経つんだっけ?もう済ませたのか?」

「ゲスいな……まだだけどさ」

「まぁ、お前ならそうだよな。わかってた、ごめん」


本当に失礼なやつだな!

俺だって別にしたくないわけじゃねーっつの。


「なら聞くなよ……何が言いたいの、お前……」

「いや、お前男としての機能ちゃんとしてんのかなって。ベッドの下のエロ本も出番が少なそうだし。あんないい女と付き合ってたら、そういう衝動に駆られるのが普通じゃないかなって俺は思うしな」

「…………」

「ど、どうした大輝、いきなり黙っちゃって」

「……あのな、色々したいに決まってんだろ!?脳内じゃ常にキャッキャウフフしながらそりゃもうネットリグットリだよ!!天才肌の彼女だから上でも下でも楽しめるかなとか付き合って一年経ってるしちょっとマニアックなプレイまで混ざったりして……内容聞かせるか!?」

「い、いやいい……俺が悪かったな、うん……」


本気でドン引きしている様子のイケメン。

俺がここまではっきりと妄想を打ち明けるということもまずなかったし、当然の反応かもしれない。


「えーと、何だ……割と切羽詰まってんな、お前」

「否定はしないけど、俺が自分で言い出したことだからな。受験終わるまではそういうことしないって」

「お前ってそんなストイックなやつだったっけ?もーちょい本能に任せて生きるってことを覚えたら楽になるだろうに」


俺だって、もう少し我儘な自覚はあったさ。

だけど、今あるこの幸せを、何が何でも手放したくない。

その為だったらある程度の自我の封印くらいなら、なんて思ってる。


「そんな風に、俺の欲望に任せていい加減にしたくないんだ。あんなにいい両親からも認めてもらえて、それをぶっ壊す様なことして万一取り返しのつかないことになったら、責任なんか取れるわけないんだから」


俺の言葉に、良平が一瞬驚いた様な顔をして、その後すぐに感慨深そうな顔をした。


「うんうん……お前、いつの間にか成長してたんだなぁ……。ちびっ子だし、子どもだ子どもだって思ってたのに……」


感慨深そうな表情だけでも若干のイラつきを覚えるのに、ちびっ子って言われたことが尚更イラ立ちを助長させる。


「ちびっ子は余計だ……事実かもしれんけど。っと、時間だ……じゃ、行ってくるから。お前もそろそろ女とか作ったら?」


ちょっと嫌味だったかなと思ったものの、良平ならその気になればすぐに女くらいできるだろう。

なのであの腐れイケメンはほっといて、俺は足早に施設を出た。


待ち合わせ時間よりも早めに到着できた俺は、時間にして五分程度だがぼーっとしながら春海を待った。

毎週のことだしもう慣れてきててもおかしくないのに、この瞬間だけはいつも胸が高鳴ってしまう。


「大輝、待った?」


待ち人、来る。

おみくじなら大吉にでも書いてありそうな文言だ。


「何、大したことはないよ。こんなの待った内に入らないさ」

「もう、普通に待ってないよ、って言うところでしょ?まだまだ合格点には遠いね」


なんて笑いながら言う。

言葉とは裏腹に、春海は怒っている様子ではない。

いつもこっちまで出向いてもらっている手前、俺が先に着いているのは普通だ。


そして春海が少し遅れるくらい、俺が文句を言う筋合いの話ではないだろう。


「しかし……何て言うかこの辺ももはや巡り尽くした感あるな」


この一年で、俺の地元はもう裏道まで歩き回ったりして、春海はきっとその地理全てが頭に入っているんじゃないかとさえ思う。

スポーツがしたい、となればあそこ、腹減った、と言えばあそこかあそこ、あそこは?と即座に返ってくる。

それにゲーセンも行ったしショッピングセンターなんかも。


「そうだねぇ、それだけ深く長い付き合いをしてきてるってことだから。嬉しいでしょ?」

「ああ、嬉しいよ」


俺はこの時、良平との会話のせいかちょっと素直な感想を述べてみた。

俺としても、こんな風にすっと出てくるのは意外だ。


「うわぁ、大輝が素直って……しかもなんか自然な感じだし、きんもーい」


傷つくからキモいとか言わないでもらっていいですか……。

しかも「き」と「も」の間に「ん」を挟むことによる強調。

俺に対して、お前は一体どういうイメージを持ってるわけ?


「いやほら……たまには俺だって、そういう気分になることくらいあるわけで……」

「そういう気分?ムラっとしたりとか?」

「…………」


否定できない。

というかそれも大いにある。

思春期男子の性欲を舐めたらどうなるか……わからせてやろうか!?


なんて考えながらも自分で立てた制約のことを思い出して、顔が思わず引きつってしまう。


「あっはっは、ドン引きの表情頂きました!」


ちょっと勘違いされたみたいだが、それならそれでいいか。

だけど、ドン引きされたとして何で喜ぶのか……。


「今日なんだけどさ、実はちょっと行ってみたいところがあって……」


そう春海が言ったところで、聞き覚えのある声がした。


「あれ?宇堂じゃない?」


声がした方を見ると、三人組の女子が俺たちを見ている。

あ、あれは……。


「げっ……」


そう、こいつらは同じクラスの仲良し三人組。

とにかく騒がしいし、こんなとこで……ましてこんなシチュエーションで会いたくなかったなぁ……。


一人は桜井朋美。

ボボだかボブだかって髪型してて……自称オサレ系女子。

勉強がそこそこできて、俺のこと好きなの?ってくらい絡んでくる。


もう一人は井原圭織。

背中くらいまである長い髪を結ったりほどいたりしてて、勉強はあんまりできないが歌が得意らしい。

将来歌手になりたいとか公言してたかな。


最後の一人は野口桜子。

身長が低くて、今でも普通に小学生と間違われるって言ってた。

巨大な……いや本当に顔の半分くらいあんじゃないの?って思うくらいでかい目が特徴的なんだけど、勉強が割とできて、クラス委員やってたはずだ。

カチューシャをつけたデコ出しヘアなんだが、たまにカチューシャが緩んで前髪がリーゼント気味になってる。


俺たちに声をかけてきたのは、井原だった。


「何よ、げって。ご挨拶じゃない?」


桜井がいつもの様にかなりの近距離で詰め寄ってくる。


「え、いやまさかこんなところでクラスの女子に会うなんて思わなかったからさ……あと近いから……」


事実この一年で一度もなかった鉢合わせだけに、驚きは大きい。

考えてみたら地元なのにそういうことがなかったというのも、なかなかすごいことだと思う。


「そちらにいるのは、宇堂くんの彼女さんかな?」


野口が春海を見て尋ねる。

野口は基本的に、学校で俺をいじる場合であっても大抵何か食ってて傍観してるってことが多いので、こんな風に聞いてくるのはちょっと珍しい。

考えすぎか?


「初めまして、姫沢春海です。十三歳の中二で、大輝とお付き合いしてます。皆さんよろしくね」


笑顔で軽く挨拶をする春海。

敵意こそ見えないものの、心中穏やかでない雰囲気が俺には何となくわかる気がする。

先ほどの桜井の接近にヤキモチ妬いてるんだろうか、桜井をじっと見ていて、桜井がその視線を受けて少したじろいでいた。


春海は基本的に何でもこなす万能少女だ。

そして俺の心はその万能少女のもので……もちろんそんな恥ずかしいことを直接言ったりなんて何処かの黒の剣士みたいなことはしてないが、春海だってきっとそれはわかってるはずだ。

しかしその一方で、春海は俺と学校が別々であることに不安みたいなものを感じている様で、俺も意識的に女友達の話は敬遠していた。


「う、噂の彼女さんだ!すごい美人だね!」


たじろぎながらも桜井がはしゃいで見せる。

そういえばこいつ、春海を見てみたいとか会ってみたいとか言ってたっけ。

実際にお会いできて光栄至極です、ってか?


「噂の……?」


春海が小首を傾げて俺を見る。

こんなに人目があるところで、そんな可愛い仕草はやめてもらいたい。


「結構みんな知ってるんだよ。宇堂くんに彼女がいること……ああ、ごめんなさい自己紹介してもらってたのに。私は野口桜子です」


野口に続いて他の二人も挨拶と自己紹介をする。

その間も、春海は桜井をじっと見ている様だった。

確かに桜井は可愛い部類だと思うけど、気に入ったのかな。


「じゃあ、今ラブラブおデート中なわけだ?」


何処かトゲがある様に聞こえなくもないが、桜井は興味がある様だった。

大方明日以降の学校でのいじりの材料探しと言ったところだろうけど。


「あ、ああ……まぁな」

「じゃあ、邪魔したら悪いよね」


井原はさすがに空気が読める。

ここからいきなり春海の機嫌が悪くなったりとかは、ちょっと勘弁してもらいたい。


「ふふ、私たちもね、女子三人でデート……そう、女子三人で……」


個人的に百合は嫌いじゃないから、そこまで落ち込むことなくないか?

なんてことはもちろん言えないが、本物のカップルを目の前にして割と本気で落ち込んでいる様に見える。


「そーだ!みんなご飯食べた?」

「え?俺はまだだけど」

「大輝はわかってるからいいの。みんなはどう?」


春海からのいきなりの質問に、三人がやや戸惑いの表情を見せた。

正直なところ、俺も春海がこんなことを聞くなんて思ってなかったから、少しびっくりはしているのだが。


「ま、まだだけど……」

「本当?なら良かったらみんなでご飯でも食べようか」


マジかよ。

男子が俺一人って言う、この状況だけでもちょっときついんだけど。

何なら俺抜きで女子会とかやってもらっても、俺的には一向に構わないんだけど?


「え、でも……さすがに邪魔したら悪いかなって……」


三人が口ごもるが、春海は尚も食い下がる。

何か目的でもあるのか?

友達にでもなりたいんだろうか。


「だって折角知り合えたんだし。大輝が学校でどんな感じかとかも聞きたいし!それに私たちは毎週会ってるから、そんなに気を遣わなくても大丈夫だって。ねぇ、大輝?」


そこまで言っておいて何で俺に決定権を委ねるの?

言い出しっぺの法則知らないのかよ。


「まぁ、俺は別にどっちでも構わないけど……」


春海といるときに鉢合わせたというこの状況がもう既に、明日以降のネタになる予感しかしない。

その上でそこにネタがちょっと上乗せされる程度、どうということはない……いや、上乗せとかなければないで、俺は困らないんだけどさ。


「じゃあ……お言葉に甘えて、ご一緒しちゃう……?」


躊躇いがちに桜井が井原と野口を見て、俺たちは一緒に食事をすることになった。


はい、というわけで俺たちは今近くのファミレスにきてまーす。

店員さんの視線がとーっても痛いですねぇ。

きっと、女四人も連れ歩きやがってリア充滅びろ、くらいに思われてるんだと思います。

では、スタジオにお返ししますねー。


案内された席でそれぞれが注文を済ませて、何故か俺が全員の飲み物をドリンクバーに取りに行くことになった。

まぁ、この中で男子なの俺だけだし、仕方ないよな。

俺がいないところでどんな会話がなされているのか、気にならないということもないのだが……きっと、世の中には知らない方が幸せってこともあるよな。


何より春海があんだけ積極的にあいつらを誘っていた、その真意が俺にはわからないし。

そんなことを考えながら五人分のドリンクが揃って、俺は席に戻ることにする。

女三人寄れば姦しいとか言うけど……一人増えたら想像以上に姦しいな。

あの中に戻るの、ちょっと嫌なんだけど……。


「あっ、きたきた!おっそーい!!」


戻るのを躊躇って立ち止まってまごまごしていたら、桜井が俺に気づいてしまった。

あいつは何なの?

俺専用のサーチシステムでもついてるの?


割とあの席から見えにくい位置にいたつもりなんだけど。


「ほれ、飲み物。自分らで持ってってくれ」


グラスを五つも持てるほどでかい手をしていない俺は、みんなの飲み物をトレーに乗せて持ってきた。

そこから自分の飲み物を取って、春海の隣に座る。


「そこはお待たせしました、って言いながら笑顔でみんなの前に置いてあげないと」


春海が悪乗りする。

だが何だろう、普段の切れ味からは程遠い様な。

いや、包丁じゃないんだし普段から春海に切れ味なんて俺は求めてないけどな。


「さて……宇堂も戻ってきたことだし、そろそろ二人の馴れ初めを……」


え?何だって?

ちょっと待って、そんなの話さないといけないの?

何で?公開処刑の時間なの?


「おいおい、何だってそんなもん話さなきゃならんのよ……断固拒否するわ」


盛り上がってる空気?

そんなもの、俺は知らない。

雰囲気が壊れようと、俺はそんなもん語るつもりは微塵もない。


「ほほう……じゃあさっき春海ちゃんから転送してもらったプリクラ、プリントして教室の黒板にでも……」


えっ?あれ送ったの?

俺を弄ることに日々命賭けてる様な、こいつらに?


「……わかったよ、言えばいいんだろ!?」


ていうか春海に聞けよ……何で仲良くお話してました風なのに春海が話してないわけ?

俺の口から言わせるなんて、マジもんの拷問じゃねーか……。


「良かった、説得出来て」

「脅しって言うんだよ、ああいうのは!……ったく……」


渋々ではあるが恥ずかしい部分なんかを適当に避けて俺たちの馴れ初めを語っていると、注文した料理が運ばれてくる。

店員さんにも多少聞かれたんだろうな……しばらくここ来れないじゃないか……。


桜井がウキウキでいただきますをして、みんなもそれに倣って食事に舌鼓を打つ。

そしてこのまま馴れ初めのことなんか忘れてくれればいいのにって、切に願う。


「そういえばお前らは、男とか作らないの?いっつも女三人でいるけど」


俺は馴れ初めの話から注意を逸らす為に、行儀悪いかなと思いながらも春海以外の三人に尋ねてみる。

春海には聞いてないのに、何故か春海までがおっかない顔をして俺を見る。

何故なのか。


「宇堂、私たちはね、作れないんじゃなくて、作らないの。わかる?」

「へ?」

「私たちは、敢えて彼氏とか作ってない、って意味ね。おわかり?」

「あ、ああ……」


何なんだ、この桜井の謎の圧迫感……。

俺、聞いちゃいけないことでも聞いたか?


「まぁ、朋美はこう言ってるけど、別に好き好んで女三人でいるわけじゃないから。そりゃ、彼氏の一人もほしいって考えることはあるよ」


そう言って井原が桜井の肩を叩く。

桜井を見る時、無理すんなよ、って井原の顔に書いてある様に見えるのは俺だけか?

肩を叩かれて、桜井は井原を軽く睨んでいる様だった。


「へぇ、井原でもそんなこと考えることあるんだな。果てしなく意外だわ」

「どういう意味かしら?」

「大輝、私たちは……というより、大輝はある意味で特殊なんだよ。誰もが彼氏ほしい、って願ってすぐできるわけじゃないんだから」

「そういうものか?良平とかもそうだけど、何で女作らないんだろ、なんて不思議で仕方ないことばっかりなんだけどさ」


良平の名前を出した時、何故か井原がドキっとした様な顔になった気がする。

一瞬のことだったし確信はないけど、もしかして……。


「大輝、そろそろその口を閉じようか。何なら私が塞いでもいいんだよ?」

「私が、って……おいやめろ、こんなとこでそんな暴挙に出るのは……」

「仲良いんだねぇ、本当……」


桜井が羨ましい、と言う様な顔で俺たちを見る。

春海がまたも桜井をじっと見つめていて、野口と井原も桜井を見ている。


「……っと、ほら、それより馴れ初めの続きだよ!ほら話した話した!」


何かを振り払うかの様な桜井だったが、言葉と裏腹に表情はやや暗く見える。

食べ過ぎたのかな?


結局そのあと二時間近くも羞恥責めを食らって、漸く俺は開放された。

もちろん馴れ初めの説明は回避できなかったし、春海は最近俺が春海の胸ばっかり見てるとか、あることないこと……いや大体事実なんだけど、そんなの女子に言わなくても……。

そして女子四人で連絡先を交換していたが、俺はそんな気になれなくて少し離れたところでそれを見ていた。


それから桜井たちはこれから行くところがあるとかで、やっと別行動になった。


「大輝……大丈夫?疲れてる?」

「ああ、半分はお前のおかげ様でな」


遠い目で三人を見送る俺を、春海が気遣う。

気遣うくらいならもう少し手加減してくれてもいいだろうに。


「あんな風に女子に囲まれるのって、憧れなかったわけじゃないけどやっぱ疲れるな」

「ふぅん……?」


この据わった目……俺を狩りにきてやがる。

ひとまずそのオーラ、しまってもらっていいですか。


「ま、まぁ落ち着けよ……楽しくなかったとは言わんけど、喜んでたわけじゃない」

「私はそれなりに楽しかったけどね。学校でああいうのってまずないから」


俺はてっきり学校でもあんな調子なのかと思ってたが、果てしなく意外な答えが返ってきた。

もしかして学校では案外、取り繕っていたりするのか、春海でも。


「桜井さんだっけ。あの子、大輝のこと好きなんだと思う」

「ぶっ!!……はぁ?いきなり何言い出すの、お前……」


まさか、あの桜井が?

さすがにそれはないだろ……。


「女の勘っていうか……まぁ、あとは桜井さんが大輝を見てるときの表情とか」

「まさかぁ……だってあいつ、俺と春海が付き合ってることかなり早い段階から知ってたぞ?」

「自覚してすぐに私の存在を知ったか、はたまた逆なのか……いずれにしても、間違いないと思う」

「いや、そうは言うけど……だからってあいつが何か行動起こしたわけでもないしさ。ほっといていいんじゃないか?」


確かに桜井は俺によくちょっかいをかけてくるけど……あれか?小学生が好きな子にちょっかい出しちゃう的な。

いやいや、さすがにそれはないだろ……大体、まだ何もされてないこの状況で意味不明に桜井を拒否った挙句に、勘違いしてんじゃねーよ童貞!とか罵られたりしたら……。

俺かなり傷ついちゃうかもしれない。


「でも……」


やっぱり今日の春海は少し変だ。

熱でもあるんじゃないだろうな。


「えっと、もしかしてヤキモチ、妬いてくれてる?」

「うん。ヘタレの癖に大輝って割と女子から人気ありそうだし。可愛いって思ってる子は結構いるんじゃないかと思うから」


一言余計だけどこうも素直にヤキモチ妬いてますって言われると、かなり恥ずかしい。

女子からの視線とか気にしたことなかったけど、そんなこと言われたら意識しちゃうかもしれないじゃないですか。


「じゃあ、仮に春海の言う通りだとしてだな……俺が春海を裏切る様に見えるか?」

「ううん、大輝はヘタレだから、自主的に裏切ることはまずないって思ってるよ。私のアプローチとか全無視で未だに童貞くんなんだから」


何て酷いことを、さらっと言うんだこいつは……。

初志貫徹素晴らしいですね、って褒めるとこだろ、ここは……。


「まぁ、あるとしたらそうだね……大輝への感情が抑えきれない!って子が暴走して、大輝がその子から逃げきれなかった時、とかね」


それ、俺どうしようもなくないか?

狙われた時点でやばいじゃん。

そういうのを察知する様な便利な能力とか、俺持ってないんだけど。


「今日私たちと会って、あの三人は……特に桜井さんは、私たちの品定め的なことをしてたんじゃないかなって私は思ってる。大輝がどの程度私に本気なのか、とかそういうのも見てただろうし」

「ええ……」


マジかよ……女って本当こえぇ……。

表ではあんだけキャッキャウフフしてたくせに、裏では高度な情報戦みたいなのが展開されてたってことだろ?

俺、人間不信になっちゃいそう。


まぁ、だからってここで逃げるわけにもいかないしな。

愛しの彼女がこう言ってるんだ、俺としても解決策の一つくらいは考えてやらねば。


「ふむ……なぁ春海、俺にどうしてほしいって願望とかあるか?具体的にどうしたら春海が安心できる、とかそういうのがわかれば俺としても……」


こうなったら春海に任せてしまおう!

だって俺、女の気持ちとかわからんもん。

下手に動いて傷つけたりとか怖いし……。


何やら考え込んでいた様子の春海が、意を決した様な顔になった。


「ねぇ、週末デートなんだけど……来週だけは私の家にしない?ちゃんと交通費出すし」

「あー……」


春海としてはきっと、偶然とはいえあいつらに会うのは避けたいんだろう。

ほら、俺ってこう見えてかなり愛されてるから。

来週限定でいいんだったら、別に俺としても反対する理由はないしな。


「春海がそれで安心できるんだったら、俺に異論はないよ。交通費出してくれるって言うなら、それにも甘えさせてもらう。さすがにこればっかりは見栄じゃどうにもならないからな。てかもっと我儘言ってもいいんだぞ?友達と縁切れとかそういうんじゃなければ、だけどな」

「ありがとう……私、結構嫌なやつだよね。独占欲強すぎて……本来だったら大輝の交友関係にまで口出すのはどうかって思うんだけど……」

「人を好きになるってそういうもんじゃないか?俺だって、春海が他の男子と仲良くしてるの見たら……ヤキモチの一つくらいは妬くな……」


想像して一瞬で嫌気がしてその妄想を打ち消す。

春海に言い寄る男なんていようものなら……目にレーザーポインター当てて回るな、俺。


「それにね、強いのは独占欲だけじゃないから。性欲とか色々」


ふふん、と最近また少し大きくなってきた胸を張って、春海がやや誇らしげにしている。

何故今そんなことを誇らしげに言うのか……。


「じゃあ、とりあえず来週のデートは私の家でいい?」

「わかった、言う通りにしよう。二人の時間なんだしな」


この時、俺は軽く考えていたが……春海が何を考えてこんなことを言っていたのか。

俺にはわからなかったし、事態を甘く見ていたのかもしれない。

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