表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
108/212

第108話

結論から言おう。

俺はこの歳にして子持ちになった。

当然結婚出来る歳ではないことから妻帯者というわけではないのだが、これには理由がある。


まず、あの後俺は食後のまったりした空気の中の睡魔に勝てなかった。

だが、無理やり色々されたとか、ハニートラップに引っかかったとかそういう色気のあることでは決してない。

いや厳密にはされてたんだけど、寝てる間にされることとして想像されがちなことをされたわけではない、ということだけは言っておこう。


では何故子どもが出来たのか。

これについては、俺の出生を思い出して頂きたい。

そう、母は父の遺伝子を集約した何かを取り出して、自らの体内にそれを押し込めることで俺という存在を作り出した……って何か自分のルーツとか、こういう方法だったとは言え語るのやだな……。


まぁそれはそれとして、今回あいも同じ方法を取ったのだ。

最初、俺とあいは同じベッドで寝ていたはずなのだが、やつは先に目を覚ましたらしい。

そしてこっそりと俺の遺伝子を抜き出した、というのが大まかな流れだ。


「ねぇ、可愛くない?大輝と私の赤ちゃんだよ?」

「……あ、うん……」


まさか本当にこの歳で俺の子どもの顔を見ることになるなんて、思いもしなかった。

というかそこまでされて尚、グースカ寝ていた俺にも問題はあるかもしれないが、これについては疲れていたのだから仕方ない、と俺個人は思うのだがどうだろう。

そしてあいがここまで喜んでいるのを見ると、何してくれたんだこの野郎!とか怒る気もすっかり失せてしまい、更には思っていたよりも我が子が可愛くて、思わず顔が緩んでしまう。


もちろん泣けばうるさいという感情が湧くのは仕方ないとして、それでもあやしてやらにゃ、と思えるくらいには可愛がっている。

生まれたのはつい数時間前で、おそらくあいが生成したであろう、見覚えのないおくるみを着せられた我が子は男の子だった。

問題はそう、あいつらにどう説明しようか、そこだった。


まず無事に乗り切れる気がしない。

だからと言ってハーレムから逃げるという選択肢も存在しない。

進んでも退いても地獄って、もうこれ詰みの状況じゃね?


「勝手なことして、怒ってる?」

「……えっと……どっちかって言うと困ってる」

「スルーズたちに報告しないといけないから?」

「まぁな」


あいが悪いことしたときに怒られている子どもみたいな顔で、子どもを抱いている。

そんな顔されたら、俺みたいな甘い人間には怒るとか責めるなんてことは全く出来る気がしない。

あいつらから責め苦を受ける覚悟で、俺は睦月に連絡を入れることにした。


『すまん、相談がある』


これから起こることを考えると、正直文面が横柄な気がしなくもない。

だが、あまりへりくだった感じにしてしまうと疚しいことでもあるのか、となりそうな気もする。

まぁ、疚しいんだけどさ。


『どうしたの?』


五分ほどして睦月から返信があった。

この五分……永遠にも感じるほどに長い時間だった。

さて、どう送ろうか。


そう考えていると、急に電話が鳴り出して俺は飛び上がる。

着信はもちろん睦月から。

呑気なメロディに設定していたはずの着信音が、俺には地獄への道しるべを奏でている様に感じる。


そんな俺を見かねて、あいは俺から携帯を奪い取った。


「あ、おい!」

「スルーズごめん!私謝らないといけないことがある!」


母は強し……なのか?

行動力あるなぁ、とは思っていたがまさかこんなところでもその行動力を発揮してくるとは思わなかった。

……と思ったはずなのに、携帯からは着信メロディが流れたままだ。


「……これ、こうしてスライドすんの」

「あ……」


さすがにこれは恥ずかしかったのか、あいは顔を赤らめながら画面をスライドして、漸く着信音は収まった。



「へぇ……これが……」


十分くらいして、睦月はこの家に姿を現した。

……他のメンバーを全員連れてな。


「へぇ、これ大輝とあいちゃんの子なんだ?へぇ」


俺と子どもの顔を交互に見ながら、嬲る様に朋美が刺してくる。

物理的に刺された方がいくらかマシなんじゃないだろうか、なんて思えてくるくらい執拗に。

そしてその目は当然ながら冷ややかだ。


他のメンバーは、明日香がやや朋美寄り。

睦月は相変わらず何考えてるのかわからなくて、それ以外は可愛いしいいじゃん、みたいな意見だった。

そしてあいはと言うと……今になって罪悪感的なものが湧いてきたのか、少し顔色が悪い。


これはあれだろ、朋美が負のオーラ全開で接してるからだろ。


「さて……みんなは今回のこと、どう思う?」


いつもの様に睦月が取り仕切る。

さしずめ俺は被告人と言ったところなんだろうか。

いや、普通に考えたら俺は不可抗力だし、過失があるとすれば眠りこけていたことくらいなんだけど。


そう考えると裁かれるべき被告人は、あい一人になっちゃうわけだが……たとえ相手が神であっても、女を一人で糾弾の的にして平気でいられるほど神経が太い自覚はない。


「あのー、発言いいですか、裁判官」

「仕方ない、許可しよう」


どの目線から言ってんだこいつ、とちょっと思わなくはないが、一応の弁護はしておく必要があるだろう。


「えっと……今回の件に関しては、正直暴走したあいも悪いけどそれに気づかないで寝こけてた俺も悪いと思うんだよ。あと……子どもに関してはもう、生まれちゃったから仕方ないって言うか……」

「仕方ない?そう、大輝にはもう人の親になる覚悟があるってことでいいの?」


予想してはいたが、案の定朋美がいの一番に噛みついてきた。

なら私とも子作りしなさいよ、とか言われたらもうどうにもならんぞ、これは……。


「覚悟って言うか……決めるしかないだろ、こうなったら」

「へぇ……どうやって育てるつもりなの?」

「まぁ、それに関してはさっき軽く話し合った感じだと、消耗品関係はどうにでもなりそうではある。予防接種とかも必要はないだろうな。異常があれば俺でもあいでも治すことは可能だと思うから」

「…………」


おそらくは恐怖で俺を封殺できると思っていたであろう朋美が黙る。

しかし不思議なことに、その目から怒りの感情を読み取ることは出来ない。


「他に意見ある人は?」

「んー……正直なこと言うと、先越された!って思いはゼロじゃないんだけど……大輝くんの子どもってこんな可愛いんだ!って希望も持てるというか」


桜子は至って前向きだ。

こんな時でもこんな意見を出せるって相当だと思うんだけど。


「考え方の違いかもしれないんだが……私個人としては、今後どうせみんな大輝の子を授かるわけだから」


和歌さん……それはもう決定事項なんですね。

俺、ちょっと頑張らないといけないって自覚が芽生えました。


「予行演習にもなるんじゃないのか?もちろん大輝とあいだけで育てさせるんじゃなくて、みんなで育てることによってな」

「あたしも正直、和歌と同じ意見なんだよなぁ。これがもし、他の見も知らない男との子だ、とかだったら朋美みたいになるのはわかるんだけどさ。あたしたちはそういう意味でかなりツイてると思うんだわ」

「ツイてる?」


明日香がやや訝しげな顔で愛美さんを見る。

やっぱり朋美と明日香は似た者同士なわけか。


「考えてもみろよ。まぁあたしや和歌はともかく、お前たちみたいな若いのが赤ん坊に触れる機会なんてそうないぞ?将来に向けてのいい練習になると思わないか?」


なるほど、そういう考え方もあるか。

子育て経験がある人間とか、多分この中にはいないだろうしな。

俺も施設で小さい子の面倒は何度か見たけど、赤ん坊ではなかったし。


そういう意味では確かにいい経験ではある。

もちろん育てたらそれでおしまい、となるものではないのだが……。

そして俺はここで、一つ重要なことを思い出した。


「あの、睦月……」

「どうしたの、大輝。ありがたいことにみんな、歓迎ムードだよ?良かったじゃない」

「いや、それは確かにいいことなんだけど……一個俺、思い出しちゃったことがあって」

「あー、もしかしてパパの言ってたこと?」


そう、パパ……じゃなくて睦月と春海の親である、春喜さん。

あの人は確か、こう言っていた。


『君がどう考えているかはわからないが、子どもだけは睦月と最初に作るんだ。そして俺たちに見せにきてくれ。そうじゃなかったら、睦月はどんな汚い手を使ってでも姫沢家に迎える』


最初、そう。

いちばん初め。順番で、それより前が無いこと。

ざっとネットで調べただけでもこんな感じのことが出てくる。


もう既に最初でなくなっているんですが、それは……。


「まぁ……残念に思われるかもしれないけど、黙っておくわけにもいかないでしょ?」

「だ、だけどお前連れ戻されちゃうんじゃ……」

「どうやって?金でどうにかするって言っても、人間が私をどうこう出来るわけないじゃん」


さらっと言われて、一瞬考えるが確かにその通りか、と思い直した。

ごもっともなことではある。

睦月をどうこうできる人間なんて、いいとこ俺くらいだ。


もっとも俺が本気で睦月をどうこうしようなんて、そんな大それたことを考えられるほど大物なわけないんだけどな。

かかあ天下とやらが平和だって、よく言うじゃないか。


「とは言っても約束は約束だからな。謝るだけ謝りには行かないとまずいよな」

「まぁ、ほとぼりが覚めたころでいいでしょ。それで、みんなはこの子……名前決めないとだね。ずっとこの子、ってわけにもいかないでしょ」


そう言われてふと我が子を見ると、早くも明日香と朋美は我が子に群がっているではないか。

順応早すぎませんかね……。

何だそのだらしない顔……写真に撮っておきたくなるぞ。

それはともかく名前か……名前なぁ……。


ゲームとかやるんでも、俺のネーミングセンスのなさは良平も良く知っている。

多分睦月も知ってるんじゃないかな。


「男の子なのよね?あとでオムツ替えてもいい?」

「お前の目に、違う魂胆が見え隠れしてて怖いんだけど」

「な……バカじゃないの!?予行演習よ予行演習!!殴られたいわけ!?」

「ま、待て、失言だった!オムツくらい何枚でも替えろよ……」


不安だらけの子育てスタートだが、こうも騒がしく始まると何だか楽しいものになる予感がしてくる。

そういやこの子の戸籍って……まぁ睦月が何とかしてくれるだろ。

俺は目の前のことに専念するかな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ