第106話
必要な家電、生活雑貨を買う為に入った量販店。
早くもあいは、馴染みのない光景に目を丸くしていた。
「この板の中で人が踊り狂ってる……」
一昔前ならきっと、何でこの箱の中で人が歌ってるの?とかそういう感じになるのだろうが時代が変わったということだろう。
タブレットの中で踊っている人は、楽しそうではあるが別に狂ってるわけじゃないと思うけどな。
「何か目がチカチカするね」
「初めて連れてきた感想がそれか……年寄りみたいだな」
「……確かに私は大輝より何万年も長く生きてるけど」
ふくれっ面になったあいがそのまま他の家電を触ろうとするので、わざとじゃなくても壊されてはたまらないと再び手を引く。
しかし手を握られると嬉しそうにするのは何でなんだろうな。
まぁ今だけかもしれないし、さっきの失言もなかったことになったみたいだから別にいいか。
「大輝の言ってた、食べ物冷やすのってどれ?」
「あれだな。あのでかい箱」
「おおー……大きい」
少し離れた場所にある、白物家電コーナー。
そこを指さしてやると、あいは初めて見る冷蔵庫に何かロマンでも見出したのか目を輝かせた。
「あい、どれがいい?」
「んー……正直なこと言うと、どれとか言われてもわからないよ」
「あはは、そうだよな」
あいという名を呼ばれることにも慣れてきたのか、あいはちゃんと返事をする様になった。
さっきまでのシカトされてる感はやはり寂しいものがあったので、俺としては嬉しい限りだ。
「何かお探しですか?」
「あー……一応新居で使える物一式って考えてるんですけど」
「ご予算はどれくらいですか?」
と、いきなり女性の店員さんに話しかけられてあいが困惑する。
俺とか睦月相手なら普通に喋ってるのに、他人がきたらこれか……。
所謂人見知りなんだろうか。
コミュ障まで行ってなければ改善のしようもありそうではあるけど、どうなんだろう。
俺にはその判別が今のところつかない。
「こちらは今年出たばかり新製品なので、大幅な値引きは難しいんですけど、こちらでしたら去年のものなのでそこまで大きな違いもなくご利用いただけまして、お値段も比較的リーズナブルですよ」
割と親切かつ丁寧な説明をしてくれるお姉さん。
しかしあいはそのお姉さんを、敵でも見るかの様に見ている。
ヤキモチなのかただの警戒なのか……いずれにしてもこういうのには慣れてもらいたいものだ。
「お次は……テレビですかね。エアコンはあるんですか?」
「あー、あったと思います。電子レンジにテレビ、洗濯機、パソコン……炊飯器とポットとかもあった方がいいかな」
「じゃあ、順番に見て行きましょうか」
「…………」
相変わらずの仏頂面とでも言うのか、黙々とあいはついてくるのみだ。
少し好みを言ってもらうくらいは構わないかな、なんて俺は思っているが、おそらく会計を終えるくらいまであいはこのままだんまりを続けるつもりなんだろう。
大人しくしててくれるのはありがたいことだが、何となく一人で買い物きてるのと変わらない様な気がしてくる。
「これから同棲されるんですか?」
「ええ、まぁ」
「まさかご夫婦だったり?」
「いや……俺まだ高校生なので」
「あはは、そうでしたかすみません。今テレビは録画も一台で出来ちゃったりするので……」
テレビのコーナーで店員さんがまたも熱心に説明をしてくれる。
あいはテレビで流れている番組を物珍しそうに見ていた。
感性が子ども並みだからなのか、リアクション芸をやっている芸人なんかが面白いらしい。
買うものが粗方決まったので、会計に、というところで俺はあいつらが遠くから見ていることに気づいた。
もちろん俺が気づいたというリアクションをすれば、またあいは警戒するかもしれないので、何事もなかったかの様に会計を済ませた。
近場ということもあるからか何と大きい家電は本日中に無料配送してくれるというので、お言葉に甘えさせてもらった。
「大輝、配送って?」
「うん、こういう大きい物は持って帰るの大変だからさ。専門の業者の人が持ってきてくれるんだよ」
「へぇ……でも、私これくらいなら持てるよ?」
「は?」
言うなりあいが冷蔵庫を片手で持ち上げてみせ、一瞬店内が騒然とした。
もちろんこんなところで騒ぎを起こしたくない俺はすぐさまやめさせて、じゃあいくらいくらで、とお会計を済ませる。
信じられないものを見た店員さんは仰天していたが、疲れてるのかな、とか呟いてて心の中でごめんね、と謝っておいた。
とは言っても小物家電もそこそこに数があるので、台車を買ってそれに乗せて運んでいくことになった。
「さっきの、ダメだったんだね……ごめん」
「あー……まぁ、気にすんな。知らなかったんだよな。次からやらなきゃいいだけだから」
「うん、気を付ける」
「人間界だと基本的には女の子は非力って言うのが常識だからさ。運んでくれるって言う場合はそのまま任せちゃっていいよ」
とりあえず夜には買ったものが全部届くというので、あとは家電ではなく家具だ。
まだ少し台車には乗りそうだし、そのまま台車を押して家具売り場へと向かった。
「いっぱい買ったね」
「だなぁ……押して帰るのちょっと手間だな。あい、ちょっとこっちきて」
あいに少し持ってもらっても、割と調子に乗って買った感が否めない量の荷物。
女連れでこれを持って帰るとなると、出来る出来ないよりも女にあんな荷物持たせて、という世間の目の方が気になってくる。
なので人通りの少ない階段まで荷物を移し、あいを連れてきた。
「あい、俺たちの家の場所まで、ワープできる?」
「大丈夫だと思う。もうやっていい?」
「おう、頼むわ」
お願いした瞬間に視界が切り替わって、無事ワープ出来たのだと確信する。
しかし、そこには俺たちだけでなく睦月に明日香に桜子、朋美もいたという。
「お、お前ら……」
「家電の配置とか必要でしょ?大輝くん一人じゃ大変だし、私たちにも手伝わせなさいよ」
「…………」
明日香の言葉にあいが表情を固くする。
やっぱ人見知りっぽいな。
仮にも仲間なんだし、ここからでも少しずつ慣れてくれるといいんだけど。
「あいちゃんって呼んでいいのかな。私たちも仲間だから、お手伝いしたいんだけどダメ?」
さすがに桜子はその辺上手い。
人に取り入る方法を心得ていると思う。
これにはさすがにあいもダメとは言えなかったらしく、首肯のみで答えて俺たちは部屋へ入った。
「すっごい部屋ね。特に解放感が」
睦月がほとんど一瞬で改造したという部屋を見て、朋美がしきりに感心している。
桜子は二階も同じだ、すごーい!とか言ってはしゃぎまわっていた。
「大きいのは後でくるんでしょ?」
「ああ。夜までに来るって言ってたけど……最悪それくらいなら俺だけでも何とかなると思う」
睦月の言い方だと排泄物が届いたりしないかと一瞬心配しそうになるが、ちゃんとした業者がそんなもん届けるわけないわな、と考えを捨てる。
「ねぇ、大輝……」
「ん?こいつらみんな仲間だぞ。昨夜会ったろ?」
「うん、そうなんだけど……あの人、ちょっと怖い」
あいがそう言って指さしたのは案の定朋美だった。
さすが、よくわかってる。
俺も怖いもん。
だけどあいつは多分、ハーレム内ではかなり愛情深いタイプだぞ、と伝えると恋愛に対して疎いあいは、首を傾げる。
まぁ会うのが二回目程度じゃその程度の認識でも仕方ないし、その辺は追々理解してもらえたら、と思う。
そして朋美自身が、あいに怖がられているということには気づいていない様だからまだセーフかな、と個人的にも思うわけで。
だってあいつ、女相手にパンチ食らわせたりしないやつだから、仮にあいがそんな風に思ってるなんてことがバレたら殴られるの絶対俺だもん。
みんなでテーブルやら棚やらを組み立てて行き、間仕切りのない部屋の間には今度ふすまか障子でもつけようという話も出た。
一階の真ん中の部屋は基本的にリビング的な感じにするみたいで、他は寝室になる見込み、とのことだ。
ということは、今回一個しかベッドを買っていないから、また今度追加で買わないといけないわけだ。
「漸く終わったね。凄いなぁ、何て言うか前衛的な家な気がする」
そんな桜子の意見だったが、俺としても概ね意見は同じだ。
吹き抜けこそさすがにないものの、こういう造りの家はなかなか見るものではないからだ。
各部屋への出入りの為のドアというものはなく、ふすまだけの間仕切り。
キッチンは一階の真ん中……つまりリビングのもののみを残して、他の部屋のものは一切を取っ払ってある。
トイレは一階と二階に一個ずつ、風呂は一階の端に一個。
5LDKという間取りに該当するんだと思うが、少なくとも俺はこういう家を見たことがない。
「まぁ、他と同じが正しいわけではないし、私たちだって普通の関係じゃないんだから丁度いいんじゃないかしら」
部屋のあちこちを見回しながら、テレビのリモコンを弄っている明日香。
確かにうちで割とトップクラスの変わり者でもある明日香からしたら、目を引く造りになっているかもしれない。
「でも収納多めになったから、住みやすそうではあるわよね。私も高校卒業したらここに住みたいかも」
そう言っているのは朋美だ。
父親の事情がなければ本来こっちで暮らしていた、という思いは今でもあるのだろう。
今でこそ人知を超えた能力を持つ俺や睦月と言ったメンバーが送り迎えをしているから、どんな交通機関よりも早く行き来出来ているが、そういうの無しに一緒にいたいんだという意志が伺える。
「まぁ、そういう用途も想定して買い取ったからね、これ。今高校生のメンバーが卒業して親元出たい、ってことならここに住んだらいいんだし」
言うこともやることもいちいちスケールがおかしいよな、睦月は。
でも全てがメンバーの為であることはよくわかるし、私利私欲の為ではないことから逆に清々しいとさえ思える。
「私と大輝だけで住むんじゃ、広すぎるよね」
「それも一応三日限定だから、しばらくはお前一人なんだぞ、あい」
「……そうだった」
「大輝、この三日の間で料理とか必要最低限のことは教えてあげなさいよね。神だから死なないんだろうけど、大輝がここからいなくなった後で飢えてひもじい顔したあいちゃんとか見たくないから」
「わかってるよ。それに離れて暮らすって言ったって、俺も様子くらい見に来るし、あいだって慣れたら睦月のマンションに行くことくらいあるだろ」
朋美に睨まれてそうは言ったが、現段階では自発的にあいが睦月の家を訪れるというのは何となく想像できない。
俺が立ち寄って、それとなく連れて行く機会を増やすというのがいいのだろう。
そんなことを考えているとチャイムが鳴って、冷蔵庫などが来たのだということがわかる。
時間としては少し早い気がしたが、仕事が早いのはいいことだ。
受け取る時に女がわらわら出てきたからか業者は変な顔をしていたが、とりあえずはこれで食事を作ったりということも遠慮なく出来るわけだ。
もちろん作ったらすぐに片づけもやるとか、慣れてきたら合間で洗い物くらいはいずれ出来る様になってもらわなければならないが、この辺はあいの習熟度合と相談か。




