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第105話

昨夜はとりあえず、寝る場所だけ確保して買い物は翌日にしようということになった。

その為板の間でほとんど雑魚寝に近い形で、俺とヘルは眠っていたことになる。

カーテンやらもないので、正直朝日が眩しいとかそんなレベルじゃない。


それらも含めて買わないといけないな。

あの日、俺たちはヘルを連れて神界から人間界へ帰還した。

俺とヘルがマンションに入る前に、睦月が先に入って説明兼朋美の説得という荒業に出た。


結果としてまず、ヘルという神を実際に見て判断しようじゃないかという話になったみたいで、俺たちはマンションへ入ることが許された。

そしてその後の予定としてヘルにはまず住むところを与えるという話になって、睦月は一人でちょっと出かけてくると言って外に出て行った。

そして夜中になるまで戻らず、気まずいまま晩御飯だけ食べてみんなが寝静まった頃に戻ってきた。


「家を、用意してきた」

「……はい?」


そう言って俺を連れて睦月は鍵を渡し、ここだよなんて言っていたが、どう見ても二階建てのお洒落なアパート。

なのに入口が左右に二つあるだけという。

入ると壁という壁が外壁以外に見当たらない異様な空間だった。

だだっ広い部屋の両端には階段が一個ずつ。


「どうしたの、これ……」

「うん、買い取った。安かったよ」

「…………」


これは、金持ちだからなのかそれとも神だからなのか、よくわからないが俺みたいな凡人にはまず理解できる発想じゃないことだけはわかった。


「今日から住むならそれでもいいし、明日からってことならそれでもいいよ」

「うーん……ヘルにここを使わせるってことだよな」

「そうなるね。んで、慣れるまでの間でまず三日、大輝にも一緒にここで生活してもらうから」

「……マジですか、拒否権とかは……」

「あるわけないよね」


清々しいまでのドヤ顔。

先ほどまで神界であんだけ暗黒オーラまき散らしてた女とは思えない顔だ。

とにかくまずは確認を取ろう、ということで俺たちはマンションへ帰り、ヘルを起こして事情を説明した。


「……大勢って何かまだ慣れないし、最初は二人がいい」


というヘルの意志もあって、俺たちはその夜……まぁ昨夜なんだがこの部屋に来て、ヘルは再度寝直して俺も寝るか、とそのまま寝てしまったというわけだ。


「大輝、お腹空いた」

「お前は何、シスターにでもなりたいの?」

「シスター?」


きょとんとしたヘルの顔を見て、見たことないんだろうからネタとかわからんよな、なんて言ってしまってから気づく。

とは言えお腹空いたと言われて何も用意しないのは、と考えてまずは出かけるから顔を洗おう、と洗顔の仕方など教えた。

神には必要ない行為ではあるんだが、一応人間界で暮らすんだったら知っておいて損はないだろう。


事前に睦月からある程度……というには大金過ぎる金額を受け取っていたので、必要なものを買う前に腹ごしらえでもするか、ということで二人で出かけることにした。

睦月たちから、出かけるなら様子を見たいという申し出がメールで来て、それくらいなら構わんという旨を返す。

朋美はヘルを見て複雑そうな顔をしていたし、何となくヘルも朋美に感じるものがあったのだろう、少し警戒している様だった。


だから刺激するのだけは避けてくれ、という注意も付け加える。


「何食べるの?今鳥飛んでたけど、捕まえてこようか?」

「……そういうのは、人間界ではやらないんだなぁ……ちゃんと食べるものとかその辺で売ってるから、一緒に買って食べよう」

「取引してるってこと?」

「ああ、まぁそうだな。お金っていう……通貨ってのかね。これと食べ物とか何かほしいものがあれば、交換する仕組みが人間界にはあるんだ」


黙ってれば普通の世間知らずな少女で通るところなんだが、発言が所々でぶっ飛んでて、すれ違う人に振り向かれたりする。

これは苦労することになるかもしれない……安請け合いするんじゃなかった。

しかも睦月のやつ、どうやったんだか既にヘルの人間界での戸籍も作ってあるって言ってたし。


『地ノ神あい……ヘルが地獄って意味だからか?んで神で地獄少女……安直すぎないか?』

『私のネーミングセンスに問題が?』

『い、いえ……』


うん……まぁ別に何でもいいけど。

呼んでればそのうち馴染むだろうとは思うし。

確かに人間界でヘルなんて呼んだら、大体の人は変な名前だな、ってなるだろうし良くてデスメタルバンドでも組んでるの?って話になるのがオチだ。


無用な問題を起こすのは俺も望むところではないし、こういう小さなことがそう言った問題を回避することだって十分考えられる。

であれば、あとはヘルが……あいが、この名前に馴染む様俺が積極的に呼びかけるのが良いだろう。


「なぁあい」

「…………」

「おーい、あいさーん」

「…………」


ダメだこいつ、自分のことだって思ってない。

周りにあるものの悉くが珍しいらしく、キョロキョロと見回して感嘆のため息をついている。


「元ヘルさーん」

「あ、私を呼んでた?ごめん、何だか珍しいものが沢山あって……」

「ああ、まぁそうだよな。俺が悪かった。だけどお前にはこの世界での名前に慣れてもらわないと困るんだが」

「あ、うん、わかってる。地の神あい?だっけ。苗字とかの概念が神界ではなかったし、冥界にもなかったから……」


などと自分の新しい名前への馴染みが出てこない理由をぶつぶつと述べながらも、食べ物屋の前を通りかかる度に美味しそうな匂いがする、なんて言って目を輝かせていた。

お腹空いたって言ってたし俺も腹減ったから、先に飯にするか。


「じゃあ、食事にするか?あいの好きな食べ物って何なんだろうな?」

「好きな食べ物……冥界で良く食べてたのは果実だったけど……」

「ああ……魔獣の肉食べたとか言ってたよな、そういえば」


そもそも人間界の食事には馴染みなんかあるわけないんだから、俺がササっと決めちゃうのが早いという気持ちもあるにはある。

そう考えると俺としては一番苦手なことを率先してやらないといけないということにもなることから、少しだけ憂鬱な気分だ。

だっていつもはみんなが決めてくれちゃってたから。


あいつらは俺の好みとか大体把握していたし、嫌いなものは極力避けてくれていたから、こういう時あいつらのありがたみが少しだけ染みる気がした。


「よし、じゃあ肉食べよう。ちゃんと美味しいものを食べさせてやるからな」

「美味しい?」

「そうだ、美味しいやつだ」


味とか気にしないで採っていたであろう食事にも、それなりの楽しみを見出してもらえればということで無難にファミレスに入ることにした。

そして普段ならしないことを、俺はやってみる。


「これとこれとこれ……それからこれと、ドリンクバー二つ」

「畏まりました、ドリンクバーはあちらにございますのでご自由にご利用くださいませ~」


注文を終えて、まずは飲み物を取りに行く。


「あい、こっちだ」

「ねぇ大輝、食べ物は?」

「うん、今調理してくれてるから」

「調理?ここで誰か狩りとかしてるの?」

「……いいから、ついてらっしゃい」


ジュースにコーヒー、紅茶と喉を潤すものもそれなりに人間界には充実している。

こういった嗜好品もある程度覚えれば、人間界で暮らすということにも楽しみは見いだせるのではないだろうか。


「甘いの好きか?酸っぱいのとか苦いのとか、色々あるけど」

「甘いの……じゃあ、甘いのがいい。これ、飲んでいいやつ?」

「いいんだけど、これに入れてさっきのテーブルで飲むから。くれぐれもここで飲まないでくれよ」

「そうなんだ?わかった」


ああでも言わなかったらきっと、そのまま口つけて一気に飲み干したりとかするかもしれないし、俺としてはいい仕事したと思う。


「これ、ジュース?美味しい」

「ああ、それはオレンジジュースだな。こっちがコーラ」

「コーラ?」

「そう、口の中がシュワシュワするんだぞ」

「シュワ……?」


母を人間界に連れてきたときにも思ったが、正直子どもの世話を焼いている気分だ。

百聞は一見に如かずと言うし、飲んでみてもらうのが手っ取り早いだろう。


「ほれ」

「でもこれ、大輝のだよね?飲んでいいの?」

「ああ、いいとも」


そう言ってコップを渡したとき、不意に明日香と朋美が先日コーラ一気飲みして……なんて懐かしいことをやったのを思い出して口元が緩んだ。

誰もいなかったらまた腹を抱えて笑えた自信があったが、さすがにここは人が多い。

頭のおかしいやつだと思われては困るので、必死で耐えた。


「んぐ!?な、何これ……」

「口の中シュワ―っとしたろ。炭酸っていうのが入ってるんだ」


目を白黒させていて、何だか面白い。

俺も初めてコーラを飲んだ時は驚いたっけな……良平のやつはゲップしまくって途中から鼻が痛いとか言って泣いてたっけ。

三歳くらいの頃だったけどよく覚えている。


「お待たせしました、明太子のパスタとマルゲリータ、ハンバーグステーキにアボカドサラダです。ごゆっくりどうぞ~」


続々と料理が運ばれてきて、目の前の料理を見てあいが目を輝かせる。

あんまりお預けさせても可哀想か、と思い簡単に作法を教えると、一回教えただけでちゃんとできる様になった。

さすがは神と言ったところか。


記憶でも流し込んで、というのが手っ取り早い気はするのだが、それだと教えているというよりはズルをしている気がするし、何より人間界で人間に溶け込んで暮らそうとしているあいの妨げになる気がしたので、俺はこうして自分で教えるという方法を取った。


「どうだ、旨いか?」

「うん、美味しい」

「そうか、どれが好きだ?」

「全部美味しい」

「…………」


何食べたい?って聞かれて何でもいい、って言われる世の母親の気持ちが少しだけわかる気がする。

しかし現にあいは目の前のものを本当に旨そうに食べているし、食べることに夢中になっている。

気を遣ったとかではなくて心からそう思っているということなのだろう。


「足りるか?ていうか一人で全部食べちゃいそうな勢いだけど」

「少し足りないかも。もっと食べていい?」

「あ、ああもちろん」


そう言われてはダメとも言えず、別に今日は余裕あるからいいか、と追加で注文をするが、注文を取りに来た店員さんが少しびっくりした顔をしていたのは気のせいだろうか。

確かにどう考えても二人で食べるには多いかな、って思う様な量だし、最終的には八人前くらい、二人で食べた。

まぁ六人分はあいが食べたんだけどな。


神はみんな大食いなんだろうか。

睦月も春海でいた頃からもりもり食べていたっけ。


「さて、じゃあ生活に必要なものを揃えるから移動するぞ。食べ過ぎて動けないなんてことはないよな?」

「大丈夫。何買うの?」

「んー、食材とか冷やせる機械と……あとは見て決めようか」


そう言って、俺はスマホを取り出して睦月に連絡を入れる。


『ひとまず家電を買いそろえようかと思うんだけど、来るのか?』


食事中はあいつらの気配とか感じなかったけど、まだマンションにいるんだろうか。

とりあえず今のところは大きな問題なんかも起きてないし、何ならこのまま何もないままで帰れるのが望ましい。

どうかあいが今日一日いい子でいてくれます様に、と心の中で願って、俺はあいの手を引いて駅ビルの中へと入って行った。

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