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第102話

どうやら睦月は眠ってしまったらしい。

人間界で酒を飲んでいるところなんか見たことはないし、睦月の家で酒瓶が転がっていたりとか……あるな、愛美さんのだけど。

多分睦月が呑んだんじゃないんだろう、って言うのは何となくわかった。


俺も知ってたら、疲れてるのもあるんだろうからとっとと飲ませて休ませてやるって手段を取るのも、ありかなって思った。

寄り添ったまま眠られると全体重がかかってさすがにしんどいので、俺はそっと睦月の頭を膝に持ってきて、寝やすい体勢に変えてやる。

ヘルが変なことを言うから、睦月は罪悪感にヤキモチやらが混ざって心の中グチャグチャだったんだろうし。


「して……聞いても良いのかの、ヘル」

「まぁ、別に取り立てて話す様な珍しいこともなかったけどね。どうしても聞きたい?」


気が進まない、というよりは何となく面倒だ、という顔でヘルは答える。

現在進行形で寂しさ自体は埋まっているからなのだろうか。


「生活そのものも気にならないわけではないが、冥界については謎の部分が多すぎるのでな。今後の調査の参考になれば、というのが正直なところなのじゃ」

「なるほどね、まぁ……最初は正直絶望したよね。もちろん戦闘になっても私が負ける様なのには出会わなかったし、仮に出会ったとしても死なないわけだし……」


だとしても、容易なことではなかっただろう。

あの薄暗い冥界で、いつ戻れるともわからない不安はあるだろうし。

俺なんかはホラー系のものが苦手ということもあって、あんなところに一人でってなったら多分気が狂うんじゃないかと思う。


そういう意味ではヘルはすごいなと思った。

正直尊敬に値する。

まぁ、自我をちゃんと保っていたのかというと、それについては俺には想像できない。


「最初の頃は、滅茶苦茶八つ当たりした。手あたり次第に魔獣を見つけては殺して、の繰り返しだったかな。何年かはそんなことが続いたんだけど……冥界の木にも、食べられる実……果実って言うのかな。そういうのは一応あったよ。どうしてもお腹空いて、魔獣を食べたこともあったけど……」


そこでヘルの顔が曇る。

オーディン様を始めとする神々は息を呑んで見守っていた。


「あいつら、共食いするみたいであんまり美味しくなかったんだよね」

「…………」


味の感想かよ。

別にそれはどうでもいいって言うか、食べようなんて発想には至らないし。

どっちかって言えば、その果実とやらの方が少しだけ気になる。


「でもね、そんなある日……何者なんだろうね、ちゃんと言語の通じる相手が二人現れてさ。いつもフード被ってて、私も大して興味なかったから中を見ようとか不思議と思わなくて」

「人や神の様に、二足歩行をする者がいた、ということか?」

「うん。そいつらが私に冥界をまとめてほしい、みたいなこと言い出して……神界に戻れるのがいつになるのかわからなかったし、別にいいかなって思って引き受けたんだけど」


これまた怪しさ満点のやつが現れたもんだと思った。

ちゃんとコミュニケーションが取れているということは、おそらく神の類なんだろう。

しかしそれからヘルの暮らしは一変したと言う。


「どの辺とかはわからないから何とも言えないし、正直今からそこに戻れるのかって言われたらわからないんだけど、洞窟の中に作られた要塞みたいなのがあって、そこに案内されたっけ」


下手に外に出ると迷うかもしれないから、どうしても外に出たい時はその二人が着いてきて道案内を務めてくれたんだとか。

もっともヘルはあまりアウトドア派ではなかったらしく、最初の千年近く引きこもりみたいな生活をしていたらしい。

魔獣に言葉を教えたり、今までにやる機会のなかったことは冥界でほとんどやってきた、と言った。


「だけど何て言うのかな。魔獣もいっぱいいて、さっき言ってたやつらもたまに話し相手になってくれたりしたんだけど……同じ場所にいるとは思えない様な空虚な感じがした。だからかな、孤独感からは開放されなくてさ」


何をしていても一人、という不思議な感覚。

身の危険はないにしても、やはり寂しいという気持ちは拭えなかったらしい。

そんなヘルを見たくだんの二人が、ヘルにこう持ち掛けたという。


『ヘル様、これは強制ではありませんが、ヘル様さえその気になれば神界への進出も出来るかと思います』


その気にって、ゲート開けないとダメなんじゃ、と思ったがそれについてはもちろん今すぐではないという回答が返ってきて、一瞬期待したヘルは落胆した。

進出できるだけの戦力、統率を取れる様になることでチャンスは必ず訪れるはずだ、とそいつらはヘルを煽動した。

オーディン様がヘルを救出できなかった理由については、頭では理解できていた。


しかしヘルの中ではやはりオーディン様を頼る気持ちもあったのだろう。

それから千年二千年と時間が経過しても、神界からの救助は現れなかった。

そのことが、理解を超えて感情を優先させてしまった原因の一つになったとヘルは言う。


「正直今でも逆恨みに近いというか……見当違いもいいところなんだけどね。オーディンだって主神だからと言っても万能な訳じゃないってことくらい、私もわかっていたんだから」

「わしなどは、万能どころか出来ることも限られておるよ……とは言えすまなかったな」

「もういいって。油断した私も悪かったんだし。過去のことなんだから」


その煽動があってから一万年以上、ヘルは冥界で過ごした。

機は熟した、と思ってからもその機会そのものが現れるには相当な時間を要して、漸く訪れた機会が、ロキのうっかりミスだったと言うわけだ。


「どうも、耳の痛い話で申し訳ない」


気まずそうな顔でロキは頭を掻く。

睦月が起きてなくて良かったと思う。

起きてたら多分、申し訳ないで済むか!死んで詫びろ!とか言いながらまたいきなりぶん殴ったりしてもおかしくないからな。


「過ぎたことを言っても仕方あるまい。これから先で繰り返さなければ良いだけよ」

「そうだな。できればあんなのは二度とごめんだが」

「バルドル、ヘイムダルも。起きてきたか」

「ご心配おかけして申し訳ありません。何とも、面目ない……」


バルドルとヘイムダルさんが起きてきて、オーディンに一礼して直後に俺の方を向いてまた一礼した。

うわぁ、こういうのやなんだよなぁ、俺……。


「大輝さん、すみませんでした」

「やめてくれ……もうエイルさんのおかげで俺はすっかり回復してるんだから」

「私などはあっという間に無力化されてしまって……面倒をかけた」

「いや、俺は本当、何もしてないんですって。だから気にしないでくださいよ」


睦月が堅物でめんどくさいと言っていた二人が、全力で謝ってくるのを見ていると本当に尻辺りがむず痒くなるのを覚えた。

めんどくさいと言われる理由、わかる気がする。


「ところで大輝……今回の一番の功労者にこんなことを頼むのは気が引けるんじゃが……」


オーディン様が何やら言いにくいことを言いたそうに、俺を見る。

何だろう、改まって。

というか俺は本当、今回は倒されてばっかりだったんだけどな。


「その言い方だと、あんまり俺にとっていい話じゃない感じですか?」

「大輝だけの問題ではなくなるからのう。そういう意味では大輝にとっていいとも悪いとも言い難い話ではあるかもしれん」

「…………」


何となく、言いたいことがわかっちゃったかもしれない。

俺だけの問題じゃない、と言われて俺が連想するのはハーレムのことだ。

普通の人間であればおそらく睦月も反対はしないだろう。


朋美の時も他のメンバーの時も、これと言って反対する様な言葉を聞いた覚えはないし寧ろもっとやれ、みたいな雰囲気満点だった。

ところが……もし俺の考えている通りだとしたら、ヘルを傍に置けという話になるのではないかと思うし、そうなるとさすがに睦月としても複雑なのではないかと思う。

ましてその問題の睦月は潰れて寝てしまっているのだから、俺一人で決めろと言われてもどうにもならない。


「ある程度想像はついた様じゃが、ヘルを頼みたい。ヘルもこの通りお主を気に入った様じゃし……他に適任な者もおらんのじゃ。ダメかのう?」

「…………」


気に入ったとか言われてもな……睦月が仮にいいって言っても、まだ怖い……じゃなくて懸念があるんだよな。

主に朋美とか朋美とか朋美とか。

連れて帰ったら、俺の死亡フラグ立たないか?


寧ろ立たないなんてことがあるだろうか……いやない(反語)。

大輝よ……貴様が握るのは天ではなく死兆星だ!とか言われてボコボコにされるに違いない。

そう考えると、今からでも神界にお引越しとかしたくなっちゃう。


「どうしたのじゃ大輝……顔色が優れぬ様じゃが」

「大輝、私やっぱり邪魔かな……」

「あ、いやそういうんじゃないんだけど……」


下らないことを考えていたら大勢の人に心配されてしまった。

しかし……正直今までのハーレムメンバーは俺の決定権なんかほとんどないままに、流されるままに決まってきていたと思う。

こう見えて……まぁ何処からどう見ても情けないの一言な俺なんだけど、俺だってハーレムの一員……いや、俺を軸にして集まっているんだから、俺は言わばハーレムの主、そう!ハーレムの王と言っても過言ではない。


きっとみんなだってそう思っているはずだ……言われたことないけど!

もちろん周りが決めてきたこのハーレムのメンバーに不満なんかないどころか大満足な俺ではあるが……たまには決定権があってもいい、そうは思わないか?

というわけで、あとで殴られ蹴られ刺されするのは覚悟して、俺一人で決めちゃおう。


睦月が膝で寝ているのにも関わらず、俺は内心で震えながら一人で重大決心をする。

だって……神界のいっちゃん偉い人から頼まれたら断れないじゃん。

みんなは知らないかもしれないが、俺は案外肩書持ってる人に弱いんだ。


後でどんな確執を生むかわからないし、そう、これは断ることで睦月に迷惑がかかるかもしれない、ということもあって、俺は独断で決めるんだ。

神界と言う、睦月の故郷においてその恋人である俺が、上司との確執なんか生んで良いわけがない。

そうだ、だから俺の判断は正しい。


帰ってくる度にギスギスするとか、やっぱり嫌じゃん。

うん、俺ってやっぱり恋人思いだ。

ハーレムのみんなだって、もしかしたらまた神界に来る機会があるかもしれないんだ、これできっと正しい!


「ヘル……俺に任せろ」


首だけ後ろに向けて、精いっぱいのイケボを振り絞って……とは言っても女の子の声なんだけど……俺はヘルに返答をする。

視界の端でヘルが目を輝かせているのが見えた気がした。

おお、と周囲が湧いて、一気に場が騒がしくなる。


「大輝、おっとこまえ……」


ノルンさんが声を震わせて、俺に惨事を……いや賛辞を贈る。

強ち間違いではない気がする。

何故声を震わせていたのかは、すぐにわかった。


「何が、任せろなの?大輝」

「……むつ、き……」


下から悪魔の声が聞こえて、俺の心臓は一気に縮み上がる。

男の姿だったらきっと、もうちょっと違うところも縮み上がっていたであろう自信がある。

ゆらりと俺の膝から起き上がった悪魔は、一回あくびをした後で一瞬俯き、そして俺の目をじろっと睨みつけた。


短い青春でした……。

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