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第101話

「あれはラグナロク終結直前じゃったの……」


オーディンが話し始めると、ちょっと騒がしくなり始めていた場が一斉に静まった。

トールとかみたいな、人の話聞かなそうなやつらもちゃんとオーディンを見ている。


「今風に言えばラスボスとでも言うのか、フェンリルという魔獣の長が神界を襲撃してきての」


狐の様な狼の様な、その魔獣の長は体長で言えば全長五メートル強、高さ三メートル以上という巨大なもので、もちろんでかいだけでなく強大な力を持っていて、非戦闘タイプの神はもちろん戦闘タイプであっても苦戦を強いられるほどの相手だった。

その上知能も高くて狡猾、劣勢になれば躊躇わず逃げを打つという人間や神の様な戦略を用いて戦う。

悪さをする、というものではなく神界側を滅ぼすという目的を持ってきているので、神界側としてもこれを迎え撃っていたが一日や二日で討伐することができなかった。


私も何度かかち合ったことがあるが、それなりの戦闘力を持っているにも関わらずそれに溺れることなく冷静に戦局を見る目もあったし、正直めんどくさいと思っていた。

しかしラグナロク終結直前ということは、もうこちらの勝利がほぼ決まっていた頃でもあって神界側としても来たら迎え撃つ、程度に留めていたんじゃないかっていう、微かな記憶。

正直定かではないが、少なくとも躍起になって追いかけまわそう、という雰囲気ではなかったと思う。


しかし、魔獣を神界に放置しておくのはさすがに危険なんじゃないか、と異を唱えた者がいて、それがヘルだった。

ヘルの意見にバルドルやヘイムダルも賛同して、神界として自発的に討伐に出ようではないか、という話が上がった。

……この辺からは実際、私の知らない話だ。


当時私は別の敵と戦っていた……んだったと思う。

もう詳しい部分まで覚えていないが、確かそう。

結局ヘルとバルドル、ヘイムダルにオーディンという異色のメンバーでフェンリルの討伐に出ることになった。


オーディンまで行った理由については、指導者がいつまでものんびり座っていてもやることがなかったとかヘルを当時可愛がっていたからとか、色々なことを言っていた。

どうでもいいけどその話を聞いてる間のフリッグの顔が怖いことになってるから、後で折檻とか受けないといいね。


「討伐そのものは、実際簡単じゃった。戦闘タイプの神が何人もいたんじゃから、当然なんじゃが……問題はその後じゃった。そうじゃの、ヘル」

「……そうだね」


ヘルの顔はこの時よく見えなかったが、雰囲気としてはかなり暗いものであったと思う。

背中をくっつけて座っている大輝も少し、寒気の様なものを感じたのかぶるっとしていたから。

というか離れろ……。


冥界というのは、ゲートを開いた場合に必ず同じ場所に出る、というところではないらしく、実際何回もゲートを開くことが出来た場合であっても、毎回全然違うところに飛ばされるというのが通常だと言う。

これは以前にロキからちょっとだけ聞いた様な記憶がある。

そして冥界そのものの広さは、人間の単位で言うのであれば地球三個分に相当するとか言われているらしいが、これも実際に測量に行った神はいないのでもっと広いことも考えられるし、もちろん逆の場合も考えられる、という話を先にオーディンは挟んだ。


「フェンリルはな、死の間際に最悪の抵抗をしよったのじゃよ」


残った魔力を振り絞って、どういうわけかヘルに向けて放った攻撃。

攻撃と呼んで良いのかもわからないものだったが、大したものではないと判断したヘルはそれを軽く手で払おうとした。

そこにヘルの油断があったという。


「どういう仕組みか、その魔力はヘルの手が触れた一瞬でゲートを開き、瞬く間にヘルを包み込んで消えてしまったのじゃ」


一瞬のことだった為にその場にいた誰も、手を打つことができなかった。

すぐにゲートを開こうとオーディンは追いかける意志を示したが、これにヘイムダルもバルドルも反対した。

まぁ、立場なんかを考えたら当然のことだろう。


第一冥界へのゲートの位置が完全にランダムなんだとしたら、途方もない労力と時間を払うことになるし、何より全貌が明かされていない世界で何が起こるかもわからない場所で、戦闘直後の消耗したオーディンに何が出来るのか、という話になったそうだ。

ならば回復してから、という話も出たそうだがこれに関しては何かの用事で冥界へ行く者がいれば、ついでに頼むくらいでないとどうにもできないだろう、ということになった。

その話し合いをする為に高い戦闘力を持っているソールなんかも呼ばれたが、話自体が保留になって、箝口令が敷かれた。


「箝口令を敷いた理由は様々じゃが……第一にならば追いかける、と言い出す者がおらんとも限らんと思ってのことじゃ。主神としての立場もあるし、ヘルだけを最優先にということは出来なかった。あとは……わしの罪悪感じゃろうな。何かの拍子にヘルが戻ってくることがあるのであれば、わしはヘルに裁かれることも厭わない覚悟で、この何万年という年月を生きてきたのじゃから。実際には他の神をも巻き込んだ、という事情もあってやむなく討伐する方向で動いたわけじゃが」

「…………」


まぁ、結局は何かの用事で冥界に行ったロキが、そのゲートの締め忘れなんて言うクソみたいな理由で虎視眈々とチャンスを狙っていたヘルにつけこまれた、ということになる。

今回の騒動だけにフォーカスを当てるのであれば、戦犯はロキなんだけどな。

どっちにしても襲撃をかけてきたヘルも不問になっているわけだからロキもきっと、お咎めなしって結果になるんだろうけど。


「じゃからの……今回に関してはヘルがわしに対して恨みを持つというのはわからないでもないし、事実この何万年もの間に何もしなかったわしは、裁かれて当然なんじゃよ。理由はどうあれ、仲間を見捨てたのじゃからな」

「……オーディン、それに関しては……大輝がいいって言ったら許す」

「え!?俺!?何で!?」


不意に話を振られて戸惑いを隠せない大輝だが、残念ながら私も戸惑っている。

何でそこで大輝に決定権を委ねるんだ?


「ふむ……まぁ今回バルドルやヘイムダルを除いたら、痛手を被ったのは大輝とブーリか。なら……ブーリ、お主はどうじゃ?」

「自分は、特に言うことはない。もう過ぎたことだ。大輝というやつに任せたらどうだ?」

「だそうじゃが。大輝は、どうかの?」

「うーん……別に俺も恨んだりとかってのはないからな……」

「でも、痛い思いしたよね?それについても?」


ヘルが心配そうな顔をするが、それだってもうエイルに治療をしてもらったから特に痛いとかないだろうからな。


「嫌な言い方するかもだけど……私がいなかったら、大輝はそんなに痛い思いしなくて済んだんだよ?」

「そこまでにしとけ、ヘル。そういう言い方する方が俺は怒る。過程はどうあれ、お前は冥界から帰ってこられたんだ。いなかったら、なんて悲しいこと言うな……って、これが答えじゃダメか?」


カッコつけすぎでしょ……。

大体それ、通じない様な頭悪いのが相手だったら二度説明しないといけなかったりするし、余計恥ずかしいと思うけど。

たとえばトールみたいな。


「それって……いなかったら悲しいってこと?」

「あ、ああまぁ、そうだな……」


ほら掘り下げられた……。

何顔赤くしてんの、全く……。


「大輝は、私がいる方が嬉しいってこと?」

「知り合っちまったんだから、もう知らん顔も出来ないだろ。いてくれるなら、そりゃ嬉しいさ」


またそういうわかりにくいことを……。

人間界で当たり前の表現が神界でも通じるなんて思ってると、また重複して説明しなきゃいけなくなると思うけどな。


「嬉しいの?それだけ?」

「それだけって?」

「私は、大輝にとって必要?」

「えっと……」


ヘルもヘルで何で、そんな答えにくい質問してんだよ、この泥棒猫が……。

大輝が優しい子だって知ってて言ってるんだったら、相当性格悪いと思うぞ。


「大輝はすっかりとヘルに懐かれた様じゃの」


呑気なこと言いやがってクソジジイ。

これはどう見ても恋する女の目だろうが……節穴か!

しかも何となくヘルは得意げに見えるし……何なんだ本当……来なきゃよかった。


「何をヘコんでるのか知らないけど、スルーズの目も、相当節穴だよね」

「……何だよ、喧嘩の続きがしたいのか?」

「お、おい二人とも……」

「大輝がずっと気にかけてるのは誰なのかとか、全然見てないんだから」

「おいこら、ヘル……」

「…………」


ヘルの言いたいことは、わかってるつもりだ。

だけど大輝は私たちへの気持ちを基本的には口に出さない。

だからたまに不安になることだってあるし、今がまさにそれだ。


大輝が私の不安に気づいているのかは、私にはわからない。

前はあんなにわかりやすかった大輝のことが、ほとんど何もわからないとさえ言える。

いつからこんなにもわからなくなったんだろう。


きっと大輝が神の力を得てから、余裕みたいなものが心に出来たんだろう。

以前は余裕なくて、焦ることの方が多かったから焦ったりっていうのが丸わかりだったんだけど。

大輝に余裕が出来ちゃうと……何だか無性に寂しく感じる。


正直ヘルが冥界で何万年一人で過ごして寂しかったとか、そんなのどうでもいい。

私は今寂しい。

なのに何でこの男は、私みたいな献身的な彼女を放置するんだ!!


「あでっ!?……お、お前も酒飲んでんの?」


私に脇腹をつねられた大輝が、涙目で私を睨む。

憎しみが籠っている様には見えないが、やはり感情を読み取るのは難しい。


「ちょっと、スルーズに酒渡したの誰?多分トールなんだろうけど」


さすがノルン、よくわかっている。

別にこの程度の酒でどうこうなるほど私は弱くないけど。


「目!目が据わってるぞお前!」

「スルーズはね、お酒弱いんだよ……」

「マジかよ……」


呑まなきゃこんな気分の時にやってなんかいられない。

酒ってのは、辛い現実から逃げる為のものだ。

そう、丁度こういうときに呑むのが一番だ。


「うわ……スルーズめんどくさ……」

「誰がめんどくさいって?続きやんなら……」

「こら、静まらんか……すまぬな大輝……わしらもすっかり忘れておったわ、スルーズが酒に弱いということを」

「あ、いえ……変な気を遣わせたみたいで、こっちこそ……」


本当、肩書持ちにヘコヘコして……人間界の女みたいなことしてる、大輝は。


「もう少ししたら多分、潰れるじゃろうから。我慢してやってくれ」

「まぁ、こういうのあんまり……いや多分初めて見るんで、新鮮ですよ」


確かに大輝にこんな姿も、第四段階みたいな姿も、見せるつもりはなかった。

どう考えてもカッコ悪いから……なのに……。


「あーあ、もう寝ると思うよこれ」

「意外な弱点なんだよなぁ……まぁ、普段呑まないし戦いの時に酒なんか持ってくるやつなんかまずいないけど」

「まぁ、寝てしまったらそれはそれで構わぬわ。ヘルにどんな暮らしをしていたかなども聞きたいしの」


うるさいトール……ノルンにオーディン、覚えてろ……。

睨みつけてやろうと思ったら意識が遠のいて、私は暗闇の底へと沈んで行った。

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