第10話
あの楽しかった初デートから早くも一週間。
私と大輝は私の家で勉強に勤しんでいる。
先週のデートの別れ際で、私は大輝に勉強道具を持って私の家に来る様に伝えて、そして今週の週末デートを迎えたというわけだ。
毎週末デートの予定にはなっているが、今日はちょっと特別な事情もあって大輝を家に呼びつけることになった。
もちろんこれも何度も通ってきた道筋であって、変更は利かない。
だから少し、大輝には大変な思いをさせてしまうものではあるが、それでも長い目で見ても無駄になる類のものでもないと私は思っている。
「大輝はさ、高校どうするとか、もう考えてる?」
「は?高校?」
いつもと同じリアクション。
大輝は当然そんなことを考えてなどいない。
寧ろ考えていたら、それはそれで喜ばしいことかもしれないが、それだと私の知る大輝ではなくなってしまう。
「私ね、大輝と同じ高校に行きたいと思ってるの」
きちんと私は私の意志を伝え、それに沿ってもらえる流れを作る必要がある。
大輝はここで少し考え、想像してくれる。
「ふむ……」
「何?嫌なの?」
はよ答えんかーい!と言わんばかりに大輝に詰め寄るが、これだって何度も見ている光景だ。
こうしないと大輝は黙って一人で色々考えすぎて、パンクしてしまったりするから……。
「そうじゃなくて、高校とか言われてもまだ明確なイメージができないっていうか……だって、俺たちまだ中学入ったばっかりだからさ」
それはまぁそうだろうね。
先のことまで考えて……果ては未来まで見てきて頑張っちゃう、なんてのは私だけでいい。
大輝にそんな苦労かけるくらいだったら、私が何億回でもやり直してみせる。
「まぁ、それは事実だけどね。けど、割とあっという間に中学の三年間って過ぎちゃうんじゃないかな。大輝は今、楽しい?」
楽しくない、なんて思われてたら今すぐ楽しいことにしてやろう、という邪な考えが浮かんできてしまうが、それがないことはわかっている。
「楽しいんだったら、尚更あっという間だよ。パパは経験からそう言ってたし、私もきっとそうなんだろうなって思うから」
これについてはちゃんと、パパにも裏を取ってある。
パパも子どもの頃はそれなりやんちゃだったみたいだし、楽しかったんだろうというのは見ていて何となくわかった。
「ふむ……だとしたら、そうなのかもしれないな」
そしてパパの言っていたことなら大輝はほとんど無条件で信じる。
大輝はパパのこと本当に尊敬してるみたいだし、私としてもパパみたいな大人になってもらいたいと思っているから。
「だからさ、今からだと早いって感じるかもしれないけど、私たち一緒の高校に進学することを目標にしない?勉強苦手なら二人で頑張ったらいいんだし」
だからって大輝にやんちゃしてほしいとは思わない。
まぁ、ハーレム作る時点で人並み外れた範囲でのやんちゃになっちゃうんだけど。
「え、えーと春海は勉強得意なんだっけ?」
「今のところ苦手教科はないかなぁ」
私の、二人で頑張る、って言葉に変なことを連想してたっぽいけど、敢えてそこには触れないであげる。
今触れるとパニック起こすし、その後変に暴走でもされて話が逸れてもめんどくさい。
「一応聞くけど、それって公立だよな?私立だとさすがに金銭的な部分でお手上げだからさ」
「もちろんその辺はわかってるよ。公立の共学ね。まぁ、大輝は可愛いから女子高に入っても問題なさそうに見えるけど……」
もちろんその辺りの事情だってわかってる。
うちの財力で何とか、って言う手も使えないことはないし、パパはきっと躊躇いもなく……それどころか喜んでお金を出すだろう。
だけど、そんなのを大輝が望まないことはわかりきっている。
だから実力勝負で行けるところを模索していたのだ。
「パパは最初私立のお嬢様高校行かせたいって思ってたみたいだけど……今はやりたい様にやってみなさい、って言ってくれてるから」
パパにはちゃんと、私は大輝と同じ高校に行きたいって伝えてあるし、了解ももらっている。
ママもその辺に特に拘りはなかったみたいだし、あとは大輝が頑張ってくれれば問題はないということになる。
「春海の言いたいことはわかった。なら、そうできる様に頑張ってみるのもいいな。高校の目星はつけてあるのか?」
はいきました。
これ聞いたら大輝は多分ちょっと泣きたくなるんだろうけど、それでも私はこれを伝えておく必要がある。
そして、その目標に向かって頑張ってもらわなければならない。
私はふふ、と笑ってカバンからパンフレットと参考書を取り出す。
パンフレットにあるのは、都内の公立上位四校の名前とその必要学力の目安。
そして参考書は、これなら多分大輝でも出来るだろうという内容のものではあるが、もちろん私がついて教える。
必ずしもトップを狙う必要はないけど、大は小を兼ねるって言うこともあるし、狙うのはトップ。
だけど四校から好きなとこ選ぼう、と伝え、勉強することのメリットなんかも簡単に教えてあげると、大輝はまだ現実味がないという顔をしていたが、それでも頑張ろうと決めてくれた様だった。
「ねぇ大輝」
「んー?」
とは言っても私が勉強をする意味もないし、ここらで大輝にちょっかいをかけるのは慣例儀式みたいなものなので、私も喜んで大輝にちょっかいをかける。
シャーペンの先っちょで腕をつんつんとすると、痛がりながらも嫌がらない大輝。
マゾの素質でもあるのかな。
「私のことが大好きな大輝は、受験までの間何処までならしてもいいって考えてるの?」
告白の時にも好きだとか言われてはいなかったけど、さすがに大輝が私をどう思って見ているのか、なんていうのは見ていればわかる。
表現は古いかもしれないが、大輝は私にくびったけなのだ。
「えっと、お前は一体何を言ってるの?」
「だって、最近そういうのなかったし」
「元々控えめでしょうが、俺たち……」
先週も何もしないで別れたし、せっかく密室に二人きりなのだから少しくらいイチャつきたいという気持ちにもなる。
確かに大輝の言う通り、この時点ではそんなにイチャイチャと恋人らしいことはしてないんだけど。
「ねぇねぇ。キスって、やり方によってはエロいと思わない?」
「ぶっ!!」
まぁ、男の子なんだし考えるのは仕方ないと思う。
というか女の子だってそういうの考えますし。
寧ろ少年誌とかより少女漫画の方が恋愛描写多いし、そういうことに関しても女子の方が想像力豊かな場合が多いんだよね。
「舌、入れるのは?それくらいなら、いいよね?」
「だ、ダメです……」
ここで、いいです、なんて言われたら私の理性が崩れてとんでもない方向に行ってしまいそうだから、私は涙を呑んで耐える。
耐え忍んでおかなければ現状で支障しかなくなってしまうからだ。
「あ、あのな?俺は春海と同じ高校に行きたいんだ」
そんな私の心境は多分大輝に伝わってないはずなんだけど、頼まなくても大輝が色々と言い訳をしてくれるから、私の頭の中は至ってクリアな状態を保てるというわけだ。
「大丈夫!私が教えるんだから、絶対受かる」
「何処から湧いてくるの、その自信……俺はお前ほど俺を信用できないよ。それに、俺は……お前をもっと大事にしたいって思うし……」
そう言ってくれる大輝の心境としては、これが本音なんだと思う。
というかここで今二人きりだからとがっつかれても……いや、寧ろ歓迎してしまうな。
だけどここは一つ、大輝の女子への幻想というものを打ち砕いておく必要があるだろう。
ハーレムに参加する女子が全員綺麗でいい匂いで、なんて思ってるんだったら、そんな幻想はぶち殺さなくてはならない。
「前から思ってたけど、大輝って女の子に理想抱きすぎじゃない?」
「そ、そうか……?」
「女の子って、大輝が考えてるよりもずっと、エッチなんだよ?……そんなもの抱くんだったらぁ……」
大輝がごくりと唾を飲む音が聞こえる。
もう色々考え始めているんだろう。
ククク……だがそうはイカの何とか煮っころがしだ。
「は、春海……?」
大輝の息が少し荒い。
直視しているともらい興奮してしまいそうだ。
何だよもらい興奮って、語呂悪いな。
「私を抱いた方が、楽になれるんじゃない?」
べっと舌を出して、へらっと笑ってみせる。
からかっただけだから勉強頑張ってちょ、という意志表示だ。
これによって大輝は冷静さを取り戻すはず。
「はいストップ!余計なこと言ってくれたおかげで冷静になれたよありがとう!!」
私が冷静に迫っていたらきっと、大輝はここで落ちてしまっていたのだろう。
そうなると、とてもじゃないが受験勉強どころじゃなくなる。
それはそれで大変魅力的なことなんだけど、今回はそれが目的じゃないし。
大輝がぐいっと私を押しのけて、勉強に意識を向けようとしている。
そうだ、これでいい。
私の計画はちゃんと、少しずつだが前進しているのだ。




