第7話:告げられない思いとドキドキバスタイム(大地サイド)
※今回は大地の視点で物語が始まります
「あのさ……」
「なっ、何よ……」
「……何でもない」
俺が紅葉の部屋に戻るとそこには既に紅葉が待ち構えていた。そして、気まずい雰囲気のまま、弾まない会話を繰り返していた。
紅葉のやつ、まだ昼間のことを怒っているのかな?
俺はぎこちない態度の紅葉に頭を悩ませていた。
早く直憲から告白されたことを彼女に伝えなければならなかったのだが……
簡単には言い出すことができなかった。
もし、彼女に笑顔で『本当にっ!』などと喜ばれれば、俺は立ち直れない。そんなことになれば、一度に親友と想い人の両方を失う破目になるだろう。
それ故に言い出すタイミングを待っているのだが……
紅葉との会話が一向に弾まないため、なかなか切り出すことができなかった。
「なぁ?まだ昼間のことを怒っているのか?」
「別に……そんなんじゃないわ」
紅葉は口を『へ』の字に曲げると険しい表情を浮かべていた。
それなら何でそんなに不機嫌そうなんだ?
俺はそう質問したかったが、地雷を踏みそうだったので聞くに聞けなかった。
何とか会話を弾ませなければ……
俺は紅葉との会話が膨らむ話題がないかを懸命に考えた。だが、いくら考えても彼女が飛びつきそうな話題が思い付かなかった。
紅葉は活発で明るい性格なのだが、趣味というべきものを持っていない。俺が楽しそうに話すことなら何だって興味を示してくれたし、笑って話を聞いてくれていた。
だけど……その反対はなかった。彼女が自分の趣味について話すことはほとんどなかったのだ。
俺は今さらながら彼女のことを何も知らなかったことを思い知らされた。
こんなにも近くにいたというのに……
俺は自らの愚かさを感じて唇を噛み締めた。
だけど……今はそんなことを悩んでいる場合じゃないっ!
俺はモヤモヤとする気持ちを振り切ると紅葉に話しかけようとした。
「あのね……」
俺が話しかけようとした瞬間、紅葉の方から口を開いてきた。
「な、なんだ?」
「ちょっと大地に聞きたいことがあるんだけど……」
「改まってどうしたんだ?」
俺はらしくない紅葉の様子に首を傾げた。
「あのさ……仮の話なんだけど?」
「仮の?」
「そう……仮の話なんだけど……」
紅葉は怪訝そうな表情のまま話を続けた。
「もしも、あんたのことを好きだという女の子が現われたら……どうする?」
「俺を好きな女の子?」
それって……もしかして……紅葉のことなのか?
俺は紅葉の唐突な質問に鼓動を逸らせた。
待てっ!待てっ!
俺は焦る気持ちを必死で抑え込んだ。なぜならば、紅葉はそんな遠まわしな言い方はしてこないからだ。もし、仮に告白相手が彼女自身のことだったならば……。
『もしも、あたしが好きって言ったらどうする?』
こんな風に質問をしてくるはずだ。では、どうして彼女はこんな回りくどい質問をしてくるのか?
それは……俺のことを試しているのかもしれない。
とにかく今は落ち着かなければ……
俺は深呼吸をすると紅葉への返答に対して慎重に答えることにした。
「どうしたの?黙り込んだりして?」
「……すまない。いきなりの質問だったから困惑してるんだ」
「そう……」
紅葉は複雑そうな表情を浮かべながら再び口を閉じた。
「そういう……そういうお前はどうなんだ?」
俺はこの際なので紅葉にも質問を返してみることにした。
「どうって?」
「お前のことが好きな男が現われたらってことだよ」
「あたしに?」
紅葉はキョトンと目を丸くさせると自らを指差した。
「そうだ」
「う~ん……」
紅葉は眉間にしわを寄せると悩ましげな表情を浮かべた。どうやら簡単には答えを出せそうになかった。
「それなら……例えばだけど……直憲に告白されたらどうする?」
俺は紅葉が悩んでいるのを良いことに直憲のことを引き合いに出してみることにした。
「直憲に?」
紅葉は眉間にしわを寄せると困惑した表情を浮かべた。
「そうだ。例えばの話だけどな……」
俺は例え話であることを強調した。
「そうね……」
紅葉は再び口を閉じると怪訝そうな表情を浮かべた。
頼むっ!どうか「付き合う」と言わないでくれっ!
俺は心の中で紅葉が断ってくれることを神に祈った。もしも『付き合いたい』と言われたら……俺は立ち直れないだろう。
「……わからないかな?」
「はあ?」
俺は紅葉の予想外の回答に口を半開きにさせた。
「だって……想像ができないんだもの。直憲があたしに告白してくるなんて……」
紅葉の回答は尤もだった。俺だってまさか直憲が紅葉のことを好きだったなんて思ってもみなかったからだ。
「そうか……」
俺は紅葉の答えが『Yes』でなかったことに胸を撫で下ろした。
「そういうあんたはどうなのよ?」
紅葉は再び質問をしてきた。
「せめて具体的な例を出してくれないか?」
「具体的な?」
「そうだ」
俺は自分と同様に具体的な人名を出すように求めた。
これで少なくとも紅葉が想定している相手が彼女自身か、そうでないかを判断することができる。もし仮にこれが彼女自身のことであれば、俺は2つ返事で『告白する』と答えるだろう。
「そうね……」
紅葉は視線を空に向けると何やら思考を張り巡らせていた。
「それじゃ……学園一のアイドルの『三嶋美嶺』先輩からならどう?」
「美嶺先輩からっ!」
俺はありえないシュチエーションに驚きの声を漏らした。美嶺先輩といえば、学園一のアイドルである。そんな人物から告白されるなんてとてもありえることではなかった。
「あくまで仮の話だからねっ!」
紅葉は俺の反応を見て仮の話であることを強調してきた。
「そうだな……」
そんな夢みたいな状況があれば当然『付き合う』と言いたい。
なんせ相手は学園一の高嶺の花である。そんな彼女から告白されれば、断る人間なんてまずいないだろう。
だが、俺が好きなのは……紅葉だ。だから、この質問に対しての答えは『No』である。
だけど、心のどこかでそんな未来があればと想像してしまうとすぐにはその言葉を口から出せなかった。
「……どうなの?」
紅葉は瞳を潤ませながら心配そうに見つめていた。
その姿はとても気持ち悪かった。そう思うのは見つめているのが俺自身の顔だからだ。
生まれてこのかた、そんな女々しい顔など一度たりともしたことはなかった。
「……わからない」
「わからない?」
「だって、そうだろう。俺みたいな奴が学園一のアイドルから告白されるなんて想像もつかないし……」
俺は紅葉と同様にわざとはぐらかすことにした。そうしておけば、俺の中で葛藤している気持ちを誤魔化せる気がした。それに俺の方だけ素直な気持ちを打ち明けるのはなんか納得ができなかった。
「それもそうね。大地だし……」
紅葉は納得したように頷くと苦笑いを浮かべた。
少しは否定してくれてもいいのに……
俺は紅葉のあっさりとした態度に少し傷ついた。
「……」×2
俺達は重苦しい雰囲気に包まれた。お互いに何かを言いたいことがあるけど言いだせない、そんな感じだった。
「そういえば……」
俺は沈黙に耐えかねて先に口を開いた。
「何?」
「風呂はどうすればいいんだ?」
「風呂!?」
紅葉は顔を真っ赤にさせると語気を荒げた。
「このまま俺が風呂に入って、この身体を洗えばいいか?」
正直、紅葉の裸の姿を見られるのは嬉しいことだが、後で彼女にばれて軽蔑されたくなかったので前以て質問してみた。
「それは絶対に……駄目っ!!!」
紅葉の反応は当然のものだった。
彼女は服を着替えるのさえ許さなかったのだ。風呂に入るなんて言い出せば、絶対にそういう反応を示すだろうと思っていた。
「じゃ、どうすればいい?」
「そうね……」
紅葉は難しい表情を浮かべるとそのまま固まってしまった。どうやら妙案が思いつかないようだった。
「いっそのこと、風呂に入らないというのはどうだ?」
「それも絶対に駄目っ!」
紅葉は目付きを尖らせると凄い剣幕で捲くし立てた。年頃の少女にとって風呂に入らないなどあってはならないことのようだった。
「それじゃ、どうするんだよ?」
「う~ん……」
紅葉は眉間にしわを寄せたままこの状況を打開できる最善の方法を考えていた。
「それなら……こうしましょう」
紅葉はタンスの中から水着を取り出すと俺に見せた。
「それは?」
俺は紅葉がしようとしていることを理解できなかった。
「お互いに水着を身に着けてお風呂に入るの」
「お前と一緒にかっ!」
俺はあまりにありえない状況に声を荒げた。
「あたしと一緒じゃ不服?」
そんなことはないっ!むしろ、大歓迎だっ!
俺は心の中で歓喜の雄叫びを上げた。口に出すと紅葉に軽蔑されてしまいそうだったので心の中だけに留めていた。
「どうかしたの?」
「べっ、別に何でもないっ!」
俺は慌てて返事をした。
「それじゃ……大地の水着を取ってきて」
紅葉は窓を開くと俺の部屋にある水着を取ってくるように命令してきた。
「わかった」
俺は紅葉に言われるまま水着を取ってきた。
「それじゃ、目を閉じて……」
紅葉は朝と同じ要領で俺に紅葉の水着を着せた。ちなみに紅葉の方は俺に目隠しをしている間に自分で着替えてしまっていた。
正直、俺も彼女に自分の裸を見られるのは非常に恥ずかしいのだが、それを言い出してしまったら色々と面倒そうなので敢えて黙っていることにした。
「これで準備OKね」
「風呂の準備は?」
「あっ……」
紅葉は浴槽にお湯を張ることをすっかりと忘れていた。
俺達は15分間の間、水着を着たまま紅葉の部屋で過ごした。お互いに見慣れた身体であったため、目のやり場には困らなかった。
「……そろそろ良さそうね」
紅葉はお湯の張り具合を確認すると俺を風呂場へと導いた。
「本当に一緒に入るのか?」
俺は動揺のあまり声を震わせていた。
「しょうがないでしょ。それしか方法がないんだから……」
俺達は風呂場の中に入ると湯船に浸かる方と身体を洗う方に別れた。
うわあああ。緊張するな……
俺の心臓は先程から高鳴りっぱなしだった。年頃の男女がお風呂場で一緒に過ごしているというこの状況だけで充分に興奮しそうなシチュエーションなのだ。無理もなかった。
俺が見ているのが自分の身体でなければ……もっと興奮していただろう。
「それじゃ、まずはあたしが頭を洗うわね」
紅葉はシャワーを出すと頭からお湯を被って髪を湿らせた。そして、手早くシャンプーを両手に塗りつけるとワシャワシャと俺の頭を洗い始めた。
「もっと丁寧に洗ってくれよな」
「別にいいでしょ?そんなに髪なんて気を遣ってないくせに……」
紅葉は文句を言う俺に不満そうな表情を浮かべた。
ふんわりと軟らかなシャンプーの匂いが立ち込めてきた。それは何時も俺が嗅いでいる彼女の匂いだった。
「はいっ、交代」
紅葉は頭のシャンプーを洗い流すと浴槽の方へとやって来た。
「お、おうっ」
俺は興奮する気持ちを抑えながら紅葉と入れ替わって洗面場の方へと移動した。
ここで何時も紅葉が身体を洗っているんだな……
俺は立ち込めるシャンプーの残り香を吸い込みながらお尻に感じる人肌の温かさに意識を集中させた。
そこは何を隠そう今まで紅葉が座っていたのだ。布越しではあるが、彼女が今までここで身体を洗っていたと想像すると否が応でも興奮が込み上げてしまっていた。
例え、その温もりが俺の身体のものだったとしても……
「顔が赤いわよ?」
「そ、そうか?」
俺は慌ててシャンプーを手に塗りたくると紅葉の頭に軽く触れた。
「ちょっと……ちゃんと頭を湿らせてからシャンプーを付けてよ」
紅葉は乾いた髪のままシャンプーを付けようとした俺に文句を言うと湯船からお湯を掬って頭から被せた。
ざばっ ――――――――――――――
「熱っ!」
俺は唐突にお湯を掛けられて思わず声を漏らした。
「大袈裟ね。そんなに大した温度じゃないでしょ?」
「いちいち五月蝿いな……。シャンプーをつけて洗えば問題ないだろ?」
俺は怪訝そうな表情を浮かべながら紅葉のことを睨んだ。
「だ・か・ら、それだと……髪が痛じゃうんだって!髪は女の命なのよっ!」
紅葉は負けじと凄い剣幕で捲くし立ててきた。
「……わかった、わかった。気を付ければいいんだろ?」
俺の姿でそんなことを言われてもちっとも心に響かなかったが、紅葉に嫌われたくなかったので渋々言うことを聞くことにした。女の身体とは何とも面倒なものだった。
「これで良いか?」
「次はリンス」
紅葉はシャンプーが終わるとリンスを差し出してきた。
「まだ洗うのか?」
「だ・か・ら、女の髪は……」
「わかったっ!ちゃんと洗いますっ!」
俺は何度も同じ台詞を繰り返す紅葉にうんざりとしていた。そして、リンスを手に付けると紅葉に文句を言われないように丁寧に彼女の髪を梳いた。
「それじゃ、そろそろ……」
俺が紅葉の頭を洗い終えると彼女は湯船から這い出してきた。そして、俺の後ろへと回り込んだ。
「どうする気だ?」
「どうするも何も……こうするだけよ」
ぽむっ ――――――――――――
「ひゃっ!」
俺はいきなり妖しげな感触に襲われて悲鳴を上げた。
「なっ、何をっ!」
「すぐに終わるわよ」
紅葉は戸惑う俺を無視してスポンジで身体を洗い続けた。
「次は……」
紅葉は背中を洗い終えると今度は手を前に回してきた。
「ここは……自分で洗えるからっ!」
俺は反射的に紅葉の手を拒んだ。
「駄目っ!大地に触られたくないから一緒に入っているんでしょっ!」
紅葉は再び手を前へと回してくると彼女の身体の前面を洗い始めた。
「うっ……ううっ……」
俺は紅葉が敏感な部分に触れてくる度に艶かしい声を漏らした。
「へっ、変な声を上げないでよっ!」
「しっ、仕方がないだろっ!お前に胸や股間を触れられると変な感覚が込み上げてくるんだよっ!」
こればかりはどうしようもなかった。いわゆる生理的なものなのだ。
「ちょっ!あたしの口で胸とか、股間とか下品なことを言わないでよっ!汚らわしい!」
紅葉は俺の苦労を無視して罵倒を浴びせてきた。
「くっ……」
この屈辱は必ずっ!
俺は復讐心を滾らせると紅葉に仕返しすることを考えながら込み上げてくる変な気持ちを必死で抑えた。
「……はいっ!これでおしまい!」
紅葉は彼女の身体を洗い終えると満足そうな笑みを浮かべた。ようやく俺は苦しみから解放されたのだ。
「それじゃ、今度は俺の番だな」
俺は紅葉の方に振り返るとニギニギと厭らしい手付きで構えた。今度は俺が紅葉を洗う番だった。
「いやっ、自分で洗うから……」
「だーめっ!自分で洗えないだろ?それ……」
俺は股間に生えているキノコを指差した。
「うっ……」
紅葉は声をくぐもらせると見る見るうちに顔を真っ赤にさせた。
「ほらっ!早く後ろを向けよ」
俺は半ば無理やり前を向かせると俺の身体を洗い始めた。
随分と逞しい背中をしているんだな……
俺は自分の背中を洗いながら改めて自分の身体が立派であることを認識した。
とっ……見蕩れている場合じゃなかった!
俺は本来の目的を思い出すと急いで自分の背中を洗い流した。そして、紅葉と同じように脇から手を伸ばすと身体の前面を洗い始めた。
復讐するは我にありっ!みてろよっ!
俺は仕返しとばかりに自分の敏感に感じる箇所を徹底的に責め上げた。自分の身体のことなのでどこが感じやすいかはよ~く熟知していた。
「ちょっ……やめ……て……」
紅葉は声を震わせると何かを必死で堪えているようだった。
効いてる!効いてる!
俺は悶絶する紅葉を見て何とも表現しがたい感情が込み上げて興奮していた。
「いいっ、いい加減に……しろおおおおお」
怒りが沸点に達した紅葉は俺の方に振り返ると俺に覆い被さってきた。
俺は突然の出来事に言葉を失っていた。目の前に迫る俺の身体……自分が女の身体であることをすっかりと忘れていた。上乗りされると紅葉の身体の力ではどうにも動かすことができなかった。
この状況って……何かやばくない!?
傍から見れば俺が紅葉を襲っているようにしか見えなかった。
そんな妄想が込み上げてくると急激に心臓の音が高くなっていく……
俺の身体から滴り落ちてくるお湯の粒がとても熱く感じられた。
やっ、やばい……意識が朦朧と……
俺は一向に動こうとしない紅葉に危機意識を懐き始めた。
もしも、このまま彼女に襲われれば俺は成すすべなく貪られてしまうだろう。
これが反対の立場なら俺は……
「ちょっと!どうかしたの?」
俺達が水着越しに抱き合っていると紅葉の母親が声を掛けてきた。先程の紅葉の叫び声に反応して様子を見に来たようだった。こんな状況を見られてしまえば何の言い訳のしようもない。
紅葉はビクッと身体を震わせると慌てて浴槽の中へと浸かった。そして、ジェスチャーで俺に上手く誤魔化すように伝えてきた。
「なっ、何でもないわ。ちょっとお風呂場で……足を、足を滑らせただけだからっ!」
俺は慌てて紅葉の母親に弁明した。
「随分と野太い声がしてたけど?」
「きっ、気のせいじゃない?風呂場にいるのはあたしだけだよ」
俺はお風呂場の張りガラス越しに手を振った。
「そう?……あんまり長湯していると風邪を引くわよ。適当に出てきなさい」
「は~い」
俺は紅葉の母親が風呂場から離れるのを確認すると紅葉に合図した。
ふぅ……助かった
俺は安堵の溜息を漏らすと火照ってしまった身体を冷やすためにシャワーを低温にして浴びせた。
何とも熱いバスタイムだった……。
※次回は紅葉の視点から物語が進みます