第6話:親友からの告白のその裏で(紅葉サイド)
※今回は紅葉の視点で物語が始まります
「いいっ!とにかく乱暴な言葉遣い禁止、あとだらしない恰好も禁止」
あたしは学校に向かいながら大地に女性としての禁止事項について注意した。
「そういうお前だって……女言葉は止めろよな。そんな喋り方していたら俺がホモ扱いされるからな」
「わかっているわよ。できる限り、口を開かないようにするわ」
あたしは細かなことを言い返してくる大地に苛立ちを覚えていた。
「あと内股も禁止なっ!」
大地は付け加えるようにとんでもないことを言ってきた。
「なっ……」
あたしは思わぬ大地の発言に言葉を詰まらせた。
だって……しょうがないじゃない……
あたしは頬を赤らめながら下唇を噛み締めた。女のあたしには存在しなかったものが急に股の下に現われたのだ。気にならない訳がなかった。
脚を動かす度にムニムニと変な感触が太腿に伝わってきてとても恥ずかしい気分になってしまう。
そんなところばかり、目聡いんだから……
あたしは大地のどうしようもない観察力に頭痛を覚えた。
……んっ?
あたしが頭を抱えていると大地はあたしの顔をマジマジと眺めていた。
「何をじろじろと見ているのよ。別に珍しいものじゃないでしょ?」
「ああ……ちょっとハンサムな顔が見えたもんでね」
「何を馬鹿なことを言ってんだか……」
あたしは冗談を言う大地に呆れた表情を浮かべた。
「お前も見蕩れていいんだぜっ。ここにこんなに可愛い顔があるだろ?」
「馬鹿っ!」
本当にどうしようもない馬鹿男だっ!
あたしはしょうもないことを口にする大地に心底呆れていた。
だけど……そういうつまらない冗談を言う彼のことが堪らなく好きだった。大地のことを考えていると胸の鼓動がトクトクと早くなって、とても愛おしくなってしまうのだ。
「おはようございます」
「おはよう」
あたし達が校門までやって来ると生活指導の先生が声を掛けてきた。
「おはようございます」
「おはよう……ございます」
あたしは乱暴な挨拶をしようとする大地の脇腹を軽く小突いた。
「ちゃんとやってよね?」
「わかっているよ」
大地は表情を険しくさせるとそっぽを向いた。
本当にわかっているのかな?
あたしは人の言うことに耳を貸さない大地の様子に疑いの眼差しを向けた。
ドサッ ――――――――
「どうかしたの?」
あたしは背後から聞こえてきた物音に振り返った。
「……べっ、別に何でもないよ」
大地は作り笑いを浮かべると鞄をあたしから遠ざけた。その様子は明らかにおかしかった。
何か隠し事をしている?
大地は何か隠し事をしたい時には決まってこのような作り笑いを浮かべる。今はあたしの顔なのでそれはなおのこと簡単に見て取れた。
一体何を隠しているんだろか?
あたしが大地のことを考えていると彼は何時の間にやら表情を変えていた。
「何を不機嫌そうな表情を浮かべているのよ」
「なっ、何でもない……」
やはり、彼の態度はどことなくおかしかった。
これは絶対何かあるわね?
あたしは挙動不審な大地の様子を確認しながら確信していた。
「それじゃ……授業が終わったら速攻で家に帰るわよ」
「……すまない。ちょっと野暮用があって……先に帰ってくれないか?」
「はあ?何を言っているの?」
あたしはおかしなことを言い出す大地に眉をひそませた。
「今の状況以上に大切な用事があるわけ?」
「それはわかっているけど……」
大地は不服そうな表情を浮かべるとあたしの提案を受け入れることを渋っていた。
一体何を隠しているというの?こうなったら是が非でも……
「ようっ、ご両人。相変わらず、熱いねえ」
あたしが大地を問い詰めようとした瞬間、直憲が会話に割って入ってきた。
「それじゃ、そういうことでよろしくね」
大地はここぞとばかりに会話を切り上げるとそのままあたしから離れていった。
「ちょっ……」
あたしは大地に質問の続きをしたかったが、直憲があたしの行方を遮っていたため、話しかけられなかった。
もうっ!一体なんなのよ!
あたしは邪魔をしてくる直憲に腹を立てたが、彼は大地の親友であるため、彼があたしに話しかけてくることは至極当然なことで無碍な扱いをするわけにはいかなかった。
こうなったら……昼休憩に何が何でも聞き出してやるんだからっ!
あたしは心の中でそう決心した。
授業の間中、あたしは黒板に意識を向けながら大地のことを盗み見した。
彼は黒板の方を全く見ないまま、ひたすら視線を机の上に集中させていた。
ちゃんとノートを取ってないな。全く……そのノートを誰が使うと思っていのよ!
あたしは愚痴を溢しながら大地の真っ白なノートに黒板の内容をしっかりと書き写した。
「何をぼーっとしているのよ?」
あたしは昼休憩になるとすぐさま大地に話しかけた。
「あれ?もう昼休憩なのか?」
「ちょっと……しっかりしてよ。ちゃんと授業のノート取っているんでしょうね?」
「あっ……」
大地は間抜けな表情を浮かべると頭の後ろを軽く掻いた。案の定、彼は何もノートに写していないようだった。
「全く……そんなことだと思ってちゃんと取っておいたわよ。少しはしっかりしてよね」
「すまない……」
大地は申し訳なさそうに謝ると視線を下に向けた。
「おいおい、何を揉めているんだい?食事くらい楽しく食べよう」
あたし達が話をしていると直憲が会話に混ざってきた。
あたし達は何時もこの3人で食事を取っている。
「それで……今日の放課後のことなんだ……が」
あたしは直憲がいるのを思い出して慌てて女口調を止めた。
「えっと……ごめんね。用事があるからどうしても無理なの」
大地も直憲のことを意識して急に女言葉で話すようになった。中身が大地であることを知っているあたしとしては何とも気持ち悪かった。
「その用事って……何なんだ?」
あたしは大地の隠し事について知りたかったため、彼への追求を続けた。
「それは……」
大地は気まずそうに口を紡いだ。
じれったいわね。さっさと口を割りなさいよっ!
あたしはじれったい大地に苛立ちを覚えていた。
「何々、何の話だい?」
またしても直憲によって会話は遮られた。
「いや、今日の放課後、久々にこいつと一緒に帰ろうって誘ったんだけど……」
「へ~え、それで紅葉ちゃんは何か用事があって帰れないと?」
「そうなの……どうしてもやらなきゃいけないことがあるから」
大地は直憲を頼るように寄りかかると女子っぽい仕草をしてみせた。その仕草が妙に腹ただしかった。
あたしはそんな風に男に媚びたりなんてしないっ!
「だから、その用事って何なんだよ」
あたしは腹立ち紛れについ口調を強めてしまった。
「おいおい、女の子の秘密を暴こうなんてそいつは野暮ってもんじゃないか?」
あたしが大地に苛立っていると直憲は彼のことを庇うようにあたし達の間に立ちはだかってきた。
直憲はとても良い奴だ。だけど……あたしは彼のことが少しだけ苦手だった。それは彼が完璧すぎるからだ。
スポーツ万能で勉強ができて顔立ちが良く、クラスの女子達からすれば、これほどの好物件はなかなか存在しない。そのため、直憲に魅了された女子達から嫉妬されてあたしは度々嫌がらせを受けていた。当然、そのことは直憲には言わなかった。
なぜならば……あたしは泣き寝入りするような性格ではなかったからだ。なので、嫌がらせをしてきた女子達にはもれなく報復措置を取ってきた。
『目には目を、歯には歯を』
あたしはそういう主義なのだ。
その結果、あたしはクラスの女子の3分の2から敬遠されるようになった。
直憲が悪いわけじゃないけれど、モテ過ぎる彼氏も考えものなのだ。あたしには大地くらいの方が似合っているのだろう。
「そ、そうよっ。女の秘密なんだから下手な詮索は止めてよね」
大地は直憲の擁護を受けてあたしの追求を振り切ろうとした。
これ以上は聞き出すのは無理かな……
あたしは大地が直憲にすがりつく姿を見て諦めることにした。普段の彼ならば、多分、そこまで卑屈な態度にはならないからだ。そうまでしてもあたしから隠したい何かがあるのだろう。
「……わかった。これ以上は聞かない」
あたしは素直に大地への追及を諦めた。
「良かったな、紅葉ちゃん」
「ええ、ありがとう」
大地は安心したように笑みを溢すと直憲にお礼の言葉を述べた。何とも面白くなかった。
あとで覚えてなさいよっ!
あたしは作り笑いを浮かべながら大地のことを睨んだ。そして、モヤモヤとした気持ちのまま午後の授業を受けた。
これからどうしようかな……
あたしは鬱陶しい気分を晴らすため、少し校内を散歩することにした。
放課後の校庭はどこもかしこも部活動の声で賑わっていた。
あたしはそんな騒がしい空間の中を知らず知らずの内に大地が行きそうな場所を巡って歩き回っていた。正直、彼の態度が気になって仕方がなかった。
何やってるんだろ……あたし……
「瀧澤先輩っ!」
あたしが黄昏た気分で校舎裏を歩いていると突然とある少女から呼び止められた。
んっ?あの子は……
あたしが声のした方に振り返るとそこには『白羽菜緒』が立っていた。
彼女は1年生の後輩でこの学園では3本の指に入るほどの美少女だった。情報源の少ないあたしでも知っているほどの有名人である。
そんな美少女があたしに一体何の用があるというのだろうか?
正確に言うと今のあたしは大地の姿をしているのだから彼に何か用があるということなのだが……。
「俺に何か用か?」
あたしは大地の声色を真似ながら菜緒の用件について訊ねた。
「えっと……その……」
菜緒はモジモジと恥ずかしそうに肩を震わせると林檎のように顔を赤らめた。
まさか……
あたしは思春期の少女に見られる特有の雰囲気にとても嫌な予感がした。
そんなわけないよね……
あたしは一気に鼓動を高鳴らせると菜緒の言葉を静かに待った。
「瀧澤先輩のことが……すっ、好きですっ!」
その言葉を聞いて背中に雷を打たれたような衝撃が走り抜けていった。
まさか大地みたいに冴えない男が……こんな美少女から告白されるなんて思ってもみなかった。まさに青天の霹靂だった。
「わっ、私と付き合ってくださいっ!」
菜緒は動揺するあたしに構わず告白を続けてきた。
「……」
何て返事すればいいんだろうか……
あたしは菜緒への返答が思い浮かばずにただただ放心していた。
「あの……大丈夫ですか?」
菜緒は心配そうな顔であたしのことを見つめていた。
「ごっ、ごめん。いきなりのことで驚いていた……」
「そ、そうですか?」
菜緒は困惑した表情を浮かべると静かにあたしの返事を待っていた。
ど……どうしよう……
あたしからしてみれば彼女は邪魔者でしかない。つまりは「付き合えない」と言えば、それで邪魔者はいなくなる。
だけど……大地からしてみれば、こんな幸運なことはないだろう。多分、一生に一度起きるか、起きないかというくらいの奇跡だ。
そんな数少ない彼の幸運をあたしの独断で本当に潰してしまっていいのだろうか?
あたしにはその判断がつかなかった。
この告白で大地が菜緒のことを好きになったとしたならば、あたしに彼を止める権利はない。
とにかく……まずは理由を確認しないと……
あたしは頭の中で状況を整理すると菜緒に大地を好きになった理由を訊ねることにした。
「あのさ……どうして、俺のことなんか、好きになったんだ?できれば、その理由を聞かせてくれないか?」
「理由ですか?」
菜緒は驚いたように目を見開くと大地であるあたしの顔を見つめてきた。もし彼女の話に納得できたならば、あたしは菜緒の思いを受け止めようかと考えていた。
あたしを納得させることができる理由があるならば……
「それは……」
菜緒は再びモジモジと恥ずかしそうに両肩を震わせると言葉を詰まらせていた。
人に言いたくないような話なのかな?
あたしは菜緒が戸惑っている姿を見て少し安心していた。彼女が一目惚れや一時期の気の迷いから生じたものであるならば、気兼ねなく彼女の告白を何とか断ることができると考えたからだ。
「……覚えていませんか?」
「えっ?」
あたしは菜緒の急な質問の切り返しに戸惑いを見せた。
あたしは大地ではないため、いきなり「覚えているか」と問われても答えることなど当然できなかった。
「何のことだ?」
あたしは眉をひそませると菜緒の言わんとしていることを聞き返した。
「私が他の高校の男子に絡まれていた時のことです……」
菜緒は悲しそうに瞳を潤ませると表情を曇らせた。
「ああ……あのことか。別に大したことじゃなかったから覚えてなかったぜ」
あたしは彼女の言葉から起きたであろう事象について想像を膨らませて何とか彼女に話を合わせた。
「そうですっ。その時に瀧澤先輩に助けてもらったんです」
菜緒は表情を明るくさせると目を輝かせた。その瞳はとても眩しかった。
まさか大地がそんな紳士的なことをやっているなんて……
まぁ、普通に考えれば彼の性格ならば充分にやりそうだった。
そういえば、少し前に怪我して帰ってきたことがあったわね……
あたしは大地が怪我をして帰ってきた時のことを思い出した。そう彼は基本的には優しいやつなのだ。困っている人がいれば絶対に見捨てられない。
それが『瀧澤大地』という男なのだっ!
あたしはそのことを誰よりも一番理解していた。
「そんなことで俺のことを好きになったのか?」
あたしが菜緒に訊ねると彼女は恥ずかしそうに頷いた。
参ったな……
菜緒の瞳は完全に恋に落ちた者の目だった。あたしには彼女の気持ちが痛いほど伝わってきた。
あたしが菜緒の立場ならば、やはり大地のことを好きになっているからだ。
あたしはそんな彼の良い所をたくさん知っていた。
とりあえず、まずは大地に相談しよう。もし、それで大地が菜緒のことを選んだならば……
その時は素直に身を引こうと考えていた。
「ええっと……」
あたしは菜緒の名前を聞いてなかったことを思い出した。
「名前を教えてもらってもいいか?」
「あっ、はいっ。私の名前は……白羽菜緒と言います」
「へ~、白羽菜緒って言うんだ。 ……それじゃ、菜緒ちゃんで良いかな?」
あたしは大地が言いそうな呼び方で彼女の名前を呼んだ。
「はいっ!」
菜緒は眩しい笑顔を浮かべると元気よく返事を返してきた。気分はすっかりと大地の彼女になっているようだった。
「とりあえず、菜緒ちゃんへの返事なんだけど……」
あたしが菜緒への返事をしようとすると彼女は期待した眼差しで目を輝かせてきた。その瞳は完全に希望に満ち溢れていた。
「少し待ってくれないか?」
あたしは大地に確認するための時間が欲しかったため、菜緒に返事を待つようにお願いした。
「それって……」
菜緒は表情を曇らせると悲しそうに瞳を潤ませた。
「ちっ、違うんだっ!ちょっといきなりのことで俺も気持ちの整理がつかないというか……別に断るとかそんなんじゃないんだ」
あたしはあたふたと慌てながら菜緒に弁明した。
「……本当ですか?」
「ああ、気持ちの整理がついたら必ず返事するから」
「……わかりました」
菜緒は目尻に溜まった涙を払いのけるとやんわりとはにかんだ。
これは……断る時は大変そうだな……
あたしは眉をひそませると苦笑いを浮かべた。
「それじゃ……」
あたしは菜緒に手を振るとその場を後にした。時折、彼女はあたしの背中を見つめながら手を振り返していた。
やれやれ……
あたしは重い足取りで家路に着いた。
今のあたしはとても憂鬱な気分だった……
※次回は大地の視点で物語を始めます