第2話:踏み出せぬ一歩
※今回はヒロインの紅葉の視点で物語が始まります
あたしには大好きな幼馴染がいる。
そいつの名前は……『瀧澤大地』
大地とは家が隣通しで生まれた時からずっとあたしの傍にいる。
あたしにとっては弟みたいな存在だった。そんな彼のことを何時の日からか異性として意識するようになっていた。
「おい……そんなに泣くなよ」
「だって……」
あたしはお気に入りだった人形を近所のガキ大将に取られて泣いていた。
「仕方がねえよ、相手はあの熊雄なんだぜ。諦めるしかないぜ……」
「ぐすんっ、あたしの美代ちゃん……」
美代ちゃんとはあたしが幼い頃に誕生祝として両親からプレゼントされた大切な着せ替え人形だった。そんな大切な人形を奪われてしまったのだ。
「そんなに大事だったのかよ?」
「……うん」
あたしは半べそを掻きながら大地に訴えた。
「そうか……」
大地は困った表情を浮かべるとしばらく考えた後に重苦しい口を開いた。
「……わかった。俺に任せておけっ」
大地は満面の笑みを浮かべると自信有り気に親指を立てた。そして、次の日、彼は顔を傷だらけにした状態であたしの前に現われた。
「どうしたの、その傷?」
あたしは大地の顔にできた傷を見ながら不思議そうに指差した。
「別に何でもないさ。ちょっと転んだだけだ」
大地は八重歯を輝かせると爽やかに微笑んだ。
「そんなことより……」
「あっ!あたしの美代ちゃん」
大地は鞄からあたしの人形を取り出すとそれを手渡してくれた。
「どうしたの、これ?」
「……取り返してきた」
大地の顔が傷だらけだったのはガキ大将からあたしの人形を取り返すためにガキ大将と喧嘩した時のものだった。
「……ありがとう」
あたしは美代ちゃん人形を大切に抱き締めると大地に心から感謝した。
その日から大地は自らを鍛えるため空手を習うようになった。そして、放課後になると近くの道場に通いながら一生懸命鍛錬に励んでいた。その姿を見て、あたしも強くなろうと勇気を与えられていた。
そんな彼のことを異性として好きになるのにそんなに時間は掛からなかったが、あたしには1つ問題があった。それは……
「やあ、紅葉ちゃん。おはよう」
あたしが学校に着くと何時も爽やかな笑顔を向けてくる『高宮直憲』。
直憲はスポーツ万能で勉強もそこそこでき、ルックスも大地に比べると随分と整っている。はっきり言ってイケメンである。そんな彼がどうやらあたしに好意を懐いているようだった。
もちろん女子としてはそんな完璧な男子から告白を受ければ嫌な気などしないだろう。だが、あたしはイケメンの直憲よりも大地のことが好きだった。
「なぁ、大地のやつ、何か昨日あった?怪我をしていたみたいだったけど……」
「知らない。なんか坂道を転んだとか言っていたけど……」
多分、それは嘘である。大地は都合が悪かったり、嘘を吐いたりする時はあたしから視線を逸らす癖がある。そして、昨日怪我のことを訊ねた時、彼はあたしから視線を逸らしていた。
一体何を隠しているのやら……
「そうだっ。今度の休みは暇?もし良かったら……3人でどこか遊びに行かないか?」
あたしが大地のことを考えていると直憲は唐突に遊びに行く約束を取り付けてきた。
直憲は大地の親友であり、あたしとも親友であった。だからこそ、あたしは彼の思いを無碍に断ることはできなかった。
「……別にいいけど、サッカーの試合の方は大丈夫?もうすぐ県予選が始まるんでしょ?」
「覚えてくれていたんだね。まぁ、1日、2日くらいなら練習をさぼっても大丈夫さ。もし、良ければ……その応援に来てくれると嬉しいかな」
直憲ははにかみながら口許を緩めた。その笑顔はとても眩しく感じられた。
「……暇だったら応援に行くわ」
あたしは直憲の笑顔につられるように笑顔を浮かべた。
あたし達はこんな関係であったため、あたしからは大地に告白することができず、また、大地からも告白されることはなかった。
そんなある日、珍しく真剣な表情を浮かべた大地があたしに話し掛けてきた。
「……紅葉、ちょっと良いか?」
「何?何か用?」
あたしは大地の真剣な様子に戸惑った。
「暇ならばちょっと付き合ってほしい所があるんだけど……」
「今から?ん~別にいいけど……一体何所に連れて行くつもり?」
「それは……着いてからのお楽しみっていうことで……」
あたしは大地の意味有り気な態度が気になったが、「もしかしたら」という気持ちがあたしの背中を後押しした。
「……まぁ、良いわ。大地のことを信じて付き合ってあげる」
「それじゃ、行こう……」
こうして、あたしは大地に連れられて山の上にある神社へと連れて行かれた。
この神社は恋愛成就で有名な神社であったが、立っている場所がとても辺鄙な所であったため、あまり参拝する人が居らず、すっかりと寂れていた。
もしかして、本当に……本気で告白するつもりなの?
あたしは否が応でも気持ちが昂っていた。それなのに大地はオロオロとするばかりで一向に口を開こうとはしなかった。
もうっ!じれったいわね!
あたしは痺れを切らせてあたしの方から彼に話しかけた。
「それで……あたしに用って何?」
「えっと……その……あれだっ」
大地は何かを言いたそうにモゴモゴと口を動かしていた。
「あれって何よ?あたしはエスパーか何かなの?言いたいことがあるなら何時もみたいにはっきりと言いなさいよ」
あたしは肝心な言葉を切り出さない大地に怒りを覚え始めていた。
「それはだな……えっと……お前って……最近、俺ん家に来てないじゃん?」
「はあ?」
あたしは彼のどうでもいい質問に眉を吊り上げた。
「だから……うちの母ちゃんが寂しがっててさ」
「ふ~ん……わざわざ、そんなくだらないことを伝えたくてこんな場所まで呼び出したわけ?」
あたしはあからさまに不機嫌そうな表情を浮かべた。
「ああ……」
大地はそれだけ言うと再び口を紡いだ。
まさか、そんなどうでもいいことを伝えるためにこんな場所まで呼び出されていたなんて……
大地の消極的な態度に腹立だしいことこのうえなかった。
「そっか……それだけなんだね……」
大地に告白されるかもしれないと少しでも期待していたあたしが馬鹿みたいだった。
もしかしたら彼はあたしのことをそんなに愛していないのかもしれない……
そう思うと自然と涙が込み上げてきた。
あたしはそんな顔を大地に見せたくなくて彼から顔を逸らした。
「そっ、そうだっ。折角、神社まで来たんだし、神様に何か願い事でもしないか?」
「願い事?」
あたしは唐突な大地の提案に目を丸くさせた。
「ああ、ここは神社なんだしさ」
「……それもそうね。折角だし……」
あたしは財布の中から100円玉を取り出すと賽銭箱の中へと放り投げた。もうこうなったら神様にお願いするしかないと思っていた。
「それじゃ、俺も……」
大地はあたしの横に並び立つと同じように100円玉を取り出して賽銭箱の中へと放り投げた。
どうか……神様……彼にあたしの気持ちが理解できますように……
あたしは大地との仲を取り持ってもらえるように一心不乱にお願いをした。
「それじゃ……行きましょうか?」
「……そうだな。神様にお願いしたし、そろそろ家に帰るか?」
あたし達は後ろに振り返ると神社を後にした。
「そういえば……大地は神様に一体何をお願いしたの?」
あたしは大地の願い事が気になって願い事の内容を確認してみた。
もしかしたら大地もあたしと同じようなことをお願いしたのではないかと一縷の望みを持っていた。
「別に……なんだっていいだろ?そういうお前の方こそ何をお願いしたんだ?」
大地はあたしの期待を裏切るようにあたしの願い事について聞き返してきた。
「あたし?」
「そうだよ。お前の願い事って何なんだ?」
「それは……秘密よっ」
あたしは動揺する気持ちを隠すため、わざとらしく余裕の笑みを浮かべた。とてもじゃないけど、あたしの本心を大地に伝えることなんてできなかった。
あたしはとてもひねくれた性格なのだ。
「それに……乙女の秘密を暴こうなんて無粋もいいところだわ」
あたしはこれ以上大地に追及されないように釘を刺した。
彼は残念そうに苦笑いを浮かべると唇を波の字に歪めた。
そんな気まずい雰囲気の中、あたし達は家の近くまで歩いてきた。
「そうだった……」
あたしは家の前まで辿り着くと大地の方へと振り返った。
「なっ、なんだよ?」
大地は酷く動揺しているようだった。彼が何をそんなに動揺しているのかはわからなかったが、そんな彼の姿がとても可愛く見えた。
「お母さんによろしくね。その内また遊びにいくと思うから……」
あたしは愛想笑いを浮かべながら大地に手を振った。
一体……何時になったら大地は告白してくれるんだろうか?
もしかしたら、このまま告白されないままあたし達の関係は終わってしまうのかもしれない……。
そんなの……絶対に嫌だっ!
何とかしなければっ!
あたしはそんな不安に駆られながら枕に顔を埋めると布団の上に寝そべった。
一体どうすればいいんだろうか……
あたしは大地のことを考えながら足をバタバタとさせたが、その答えは簡単には見つかりそうになかった。
※次回は再び大地の視点で物語が進みます