第10話:アクシデント(紅葉サイド)
※今回は紅葉の視点で物語が始まります
菜緒に告白の返事をできないまま数日が経っていた。
そろそろ彼女に返事をしなければいけないのだけれど……
その決意は未だにできないでいた。
だって……大地のことは誰よりもあたしが好きだから……
そんな気持ちがあってもなかなか彼女にそのことを伝えられなかった。
何をやっているんだろう……あたし……
そんな悶々とした気持ちで大地のことを校門で待っているとあたしの目の前に他校の生徒が話し掛けてきた。
「おいっ、お前っ」
……えっ?あたしのこと?
あたしは突然話しかけられて目が点になった。なぜならば、声を掛けてきた生徒には全く見覚えがなかったからだ。
「何シカト、こいてんだっ、おらっ」
あたしが沈黙しているとその生徒は語気を荒げてきた。
「……俺に何か用か?」
あたしは大地の話し方を真似しながら不良との対話を試みた。
「おうよっ、うちの先輩がおめえに用があるんだとよ。だから、ちょっと面かせや」
どうしよう?彼らに付いて行ったら何されるか、わからない……
あたしは不良の誘いを断る方法について思考を張り巡らせていた。
「ああ~ん、もしかして、びびっちゃってんですか?」
不良は見えすいた挑発であたしのことを釣ろうとしてきた。
「おめえがこねえと……おめえの大事な女が泣くことになるぜっ」
大事な女……もしかして、大地のことっ!
あたしは大地が彼らによって連れ去られたのではないかと不安に駆られた。いくら大地でもあたしの華奢な身体では喧嘩などできないだろう。だから、奴らに連れて行かれたとしても不思議ではなかった。
とにかく真相を確認しなければ……
あたしは重い腰を上げると不良達の要求を飲むことにした。
「どこに行けばいい?」
「おっ?ようやく言うことを聞くになったか?それじゃ、付いて来い……」
不良は身体を反転させると人気のない河川敷へとあたしを案内した。
「おうっ、よく来たな」
河川敷には見るからに怖そうな不良達が10数人待っていたが、その中には大地の姿はなかった。
「連れて行った女はどこだ?」
「はあ?何のことだ?」
不良のリーダーらしき男は不思議そうに首を傾げた。どうやら、あたしは奴らに担がれたようだった。
「俺に何の用だ?」
「お前にはこなだナンパの邪魔をしてくれたお礼をしたいと思ってっな……」
あたしはリーダーの話を聞いてようやく今の状況を理解した。
奴らは以前に菜緒に声を掛けた不良達のようであった。そして、その邪魔をした大地に仕返しをしようと呼び出したようだった。
どうしよう……人違いだと言っても信じてもらえないだろうしな……
あたしはこの状況を打開するための方法を必死で考えたが、全く良い案が思い浮かばなかった。
逃げるしかないか……
あたしは奴らの隙を見て逃げることに意識を集中させた。
「まさかと思うが……逃げようなんて思うなよ」
リーダーはあたしの視線を見て逃げ出すことを予見した。
「おめえが逃げたら今度はあの女をやっちまうからな」
リーダーは厭らしい笑みを浮かべるとあたしを牽制してきた。
あたしが逃げたら菜緒ちゃんに被害が……
あたしにとって彼女は邪魔者でしかない。だけど、だからと言って彼女がみすみす不幸になることは望んでいない。それに大地も決してそのようなことを望んだりはしないだろう。
「女の前だからって……良い恰好したことを後悔するんだな。このすけこまし野郎がっ」
すけこまし?大地がすけこましだなんて……
あたしは彼のことを馬鹿にされて怒りを滲ませた。
彼はそんな下卑た気持ちで菜緒を助けたわけではない。純粋に助けたかったから助けただけなのだ。彼はそういう男だ。
絶対に逃げたりなんてするもんかっ!
あたしは大地の誇りを守るため、何が何でも戦い抜くことを決意した。
「こないだのお礼をたっぷりとしてやるよっ」
リーダーは手を挙げるとあたしの周囲に不良達を配備させた。どうやら、集団であたしのことをボコボコにするようだった。どこまでも汚い奴らだ。
せめて大地がいてくれれば心強いのにな……
あたしは襲いくる恐怖に必死で耐えながら彼のことを考えていた。だけど、彼はこの場には現われないだろう。
なんせ身体はあたしのものなのだ。あんな華奢な身体で助けに来たとしても何もすることはできない。そのことはあたしが一番知っているはずだった。
弱気になるなっ、あたし。とにかく……1人でも多くの不良を倒すんだっ!
あたしは折れそうになる気持ちを懸命に支えながら不良達と向き合った。
「やっちまえっ」
リーダーの合図と共に周囲の不良達が襲い掛かってきた。
「ぐあっ」
「っ!」
あたしは突然うしろから呻き声が聞こえてきて驚いた。なんとそこには大地がいた。
「……大地っ」
あたしは突如現われた大地に心臓が止まる思いだった。
「どうして、ここに……」
「話は後だっ。背中は俺に任せろっ」
あたしが後ろに振り返ろうとした瞬間、大地はあたしの背中に自らの身体を密着させてきた。
大地が傍にいてくれる……
あたしはそれだけでとても心強かった。恐怖で固まっていた筋肉がどんどんと解されていく。そして、彼から伝わる心臓の鼓動があたしを安心感で包んでくれていた。
「なんだ、この女は……」
「構わねえ、一緒にやっちまいなっ」
リーダーはその場を取り仕切ると攻撃を再開するように指示を出してきた。
「良いか、よく聞け……俺が肩を押したタイミングで拳を突き出すんだ……」
大地は背中越しに話し掛けてきた。
「……今だっ!」
今ねっ!
あたしは大地の指示通りに拳を前へと突き出した。
「ぐはっ」
あ、当たった……
あたしは初めて倒した目の前の敵に感動を覚えていた。
あたしでもちゃんと戦えるんだ
あたしは大地のおかげで敵を倒す自信が持てた。多分、あたしが戦えたのは彼が鍛え上げたこの身体のおかげなのだが……。
「てやあああ」
あたしが感動で呆けていると後ろから大地の気合を込める声が聞こえてきた。
な、何?
あたしは大地に腰を押されて身体を反転させた。それはまるで体操の回れ右をするが如く。そして、再び大地は肩を押して攻撃することを促してきた。
こいつを倒せばいいのねっ
あたしは先程と同様に拳を突き出すと目の前の敵を打ち倒した。まるで大地があたしの身体を操るように彼の意思に包まれているような不思議な感覚であった。
その後は彼の指示に身を任せながら襲いくる不良達を次から次へと打ち倒していった。
「な、何なんだ、こいつら……」
リーダーは動揺を隠せない様子で足を震わせていた。
「紅葉……あいつに睨みを効かせて言うんだ……。2度と来るんじゃねえぞっ、次はこんなもんじゃ済まさないと……」
大地はとんでもないことを言い出した。そんなことをあたしが言えるわけではなかった。これでもあたしは歴とした女なのだ。
「あたしにできるかな?」
「大丈夫だ……。俺に説教たれる姿を思い出して俺に対する不満をぶつけるようにかましてやれっ」
大地に説教をするように……不満をぶつけるように……
「おいっ、お前……」
あたしは大地の許せない部分を思い浮かべると目付きを鋭くさせた。そして、リーダーの襟首を掴むと彼に対する不満をぶちまけるように奥歯を噛み締めた。
「2度と俺達に絡むんじゃねえぞっ!次に絡んできたら……」
大地の馬鹿やろうっ!
あたしは拳を握り締めるとリーダーの顔の横目掛けて空を切った。
「ひぃぃぃ」
リーダーは悲鳴を漏らすと膝の力が抜けていった。どうやら、彼の戦意は完全に喪失したようだった。
「わかったなら……行けっ」
あたしは駄目押しにリーダーを思い切り後ろ側へと突き飛ばした。
「ひゃあああ」
リーダーは悲鳴を挙げながら一目散に逃げていった。その姿は蜘蛛の子を散らすように何とも滑稽であった。
「……よくやったな、紅葉」
大地……
彼の顔を見た瞬間、あたしは急に身体の力が抜けた。
「どうしたんだ?」
「ごめん……終わったと思ったら急に力が抜けちゃって……」
「ほら……手を貸せよ」
大地はあたしに手を差し伸べるとあたしの手を引っ張って立たせてくれた。
「……ありがとう」
大地の顔を見ていると急に涙が込み上げてきた。それは恐怖心によるものではなかった。それは安堵や安心感、彼があたしのために助けに来てくれたという歓喜による涙だった。
「肩を貸すから……」
大地はあたしの右側に回り込むと身体を密着させた。そして、彼の心臓の鼓動が伝わってきた。
とても高鳴っている……
多分、彼も相当に怖かったに違いなかった。なんせ身体はあたしの物なのだ。
そんなか弱い体でこんな大勢の不良達の中に飛び込んでくるなど飛んで火にいる何とやらである。
「ごめんなさい……」
あたしは大地に怖い思いをさせて心の底から申し訳なく思った。
「何を謝ってるんだよ」
「迷惑を掛けてしまったから」
「それは俺の台詞だ」
大地はあたしの予想に反して逆に頭を下げてきた。
彼が一体何に対してそんなに申し訳なく思っているのか?
それはあたしにはわからなかったが、少なくとも彼の行動は何も間違っていない。あたしはそう思っていた。
「それにしても……よく逃げなかったな」
「大地の行動は間違っていないと思ったから……」
あたしは思ったままに彼の質問に答えた。
「それはどういう意味だ?」
大地はあたしの言っている意味がわからない様子で首を傾げていた。
「大地は女の子を守るために以前あの不良達と揉めたのでしょう?」
「どうして、お前がそれを……」
あたしが菜緒のことを伝えると彼は驚いた表情を浮かべていた。
「こないだ、本人から聞いたの。ありがとうって……お礼を言いにきた。だから、あたしは逃げたくなかった」
あたしは菜緒から告白されたことを伏せたまま大地に気持ちを伝えた。正直、まだ彼には彼女から告白されたことを伝えるだけの勇気はなかった。
「そんな理由であんな無茶なことをやったのかよ」
大地は全くあたしのことを理解してくれていない様子だった。
「それに……大地の誇りを汚したくなかったから……」
「馬鹿野郎……それでお前に何かあったらどうすんだよ。俺はお前が無事ならば誰に笑われたって構わないぜ」
彼にとってその事はどうでもいいことかもしれない。だがっ……あたしにとってそれはとても大事なことであった。
「大地が良くてもそんなのあたしが嫌だ。好きな人には恰好良いままでいてほしいから……」
あたしは勢い余って大地が好きであることを口走ってしまっていた。
「それって……」
大地は急に黙り込むと険しい表情を浮かべた。
「……どうかしたの?」
あたしはそんな大地の顔を見て不安に駆られていた。
もしかしたら……彼にとってあたしの気持ちは都合の悪いものだったのかもしれない
そんな不安な気持ちで一杯だった。
「大丈夫だ。何でもない……」
大地はあたしの不安を否定するかのように満面の笑顔を浮かべた。
「それにしても……俺のサポートがあったにしろ、よくあそこまで上手く戦えたな」
「ずっと大地の空手の練習を見ていたから……だから、どんな風に動きたいのか、どんな風に呼吸を合わせればいいのか、何となく大地の気持ちが伝わってきた」
あたしはずっと大地のことを見てきたのだ。それくらいのことはやってのけても不思議ではなかった。
「マジか……」
大地は信じられないという表情を浮かべると言葉を失っていた。
「そんなに俺のことを見ていたのか?」
「うん……だから、言ったでしょ?大地が頑張ってきたことは誰よりもあたしが知っているからって……」
あたしは恥ずかしそうに顔を朱色に染めると苦笑いを浮かべた。そんなあたしを見て大地は何やら真剣な表情を浮かべていた。
何を悩んでいるのだろうか?
あたしには彼が今何を考えているのか、さっぱりとわからなかった。
「紅葉……」
大地は重い唇を開くとあたしの瞳を見つめてきた。
「何?」
「後で謝ることになると思うけど……」
大地は直憲から告白されたことを素直に打ち明けてくれた。
「ふ~ん、それで……あんたはどうするつもりなの?」
「俺なりにけじめをつけたい」
大地は真剣な表情を浮かべたままあたしの目を見据えていた。その瞳は真剣そのものであった。
「……わかった。直憲のことは大地に任せるわ」
あたしは大地のことを信用すると直憲への告白の判断を委ねることにした。それはあたしにとっても望むべきことだった。
「それが終わったら……お前に話したいことがある」
それって……もしかして……
あたしは遂に大地が決心を固めてくれたことを理解した。
「それも楽しみに待っている」
あたしはやんわりと笑みを浮かべると叫びたい気持ちを必死で抑えた。
「それじゃ、また明日……あの神社で会おう」
大地は神社での約束を取り付けるとそのまま家の中へと入っていった。
あたしもけじめをつけなければ……
あたしは大地から告白される前に何としても菜緒へ返事することを決意しながら重い扉を開いた。
※次回は大地の視点から物語が進みます




