序章 5
翌日、愛川は大学へと向かっていた。
今日もまた昨日のような講義の説明を聞いて、講義の準備やサークルの勧誘などの話で一日が過ぎると愛川は思っていた。
しかし、それは朝早くから普通に過ごすことは許してくれないようであった。
「何だろうこの紙……」
愛川は紙を持ちながら呟き、大学へ向かう。
紙には今朝からとある場所に来るようにという言葉が書かれていたのだ。
しかも、誰の名前が書いてあるわけでもなく、ただ猫のイラストが紙に描かれているだけである。
このことは理子と理沙にも話しておいたが、向かったほうがいいと返答が来たのだ。
また補足として、昨夜のことを種に脅すようであれば化者の力を使って逃げ切って、家に退避すればいいとも付け加えてくれた。
(何かあっても……大丈夫そうかな……)
姉たちのフォローを愛川は思い出す。
姉たちの心強いフォローもあってか、愛川には今後起こることに不安はなかった。
「で……指定の場所に来たわけだけど」
先ほどから愛川は歩いてきて、指定の場所へと愛川は辿り着いたと言葉にも出す。
人通りも少なく、人がここで何かしらのことをするには不向きな場所。
その証として周りの壁は手入れがされてなく、地面も草が所々生えているような場所でもあった。
「大丈夫だよね……」
愛川が小声で安全を願った。
逃げる道は二方向にあるものの、昨夜のこともあってか問題がなければと、願いたくもなってしまい、ふと、不安がよぎった。
と、ここで愛川の背後から声が聞こえる。
女性の声だ。
「あなたで間違いなさそうね、愛川さん」
愛川は突然の名前呼びに背筋を驚かせると共に背後を向く。
更に相手との距離を即急に離しながらも、女性を視界に入れたまま、愛川は行動をする。
その行動に対して女性は言葉を付けた。
「そんなに警戒しないでよ……私はあなたに危害を加えようとして呼んだわけじゃないんだから」
女性の言葉は呆れの色も混ざっていたが、敵意と取れる感情は見受けられない。
「……本当に?」
愛川は疑問の言葉を放ち、女性との距離を維持していた。
その疑問に女性は苦も無く答える。
「まず、私はあなたのことがサキュバスだってことは知っているし、それを公にばらす気も無いの」
「えっ? て、なんで私がサキュバスだってことが」
女性の突然の話に愛川は戸惑いを漏らす。
それでも、女性は愛川のことを気にせず話を続ける。
「なぜここに呼んだかっていうとね、こういうわけだからなの……!」
女性は会話のさなかにやや前のめりになると、ふと、愛川の視界から消え去ってしまった。
驚きの二連続。
愛川は右往左往してわけのわからなさを周囲に見せる。
そして、突然肩に上からの衝撃が降ってかかる。
「うわっ!?」
愛川の驚きの声。
衝撃がかかった肩を見ると、そこには白い猫が肩の上に乗っていた。
愛川は成すすべなく何もできない状態である。
「そう驚かないでよ。危害は加えないって」
再びの女性の声。
愛川にはどこから声が来たのか一瞬疑問が出来たが、それは猫の方から来たと分かって、一つの結論が浮かんできた。
「まさか……あなた……」
愛川は猫に向かって語り出す。
その猫は愛川の言葉に口を開いた。
「そういうこと。あなたがさっきまで会話していた人が今、猫に化けて話しているの」
結論は真実へと変わった。
あの女性は猫に化けることが出来るという。
「私もあなたと同じ化者と言われる種類の人間なの。名前は大越来海よ」
「名前は大越来海よ。よろしく」
猫に化けた大越は人間の言葉を話しながら、二度愛川の頬へ触れて挨拶の代わりとする。
「……」
愛川にとっては内面のショックは大きいものではなかったが、戸惑った心情の中で言葉を失うには十分であった。
その様子を大越は気にすることなく、話をつづけた。
「で、こういうわけだから、私はあなたとこの場所で会いたかったの」
大越は愛川の肩から飛び上がると、宙で一回転をして人間へと化けてから地面へ着地した。
その後に会話を再び続ける。
「ちなみに、あなたのことは昨夜誰かから逃げていたところから付けていてね、こうして家に紙切れも置くことが出来たの。やっぱり、化者同士で隠し事せずに話せる仲は必要だよね」
大越は愛川のことをまだ気にする様子もなく、一人で会話を続けていた。
愛川も聞いてはいたのだが、まさかこうしてサキュバスでないものの、話し合える仲間が出来ることに驚きは隠せなかった。
その驚きから情報の整理と次にかけようとする言葉がなかなか見つからないありさまである。
その様子にようやく大越も気付いたのか、愛川の顔を遠くから覗く行動を見せて、愛川に言葉をかける。
「大丈夫? 話は聞いてた?」
「……あ、大丈夫。状況は分かっているから」
愛川は状況の把握を伝えて、問題はないことを知らせる。
大越は猫に化けることが出来る。
化者でこうして化者同士で話せる人が欲しかったということだ。
「大丈夫ならいいけど、それと、あなたにこれから頼みたいことがあるのだけどいい?」
「何かな?」
大越は愛川に手を合わせて、頼みごとをする。
愛川も気分自体はいいものであったので、大抵のことは受け入れられそうであった。
「私とね高校の時からの友達としてふるまってほしいの、いい?」
「それくらいなら……って、え゛!?高校からの?!」
友人として振り舞うのか、と思いきや大越の口からは愛川に予想もできなかった大きな頼みを聞かされてしまい、仰天の声を愛川は出す。
「なんでそんなところからの?」
「だって、化者だってこと以外、何の接点もないのに他人に話せないことを話し合うのよ。大学から知り合って、短時間ですごく仲良くなりました、じゃ不自然でしょ? だから、せめて高校の時からの友達なら、話し合っていても周りから不自然ではないでしょ?」
「そう言われると、そうだけど……」
愛川は疑問を話し、大越はそれの解説をする。
愛川は一応の理解を言葉で伝えるもの、確かにこれから大越と話すことは多くなる上に、困ったときに大学内で頼りにできる人ではある。
だが、それでも高校からの友人として偽りながら、振り舞うことはどうなのかと、愛川は疑問に感じてしまう。
「……高校からの友人ってところ、必要なの?」
「何かと必要なの。高校からはやはり外せないところなの」
愛川は疑問の言葉を話す。
大越からも合わせた手を力を入れて、より密着させて言葉を強調させ、愛川の疑問に答える。
愛川は片手に顔を触れつつ、身体を横に少し捻り、悩む仕草を見せる。
時間を空けて、愛川は悩んだ末の回答を大越に出した。
「……分かったわ、大越さん。高校からの友人として振る舞うから」
「ホント!? じゃあ、これからも、友達としてよろしくね。あと、私のことは来海とよんでね。私は愛理栖ちゃんって呼ぶから」
愛川の返答を聞いて、大越は晴れた顔で答えた。
「それじゃ、早速で悪いけど、私の高校について教えるから、覚えてね」
「あっ……うん」
「私の高校は制服が無くてね、私服で通う高校だったんだけど……」
愛川はその後、大越の高校と仲良くなった経緯について、話を合わせることになった。
また、愛川のこの大学に来るまでのことも、大雑把に話すことにもなる。




