序章 4
「これで……もう、追ってこない……よね?」
愛川は飛びながら言葉を呟き、後ろを見た。
男性は追っかけてきていない。
それを確認した愛川は三つに分かれた道を曲がって誰もいないことを確認した後、壁に背をつけて人間に化けた。
これで姿でばれることもなければ、声色もサキュバスと人間の時では異なるので、出くわしたとしても声で判明することはない。
愛川は一息ついて考えた。
(それと……今日は大学で会った人に会えそうにないな……)
あの男性はまだ周囲をうろついているのだろう。
そんな状況では危険すぎる。
人間のままでいくにしても怪しまれる可能性は高い。
その可能性を考慮した結果、愛川は結論を言葉に出した。
「今日は帰ろう……」
愛川は帰路を頭の中で思い浮かべる。
早く帰れればいいのだが、出来るだけあの男性に会わないように迂回しないといけない。
愛川は迂回しての帰路を思い浮かべて、家へと帰っていった。
……その時、愛川は
小さな物音が後をつけていることに気づくことはなかった。
その後、愛川は何事もなく家に帰ることが出来た。
男性に会うこともなければ、愛川のことを怪しむ人物にも会うことはなかった。
だが、この状況で姉の理子から何も言われないことはなかった。
「ええ!? この時間に男性の家に行こうとしていたの?」
「は、はい……」
理子の怒り交じりの声に、愛川は正座で答える。
「まさか愛理栖がこんなことに及ぶなんて……まだ男性にキスしたこともないでしょ? あなた。それなのにこんなことを」
理子は驚きを交えて、愛川に言葉をかける。
「そうだけど、生命力頂いてもよさそうだなって人がいて……」
「……あなたがね……純愛を貫いていた愛理栖にそんな人ができるとはね」
愛川の言葉を聞いて返した理子の言葉には少量の関心も混じっていた。
事実、大抵のサキュバスには積極的に男性との付き合いを求め、付き合った人数もサキュバス一人だけでかなりの人数になることが例として挙げられるほどだ。
しかし、愛川は今まで男性との付き合いの経験が零であり、積極的な男性との付き合いも今までなかったのだ。
愛川は本当に好きになった男性と最初に付き合いたいため、付き合う男性は慎重な選択をしていた。
その傾向は理子も知っていることであるので、こうして関心も寄せている。
その理子は関心をひとまず置いて、別の話題へと切り出した。
「とにかく勝手に生命力を確保しに行くなんて今後はダメだからいい? 生命力の確保は理沙ねぇに任せているから、そっちは気にしなくていいからね」
理子は愛川へと注意の言葉をかけた。
「はーい」
「分かったなら、良し」
愛川は特に文句なく理子の言うことを受け入れる。
あんな男性が襲撃してきた後だ。
今夜の行動がリスクのでかいことだと分かった愛川は理子の言うことを受ける方が自らの為でもあることは理解していた。
理子もまた、愛川が素直に受け入れる様子から怒りの色もない声で愛川の返事に言葉を返す。
また、続けて話したいことがあったのか理子はさらに言葉を話した。
「それと……愛理栖を襲った男についてどんな人だか理解はしてる?」
「……ただの危ない人……じゃない?」
愛川には刀を持った危ない男性だという印象しかなかった。
理子の疑問に愛川は理子の期待していそうな回答は出せなかった。
その回答を聞いてか理子はあきらめと予想のできていた顔で男性のことへの会話に入る。
「あの男性はね、退魔師って言うの。刀を持っていたって話ならほぼそうでしょうね」
「退魔師……」
愛川には聞いたことのない言葉であった。
視線を天へとむけて思考を働かせるも特に聞き覚えのない言葉だった。
理子の説明を聞いた愛川の反応の言葉に理子はさらに付け加える。
「試験の方にも出てた気がするのだけど……愛理栖の受けた試験には出なかった?」
愛川は視線を横に泳がせて、理子の言葉とよろしくない雰囲気を受け流す。
すると、理子の言葉に急に退魔師という言葉の知識がわいてきた。
「あ、そういえば……出たような……」
愛川は思い出したことを知っていたかのように言葉で振舞う。
サキュバスの試験での勉強でいろいろと教えられていた人物だ。
「確か……悪い化者から治安を守る警察みたいな組織……だったよね?」
「そう、なんだ覚えているじゃない」
愛川の言葉に少しの関心を含んだ言葉を理子は漏らす。
そして退魔師についての解説を理子は言葉で続けた。
「化者は基本的に化者だってことは隠して目立たないように生きるべきなんだけど、そんな暗黙の了解が守れない化者もいるわけでね。化者の力を裏で悪用していたりする化者もいるわけなのよね。そういう化者を秘密裏に捕らえる組織が退魔師というわけ」
「で……私が悪いことをしたから捕らえられそうになったわけと……」
理子の解説に愛川は気を重くしながら言葉を吐く。
まさか、下手をすればここに来た出だしから退魔師のお世話になるなんて、そういう悪いパターンを思うと愛川は少し気が重くなってしまう。
「そうなるわけ。とは言えど、私もあなたがこんなことをするなんて夢にも思わなかったからなぁ……」
理子はこういうと、愛川の顔を見て一泊置いた後に言葉を付け加える。
「まぁ……もし、今夜捕まったとしても罰はそれほど重くはないし、酷いことにはならないからね。それほど気に病むことはないよ」
「そ、そうなんだ……」
愛川は理子のこの言葉だけで少し気が楽になった気がした。
退魔師の世話になって姉たちへの迷惑はやはり避けたい。
理子は愛川の顔を見て、気が楽になったことを悟り、言葉を話す。
「それと、理沙ねぇに今夜のことは話しておくけど、それほど気に留めることはないし、有っても注意だけだと思うから、今日は休んで明日に備えた方がいいわよ」
「はーい」
愛川は理子の簡単な話を聞いて、就寝の準備を済ませることへの同意を伝えた。