サークルの出会い 12
夜の話です。前半柄池視点、後半大越視点。
柄池が7人に奢り、夜まで時間を過ごした後、夜食を済ませることとなった。
柄池はこの宿のシェフから料理を教わった経験があることも会話で交えて、あとは部屋で休むだけとなる。
そして、部屋割りも柄池の作ったあみだくじで事前に決めており、部屋に二人づつ入ることとなる。
柄池はすでに寝間着代りのジャージを着て、すでに寝る準備を整えていた。
「ところで今日は大変だったでしょ?」
その柄池は同じ部屋の人物に話を振る。
「大変じゃないといえば嘘だけど……何とか大丈夫」
柄池と同じ部屋の愛川はその質問に答えた。
寝間着の愛川の表情は暗い部分や疲労が垣間見えることはなく、
言葉の通りの意味を素直に受け取る。
「それならまぁいいかな。歩けないことがあったら無理せずに言ってね、歩けない時の行動をやればいいだけだから」
「うん、その時は言うから柄池の補足の言葉を愛川は受け止めた旨を伝える」
その後、愛川は視線を柄池から外して思考をしていると何かを決めたように頷き始めた。
「ちょっといいかな?」
「何か?」
愛川の質問に柄池は尋ね返す。
「その……私、勉強とか不安だから……良かったら、これからも教えてくれるといいんだけれど……ダメ?」
愛川は顔だけはこっちを向けながらも視線は柄池からズレが生じていて、
申し訳ない気分を言葉に乗せて勉強の申し出をした。
申し出を受ければ柄池の時間を奪うことにもなるから愛川も申し訳なくなるのだろう。
「ああ、構わないよ」
「あ、うん、悪いこと頼んでいるって分かっているから……」
柄池は了承を伝えると、愛川は早い言葉で答えを返す。
しかし、愛川の答えは了承の後の返事としてはどこかおかしく、柄池に断られたときの返事に近かった。
「やっぱり、こう言うのってダメ……って、え? 本当にいいの?」
愛川は早い言葉の途中で柄池の了承に気が付いたようだ。
「良いんだよ、勉強できないと最悪留年もありえるから、俺を頼って全然良いんだよ」
柄池の再度の了承の言葉に愛川は顔を喜びで輝かせていた。
柄池は言葉を続ける。
「あと、リュートも一緒に勉強に混ざることもあるからそれでも良いかな?」
「うん! それでも、大丈夫だから! 柄池はリュートのことについても」
補足すると愛川はそれでも良いと述べた。
勉強のことで話が決まれば、愛川はもしかすると勉強をしたいのかもしれない。
「それじゃあさ、いつ勉強したいか予定はある? その日が大丈夫なら早速やることも可能だよ」
予定のことを柄池が問うと、愛川はどうしようかと考えるためか少しの間を空けて言葉を返した。
「えっと来週にはしたいと思うんだけど、細かい日にちは次に大学行った日に伝えるってことで良い?」
「そうだね、それで良いよ」
愛川から具体的な日時については後回しになると伝えて柄池は了承を伝える。
今までは勉強を教える相手は殆どが龍富だったが、これからは愛川も教える相手に加わりそうである。
(愛川さんが増えても負担は気にしなくても良いかな。人数が増えて良いこともあるし、こっちの利点もあることだしな)
柄池は今回の変化に対することを脳内でまとめていた。
柄池の負担は大なり小なり増えるだろうが、勉強で様々な視点や回答が出ることは一対一での勉強にはない利点である。
もし、想定外の問題が出ればその都度、改善を考えれば良い。
そして、柄池と愛川は会話を終えた後、寝ることとなった。
柄池と愛川の部屋とは別の方の部屋で、大越は寝間着替わりの軽装で朝起きた時の準備をしていた。
そして部屋にいるもう一人の人はベッドの上に座っていた。
「……」
それは龍富であった。
その龍富は無言でどこか遠いところへと視線を投げていた。
(思えばあの人も今日は散々だったよね。しょうがないとはいっても私が原因でもあるけれど……)
大越は苦しい笑みで龍富への同情を心で留めておく。
今日を思えば龍富は散々であった。
一時的な仲間であったと思えばこれからも世話になる仲間ができ、さらには愛川を化け物と間違えて切ってしまう寸前まで行っていたことと思い返せば良いことがなかった。
(あの時はこうするしかなかったの……本当にごめんなさい)
大越は心の中で龍富に謝る。
悪意があってやったわけでもなかったことから心苦しさが大越にはあった。
大越が龍富の方へふと視線を向けると、龍富もまた大越の方へと視線を向けていた。
「あっ……」
不意に龍富から言葉が漏れ大越から視線を逸らす。
だが、少ししてから龍富は再び大越へと視線を戻して口を開く。
「えっと、今、良いかな?」
「あ、うん。いいけど」
龍富の申し訳ない感情が織り込まれた言葉に大越は了承を伝える。
本当はこっちの方が申し訳ないことをしているのだが、大越は顔に出ないよう努める。
「その……愛川さんだけど……誤解のことで、まだ怒っているかな?」
龍富は今日の愛川の件について聞いてきた。
大越としてもこのことが絡む話は来ると予想はしていた。
「大丈夫よ。結果的に無事だったし愛理栖ちゃんは気にしていないから」
大越は怒ることなく龍富に答えを話した。
ここで、大越はあることが気がかりになり言葉にしてみる。
「……もしかして、それを聞くってことはまだ謝ってないんじゃ……?」
「あっ、そうなんだけど……謝る気持ちはあるんだよ! ……ただ、タイミングを逃して謝れてなくて……」
大越の疑問に龍富は答えた。
謝る気持ちについての言葉のみは強い口調であり、謝る意志は確かにあるようだ。
あの時は八雲がその場にいなければ謝ることはできそうだったので、嘘ではないだろう。
「そうね……謝る気持ちはあるようだし、早めに謝ったほうがいいと言っておくわ」
大越は龍富に進言する。
こんな部屋割りとなったが、大越には自身にとってのメリットはあった。
退魔師である龍富とこうして話せることだ。
「それじゃあ、今日はもう休もうか」
「あ、うん……」
大越は会話をやめて休みを促し龍富もそれに同調した。
かつて大越は猫の状態で夜を彷徨っていて化者に襲われた事があった。
その時に救ってもらったのが退魔師である。
その時に退魔師の姿は確認できなかったが、化者曰く退魔師だということは分かった。
(あの時の愛理栖ちゃんは何をいうかと思ったけど、こういう機会があるなら悪くはないわね)
その手掛かりを龍富から聞ける可能性はあるので、今回の部屋割りは大越にもメリットがあるのだ。
(……まさか話す機会がこんなに早く来るなんて思いもしなかったけど!)
その絶好の機会が来ると大越は予想できなかった。
(今このこと聞いても言葉次第では不味くなりそうだし……)
すぐさま愛川を攻撃しようとした龍富は話次第でもやる可能性はあると大越は考える。
直接聞くにしても言葉を選ばなければ、あの時の愛川のように戦闘なんてこともありえる。
(まぁ、こういう機会はこれからもあるし、今回くらい逃したって……大丈夫なはず)
心の内で大越は呟きつつ、ベッドのシーツに包まる大越もまた行動を逃して夜を過ごすのであった。