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序章 1

 何人かの人が道を歩いていた。

 その人たちは制服ではなく私服で、髪の色も黒以外も見える。

 彼らのほとんどは大学生で高校の時に髪を染められなかった反動から、大学で染めたという人も少なからずいる。

 その歩いている人の中でピンクの髪の女性が大学の前で佇み、校舎の上から入口までを視界に入れる。


 今の月日は四月。

 多くの学生や社会人などが新たな始まりの瞬間を歩む時期である。


「ここまで長かったけど、ついにここまで来たか……」


 女性は今までの苦労を噛み締めた言葉を呟く。

 彼女もまたこの大学の一年生になる。

 彼女もまた勉強などの苦労を重ねて、この大学に入ることができた。


「私もここで大学生として過ごすことになるのね……」


 彼女の名は愛川(あいかわ)愛理栖(ありす)

 彼女もまた、ある目的があって、ここに来るまでに苦労を重ねてきた。

 だが、彼女の苦労は周りにいる人の苦労とは、大きく違う。


(サキュバスだってことを隠しながら……だけど)


 彼女は周りの人間と違うこと、それはサキュバスが人間の姿に化けていることである。

 他の人は大学受験を受けてこの大学へと入ってきたのであるが、愛川は違う。

 サキュバスとしてこの日本に入る許可の試験を受けてここに来たため、苦労のルートが違った。

 だが、それでも愛川が苦労をしたということは変わらない。

 愛川はここにはないサキュバスの世界から来たのであるが、許可の試験ではサキュバスの常識とは違う。

 この世界の常識を覚えて、試験に挑まなければいけないからだ。

 最も、この世界に来るにはこの世界の常識に合わせないといけない以上、当然ではあると愛川は考えていた。


「さて、そろそろ動かないと……」


 ここで立ち止まってもしょうがないと愛川は呟きつつ、大学へと歩いて行った。

 それと同時に集まる場所が記されている。

 紙をバッグから取り出し、場所の確認も行う。



 愛川は人間でなく、化者と呼ばれる分類である。

 化者とは人間に姿形を変えることができる異形の者をまとめた呼称だ。

 その異形の者といっても、サキュバスのように姿形が人間の形をしているものもあれば、他の動物、無機物の姿をした者と日本で言われる妖怪もまた人の姿に変えることが出来れば、化者と言われる。


「……やっぱり、私だけなのかな? 大学内で化者なのは……」


 最も、多くの化者は自分の正体を化者だと、公に明かすものはほとんどいない。

 少なくとも今の日本では化者だと明かして、一般人に知られている間で有名な人はいないと愛川は聞いている。

 日本の社会上、化者と知られても対処できる仕組みがあるのか、または、絶対に知られないような仕組みがあるのか、そういった仕組みがあるのかは愛川は知らない。

 ただ、愛川が指導役と上の姉二人に厳重に言われたことは、化者と言う存在は公には知られてはいけない、ということである。


 そして、その愛川であるが、今は大学の講義を聞いていた。

 愛川は教室全体から真ん中の位置の席にいて、小太りで背がそれほど高くない教授は教室の端で黒板を背に講義をやっていた。

 最初の講義は基本的に講義全体の進み方の解説や飽くまでチュートリアルなどの初歩的な内容であったが、この教授は最初から講義そのものを行っていたのだ。


「……」


 愛川は教授の言葉を無言で聞く。

 というよりも、教授の言葉があまりにも難解すぎて、言葉一つ一つが愛川の知識として吸収されてない状況である。

 軽食かと思いきやいきなり食べることがしんどそうな、食事が出てきた様に周りの学生も不平不満が漏れていた。


「……」


 愛川の表情は険しかった。

 さらにはあまりにも声の内容が分からなかったもので、指導役のサキュバスの声と教授の声が似始めてくる始末である。


(まずい……わからない……)


 愛川は心の中で呟く。

 知能の低くなる呪文でも聞かされていたような気分であった。

 あまりにも難解な言葉に頭脳もおかしくなる。

 鏡がなくとも自分の表情はなんとなくだが、察しはつく。


(……もしや)


 そして愛川は教授の声を聴き続けることによって、一つ頭にひらめいたことがあった。


(……はっ! あの教授、実はサキュバスだったんだ!)


 最終的には教授が指導役のサキュバスと、同一の存在だと思考が巡ってしまうまでになっていた。


「……あっ!」


 愛川は失態をしたことに気づいてしまった。

 愛川は今まで教授が黒板に筆記したノートに何も書いてなかったことに気づいたのだ。

 さらには教授は愛川が筆記してなかった内容をたった今消し切ってしまったところであった。


(筆記試験にも出そうな内容だよね……まずい……)


 言葉は内に押し留めてはいたが、自分でも失敗の表情は顔に出ていた。

 消した内容は必ずしも試験に出るとは限らないが、もしも、出た場合はその分試験で不利になることは明白である。

 愛川はノートを見る。

 一ページ目から白紙。

 今日から使い始めることになったノートなので、ノートにも文字のかけらも記されていない。


(……最初から、やっちゃったなぁ)


 愛川は心の中で呟く。

 見ていても、勝手に消された内容が記されるわけではない。

 そうとは分かっていても、願望の視線を送りたくなってしまう。

 とここで隣りから男性の小声が聞こえてきた。


「えっと、大丈夫かい?」


 愛川は突如の声に小さく驚くも、驚きの表情は隠して応答する。


「大丈夫……とは言えません」


 愛川は小さく呟いた。

 隠していたものの、苦い笑いとなって隠し切れていないことはなんとなく理解できた。

 その男性、オレンジ色の髪の男性の表情も愛川を察していたようであった。


「時間が取れそうならあとで写してない部分も見せてあげるけど……どう?」


「え? ホントに?!」


 男性からの思わぬ救いに小さいながらも、愛川は声を荒げた返答をしてしまう。

 愛川も次の時間は自由に時間を取れそうであったので、断る理由はない。


「では、お言葉に甘えて……」


「じゃあ講義が終わったら食堂でやろうか」


 男性は愛川の受諾を嫌な表情のかけらも見せずに応答してくれた。

 今回起きた困難は、これにて解決することになった。

 愛川は起きた困難が解決したことで一息を付く。

 男性は愛川と反対側に顔を向けて、何か小声で話しかけていた。

 愛川の聞けた範囲での言葉は


 後で教える


 ということであった。

 こちらで招いた困難を気に留めることなく教授は黒板に記していている。


(ここからは今のうちに書いておかないと)


 愛川はノートに記さねばと内心で思い、筆記用具を構える。

 今は書けるうちに黒板に書かれた内容をノートに写しておいた方がいいためだ。

 愛川はその後、男性から写しきれなかった講義で黒板に書かれた内容の部分をノートに写しておくことが出来た。

 移しきれなかった部分は量が多くはなかったが、後々試験に出る可能性が高いくらいに重要になるので、覚えておいた方がいいとのことだった。

 更には講義内容で分からなかった部分も男性は優しく解説してくれたので、愛川にも講義の内容が良く噛み砕いて理解できるようにもなった。

 愛川はこのことで、男性の存在の有難さに助けられたと大いに感じることになる。


(こういう人がいてくれたらな……)


 愛川は思っていた。

 せめて、身近にいてくれるだけでもありがたいと。

 また、愛川がここに来たある目的にもこの人がいてくれるとありがたいこともある。

序章は愛川視点で進みます

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