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後片付けを済ませて部屋に帰るとふっ、と力が抜けてロージアを抱きながらその場にへたり込んでしまった。
一日のうちに、あまりにも色々なことがあって、色々なものを失って、色々なものを得た。
部屋には黄金色の西日が差しこむ。
私が元の世界にいた時は夜だった。しかしたどり着いた魔界は朝のようで日が昇っていた。もしかしたらこちらとは昼夜が逆転しているのかもしれない。
もう一度立ち上がり、ロージアを私のベットの横にある小さなソファーにおいて、上からタオルをかけた。
小さなキッチンに向かい、お湯を沸かした。
食器の収納されている棚の中にある茶葉を取り出し、ポットにこぼし入れた。
おそらくそれは紅茶なのだが、一緒に乾燥したオレンジ色の花がひらひらと中へと吸い込まれていく。
お湯を注ぎ入れると、一気に立つ香りに、その正体がすぐにわかった。
「金木犀……いい香り」
魔界にも金木犀は咲くのだろうか?
この部屋を整えてくれたレヴィナギア様ももしかしたら紅茶派……?今度、紅茶を使ったお菓子を作ってみようかと思案しながら、ティーカップに口付けた。
少しだけ砂糖を入れようと、先ほどの棚を探していると、お目当ての品の隣に、手のひらほどの小さな箱が置いてあった。
蓋をあけるとそこには大粒の苺のショートケーキが入っていた。きっと仕組みは厨房にあるものと一緒なのだろう。
けれどそれは、私からの欲しいものではなく、この魔法の主から贈られたものだった。
そして、その魔法の主を思い浮かべて、くすりと笑ってしまった。
私の前では冷静沈着、自分から話したりもしないあの方が、こんな可愛らしいケーキを贈ってくれるとは思わなかった。
これも、雇用契約の《現物支給》にあたるのだろうか。
砂糖を入れるのを辞めて、そのままケーキと美味しくいただき、メモ紙にお礼を書いて、またその箱へと戻して置いた。
このことをロージアが知ったらまた煩いだろうなぁとロージアの方を覗き見た。けれど当の本人は、気持ちよさそうに寝ている。
きっと、レヴィナギア様もこのことに触れられるのは気不味いに違いない。
このことは私の中で素敵な思い出として留めておこうと誓った。
思いがけない誕生日プレゼントをもらい、温かい気持ちのまま、私は眠りにつくことができた。
夢では、久々に両親に会うことができた。
私の誕生日を祝ってくれる父と母はどちらも少し掠れて見えた。
こうして年々記憶は少しづつ消えていく。
黒い羽根がちらほらと舞い降りてくるのと比例して、どんどん姿が見えなくなり、まるで、遠くの霞に消え入るようだった。