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キュイジニエールに捧ぐ悪魔の落款  作者: 睡蓮
Hors-d'œuvre〜オードブル〜
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私たちは厨房に戻り、キッチンペーパーをスタンドから引き抜き、スタンドの方を調理するところから少し離れたところに置くと、ロージアが飛び乗り、偉そうに胸を張っている。

私が料理を作るところが見たいという希望を叶えるために、即席で作った宿り木もお気に召していただけたらしい。



「そしておんな、なにをつくる?」


「今回は卵料理にしようかと思っています」



卵と聞いて、スタンドの上で歓迎のダンスを踊るその様は可愛らしい。可愛らしいけれど、厨房で暴れられるのは……と苦笑した。


先ほどの雇用契約書を読んだ限り、作る量は1日一品、少量。と記載されていた。


魔族はそもそも食事をあまり必要としていない。

しかし、人間が料理に込める《何か》によって魔力が増大する為、力のある魔族にとっては嗜好品、力のないものにとっては貴重な栄養源らしい。

この地の魔族は、レヴィナギア様が力を分け与えている為、本来なら人間の料理は必要としない。けれど、それを皆がありがたくもあり、申し訳なくも思っているとロージアが話してくれた。


ペンを走らせ、例の箱から卵と、和風の出汁をとるのに必要な昆布や鰹節、調味料などと一緒にきのこを取り出した。

それから少しだけ悩み、自分用にも食材を少々。さすがに人間の私が1日一品では身がもたない。


自分用の食材の下ごしらえを全て終えてから、出汁を取り、卵を丁寧に洗い、上から1/3くらいのところに包丁で傷をつけながら、殻を取り外す。

中に入っていた全卵と冷ましておいた出汁、調味料を混ぜてから茶漉しで濾す。

きのこを卵の殻の中へ入れてから、乳液を加えていく。上の部分にアルミホイルをかけて、卵がぐらつかないようにクッキーの型と一緒に蒸し器へと入れ、少し待てば完成だ。






ダイニングルームは厨房と横並びの部屋で、十脚以上の椅子と、映画でしか見たことのない長テーブル、そこの上座には既に座るべき方がいらっしゃった。

その右側には宿り木と食べ物が置けるスペースがあり、何も言わずにロージアはその木に降り立った。



「和風のロワイヤルです。どうぞ召し上がってください」



簡単に言えば茶碗蒸しだけど、悪魔と烏が西洋風のお城の中で茶碗蒸しだけを食べているのがあまりにもシュール過ぎたので、少し洒落た言い回しをしながら給仕していく。


私は、レヴィナギア様に向かって反対側に自分の料理を置いた。

最初は使用人が一緒に食べてもいいものだろうか?とも思ったけれど、何も言われないところ、大丈夫らしい。

今日のメニューは、先ほどのロワイヤルと、簡単な煮物、秋茄子の味噌汁と……お赤飯。

ふと、自分の誕生日を、大して祝ってあげていなかったことを思い出した為、慎ましながらも用意したそれを噛みしめるように食べた。

すると、慣れ親しんだ味からくる安心感からか、自分が生きていることを実感した為か、自分の目頭が熱くなっていくのを感じる。

それを必死にこらえ、レヴィナギア様の方へ顔を向けた。



「お味は、いかがですか?」


「……悪くはない」


「うまい!!おんな、うまいぞ!!」



よかったです。その一言を言いたいのに、口を開けば涙が溢れそうで、ただ何も言わず、ぐっと唇を噛み締めた。

そんな私の様子に、対面しているレヴィナギア様が気付かないはずもなく……。



「おい……どうしーーー」


「おんな!おんながたべてるの、いらないのならもらっていいか??」



主人の話を遮断していることには全く気付いていないロージアは嬉々と私の元へと飛び、お赤飯をつついていく。



「ロージア、人間の食事を食べ過ぎるとお前のような魔族は魔力の吸収のし過ぎでーーー」



ぼふん、と大きな音と白い煙が、再度レヴィナギア様の話を断ち切っているのだが、それすら気にならないほど私の心を占めているのは、私の目の前にいたはずのロージアの姿が見えないことだった。

代わりにいるのは、肩にかかる長さのクリーム色の無造作な髪の毛、黒いスーツと薄茶のワイシャツ。赤いタイと胸に刺した赤い薔薇、見た目は高校生くらいの男の子に見えるけれど、瞳の色を見ればそれが誰なのか分かる。



「ロージアさん……?」


「魔力が暴走すると言おうとしたのだが……」



レヴィナギア様が気怠げに手をかざし、元の姿へと戻してやると、気を失ったいつものロージアがそこにいた。

この騒動のおかげで、出かけていた涙も一気に引っ込んでいた。



「一度に魔力を消費したせいだ。時機に気がつく」



私はくったりとしたロージアを膝に抱えて、ゆっくりと頭を撫でた。

呼吸もあるし、確かに心配はないようだった。



「ロージアさんには食べ過ぎないように言わないとですね。それより、レヴィナギア様……先ほど、ロージアさんのこと、名前で呼びましたよね?」


「……忘れてくれていい。私も少々慌てていたようだ。それとヨナミ、今日……いや、何でもない」



その後、無言で食事を終わらせたレヴィナギア様は姿を消してしまった。

どうかロージアが名前を呼ばれたことを覚えていてくれたらいいなと思いながらしばらくそのまま、頭を撫でていた。

私も今、初めてレヴィナギア様に名前を呼ばれて、嬉しかったもの。


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