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「すまないが……君の言っていることが理解できないんだが」



椅子の縁に片肘をつき、頬杖をしてしまった。まずい、これはこちらの話にあまり興味がなさそう。

ここはどんどん自分を売り込まなくては……



「元の世界に戻る方法もないのなら、私はこちらでの仕事、住居を見つけなくてはいけません。

見た所、こちらのお城にはお部屋が沢山ありそうですが、レヴィナギア様以外の方がいらっしゃる気配もありませんので、住み込みで働かせていただけないかと。

しかも外は魔物だらけ。ここに来るまでの道中にお会いした方々は親切でしたが、危険が無いとは限りませんし」


「私の統治している範囲内ならその心配はないと言っていい。しかし……」



はぁ、と深いため息をしながら眉間を抑えている。

これはもしかしたら脈ありなのではな……?



「だってレヴィナギア様、私を元の世界へはお戻しになれないのでしょう……?」



先ほど、彼が元の世界へ戻せないと言った時の、後ろめたさを逆手に取ることには少し申し訳ないような気もしたが、自分が生きていくためには背に腹は変えられない。

悪魔の良心を悪用してでも、私はここで生きていかなければならない。



「私は祖母に鍛えられていたので、一通りの家事はこなせます。料理は和食くらいしか作れませんが……」


「りょうり!りょうりたべる!!レヴィナギアさま、こいつげぼくにしましょう!!」



その甲高い声はレヴィナギアのものではなく、窓の外から聞こえた。

嘴を窓にコツコツ当てて、レヴィナギアの注意を向けようと必死なその烏を億劫そうに見た彼は掌をかざし、窓の鍵を開けた。



「……そうだ、冬支度に新しいコートを新調しようか。黒い羽根を纏えば少しは寒さも凌げるかもしれないな……?」


「それだけは!!それだけは!!」



バルコニーにとまっていた烏は、羽を必死にパタパタ動かしている。

瞳はルビーのように透き通った赤色をしていて、私の知っている烏よりも少し大きい気がする。



「でも……ニンゲンがつくるたべものにはげんきになるマホーがかかってるっておしえてくれたのはレヴィナギアさまです!」


「……煩い嘴は閉じてしまわないといけない」



レヴィナギアは私にかけた時と同じように、烏の嘴を閉じた。

しかし、ありがたいことに自分のアピールポイントを教えてもらった。

どうやら人間の私でもこの世界では役に立つらしい。



「私の料理でその魔法が使えるかは分かりませんが、味には自信があります!どうか……!!」


「……仕方がない。しかし、君の作る物に魔法が宿らなかった場合、即刻やめてもらう」



そういうとどこからか白い紙がひらひらと落ちてきて、書斎机の上に落ちた。

そこにレヴィナギアが人差し指を浮かせながらペンのように滑らせると、文字が浮かんでいった。

一考してから何かを書き込み、私の方へ渡してきた。



「これは……」


「仮の雇用契約書だ。君は文書を確認した後、左端の欄に指を添えるだけでいい」



そこには仕事内容、拘束時間、貸してくれる部屋、働くキッチンの場所など事細かに書かれていた。

給料は現物支給……この世界に貨幣の概念はないのかもしれない。

それでも衣食住が揃うのなら問題はない。

言われた通り、指を添えようとしたときに気になる文言を見つけた。



「職業のキュイジニエールとは何でしょう?」


「フランス語で女性の料理人を指す。日本語に適当な言葉が見つからなかった為、この言葉を使用した」


「そうですか……あと、これは……」



そこに書かれた被雇用者の名前はもちろん私の本名ではなかった。

馴染みのないこの名前は……



「この世界で生きていくために必要だろう。また、書面にする以上、名前は必要だった為に私が勝手に付けたものだ。

気に入らないのなら勝手に変えてもらっていい」


「レヴィナギアさまからのおくりもの……!!ずるいぞげぼく!!」



いつの間にか魔法を解かれた烏は私の目の前にまで飛んできて書類を奪おうとする。しかし、こればかりは私の生命線。奪われるわけにはいかない。



「いえ、初めてレヴィナギア様から頂いたもの、大切に致します。それでは早速、職場に向かいますので」



一礼をしてから部屋を出た。

レヴィナギア……いえ、今から私はレヴィナギア様に仕える身。自分の中の考え方も変えなくては。

雇用契約書に書かれたその名前をもう一度ちらりと見た。



「ヨナミ……夜の波……?」



名前の由来も少し気になったけれど、雇用主の言うことは絶対。

そのまま飲み込んだ。


それと、気になることがもう一つ。

ここに来る前に怪我をした足の痛みが全く無くなっていた。

今になってあの狼男くんの薬草が効いてきたのだろうか。

この部屋に来るまでよりも足取りは軽く、私は自分の職場へと初出勤に向かう。








「レヴィナギアさま、げぼくにまたおくりものした!」


「……あの怪我では歩くのに苦労するかもしれないだろう」


「しない!ただのうちみ!」



更に煩さを増した烏を窓際まで無理やり追い詰めた。



「ほう……。では何物にも経験が大事だ。貴様の足も同じように怪我をさせて試してみようか……?」



そう微笑んだレヴィナギアを見て、これは本当に怒っていると察した烏は逃げるように外へ飛び出した。

窓を閉めるときに硝子に映った自分の顔を見てレヴィナギアは苦笑いを浮かべながら鍵を閉めた。

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