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「ーーー私は悪魔だ」
私の心の中の何もかもを見透かすように、端的に話すその声は力強く、圧倒された。
すぐには、自分の返答を用意することも出来ずに相手の言葉を反芻していた。
どれくらいそうしていただろう。ここは自分の名前も名乗らなければ。
そう思い、口を開こうとした瞬間、レヴィナギアは右手をすっ、と上げて人差し指で空を切る。
すると私の口は、いくら開こうとしても閉じたまま。
「んっ、んんーー!!」
「……まずはこの世界の理を教えねばならない。道中、何者かに聞かなかったのか?」
螺旋階段の先にある、自室に来るように促され階段の方へ歩みを進めるけれど、徐々に足裏から地面の感覚が消えていく。
次の瞬間には、先ほど下から見ていたその場所へと転移していた。
先ほどからのこれは魔法とかの類なのか……ここに来てから、不思議なことしか起きていないので、自分の中での疑問は簡単に補完できる様になって来た。
部屋に入ると、そこにあるのは壁一面に埋め尽くされた本棚、書斎机、そして窓。
部屋はとにかく広いのに、あまりの生活感の無さに少し驚いた。
勝手なイメージだったけれど、悪魔なら髑髏の一つや二つ飾ってあったり、拷問器具なんかあってもおかしくないと、少し及び腰になっていたからだ。
レヴィナギアが手のひらをかざすと書斎の前に現れたのは品の良い、アンティーク調のソファー。
彼が書斎机の方へ回り、腰を掛けたので、私は一礼をしてからたった今出されたソファーに座った。
その様子を見てから机の上に腕を起き、指を組んで、ため息混じりにレヴィナギアが口を開いた。
「まずは、この世界においての名前を説明する。
名前とは自分の父親が名付け、他人に知られてはならない。名前は呪術に使用され、相手を眷属に出来る。
……時に、気に入った女を自分の手篭めにしようとしたりする輩はいつの時代にもいた。
なので軽々しく本名を名乗らない様に。ちなみに私の名も本名ではなく、通り名故に、呪術をかけようとしても無駄だ。」
レヴィナギアがもう一度手を持ちあげて、先ほどとは逆に人差し指を動かすと口元に自由が戻った。
「は、はい…」
「……あと、君がここに来た理由は察するが、私に君を、元の世界に戻すことは出来ない」
先ほどまで私の目を見て話していたレヴィナギアが、ふっ、と視線を外した。
魔法も使える様な悪魔なのに、自分の出来ないことを認めるのが悔しかったのだろうか。
「えっと……それでは私はどうすれば……」
「……」
二人の間には、沈黙が流れる。レヴィナギアも考えあぐねている様だった。
私の口を無理矢理に閉じたり、テレポートしたり出来る悪魔でも出来ないのなら、きっと私が元の世界に戻ることは本当に難しいことなのだろう。
これは……明日の仕事は無断欠勤せざるを得ないのだろう。
その先に待っているのは……クビだ。
彼と結婚して専業主婦という道も残されてはいるが、それも大前提に、元の世界に戻らなければ、どうにもならない。
それならば、私はこの魔界の地でどう生きていけば……レヴィナギアをちらりと見て、今のこの状況に、少し昔の記憶とのデジャブを感じた。
……そう、これは会社の最終面接。社長との面談の感覚に似ていた。
姿勢を正し、衣類を整えて、一息ついてからレヴィナギアを今度ははっきりと見た。
「でしたらこちらで、働かせて頂けませんか?面接をして下さい」
「……は?」
この領土の城主に雇われるとなると、さしずめ地方公務員の様なものだろう。
きっと、ここの他に良い職場なんてどこにもない。
私はもう一度、彼を見据えた。
「私を、レヴィナギア様の下で働かせて下さい!!」