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獣道というだけあって、そこは自分と同じくらいの背丈の植物が、茂っていて、とても歩きづらい。

物の通った跡の様なものを懸命に追うように、かき分けながら歩く。

つくづく、スニーカーを置いていってくれた人には感謝しかない。



「もし、私の他にもここにいる人間がいれば、その人に会いさえすれば少しは帰り道が分かるかもしれない。

もしかしたら、既に元の世界に戻っているかもしれないけれど……」



ウサギと別れた後、凡人の私には頬をつまむ以外、嘘か誠か判断することは出来なかった。

結果、頬は思い切り痛い。

それは私が魔界という場所に迷い込んだことと、私がまだ生きているということを感じさせてくれた。

次の1歩を踏み出すために、植物を掻き分けようと手を前に出すと、何かに思い切り指をぶつけた。



「痛っ…」



今度はゆっくり反対の手を使ってかき分けると、そこにあるのは木で出来た砦の様だった。それは長く続いているようで、迂回が出来る保証も無かった。

下を除くと、小さな穴。確かに小動物ならここを抜けられるだろう。



「困ったなぁ……」



迂回するための道を探すにしても元の獣道に戻れるとは限らない。そうなれば森の真ん中で、一人迷子だ。

日中である今でも暗くて視界が良くないのに、それだけは避けたい。

もう一度、ウサギのところに戻って違う道を……そう思って来た道を引き返そうと振り返ると、目の前には中学生くらいの男の子が真っ青な顔をしながら固まっていた。



「たっ……たっ………」


「あの、ちょっと僕いいかな?城までの道をーーー」


「大変だっ!!えっと、隠れるところ……無い!!ぼ、僕、何もしないよ?だから……食べないでっ!!」



頭を抱えるようにしゃがみ込むと、男の子の背中の後ろで何かがフワフワと揺らめいた。

震えているのが、遠くからでも分かる。怖がらせないようにゆっくり近づくと、頭には三角の耳が見えた。その耳のすぐ横を優しく撫でてあげた。

触れた瞬間はビクッとした彼も少しづつ肩のこわばりを解いていくのが見てとれた。

三角の二つの耳、フワフワした尻尾、容姿、そしてここが魔界らしいということから私は一つの仮説を立てた。



「君は狼男……かな?

大丈夫。ついさっきまで私は沢山のアルコールとおつまみを食べていたはずだから、まだお腹はそんなに減っていないの。それに、君を食べようなんて思ってもないよ。

だけど少し、喉は渇いたかな」


「……っ!!……喉、渇いたの?」



ゆっくり頭から手を離すと、こちらを見上げた。その瞳は涙でいっぱいになっていた。

ゆっくりしゃがみ、男の子と目線を合わせる。



「そう。レヴィナギア様?に会いに行こうかと思ってたんだけど迷子なんだ。ちょっと休憩したいし、どこがいいところないかな?」


「それなら僕の家、ここから近い。

水とちょっとの食料ならあるから……」



荒々しく腕でゴシゴシと目を擦って、立ち上がった彼は無言だけど、これは付いて行っていいってことかな?

そう思い私も立ち上がり、あまり近づかないよう、怖がらせないように注意しながら砦沿いに歩く男の子のあとを追いかけた。






「着いたよ。ここが僕のお家」



そう言われた場所は、砦の横にある針葉樹の森の中で切り開かれた場所で、木の椅子、テーブルがあり、干し草が敷き詰められた場所だった。

それでも森の中で、暗闇がほとんど支配している場所は、人間の私には視界が悪すぎた。

気をつけて歩いていたが、何度か足をぶつけてしまって鈍い痛みを感じた。

それを察したのか、男の子は竹で出来たコップと一緒に濡れた麻布を差し出してくれた。

座るように促され、お礼を言いながらそれを受け取ると、患部に当てた。ひんやりしていて気持ちがいい。



「それで……人間がどうして魔界にいるの?」


「それが私にも分からなくて。さっき会ったウサギさんにレヴィナギア様のことを聞いたの。

とりあえずその人に相談してみようかなと思って。それより君はここに一人きりなの?」



私を座るよう促した彼は立ったまま。

それはこの場所には椅子は1脚しかなかったからだ。

家族で暮らしているのならここには多くの椅子があるはずだと、直感的に思った。



「僕は……一族の半端者だったから。群れを追い出されて、さ迷っていたところをレヴィナギア様に拾われてここに住んでるんだ」



俯きながらそういう彼に、私は自分がした質問がなんて浅はかだったんだろうと後悔した。

謝ろうと思ったけれど、それより先に口を開いたのは男の子だった。



「僕は弱くて臆病で……人間に見られると怖くなってしまうんだ。僕のお父さんも、お母さんも人間に殺されたから」



その言葉にずん、と心の奥底が重くなるのを感じた。



「でも……お姉さんは人間でも悪い人はいないみたいだし。

レヴィナギア様の領土は種族の争いは禁止なんだ。それに人間が当てはまるのかは分からないけれど……。

ここに来て初めて、誰かとお話して、初めて僕のお家に僕以外が来たのに不思議だけど、何だか……嬉しいんだ」


「……なんだ。君はちっとも弱くも臆病でもないじゃない」



思ってもいなかったことを言ったようで、瞬きを忘れるくらいに私を見る男の子の顔は困惑で染まっていた。



「だって君は、私が何も言わなくてもこの濡れた布を貸してくれたじゃない。

周囲に気を配らないとそんなことは出来ないでしょう?それは臆病なんかじゃない。思いやりって言うの。

それに、私が君の話を聞いて自分を責めいたことにも気付いてくれた。だから私の事は嫌じゃないと言ってくれた。それは優しさ。

優しさも思いやりも君の強さだよ」



私は鞄の中に何かないかと探していると、彼にぴったりのものを見つけた。

夏場によく使用していて、そのまま仕舞っぱなしだったようだ。

それを彼に差し出した。



「それはサングラス。本来は日の光から目を守るためのものなんだけど、目元を隠せる。それで相手からは君の目は見えない。

少しは君の勇気の後押しになれればいいんだけど……あ、でも人間を襲うのは辞めてね?」



苦笑いを浮かべると彼はこくんと頷き、私の手からサングラスを受け取ってくれた。

掛け方を教えてあげると、気に入ってくれたようで、目元は見えなくても笑顔になったのがよく分かった。



「お姉さんありがとう!!……でも僕、何もお礼出来ないや……」


「お礼なんていらないよ。この場所は日が出ててもそんなに明るくもないし私にそれは必要ないもの。……そうだ、私お城に行きたいんだけど途中で通れなくなっちゃって。道わかる?」


「それなら僕が案内するよ」



少し遠くまで歩くからと打ち身に効果があるという植物の葉を先ほどの麻布と一緒に巻き、固定までしてくれた。

この地域ではあまり取れないらしい貴重な薬草がたまたま近くに群生していたらしい。

こんな小さな男の子が一人で生きていくために、沢山の失敗を経験しながら知恵を付けて来たかと思うと、少しだけ涙腺が緩んだ。



「……お姉さん、痛むの?」


「ううん、大丈夫だよ。それでは道案内お願いします」



涙を指先で拭って、彼の歩くあとを着いていく。

その距離感はここに来た時よりも少しだけ近付いていた。






日の光では判断出来ないけれど、かなりの時間歩いていたように思う。途中、何度も休憩を挟みながら男の子が取ってくれた木の実を食べたりしながら進んだのでそんなに苦痛には感じなかった。

むしろ童心に帰ったように少し楽しくもあった。



「着いた。ここがレヴィナギア様の住んでいるお城だよ」



その建物は重苦しい空気と蔦が絡み合う、石で出来たとても古い城。

城の頂点には黒い烏が一羽止まっているのが見えた。

いかにもな見た目に少しだけ腰が引けたが、ここまで来ては引き返せない。



「あ、ありがとう……ところで君、名前は?」


「な、な、な、な、名前!?ぼ、僕……無理だよ!!」



一気に顔を赤色に染め上げた男のは初めて私を見た時以上に驚いており、1歩、また1歩と後退りを初めて、一気に狼の姿へと変わり、森の中へと逃げてしまった。



「……色々してもらったししっかりお礼が言いたかっただけなんだけど」



ため息をついてからもう一度、城と対峙した。

自分の手で押して開くのだろうかと不安になるくらいに大きい門を押そうとすると、そのまますっ、と城の中へと吸い込まれた。

そこに広がるのは外観とは違い、豪華なシャンデリア、シミ一つない赤い絨毯。螺旋階段。



「ホログラムか何かだったのかな……」


「私が入城を許可したからだ。……我が名はレヴィナギア。城主であり、この地を魔王より託され、統治している者だ。そしてーーー」



螺旋階段の上からふわりと降りてくるのはここに来て初めてあった人であり、あの煙の主。

あの時は顔くらいしか視界には入らなかったけれど、背中には大きな羽が合わせて4つ。腰には長剣、黒いマントをなびかせ、手や足の先は血に濡れたようなどす黒い赤から黒へのグラデーションがかかっていた。



「ーーー私は悪魔だ」



冷たく見下ろされたその瞳の前に、私は体を動かすことが出来なかった。


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