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消えた煙を追い、なれないピンヒールで道なき道を進んでいた私は愕然とした。
目の前に広がる光景は今までとは一転、深い森に覆われた森。空は木々に阻まれ、地面に光を落とさない。
その地面には苔のようなものと木の根があちらこちら地面から顔を出していた。
「……ここをこの靴で通るの?」
はぁ、慣れないお洒落なんてするもんじゃあない。
元来た道を引き返すか、このまま無理矢理にでも歩くか……
悩んでいた私の視界に一つの白い塊がすっ、と横切った。
それが何なのか分からなかったが、すぐにその白い塊の方から私の視界に戻ってきた。
「貴女、人間畜生でございますの!?何故ここに!?!?」
叫ぶ白い塊は私の足元まで、文字通り脱兎のごとく。そう、それはどこからどう見ても白いウサギにしか見えなかった。
私のよく知っているウサギと見た目の違いで言えば大きさ、形は大して違いはなく、瞳の色が赤と深緑のオッドアイであるくらい。
しかし、決定的に違うのはこのウサギは私を見て絶叫したこと。
「こうしてはいられませんわ……!!ここが下界ではないにしろ、人間畜生にすることと言えばただ一つ!!」
ウサギは後ろ足で立ち、耳をピンと立てたかと思うと今度は前足を地面につけて後ろ足で地団駄を踏み始めた。
……始めたはいいものの、いくら待ってもその行動の繰り返し。
このままでは埒が明かないと、しゃがみ込み、驚かさないように静かに声をかける。
「あの……ウサギさん?言葉が話せるんですか??」
「馬鹿になさってるの!?
どう?モフモフしたくて仕方が無いでしょう??
してご覧なさい!思い切り噛み付いてやるわ!!」
どうやら私がウサギに触れようとしないが為に、今まで膠着状態だったらしい。
幼少期から大学進学で上京するまで、田舎暮らしだった自分としては、野生動物に触ってはならないとおばぁちゃんにきつく言われていたので、触るつもりは全くなかった。
ただ、その理由を「病気が気になるので……ノミが……ダニが……」とは言い出しずらかった。
「……レディに、許可もなく触れるのはマナー違反かと思いまして」
「……!!ふっ、ふん!人間畜生の癖に一丁前なことをおっしゃるのね!
……興が削がれたわ。まぁ、今日のところは見逃して差し上げても宜しくてよ?」
地団駄を踏むことをやめたウサギは少しだけ嬉しそうに尻尾を細かく動かしている。
「やはり人間畜生はワタクシの愛らしさに触れずにはいられないか、貴女のように美しさに慄くしかないのね……」
「ウサギさんは愛らしさも美しさもお嫌いですか?」
あまりにも今までとは違う、落ち込んだ声色に、そんな気がしていた。
愛らしさも美しさも私にしてみれば魅力的で羨ましいとさえ思う女の武器なのに。
「大嫌いですわ。こんな容姿」
それでは何故、さっき一瞬でも嬉しそうにしていたのだろう?
私から見ればその白い毛も、左右違う瞳の色も、優雅な話し方と合わさって高貴な雰囲気を演出していると思う。
まさか、同種から瞳の色でいじめられているとか?そんな不安が掠めた。
しかし、ウサギから語られた言葉は所詮、人間畜生である自分には思いもよらなかった。
「魔物でしたら人間を恐怖に陥れ、血肉を啜ることこそが生きがいですのに……
下界に降りても可愛いとワタクシを抱きしめようとしてくるのですよ?全く、食欲が失せますわ……」
魔物……。私は夢でも見ているのだろうか。
思えば最後の記憶は、居酒屋で倒れかけた瞬間だった。その時に頭でも打ったのだろうか。
「ウサギさん、魔物とは一体……そもそもここはどちらですか?」
「魔物は魔物ですわ。そしてここはレヴィナギア様が統治する魔界の中の領土ですの。
……貴女、そんなことも分からず魔界の中でもこんな僻地な場所にいらっしゃるの?」
一気に入ってきた情報量の多さに軽く目眩がする。
ここが魔界……そしてレヴィ……なんとか。
ここがその魔界の中でも僻地。
目の前にいるウサギは……魔物。
「とりあえず、何も知らずに迷い込んだならまずはレヴィナギア様にご挨拶に伺うべきね。
城へはこの獣道を真っ直ぐに進めば着きますわ。
レヴィナギア様はとても慈悲深いお方。きっとなんとかして下さるわ」
「あ、ありがとうございます。
それともし宜しければ……」
カバンの中からポーチを取り出し、一つのコスメを取り出す。
それは、昨年買ったアイシャドウ。
沢山の色が入っていて買ったものの、結局普段会社で使えるブラウンばかり使ってしまい持て余していたものだった。
「これは、人間の女性がより美しさを引き立てるため化粧をする時に使用するものです。しかし、化粧は諸刃の剣。自分に似合わない化粧をすれば魅力が半減するものです。
道を教えて下さったお礼です。
どのように使われるかはウサギさんがお決めください」
ウサギの前足のあたりにそれを開いた状態で置く。
鏡に映る自分の姿をみたウサギは目を真ん丸くして、自分に見入っていた。
「これが……ワタクシ?」
「私から見たウサギさんはとても美しい。それでも少しでも好きな人の前では綺麗でいたいと思うのが、女心なのだそうですよ」
ふと、結依がよく言っていた言葉を思い出した。
ウサギに一礼し、獣道の方へと向かう。
「あれ……?」
獣道の入口にそれて置かれているのは女性物のスニーカーだった。
何故こんなところに。しかも、サイズも私にぴったり。
何故、こんなところにと疑問は浮かんだものの、それを拝借することにし、先の見えない道へと足を踏み出した。