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キュイジニエールに捧ぐ悪魔の落款  作者: 睡蓮
Poisson〜ポワソン〜
22/45

21

その日は晴天だった。

相変わらずの、濁ったような空だったけれど、今日も私達はレヴィナギア様に守られているのだと、実感と感謝の気持ちが湧いてくる。


始まる時間の前に、私は事前に用意した料理を少しづつ小皿に乗せて、レヴィナギア様の部屋まで運んだ。

この城の敷地内で行うのならば、それは少なからずレヴィナギア様の沽券に関わってくる。

味には万全を期しているけれど、念のため試食をお願いしに来たのだ。



「入れ」



部屋に入ると、今日も今日とて仕事に没頭しているレヴィナギア様の元まで料理を運ぶ。



「今日のお祭りで出す予定の料理です。念のため試食をお願いします」


「分かった」



並ぶのは小さなガラスのカップに敷き詰めたちらし寿司をメインに、肉、魚、香の物、お吸い物、季節の栗を使った菓子、などどれも人間の感覚では少し小さめで作ったものだった。


それを1口づつ、試食していくレヴィナギア様の手が魚料理の時に止まった。



「……これは、何を使っている?」


「ソースに白味噌と林檎バターを少々。……お口に合いませんか?」



白身魚のソテーという、オーソドックスな料理に、西京漬のような要素を足したくて白味噌と林檎バターを混ぜたのだけれど……流石に冒険のし過ぎだったのだろうか。

顔を顰めたレヴィナギア様に、ここに来た時の自信など吹き飛んで、不安になる。



「……林檎バターではなく、普通のバターが良いだろう。味は決して悪くは無いのだが」


「そうですか……。ではそのように変更します」



初めて、料理に対しての駄目出しを受けたため、ショックを隠せずにいると、



「味はいつも通り、とても美味しい。それは私が保証する。

だが、ここは私の言う事を聞いてくれないか?そんな悲しそうな顔をしないでくれ……」



すっ、と立ち上がったレヴィナギア様の手が私の頭の上を掠めた。

頭を撫でられていると認識するまでにもかなりの時間がかかったけれど、目の前の瞳の濡れた妖艶な微笑みに、完全に思考が停止してしまった。


そんな私を見かねたのか、軽く咳払いをして、席に座り直したレヴィナギア様を見て、ようやく頭が働き始めた私は、恥ずかしさを隠すために大きくお辞儀をして、逃げるように部屋を後にした。







「……イケメンは心臓に悪い」


「どうしたお嬢。レヴィナギア様のところに行ってたんだろ?

そんな顔が真っ赤になるほど、本気で走って逃げるようなことしたのか?」



キッチンに戻ると、ロージアが先の魚料理を絶賛つまみ食いしている最中だった。

少しづつ免疫が出来たのか、ロージアは食事量が増えても魔力を暴走させるような事はなくなった。

けれど、それをいい事に勝手に食べるのは話は別だが。



「レヴィナギア様は自分の魅力に気付いてらっしゃるのかしら……」


「さぁな。浮いた話は聞かない」



ロージアは、また一口、魚のソテーを口にした。



「……それ、美味しくないですか?」


「いや、お嬢の作る料理に外れはない」



レヴィナギア様も味は美味しいと言ってくれた……そこまで思い返すと、先程の情景が鮮明に思い出される。

……このままでは頭がオーバーヒートしてしまう。今はただ、料理を作らなくてはと、目の前の仕事に没頭した。







ロージアの配ったチラシは絶大な効果があった。

様々な種族、群れが城の前に集まっていた。最初は警戒していた魔族たちも、ロージアやハリネズミがいることで安心して食事をとった。

歯槽膿漏な吸血鬼には、ぬるめのお吸い物を。五十肩のオークにはコラーゲンが多い肉料理を食べてもらった。彼らは新しいキッチン建築にも一役買ってくれることになった。


女性や子供には、リオとリコの作ったアクセサリーは人気で、用意していたものはすぐに売り切れた。

売り切れたと言ってもこの世界にはやはり貨幣の価値観は存在しないらしく、手元に残ったのはそれぞれが取ってきた食材や、宝石などとの物々交換だった。

それでもまた新しいものが作れると、ハリネズミの兄妹は喜んでいたし、私も見知らぬ食材に好奇心が湧いた。



「……やっぱり、お姉さんの事だったんだね」



声のした方を向くと、そこに居たのは狼男だった。

前にあった時より少しばかり身だしなみを整えてきているのは気のせいだろうか。



「あ、あの時は本当にありがとう。お陰で、こうして生きられてる」


「ううん、僕は何もしてないよ」



照れくさそうに頭をかく彼にも料理を差し出した。

ここで働いてくれないかと聞くと、即決で了解してくれた。



「あの時は急に名前を聞いてしまってごめんなさい。あの時はまだ、ルールを知らなかったから……」


「そうなんだ……うん、そんな気は少ししてた」



彼の笑顔が、少し曇っていたことに気付きはしたけれど、それが何故かは知る由もなかった。

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